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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第七章 神と教会
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もくもく

 ちゃちな燻製器から、もくもくと煙が漏れ出している。何かで隙間を塞いでおけばよかったな。失敗にはならないだろうが、少し長めに燻す必要があるだろう。

 せっかくオイルストーブの燃焼時間を調整したのに。火が消えたら少し追加しなければならない。


「この『ちっぷ』という物は、ただの木なんですよね?」


 ルナがチップを摘みながら言う。


「そうだな。細かく砕いた木だよ。王都東の森で拾った薪を削っただけだ」


 ナイフで鉛筆を削るように、ちまちまと削った。けっこう大変だったんだよ。専用の魔道具が欲しい。


「どんな木でもいいのでしょうか?」


 今度はカベルから質問が飛んできた。かなり興味を持っているらしい。


「この辺りの木は……どうだろう。あまり見ない木だから上手くいくか分からないな。

 毒がありそうな木を見かけたから、あまり使いたくないぞ」


 キョウチクトウによく似た木が生えていた。あれで燻製を作ったら、たぶん死ぬ。煙も毒だし、残った灰も毒だ。なんだったら落ち葉の毒も1年以上残るんだ。近くに落ちている枝ですら危険だ。

 地球のキョウチクトウと同じとは限らないが、用心するに越したことはない。


「では、これはどのような木をお使いですか?」


 カベルもチップを摘み上げた。細切れになっているので、木の種類は匂いで判断するしか無い。確かブナだったかな。適当に拾った広葉樹だから、詳しく覚えていないんだ。


「アレンシアに生えている、ドングリが落ちる木ならどれでもいいぞ。他にも、果実がなる木は大抵使える」


 果実がなる木はバラ科が多い。リンゴ、サクラ、モモ、例を上げたらキリが無いが、どれも燻製に使える木だ。ただし、この世界に来てからは見ていない。リンゴは売っているから探せばあるはずだ。


「なるほどです。この辺りには生えていないようですが、どうしたらいいですかね?」


 あ、自分で作る気だ。どうりで熱心に見ているわけだ。道具も材料も無いのに、頑張るなあ。ラットくらいなら狩れるのかな。

 道具はこのままここに置いていこう。あちこち歩きまわって分かったのだが、燻製はここでしか作れそうにない。宿の庭でモクモクさせるのは迷惑だし、街の外ではそんな暇が無いんだ。


 でも、この辺に生えている木で燻製なんか作れるかな……。毒さえ無ければ燻製になりそうだけど、針葉樹みたいな脂分が多い木は向いていないしなあ。


「適当な木で試してみるか、ドングリの木を探すか。どちらも大変そうだぞ」


「ねえ、アタシたちが拾ってくればいいんじゃない?」


 クレアが事もなげに言う。

 ここに来るついでと言うのなら問題無いが、俺たちはずっとここに居るわけではない。それに結構遠いから、頻繁に訪れるのも難しい。


「俺たちが居ない時はどうするんだ。1人で解決する方法を考えた方がいいぞ」


「申し訳ございません!

 皆様を困らせるつもりで聞いたわけではないのです。無理ならそれで構いません。私は食べなくても生きられますから……」


 カベルが涙を浮かべながら言う。カベルは分類上は(たぶん)ゴーストだ。食べなくても問題無い。でも、余程食べたいんだろうな。単純計算で約1000年の間、何も食べずに生きてきたはずだ。食べられることが嬉しいんだろう。


「まあ、今後のことは追々考えるとして、俺たちがここに来る時に持ってきてやるよ。他に欲しい物があれば言ってくれ」


 金が掛かる物は無理だが、簡単に拾えるような物なら持ってきてやろう。ちょっとした親切心だ。


「ありがとうございます……。果物が欲しいです。プミラはご存知ですか?」


 さっそくリクエストが飛んできた。意外と遠慮が無いな。プミラが何か知らないけど、まあ果物くらいならそんなに高くもないだろう。


「プミラって何だ?」


「えっと、ドライフルーツの……いえ、パンドラさんが回していた果物です」


 リンゴか。

 ルナが身振り手振りをしながら教えてくれた。手のひらを上に向けて上下させているが、ジャグリングのつもりかな。

 リンゴなら王都で安く買えるし、そこそこ日持ちする。問題無いな。


「次に持ってきてやるよ。気長に待っていてくれ」


「本当にありがとうございます。ついでにパーシチも欲しいです」


 マジで遠慮が無いな! パーシチが何か分からない。果物?


