お金様は神様です
ルナが選んだ宿は外装も内装も豪華だったが、調度品も高級品らしい気品に溢れていた。高級な宿なのだろう。宿泊費が気になるところだ。
宿代としてルナに渡した金は金貨5枚。宿代にしては高すぎる金額ではあるが、足りなくて困るよりはいいと判断した。
部屋でルナと2人になったので、気になる宿代を確認しよう。
「高そうな宿だけど、いくらだったんだ?」
「ごめんなさい。少し高いです……。
全員分で、1泊夕食込み金貨1枚です」
ルナは申し訳なさそうに俯いた。
金貨1枚ということは、普段泊まっている宿の約2倍だな。思っていたよりもかなり安い。てっきり金貨5枚を使い切ったかと思ったよ。
「それくらいならいいんじゃないか?
値段の割に豪華な宿だよ。もっと高いと思った」
「ありがとうございます……。
この街の宿は少し極端だったんです。いつもの値段だと、かなりボロ宿になってしまいます。
ただ泊まるだけならそれでも良かったんですが……その、出るんです。あれが……」
ああ、なるほど。アレが出るのか。それは気になるな。
森の中で出会っても気にならないが、建物の中だとどうしても許せないんだ。宿の中で出くわすくらいなら、野宿したほうがいい。
俺とルナが泊まる部屋は、寝室とリビングが別になった上級客室。日本で言うところのスイートルームだな。リビングが会議室として使えるから、パーティで泊まる時に便利だ。それでいて値段が4人部屋と同じなので、かなり安いと思う。
リビングのソファは8人まで座れるようになっている。ソファとは別に、4人掛けのテーブルセットもあるので、詰め込めば12人まで収容可能だ。まあ、そんな人数を集めることは無いけどな。
「宿に不満は無いよ。ありがとう」
ルナから余ったお金を受け取り、今日は就寝する。
余ったお金はルナたちで分けても良いかと思ったのだが、その場合はクレアだけが受け取れなくなってしまう。公平にするため、今日は返してもらった。
そのまま朝を迎え、全員がリビングに集合した。
俺が寝室を出てリビングに入ると、眠そうなリーズがソファに横になり、大面積を専有していた。クレアとリリィさんはソファではなく、テーブルの椅子に座ってお茶をすすっている。ルナはお茶と軽食の準備をしていて、朝から忙しそうだ。
なんと言うか、みんな俺よりもこの部屋を満喫しているな……。今日は時間に余裕があるので、ゆっくりと休んでから出発しよう。
街に出て歩くと、朝からカンカンと鉄を打つ音があちこちで響いている。音がなっている建物が鍛冶屋なのだろうが、修理を引き受けてくれるかは別だ。適当な武器屋で聞いた方が早そうだな。
最初に目についた武器屋に入ると、店の奥の天井付近の壁に見覚えのある形状の剣が飾ってある。クレアが普段使っているマクハエラと同じ物だ。
飾り物にしてはキレイに手入れされている。すぐにでも使えそうだ。拵えも豪華で、腰にぶら下げているだけでも威厳がありそう。
「どうした、何か気になる物でも有ったか?」
店主らしきおっさんが話しかけてきた。
「いや、俺たちが使っている剣とよく似た物が飾ってあったんだ」
「使ってる? まさか、コレをか?」
おっさんが驚きながらマクハエラを指して言う。
「使ってるわよ。悪い?」
クレアが答える。実際に使っているしな。最初は渋っていたが、今ではもう慣れたものだ。
「いや……すまん。見せてくれないか?」
「いいけど……」
クレアはマジックバッグからマクハエラを取り出し、おっさんに見せた。
「確かにマクハエラだな……それもそれなりに使い込んでいる」
「何か変か?」
「すまんかった。
あれを使っている冒険者を見るのは珍しいんだ。この剣は武器屋と鍛冶屋のお守りみたいな物だからな」
この国では片刃の片手剣は人気が無い。使い勝手はかなり良いと思うのだが、教える人が居ないので難しいのだろう。
この剣は両刃の剣とは比べ物にならないほどに切れ味が鋭い。その特性が武器屋のお守りにちょうどいいらしい。
「なるほどな。
まあいいや。本題にはいらせてもらうが、武器の修理を頼みたい。これなんだが……」
マチェットを取り出しておっさんに渡すと、おっさんはまじまじとマチェットを見つめた。
「ふむ……また珍しい武器を使っているな」
「アルコイの武器屋でも言われたんだが、そんなに珍しいのか?
