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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第一章 旅をしたいのに王城から出られません
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異世界の常識は難しい

 数日の間、読書と訓練と言葉の練習に費やした。指輪の効果を駆使して文字はかなり覚えた。写本で練習している。


 訓練の結果、一般的な兵士と同等以上の力が身についたと思う。少々やりすぎたくらいだ。

 グラッド教官に「兵士としての実力はもう十分だな」と言ってもらえたことも自信につながった。

 ただ、暗に基本教練を受けるように促されている気がする。このままでは確実に兵士にされてしまう。

 王に余計な進言をされる前に王城を脱出しようと思う。




 ギルバートからは干し肉と毛皮の代金を受け取っている。干し肉は大きなトートバッグのような袋にぎっしりと詰まっていた。


 「この袋、あとひとつ分くらいあるから、明日また持ってくるよ」と言っていたが、いくら干し肉でもさすがに腐るぞ……。


 兵士に配ってくれ、と受け取りを固辞した。

 保存料は無理だろうが、せめて冷蔵庫があれば長持ちするのに。


 毛皮の代金は金貨1枚と大銀貨8枚だった。高いのか安いのかわからん。


 「かなり安いぞ。状態が良かったからまだマシだ」と言っていた。


 貨幣は国内共通。ただし別の国でも使えなくはないそうだ。相場が面倒だから両替したほうが良いとも教えてもらった。


 貨幣は『銅貨』『大銅貨』『銀貨』『大銀貨』『金貨』『大金貨』の種類が流通していて、それぞれが約10枚で次の貨幣と同価値になるらしい。ただし、大金貨は使いにくいのであまり流通していない。


 “約”というのは、その時の相場と貨幣の質で上下するから。すり減って摩耗した貨幣は価値が下がるそうだ。

 受け取りの時はしっかり確認しないと損をする、と注意された。ギルバートからの忠告は失敗フラグなんだよな。気を付けよう。

 ちなみに、食事に出てくるパン一つが銅貨3枚くらい。宮廷魔導士の実験服程度の服は銀貨2枚ほどだそうだ。結構貰っているけど、いいのかな。


 最後に、「魔道具の勉強をしているみたいだからな。これも渡しておくよ」と言って渡されたのは指先ほどの小さな石。

 きれいな赤色が付いているが透明度は無い。宝石みたいだが、魔石という魔物の体内にある石だ。魔力の塊で、魔道具の材料になる。

 上手く活用できるようになるのはまだ先だが、ありがたく受け取っておく。この大きさだと、売っても銀貨2、3枚だそうだ。




 ある日の武術訓練を思い出す。恒例となったグラッド教官との模擬戦だ。

 いつもの模擬戦の前にグラッド教官に話しかけられた。


「お前は練気法を使っている様子が無いが、何をしている?」


 グラッド教官は普段は普通の喋り方なんだよな。行軍訓練になると豹変するだけ。それが厄介なんだけどね。

 何をしているって言われても、普通に身体強化をしているんだが。「魔力で身体強化をしています」とだけ答える。


「ふむ。どうやっているのかわからんが、練気法や強化魔法を使うと体からオーラが出る」


 やっぱりそうだったのか。兵士の皆からはなんか出てるなーとは思っていた。


「このオーラ、特に練気法のオーラは他人に恐怖や威圧感を与える。お前ほど戦える者が威圧感を出していないのは少々不自然でな」


 やっぱりそうか。体から漏れ出ている魔力はダダ漏れしているだけ。強化の役には立たず、無駄に疲労するだけだ。


「普段は抑えるようにしています。魔力の無駄遣いなので」


「そんなことができるのか? 聞いたことも無いぞ」


「試してみたらできたので。自分なりに試行錯誤しています」


「そうか。しかし、威圧感を与えることで避けられる争いもある。覚えておけ」


 確かにそうだな。ビビらせて追い払えば争いは避けられる。なら、威圧だけの魔法も開発しよう。


「ありがとうございます」




 それからの訓練は……それはもうハードなものだった。

 初日にビビって逃げたグラッド教官本気モードにも、なんとか食らいつけるようになれた。

 全力身体強化状態なら、剣で切りつけられても肌に刃が通らない。逆に剣が欠ける。魔力に感動したくらいだ。


 魔法による身体強化は効果が切れた時の疲労感が無いと聞いたのだが、俺のはガッツリと疲労感が襲ってくる。全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 何度も治癒魔法を受けたおかげで、自分でも使えるようになった。ただし、身体強化を切ってすぐに治癒魔法を使うと魔力切れで倒れる。