「それも果物ですよ。アレンシア北部の特産品です。王都では少し高いですが、買えないほどではありません」


 俺が首をひねっていると、ルナが耳元でそっと教えてくれた。

 カベルは本当に自分のことを隠す気があるのか? 絶対アレンシア人じゃないか。他所の国の特産品は知らないが、少なくともミルジアにはリンゴなんか無い。ミルジアと近い緯度にあるガザルも、ミルジアと似たようなものだろう。

 意外と世間知らずなのかな。結構抜けているぞ。


「まあわかったよ。持ってきてやる」


「ついでにお塩も分けていただけると……」


「案外厚かましいわね。見た目に騙されるわ」


 さらに追加の要求をしようとしたカベルに、クレアが少し呆れたように言った。


「あっ! 申し訳ございません……」


 カベルは頬を赤くして顔を伏せる。

 見た目は上品でお淑やか、控えめでキレイな女性だ。物腰も柔らかくて優しそうなのだが、中の人は別人だからなあ。これで中の人がむさくるしいオッサンだったら、殴ってしまいそうだよ。

 一応、今のところは女性として対応しよう。中の人がオッサンだったらなんて考えるのは、精神衛生上良くない。きっと中の人もキレイなお姉さんだ。


「少しなら構わないが、調味料は高いんだよ。何か対価があるなら、かわりに買ってきてやるぞ」


「対価ですか……。私にお渡しできる物は何もありませんね」


「遺産とか無いの?」


 クレアが素知らぬ顔で聞くと、カベルは気まずそうに答える。


「有ると言えば有るのですが、もう私の物ではございませんので……」


 カベルは死後時間が経ちすぎている。遺族の手に渡るどころか、何世代も重ねて自分の物とは言えないだろうな。勝手に持ち出したら泥棒だ。

 受け取れるとすれば情報だが、この人から情報を貰うのはリスクが高い。言っちゃダメなことでもポロッと言ってしまいそうなんだよ。知ったら命を狙われるらしいから、危なっかしくて仕方がない。


 どうしよう……。せっかくここに定住するんだ。農業でもやってもらおうかな。1人では大変だと思うが、暇つぶしにもなっていいだろう。


「野菜と果物の種を持ってきてやるから、育ててみるか?

