タイプ
王都の北側、常にカンカンうるさい職人地区を歩く。鍛冶職人ギルドもこの辺りだと思うのだが、特に用事がないので今日は行かない。
ビルバオの職人地区とどう違うのか気になっただけだ。どこかの工房に入るつもりもない。
ビルバオよりもうるさいと感じる以外は、特に違いは無いようだ。そこかしこに金槌がモチーフになった看板が掲げられ、窓から見える所でむさいおっさんがハンマーを振っている。
リーズが尻尾を振りながら窓に張り付いて中を見ているが、何か面白いものでも見つけたのかな。
「そんな所を見て、楽しい?」
楽しげなリーズを見て、クレアが興味無さそうに言う。
「面白いよー?
どうしてあんなに叩くのかな。叩くと何か変わるの?」
いや、俺に聞かれても……。日本の刀鍛冶も叩いているが、何のために叩いているかは知らない。延ばしているのかな。
「私も詳しく知らないが、不純物を叩き出しているそうだよ。叩かないと、折れやすい剣になってしまうらしい」
代わりにリリィさんが答えた。うーん、やっぱりよく分からないな。俺は刃物は作るよりも使う方が向いているよ。
一応ナイフには詳しいつもりなんだけど、製法のことまで言われるとピンと来ない。鍛造とステンレスの違いとか、何番のステンレスが良いとかは勉強したんだけどなあ……この世界にステンレスなんて無いから。
適当に鉄とクロムを混ぜたらステンレスにならないかな。でも合金の割合なんて知らないぞ。諦めよう。
リーズは次から次へと工房を変え、中を覗き込んでいる。俺たちはそれについていくだけだ。目的の無いただの散策なので、それでいい。
「あれっ? こんさんのお友達が居るよ!」
リーズが窓を指差して言う。鍛冶屋に出入りするような友人に心当たりが無いぞ……。と言うか、俺に友人なんて居たかな?
気になったので、リーズの上から窓の中を覗き込んだ。すると、客用と思われる椅子に善と一条さんが座っていた。
「なんで居るんだ?」
「ギルバートさんでも居ましたか?」
ルナが後ろから声を掛けてくる。なんでギルバートなんだよ。まあ、あいつも友人と言えば友人か……。
「いや、使徒の2人組だ。ちょっと声を掛けてくるよ」
俺が工房の中に入ると、みんなも俺を追って中に入った。工房は意外と広く、10人ほどが休めるようになっている。部屋の隅でぼーっとしている善に声を掛けた。
「よう。こんな所で何をしているんだ?」
「うわっ! びっくりした……。コーこそ、こんな所で何をしているんだよ」
「こんな所で悪かったなぁ」
工房の奥から、髭をはやしたスキンヘッドの筋肉質な大男がゆらゆらと歩いてきた。特大のハンマーを手に握り、ゴリゴリと音を立てて引き摺っている。
「誰だ!」
「ふん。鍛冶職人の工房で、金槌を持っていりゃァ判るだろう……」
「殺人鬼かっ!」
「違うわ! こんなナイスガイな殺人鬼が居るかっ!」
大男がつばを飛ばして怒鳴る。
「コー、この人は鍛冶職人のカールさんだよ。僕たちは剣の手入れを教わりに来たんだ」
善が手のひらを大男に差し向けて言う。この2人は日本で刃物の手入れをしたことが無いのだろう。
普段使いの刃物は、汚れと水分を確実に拭き取ってたまに研ぐだけ。長期間使わない時は油を薄く塗って紙で包む。俺の場合、研ぎ方は自己流だ。
この2人なら教会の人間にやってもらえそうなんだけど、自分でやるつもりみたいだ。
「ァんだァ? おめぇさんの友達か?」
「はい、そうです。コーはなぜここに?」
善が即答する。善の中では友達という認識なのか。そう言われて悪い気はしないが、俺の中では知り合いくらいの感覚でいたよ。
