誘導尋問
パンドラを椅子に座らせて、話を聞く準備だ。俺が聞きたいことは、パンドラが最後に使った魔法について。
空間が歪む変な魔法だったのだが、挙動が転移魔法によく似ていた。おそらく同系統の魔法だ。転移魔法のヒントになると思う。
ルナが聞きたいことはわからないな。ルナは軽食とお茶の準備に忙しいようなので、先に俺の質問を片付けよう。
「じゃあ、さっそく質問だ。最後に使った魔法、アレは何だ?」
「いや、まずは答えられる質問について説明しよう。
ボクの魔法は特殊な魔法なんだ。簡単に教えられるものではないよ。
生い立ちについても聞かないでくれたまえ。ミステリアスを売りにしているんだ」
また俺の質問をスルーしやがったな。こいつ、真面目に答える気があるのか?
そして生い立ちはどうでもいい。ミステリアスはもっとどうでもいい。こいつはミステリアスと言うよりも奇怪とか奇抜とか奇妙なんだよ。
ちょっとイライラしてきたぞ。チッと舌打ちをして質問を続けた。
「いいから質問に答えろ。あの魔法はどういう効果の魔法なんだ?
詠唱を教えろと言っているのではない。説明がほしいだけだ」
詠唱を聞いたところで俺には使えないからな。効果を詳しく聞いた方が使える可能性が高い。
「こんさん、顔が怖いよ?」
おっと、イライラが顔に出ていたようだ。眉間を揉んでため息をつく。
「悪いな。アンタと喋っていると話が進まなくてイライラするんだ」
「……うん、すまないね。よく言われるよ。ボクの悪い癖なんだ。
この前も他の冒険者に怒られたよ。直そうと思っているんだが、性分だから難しくてねえ」
「いいから答えろ!」
話をすり替えるパンドラに怒鳴る。ヤバイ、こいつは相当ウザい。
「そうだったね。最初に言っておくけど、詠唱を教えることはできないからね?」
「詠唱は要らないと言っているだろう」
あー! 話が進まない。ウザい。鬱陶しい。腹立つ。
「それならいいんだ。あの魔法は、ボクが苦労して習得した特殊な魔法でね。
装備や装甲を無視して体内にダメージを与える魔法なんだ。魔法の属性は“無”だよ。聞いたことがないだろう?
ボクも最初は耳を疑ったね。風でも土でもなく、“無”なんだから。ボクはあの魔法以外“無”の魔法なんて聞いたことが無いよ」
余計な情報が多すぎて大事なことが入ってこないぞ。耳が聞くことを拒否しているようだ。
転移魔法の説明の時も情報が耳から抜けていったが、今回は違う意味で耳に入ってこない。
頑張って整理しよう。詠唱魔法の属性は“無”で、防御無視の貫通ダメージが入る、ということか。
エルフの魔法属性で言うと何だろう……。やっぱりよく分からないな。
「具体的にどういう効果があるんだ? 熱いとか痛いとか、何か感じるものがあるんだろう?」
「ボクは人間を相手に撃ったことがないから、それは分からないなあ。
でもあれは痛いと思うよ。何が起きているか知らないけど、あれだけグニャグニャしているんだからね」
パンドラが首を横に振りながら言う。
自分でも何をしているか分からないのか。詠唱魔法のメリットだな。詠唱さえ間違っていなければ、自分の理解を超えていても発動する。
エルフの魔法は真逆だ。詠唱が必要無い代わりに、何が起きているかを正確に把握しないと発動しない。だから転移魔法に苦労しているんだ。
しかし、詠唱魔法であってもイメージが必要だ。『正しい詠唱と正しいイメージ』だったかな。本に書いてあった。
「よくわかっていないものの何をイメージするんだ?」
「うーん、上手く言えないけど、目の前の空間をギュッと固めるイメージかなあ。
相手をギュッと固めるイメージだと上手くいかないんだよね。不思議だろ?」
パンドラがしたり顔で腕を組む。
いまいちよく分からなかったが、これは空間操作だよな。ちょっと参考になった。
パンドラから得られる情報はこれで打ち止めだな。これ以上詳しいことは本人にも分からないだろう。
「俺からは以上だ。ルナも聞きたいことがあるんだろう?」
お茶を淹れているルナに向かって聞くと、パンドラが口を挟んだ。
「質問は一つじゃなかったのかい?
これ以上は答えられないよ?
ボクが貰ったポーションは1本なんだ。質問も1つにしてくれたまえ」
筋が通っているようでメチャクチャな論法だな。くそ、最初に質問は1つじゃないと言っておくべきだった。
ドヤ顔で「フンッ」と鼻を鳴らすパンドラが腹立たしい。あと3本くらい強引に飲ませるか?
「いえ、私の話は質問ではありませんよ。ただの確認です。
答えたくなければ答えなくても結構です」
ルナがパンドラの前にお茶を置きながら言う。質問じゃないのなら問題ないな。
お茶を配り終えたルナが席に着くと、パンドラが心配そうな顔でルナに話しかけた。
「ボクも貰っていいのかい?」
何の心配をしているのか知らないが、パンドラにだけ何も出さないと言うのはダメだと思う。
休憩のお茶に金を要求するつもりはない。
「はい。お客様ですから。
では確認させていただきますね。パンドラという名前は本名ですよね?」
「なっ! 当たり前じゃないか。ボクの名前は生まれてから今まで、ずっとパンドラだ」
少し焦ったような表情を浮かべるパンドラに、ルナが畳み掛ける。
「では、どうしてミルジアの魔法が使えるのですか?