ナイフを使う冒険者は結構いるだろう」
「この形状はな。ナイフはもっと短い物が主流だ。この長さだと、普通はショートソードを使うよ」
パンドラが使っていたような短剣だな。切れ味は期待できない、突くことに特化した剣だ。リンゴの皮を剥くくらいには切れるだろうが、両刃だから料理に使うのは危険だ。
要するに、中途半端な武器なんだよなあ。対人戦なら有用だろうが、魔物が相手だと使いにくい。
「うーん、なんで両刃が有難がられるのか、よく分からないなあ」
「この国は昔から両刃を使っていたからな。
一時期マクハエラが流行ったこともあるが、使いこなせる人が少なくて廃れたよ」
おっさんがあっけらかんと言う。やはり師匠が居ないというのは足枷になるようだ。
「そんなことよりも修理だ。鍛冶屋に頼みたいんだが、誰か腕の良い鍛冶屋を紹介してくれないか?」
「ああ、そうだったな。この先にエリンという鍛冶職人が居る。上に飾ってあるマクハエラを鍛えたヤツだ。腕は保証するぜ」
おっさんが上を指差して言う。指の先には、さっき見ていたマクハエラがある。あれを作った人なら信用できるな。
「ありがとう。何も買わないで悪かったな。面白い物があれば買うぞ。何かないか?」
何も買わないで聞くだけ聞いて店を出るのは、何となく気が引ける。無理して買うつもりは無いが、見るだけ見てみよう。
「そんなことは気にしなくてもいいんだが……面白いものねぇ。これなんかどうだ?」
おっさんはそう言って一本の片手剣を持ってきた。マチェットをそのまま長くして、柄を付けただけだな。
手にとって見ると、マチェットよりもかなり重い。刃を厚くして強度を持たせてあるようだ。武器として使うことに特化している。
予備の剣としてはちょうど良いかもしれないな。今回のようにマチェットが使えなくなることは、今後も予想できる。持っておけば安心だろう。
「いいじゃないか。いくらだ?」
「金貨10枚だ。これもエリンの作品だよ。エリンは『ファルシオン』と呼んでいた」
切れ味は使ってみないと判断できないが、見る限り悪くない。金貨10枚なら買ってもいいと思うが、みんなに相談しよう。
「どうだ?」
「アンタが使うんでしょ?
いちいち聞かなくてもいいわよ」
クレアの一言に、他のみんなも頷いた。購入決定だな。
おっさんに金貨10枚を渡し、ファルシオンを受け取った。
あくまでも予備だから使用頻度は低いだろう。予備のナイフも持っているが、あれは解体用にしてしまった。壊れると面倒なので、戦闘には使いたくないんだ。
鍛冶屋の場所を詳しく聞いて店を出た。例の鍛冶屋は、カンカンとうるさい地域のはずれにあると言う。『エリン工房』と書かれた看板を探して歩く。
工房のドアを開けると、若い女性が1人、椅子に座って退屈そうにお茶を飲んでいた。
「あ、お金……お客様!
いらっしゃい!」
今、俺たちのことを「お金様」と言いそうにならなかったか?
「金にならない客で悪いんだが、剣の修理を頼みたい。職人は?」
「ウチだよ。修理歓迎! 大歓迎! 材料費なしの丸儲け!」
どう見ても20歳そこそこの小柄な女性だ。栗色の髪は短く切り揃えられ、勝ち気な顔立ちによく似合っている。この人がエリンだな。
チラホラと本音が漏れているが……この人は大丈夫なのかな?