「散策していたら、お前らの顔が見えたんだ。特に用は無いぞ」
「ァんだよ、客じゃねぇのか。急いで出てきて損したぜ。俺ぁ作業に戻る。まァゆっくりしていけ」
カールはのそのそと歩いて工房の奥に消えていった。おそらくここは客間で、奥に作業場があるのだろう。他の工房よりもずいぶん広いな。
「お前らは手伝わなくていいのか?」
「ああ、カールさんの手が空くのを待っているんだ」
「コーくんは武器の手入れ、どうしてるの? やっぱりどこかの鍛冶職人さんに頼んでる?」
善と一条さんが椅子に座ったまま笑顔で言う。
刃物は自分で手入れできないと不便過ぎる。切れ味を保つために最低でも週1回は研ぎたいのだが、その度に鍛冶職人に渡すというのは効率が悪い。
「普段の手入れは自分でやっているよ。俺の手に負えない時はプロに任せたけどな」
「なんでできるんだよ……」
「普段からナイフや包丁を研いでいれば慣れるぞ」
「えぇ?」
「コーくん、普通の高校生は普段からナイフや包丁を研がないよ?」
使徒の2人は信じられない物を見るような目で俺を見る。
じゃあ、家の包丁は誰が研いでいるんだろう。他所の家では父親の仕事なのかな。
「まあいいや、本当に用は無いんだ。そろそろ行くよ」
「ちょっと待って! あたしたち暇なの。少しだけでいいから、話し相手になってよ」
一条さんは、手を伸ばして俺のコートの裾を引っ張った。
幸い、俺たちも暇だ。少しくらいなら話に付き合おうかな。
「わかった。
じゃあ、ずっと気になっていたんだが、お前らは普段何をしているんだ?」
パンドラの話では、使徒は訓練以外することが無いらしい。ボランティア活動はただの暇つぶし。何もしないでゴロゴロしているだけなら、ボランティアでもさせようというだけの話だ。
「訓練の合間に教会で書類整理したり、炊き出しや掃除を手伝ったり。結構忙しいよ」
うわ、こき使われているな。考えようによっては有効活用か。でもやっぱり王城から逃げて正解だった。絶対やりたくない。
「なかなか大変みたいだな」
「でも神様にも頼まれているからね」
そういえばこいつらは、この世界に来る時に会ったと言っていたな。俺も一度会いたい。会って一発ぶん殴りたい。この世界に不満は無いが、拉致られたことについては許していない。
「その神とやらは、どんな奴なんだ?」
ここに来てすぐに少しだけ話を聞いたが、時間がなかったのと善が混乱していたから詳しく聞けなかった。
今なら多少詳しく聞けるだろう。
「普通の人間に見えたよ。かわいい女の子……と言ったら失礼か。子どもみたいに背が低いけど、大人っぽい顔をしたきれいな女性だよ」
「でも、ちょっと性格がキツそうだったかな。顔が怖かったし、すこし高圧的で、友達にはなりたくないかも……」
善に続いて一条さんが思い出しながら喋る。
男女で評価が分かれるか……善はキツめの女性がタイプなのかな。逆に一条さんはキツめの女性が苦手らしい。善がそういう女性と結婚したら親戚になるわけだけど、ソリが合わなくて苦労しそうだな。
「へぇ、実物はそんな見た目なんだね」
突然、リリィさんが話に割り込んできた。これまで使徒と距離を置いていたリリィさんにしては珍しいな。
「どうした?」
「いや、ね。コー君も神の像は見ただろう?
あの像は背が高くて胸が大きくて、優しそうな顔立ちじゃなかったかい?」
リリィさんがニヤニヤしながら言う。
よく覚えていないが、アルコイにあった像は確かにそんなイメージだ。体型はリリィさんに似ていて、顔はルナに近い感じだった。
「それがどうかしたか?」
「あの像は何を思って建てたのかな?