アレンシアの人は教えてもらえませんよね?」
「え……?
いや、それは……詠唱を聞き間違えたんじゃないかな?」
パンドラが目を泳がせてあからさまに動揺している。
ルナとリリィさんがしの不思議な反応は、このことだったのか。なんで分かるんだろう。
「いえ、はっきりと聞こえていましたよ。
あの魔法はミルジアで育った人しか使えないはずです。
どうしてアレンシアの身分証を持っているのですか?」
「いや……ボクに教えてくれた人がミルジアの人、だったのかなぁ? ははは」
パンドラが真顔で乾いた笑い声を出した。
笑ってごまかそうとしているようだが、リリィさんがそれを許さない。
「ほう、その人はミルジアの脱走兵だったのかな?
君が使っていた魔法は、ずいぶんと高度なものだったね。一般人が使える魔法じゃないはずだよ?」
リリィさんもルナと同じように違和感を覚えていた。俺にはさっぱり分からないのだが、魔法使いなら気が付くレベルの違和感なのかな。
「ボクも聞きたいんだけど、どうしてそんなことが言えるんだい?
まるでミルジアの魔法を知っているみたいじゃないか。キミたちの方こそ怪しいよ思うよ?」
パンドラは顔を引き攣らせて焦りを見せ、つばを飛ばしながら言う。
また問題をすり替えようとしているな。こいつの得意技だ。俺からも追撃しておこう。
「言っておくが、俺たちはアレンシア王城の関係者だ。怪しい人物が王城で勤めることができると思うか?」
「……え?
申し訳ない! 用事を思い出したよ! ボクは失礼させてもらおう!」
パンドラが席を立って逃げようとした。
どう考えても怪しすぎるだろう。絶対に何か裏があるはずだ。威嚇の魔法を使って動きを止めよう。
威嚇のターゲットになったパンドラは、腰を抜かして椅子にしがみついた。かなり弱めに掛けたので、気を失うことはないだろう。
「俺たちの話はまだ終わっていないんだよ。お茶でも飲んでゆっくりしてくれ。
急ぐ用事があるのなら、話が終わった後で俺が担いで送ってやるぞ」
自慢じゃないがかなり速い。時速だと40km以上出ているはずだ。障害物を無視して突っ走るので、たぶん車よりも速いと思う。
ただ、場合によっては行き先は牢屋だがな。
今、パンドラにはミルジアの脱走兵である疑惑がかかっている。これ自体はミルジアの問題なので関係無いが、アレンシアで身分証を偽造して潜伏しているということがかなり危ない。
話が拗れると、ミルジアの脱走兵をアレンシアが匿っているということにされて戦争の火種になりかねないのだ。
話が飛躍しすぎているとも思えるのだが、ミルジアは常に喧嘩腰なので絶対に無いとは言い切れない。つい先日も奇襲戦争の準備をしていたくらいだからな。ちょうどいい理由があれば喜んで攻めてくるだろう。
しかしなぜルナとリリィさんは違和感に気が付いたのかな。今のうちに聞いておこう。
「なあ、パンドラが静かになったから、ちょっと説明してくれないか。俺も話についていけていないんだ」
「……ごめんなさい。説明が遅れました。
魔法の詠唱は、国ごとに少しずつ違いがあるのです。微妙な差なので分かりにくいですが……」
「方言みたいなものだと思ってくれ。もっとも、私たちのような研究者でなければ気が付かないだろう。
詠唱が下手なくせに威力が強い、くらいにしか思われない」
ルナとリリィさんが説明してくれた。2人は魔道具の研究と並行して魔法の研究もしていたから、詠唱魔法にも精通しているらしい。
パンドラの動揺具合から察するに、指摘されたのは初めてなんだろうな。俺は詠唱を聞き取れないが、聞き取れたとしても気が付かなかったと思う。
パンドラはガタガタと震えながら真っ青な顔で椅子に抱きついている。
話が進まないから威嚇を解除した。すると、顔色が元に戻って震えも止まった。これで会話ができるだろう。
「で、ミルジアの脱走兵が、なぜこんなところで冒険者をしているんだ?」
「ボ……ボクは……脱走兵なんかじゃないぞ……」
「じゃあ身分証を偽造してまでアレンシアで暮らしているのはなぜだ?」
「偽造……じゃない。冒険者ギルドが発行した正規の身分証だよ」
パンドラは少しずつ平静を取り戻している。しかし、動揺と威嚇で普段の調子が出ていないな。
脱走犯であることは否定したが、ミルジア出身であることは否定していない。今持っている身分証が本物だと主張しているが、取得した経緯を明らかにしていない。
たぶんこれは本物の不審者で決まりだな。詳しく聞く必要があるぞ。いや、もう兵士に突き出すかな。俺が警察の真似事をする理由は無い。
「ああ、ありがとう。もう十分だ。
知り合いの兵士を呼ぶから、ちょっと待っててくれ」
俺が運ぶのは面倒だから、転写機でグラッド隊の誰かに来てもらおう。どうせ訓練ばかりやっているんだ。遊びみたいな外出だから、喜んで来てくれるだろう。
マジックバッグから転写機を取り出そうとしたところで、パンドラが叫ぶ。
「待ってくれ! 全部話す!
全部話すから、聞いてから判断してくれ!」
パンドラが必死の形相で訴えかけてきた。
まあ、まだ不法滞在と決まったわけではない。聞くだけ聞いてみよう。