「せいぜい儲けてくれ。依頼したいのはこれだよ」
「いいの……?」
エリンが不安そうに聞く。人間性は心配だが、作品を見る限り腕は悪くないはずだ。
「ああ、頼みたい。何か気になることでもあったか?」
「一見さんが信用してくれることなんて……ほとんど無いから……」
エリンが寂しそうにつぶやくと、リリィさんが反応した。
「ふむ。私も経験があるぞ。
鍛冶職人は男社会だ。女性の鍛冶職人はそこそこ居るが、女であるというだけで仕事が少ない」
調査員だから鍛冶職人ではないが、リリィさんは鍛冶ギルドにも登録している。そのため、鍛冶ギルドの内情を知っているようだ。
「腕の善し悪しに性別は関係ないからなあ……。真面目に修理してくれたら、それでいいよ」
「ありがとう! すぐに終わらせるよ。明日また来て!」
「たった1日で終わるのか。任せるよ」
もし俺が自分でやったら、道具を揃えたとしても2日以上掛かると思う。砥石で刃を作り直す作業は根気が必要で、精神的にも消耗する。仕上がりを見てみないと分からないが、腕は信用できそうだ。
「ところで、何を斬ったらこうなるの? 石でも斬った?」
エリンがマチェットを鞘から引き抜き、ボロボロになった刃を見ながら言う。
「そんなわけないだろう。硬い魔物が居たんだよ」
石なら斬れるんだよ。斬ると言うより割る、だがな。魔法で強化したマチェットなら鉄でも簡単に斬れる。石は硬すぎて、斬る前に割れてしまう。
金ボアは魔法で強化した武器を弾くから、素のマチェットを当てるしか無かった。そのおかげでボロボロになったんだ。
「これ、武器にしているんだね。農具じゃなかったんだ」
エリンは感心するようにうんうん頷きながらマチェットを検分している。
マチェットはこの世界でも農具扱いだったのか……。武器屋で買った武器なのに。
「軽くて丈夫でよく斬れる。いい武器だぞ」
「だよね。ウチの作品で、これによく似た剣があるんだけど、買わない?」
ファルシオンのことだな。さっき買ったばかりだ。さすがに2本も要らないぞ。
マジックバッグからファルシオンを取り出してエリンに見せた。
「それならここに来る前に買ったよ」
「あー! それウチの! 買ってくれたんだ! ありがとう!」
エリンが俺の手を握ってブンブンと振った。感情の起伏が激しい奴だな……。
話がまとまりかけたところで、リーズの声が工房に響いた。また自由情動をしていたようだ。
「ねー、これなにー?」
リーズが錆びにつつまれてボロボロになった、剣だったはずの鉄塊を持ち上げて言う。
「勝手に触るなよ!」
俺がリーズに注意するが、エリンは笑顔のままだ。ずいぶんと機嫌が良いらしい。
「いいのよ。それね、ウチの師匠がどこかで拾ってきたマクハエラモドキよ。
鍛えた様子も無い、良い鉄を使ってるわけでもない、マクハエラの形をしてるだけ。たぶん、昔の貴族の装飾品だと思う」
朽ちかけているので判断しにくいが、形はマクハエラだと思う。拵えも無い、刀身のみだ。
「コーさん……あれ、たぶん本物です……」
ルナが驚きながら俺の耳元でつぶやく。
まさかこんな所で出会うとは……。エルフの国でも見つけられなかったんだ。なんとか手に入れておきたいな。
「それ、売ってもらえないか?」
「これを? ただの鉄クズだよ? 剣ならもっと良い物があるよ?」
「そいつに心当たりがあるんだ。ちゃんと調べたい」
「うーん。それならいいけど、こんな物に値段を付けられないよ」
壊れたエルフの魔道具を宮廷魔導士が買い取る場合、相場は金貨数枚くらいだったかな。
「金貨5枚で買い取るよ」
「これが? そんなに高い物なの?
えー……もう少し高く……」
「ならないな。一番高く買ってくれるであろう所よりも高値だ」
エリンは結構がめついな。高値を付けたいなら、そのつもりで話をしないとダメだ。エリンは自分で鉄クズと言ってしまったから、自分から値段を上げることはできない。
「じゃあいいよ。持ってって」
マクハエラらしき鉄塊をマジックバッグに仕舞い、エリンに金貨5枚を渡して工房を出た。
もう少し街を見て回るつもりだったのだが、マクハエラの解析が先だ。一度宿に帰って詳しく見てみよう。