神が劣等感を抱いていたのか、それとも教会が気を遣って見た目を変えたのか……そう考えると滑稽じゃないか。ククク……」
リリィさんは笑いをこらえながら言う。
ちょっと馬鹿にしすぎじゃないかな。
「像の作者が神を見たことが無かっただけかもしれないぞ」
「でも教会はそれを許しているのだよ。教会は実際の神が残念な見た目だと思っているということじゃないか?」
やべーさらに馬鹿にした。
「リリィさん、教会を嫌いすぎじゃないですか?」
善が少しムッとした表情で言う。使徒は教会側の人間だから、言われて良い気はしないだろう。
「ああ、すまない。ちょっと我慢できなかった。私も昔はそんなに嫌いじゃなかったんだがな……」
ルナやリリィさんのような使徒召喚に抜擢された術者は、教会に殺されるところだったんだ。真実を知ったら嫌いになると思うよ。
でもこのことを使徒に言うつもりは無い。この2人は教会に近い所に居るから、知っても良いことは無いだろう。
「まあ、そう言うなよ。詳しくは言えないが、宮廷魔道士には教会を嫌う理由があるんだ」
「そうなのかい? 言えないという話を詳しく聞く気はないケド……」
善は腑に落ちない様子でつぶやいた。雰囲気が良くないので、話題を変えよう。
「そういえば護衛らしき人を見かけないが、今日は2人だけなのか?」
「そうなんだ。この工房に居る間だけだけどね。後で護衛の神官さんが迎えに来るよ」
幼稚園児かよ。過保護が過ぎるぞ。
でも王都はアホほど広いから、迷子になる可能性は高いな。屋根の上から見ればわかりやすいのだが、たぶんこいつらにはできないだろう。意外と賢明な判断かもしれない。
「なんだか、全く自由が無さそうだな」
「そうでもないよ。今日だって、僕たちの希望で来ているわけだしね」
希望と言いつつ、仕事の一環のような気がするが……。まあ本人が納得しているならいいだろう。
「それなら一応休みは取れているか」
「うーん、最近は割と休んでばかりだよ。僕たちの仕事が少なすぎるのは気になるかな」
教会は先日のクーデター騒ぎの混乱が収まっていないのかもしれない。ボランティアどころではないのだろう。というか、こいつらの収入源は何なんだ。金になる仕事をしている様子が無いぞ。
「なあ、お前らの給料は誰が払っているんだ?」
「給料というか、国から生活費を貰っているよ。このお金は僕たちの自由に使っていいんだ」
なるほど、税金で賄っているのか。使徒というのは本当によく分からない立場だな。
ふと気が付くと、この工房の奥で鳴っていた音が止んでいた。作業が終わったらしい。
「おう! 待たせたな! 指導を始めるぞ。おめぇたちも一緒にどうだ?」
工房の奥からカールが出てきた。森の中で出会ったら、オーガと間違えて攻撃してしまいそうだな。
カールは俺たちにも手入れの指導を勧めるが、まあ全員必要無いだろう。リリィさん以外は完全に自己流だが、上手くできていると思う。
「いや、必要無い。邪魔して悪かったな。俺たちは帰るよ」
「またねー!」
一条さんが笑顔で手を振った。その後ろで善が小さく手を上げている。俺も小さく手を振り返して工房を出た。
今日はもうすることが無いので、出発の準備をしよう。
この国の地図を埋めるつもりだったのだが、マクハエラのことが気になって観光どころではない。ついでに転移の資料も読みたいので、次の目的地はミルジアの奥にあるエルフの国だ。
また一月ほど滞在しようと思っている。今回は氷室もあるので、余裕を持って滞在できるはずだ。
「じゃあ、ミルジアの越境許可証を貰いに行こうか」
「もう要らないんじゃない?」
クレアが少し呆れたように言う。
「なんで?」
「どうせ森を抜けて街を素通りするんでしょ? 貰うだけ無駄じゃない」
「……そうだな。無くてもいいや」
街は素通り、街道も無視。越境のための吊橋も渡らない。越境許可証が必要になる理由が見当たらない。帰りに観光したい思いもあるが、どうせ帰る頃には期限が切れているだろう。
ミルジアで開かれるという骨董市は気になるのだが、それは本格的に寒くなってからの話。帰ってきてからでも遅くない。上手くいけば帰りは転移だ。気合を入れて調査しよう。
いつも呼んでいただき、ありがとうございます。
第六章『異世界観光旅行』はここまでになります。
王都内の観光は今回で一度終え、次回から新章に入る予定です。






