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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第六章 異世界観光旅行
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喧嘩上等

 パンドラの負けっぷりを見て、金ボア対策はできている。

 まず、みんなにはノーマルボアを任せる。あれが邪魔をして接近戦に持ち込めないんだ。俺が金ボア(本命)に専念するために、みんなでノーマルボアを押さえてもらう。


 ルナ、リリィさんペアと、クレア、リーズペアに分け、2対1で戦う。俺は金ボアとタイマンだ。

 武器は近接用の刃物。俺はマチェットで戦う。毛皮が硬いかもしれないので、マチェットを魔法で強化しておく。

 これはエルフの魔法を基にした物質強化魔法だ。表面を魔力で覆い、素材以上の強度を持たせる。これを使うと、厚い鉄板でも薄い紙を切るかのように切れる。



 装備の準備も心の準備も万端だ。ここまで万全の態勢で戦闘を迎えるのは、実戦では初めてかもしれない。


「行くぞっ!」


 一斉に飛び出し、それぞれが担当のボアの前に立つ。ボアは俺たちが準備をする姿を臨戦態勢のままじっと見ていた。

 わざわざ待っていてくれたの? と思ったのだが、ただ警戒しているだけだった。逃げる気は毛頭ないらしい。確実にナメられているな。


 俺たちが飛び出すと同時に、ボアも襲いかかってきた。しかし、文字通り猪突猛進に体当たりを仕掛けるだけだ。横に躱せば問題ない。

 サイドステップで金ボアの横に立つ。強化マチェットで首元を斬りつけると、するんとした奇妙な手応えを感じ、ナイフは毛皮の表面を滑った。


 これも弾くのかよ!


 参ったな。強化を解除して素のマチェットで戦うか。硬そうだから嫌なんだよな。

 もう一度金ボアの横に立ち、首元に向けてマチェットを振り下ろした。


『ビキビキビキッ』

 金属が削れる嫌な音を立て、ナイフから火花が飛び散る。嫌な予感が的中した。マチェットの刃を見ると、まるで鋸のようにギザギザになっている。

 たった一振りでマチェットが終わった。酷い欠け具合だ。これは鍛冶屋に出さないと直せないぞ。


 困ったな。攻撃手段が思いつかない。


 今の俺にできる最大火力は、ウロボロスを焼く炎の魔法だ。決め手は魔法ではなく熱だから、金ボアにも効くはずだ。しかし、それだと灰も残らないから使えない。

 次に高威力といえばアンチマテリアルライフルだが、たぶん毛皮に弾かれて効かないだろう。むしろ跳弾で味方への誤射(フレンドリーファイア)の危険がある。


 魔法を弾くうえに硬いとは、なんとも厄介な毛皮だな。

 マチェットはもう使い物にならない。予備のナイフを使っても同じだろう。ナイフがもったいないから使えない。



 考え込む俺に、ボアは遠慮なく突進を続ける。


 突進を躱して横腹を蹴り飛ばす。俺の足に重い感触を残し、ボアは地面に倒れた。蹴りは効くのか。

 強化したナイフは弾かれるが、強化した身体で殴る分には問題ないらしい。


 身体強化は魔力を体の外に出さない。むしろ抑え込んで循環させる技術だ。ということは、魔力を弾いているのか。


 ここで一つ疑問が湧き起こる。魔力を帯びた攻撃は弾かれるが、魔力による影響は受けるのだろうか……。

 俺が使っている『威嚇』の魔法は、攻撃しているわけではなく影響を与えているだけだ。この魔法の特性上、魔力を感知できる生き物なら絶対に貫通する。非殺傷魔法だから人間にしか使っていないが、相手が魔物でも効くはずだ。