 塩は作物と交換すればいいだろう」


「はいっ! 是非お願いします!」


 カベルは満面の笑みを浮かべて元気よく答えた。

 これで安く作物が手に入るな。カベルは寝なくても大丈夫な体を持っているから、農業にはうってつけだ。頑張ってもらおう。



 そろそろ燃料が切れる頃だ。予想ではもう完成のはずだったのだが、煙が漏れすぎていた。延長戦に突入だ。30分ほど余分に燻煙しよう。

 熱を長く当てすぎるのも良くないんだよなあ。肉の脂が抜けすぎて、パッサパサでカッスカスのベーコンになってしまうんだ。


 オイルストーブの油を追加していると、宮殿の中からリーズとリリィさんが外に出てきた。こちらに向かっている。


「どうした?」


「いや、こちらのセリフだよ。コー君たちこそ、こんな所で何をしているんだい?」


 リリィさんは怪訝な表情で言う。

 どうやら、俺たちがワイワイやっているので気になったようだ。


「燻製だ。もうすぐ終わるよ」


「今朝言っていた作業か。結構時間が掛かるんだね」


 今朝から準備に取り掛かり、もうすぐ日が暮れる時間だ。基本的に放置するだけだが、時間は掛かる。


「まあな。燻製とはそういう物だよ。リリィたちこそ、調査はいいのか?」


「ちょっと行き詰まっているよ。どこかに制御装置があるはずなのだが、どこにあるのか分からないのだ」


「ねー、カベルさんは何か知らない?」


 リリィさんが困った様子で言うと、リーズがカベルに尋ねた。


 リリィさんとリーズは、2人で宮殿の仕組みを調査している。空調システムや状態保存など、建物全体が魔道具になっているので、仕組みが解明されればかなり応用がきくはずだ。

 対するカベルは、この宮殿の住民の記憶を持っている。自分の情報ではないから、言っても問題無いだろう。


「ここのですよね。

 ……私が眠っていた部屋にあるみたいですね。入り口から見て右側の壁にあります」


 気が付かなかったが、大聖堂の中にあるらしい。それを聞いたリリィさんとリーズは、心底嫌そうな顔をしている。ディエゴ(あいつ)のせいだ。


「コー君、私は調査を諦めるよ……」


 そんなに嫌なのか……。鬱陶しい奴ではあったが、そんなに嫌いではないぞ。でもたまにぶん殴りたくなるか。当たらないから余計にイラっとするんだよな。


「まあ、そう言うなよ。俺もついていくから」


「わかった。頼むよ」


「ところで、ゴーストに対する効果的な攻撃方法って、何だ?」


 確実にダメージを与える方法が知りたい。いつまでも魔導書『ディエゴの日記』に頼るわけにはいかない。耐性がつきそうなんだよな。ディエゴが開き直ったら効かなくなる。


「ゴーストは教会の領分なんです。教会の神官や教会出身の冒険者なら知っているのですが、一般にはあまり知られていなくて……」


 ルナが申し訳なさそうに顔を伏せると、カベルが小さく手を挙げた。


「ディエゴさんを討伐するのですね。助力いたします」


 かなり乗り気だ。口元に笑みを浮かべている。そんなに嫌いなのか……。体の主の記憶があるから、余計に嫌いなんだろうな。妹のストーカーだ。底知れない嫌悪感があるのだろう。


「討伐するわけじゃないけど、助かるよ。何か知っているのか?」


「教会では『神の御力』と言っていますが、実際はただの魔法です。浄化の魔法を体の一部や武器に施して攻撃をするのです。詠唱は。

 ■■■■■■■■■■、エクソーサイズ」


 カベルが丁寧に詠唱まで教えてくれた。相変わらずさっぱり聞き取れないんだけど。

 指輪が仕事をしていないな……。この不具合は直らなかったのか。


 カベルの右手がぼんやりと光を帯び、ぬるっとした何かに包まれているように見える。この魔法の効果だ。詠唱は聞き取れなかったが、効果が理解できれば再現できるはずだ。確認させてもらおう。


「ちょっと触ってもいいか?」


「どうぞ」


 カベルはそう言って右手を差し出したので、両手で握って確認する。

 ……魔力の塊に近いな。熱や特殊な効果は無い。身体強化強制ギプス(例のアレ)のような魔法だが、もっと刺々しい感じがする。例のアレは攻撃魔法のつもりで作ったんだよなあ。こうアレンジをすれば攻撃に使えたのか……。


「ありがとう。よく分かったよ」


 俺が手を放すと、カベルは魔法を解除した。手を覆っていた光がすうっと消える。

 さあ、これでカベルが教会関係者だったってことまで分かっちゃったぞ。カベル、迂闊すぎるだろ。教会関係者しか知らないって話をしたばかりなのに、どうして言っちゃうかな。実は正体を明かしたいんじゃないのか? 邪推しても仕方がない。気付かないフリをしておこう。



 この魔法は再現できる。効果の程はディエゴで試そう。討伐したいほど嫌いとは思わないので、苛ついた時にちょっと小突く程度だ。さっそく明日行ってみよう。

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