 しばらくはルナの治癒魔法に頼るしか無いな。


 練気法は魔力が切れれば強制終了になるはずなのだが、俺の身体強化は切れる様子が無い。たぶん効率の問題だな。

 上手く調整して一日中掛け続けている。寝ながら身体強化を掛けることにも成功した。




 これまでの数日間、ルナやリリィさん、ギルバートとその他兵士や食堂のおばさんなど、色んな人に話を聞いた。

 「客として扱う」という王の判断は王城全体に広がっているようで、みんな快く話をしてくれた。


 この世界のこともさらっと教えてもらった。まずはこの国。『アレンシア王国』というらしい。

 この国の北と西は海。東には高い山がそびえており、その山の向こうは不明だそうだ。

 海辺の街に向かってもよいが、南西か南東に向かえば、隣の国に行けると聞いた。


 どうせ行くなら未開の地じゃね? と思ったが、相当危険らしいので無理はしない。


 「隣の国に行くなら」と、南西にあるガザル連合王国をおすすめされた。

 6カ国ほどの国の集まりだそうだが、法整備が世界一進んでいるそうだ。

 ルナとのふたり旅になるので、治安の悪い街にだけは行きたくない。

 警察機構が地球レベルで機能しているわけがない。現地での情報収集はとても重要だ。



 リリィさんの勧め(強制)で魔道具の作り方を教わったのだが、結局実用レベルまでは至らなかった。

 数年の経験が必要らしい。そんなに長期間留まることはできないので、旅をしながら勉強するということで資料だけ貰った。


 ちなみに、資料は携帯型ウォシュレットの改造案を出したお礼だ。もちろんウォシュレットも貰った。

 「キミは天才か!」と目を輝かせていたリリィさんが目に浮かぶ。大喜びで作業していた。


 温度調整を付けるくらい誰でも思いつきそうなものだけど……。と思ったのだが、使い方を説明できなかったせいでほとんど普及していない。

 そのため、半ば放置されていて作った本人も忘れていたそうだ。せっかく作ったんだから使えば良かったのに。




 今日は、出立の打ち合わせのためにルナを部屋に招いていた。


 明日は謁見があるためだ。現在の状況と要望や今後の予定を王と話し合うと聞いた。もちろん善と一条さんにである。

 フィリス以外にも神官らしき人間を見かけることがあるのだが、誰もが俺を無視している。

 王の命令は教会には通らないのか? だとしても愚か者すぎて声も出ないわ。


「どうして愚か者なんですか?」


「俺に対して取られる可能性があった処遇は大まかに三つ。

 まずは、その場で処刑すること」


「え? それは無いです……」


「そうだね。最も愚かな行為だね。使徒の関係者で同郷の人間を簡単に処刑してしまったら、使徒の心証は最悪だ。

 たぶんこの国を危険と判断して早々に脱出する。世話になんかならない」


 と言って、残りの説明に入る。


 二つ目は、一切干渉せず放置する。これが教会の選択だね。これもアホの選択だよ。

 下手したら即処刑よりも愚かかもしれない。

 重要人物の関係者だが正体不明。問題のある危険人物かもしれないし、逆に使徒よりも上の立場かもしれない。

 どちらであったとしても、自由にさせてできるだけ監視したほうがいい。

 危険人物なら事故を装って処刑、重要人物なら恩を売って取り込む。


 教会側は俺のことを適当に扱っているから、俺と使徒の二人との関係性を理解していない。

 俺が何を考えて何をするつもりか、何も知らないぞ。

 そして、俺が教会のために何か行動するようなことは絶対にありえない。恩どころか反感しかないからね。




 で、最後の選択肢。使徒と同等に丁重に扱う。これがこの国の選択。これを即決できる王は大したもんだと思うよ。

 使徒は王命に従う義務がなく、自分たちの判断でどう行動しても咎められない。もちろん犯罪行為はダメだけどね。

 王が使徒に何かをお願いする時は、一度教会に相談する必要があるんだけど、俺を通せば簡単に通る可能性がある。

 それに、使徒にはチート成長補正があるらしいけど、俺にもそれがあるかもしれない。

 成長した後、神の世界に行くこともないから強力な配下になり得る。


 だから、多少危険な賭けでも、できるだけ恩を売っておく必要があるんだ。



 ルナは「なるほど」と言ってうなずきながら聞く。


「コーさんは、初めからわかっていたんですか?」


「いや、数日の間でわかったことから推測しただけ」


 王の意図のことだ。さすがに最初は情報が無さ過ぎた。王の意図に気が付いたからこそ、遠慮が無くなったんだけどね。

 いくらでも恩を受けますよ。恩を受けながら、こちらの要求を飲ませる。


 結構ハードな交渉だけど、向こうの意図が予想できている分、動きやすい。

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