 ターゲットを金ボアにしぼり、全力で威嚇を発動させた。

 すると、金ボアは何かに怯えるように身を竦め、頭を下げてこちらを睨んだ。効いているな。


 さらに近付いてみると、金ボアは俺から遠ざかるように後ずさりをした。かなり効いているぞ。

 しかし、さすが魔物と言うべきか。気を失うこと無く元気に俺を睨んでいる。グラッド教官ならすでに気絶しているだろう。


 効き目はイマイチだが、やっぱりこれなら効くんだ。金ボアが弾くのは、魔力を伴った物理攻撃だけだ。物理判定がない攻撃は、魔力であっても貫通する。


 ……だからどうした! 攻撃の手段がないじゃないか。これはボアの動きを封じただけだ。そもそも、ボアの攻撃は簡単に避けられるんだから、動きを止める必要は無いんだよ。


 全く意味無いな。


 倒す方法を考えよう。このまま殴り続けて少しずつ体力を削るか……いや、それだと俺の手足が痛い。骨が折れたところですぐに治せるのだが、痛いものは痛い。

 しかし武器がなあ。ナイフでは一振りで終わるし、リーズの予備の槍だと柄が持たない。



 考えていても埒が明かない。金ボアの動きを止めたまま、みんなの様子を見てヒントを探ろう。


 まずはクレア、リーズペアだ。クレアがボアの鼻先を剣で受け止め、力で押し合いをしている。もう躱すことは諦めたらしい。力で対抗する方が難しいと思うんだけどなあ。

 あ……ボアが腰を落とした。そのスキにリーズが横からグサリ。決まったな。


 この2人の相性は抜群だ。力と速さでちょうどいいバランスになっている。



 次はルナ、リリィさんペアだ。迫るボアをリリィさんが殴り飛ばし、ルナが何もできないでいる。

 ルナは接近しないと攻撃できないのだが、ボアが接近するとリリィさんが殴り飛ばして距離を空けてしまう。そのため、ルナが手を出すスキが無いのだ。あまり良い状態ではないなあ。


 ていうか、リリィさんはなんでクレイモアを使わないんだよ。今こそ使いどころだろう。

 むしろそのメリケンサックは俺が使いたいよ。


 あ……あれを借りればいいのか。あのメリケンサックなら、どれだけ殴っても俺は痛くない。今一番最適な武器じゃないか。


 さっそく2人に駆け寄る。


「リリィ、クレイモアを渡しただろう。そっちを使え。

 それから、そのメリケンサックを貸してくれ」


「めりけん? リリィズナックルのことか?

 貸すのは構わないが、私は剣では上手く戦えないぞ」


「ルナがフォローしてくれるよ。

 リリィが殴り飛ばすから、ルナが何もできないんだ」


「え……?

 それはすまなかった。武器を替えよう」


 リリィさんがリリィズナックル(メリケンサック)を外してクレイモアに持ち替えたので、リリィズナックル(メリケンサック)を受け取った。


 現場に戻ろうとした瞬間、金ボアが大きく首を振ってこちらに突進してきた。威嚇の魔法が切れたようだ。

 ここで躱すとルナたちに直撃する。急いでメリケンサックを指にはめ、全力で横っ面を殴り飛ばす。



 金ボアの頭が地面に打ち付けられ、そのまま横に一回転して止まった。とんでもない衝撃だったと思うのだが、俺の腕は何ともない。凄いな、このメリケンサック。

 地面に転がる金ボアに追撃を仕掛けた。眉間、顎、首と、考え付く急所に次々と拳を打ち込む。


 20発ほど殴ると、ようやく金ボアが動かなくなった。夢中で殴っていたので、気が付いたら辺り一面の地面から草が剥ぎ取られていた。茶色い地面が顔を出している。

 その上を転げ回った金ボアも、茶色く染まってノーマルボアのような色になっていた。洗うのが大変だぞ。


 日本で狩りをした時も、とどめを刺すのは自分の腕だった。

 武器を使う時はあまり抵抗がないのだが、素手では感触が直接伝わるので何度やっても慣れない。魔物が相手でもこの感触は慣れないもんだなあ。



 俺が金ボアの仕留めている間に、みんなの戦闘は終わっていた。心配そうにこちらを見ている。


「終わったぞ」


「お疲れ様でした」


「なんかすごかったねー」


「結構苦戦したんじゃない?」


「見事な拳だった。私も見習いたい」


 みんなから労いの声を掛けられて、ようやく緊張感が解けた。


「ああ、ありがとう。今回はちょっと大変だったよ。

 この武器は凄いな。体の負担を全く感じなかったぞ」


「ふふふっ、そうだろう。私の自信作だよ」


 使って分かる。これはマジで凄いわ。自慢していい。

 強すぎる力で殴ると、拳が潰れて下手したら腕や肩を壊す。そういう時にも、このメリケンサックが即座に治癒してくれる。さらに、どういう仕組みか知らないが、殴った反動が自分に掛からない。

 まさに謎の技術。なぜこんな原始的で野蛮な武器に付与されているのか、不思議でたまらないぞ。



 リリィさんのお手製武器に感心していると、テーブルで観戦していたパンドラが駆け寄ってきた。


「キミたち、凄いじゃないか! どうなっているんだ! 魔法は効かなかったんだよな?

 どうやって倒したんだ? 武器か? 何か特殊な武器を持っているんだな?」


 こちらに到着するやいなや息を荒くして喋るパンドラに、少しうんざりする。質問に質問を重ねて返答のスキを与えない喋り方が本当に疲れるんだよ。

 でも、今回は俺にも聞きたいことがある。さて、どうやって聞き出すか。


「武器は半分魔道具のような特殊な武器だ。魔法が一切効かないから物理で殴った。この武器にはそれが可能になる効果が付与されている。

 戦闘については以上だ。これ以上はパーティの秘密だから答えられない」


 質問すべてに答えてやった。これでパンドラの質問ラッシュが終わるはずだ。


「それはどんな武器なんだ? ボクでも使えるのか? どこで買える?」


 終わりませんでした。本当に面倒臭いやつだよ。


「買えない。使えない。答えられない。以上だ。

 俺の質問にも答えてもらおう」


 使えないと言うのは半分ウソで、半分本当。使うだけなら問題無いが、パンドラの体格では使いこなせないだろう。

 パンドラは殴れる体格を持っていない。格闘技をやっている様子も見られないから、体術は素人だと思う。だったら素直に短剣を使い続けた方がいい。


 まあ体術は俺も素人なんだけど、俺の場合は力技でどうにかなるから。


「使えないのか……。残念だ。

 ところで、ポーションを準備してくれてありがとう。助かったよ」


 おっ。罠にかかったな。すまんな、それは有料なんだ。

 冒険者の慣例で、緊急時のポーションは割高で取引される。これは森で迷子になっていたサヒル達にポーションを売った時に知った。今回も同じだ。


 そして俺の質問は華麗にスルーされたな。くっそ。


「そのポーションは有料だが、良かったのか?」


「もちろんだ。冒険者の流儀はわきまえているよ。しかし、ボクには払えるお金が無いんだ。

 だからボクのことをこき使ってくれたまえ! ほんの一月(ひとつき)雇ってくれたらいいよ!」


 しまった! 罠にかけたつもりが、逆に罠に嵌ってしまった!

 こいつの狙いは俺たちに雇われることだ。パーティ加入前のクレアと同じように、指導や協力をして報酬の一部を受け取る。ソロ冒険者の一般的な手法だそうだ。


 こいつはわざと借金を背負い、俺たちに同行するつもりらしい。完全にやられた。

 もし俺が「金は要らない」と言っても、こいつが「払う」と言ってきかなかったら拒否し切れないぞ。


「あの……お金は結構ですので、私たちの質問に答えていただけませんか?」


 ルナからナイスなフォローが飛んできた。

 金の代わりに情報をと言うなら、報酬として成立する。これで行こう。


「答えられない情報を要求するつもりは無いぞ。答えられる範囲で教えてほしい」


「え……? でもお金……」


 戸惑うパンドラに追撃をしよう。


「今俺たちは金に困っていない。

 そして、さっきのポーションはうちのメンバーが作ったものだ。大して金が掛かっていない。

 だから、正当な対価として金よりも情報が欲しい」


「え……あ……わかったよ。言えることしか言わないからな」


 よし、勝った。

 そういえば、パンドラが魔法を使った時にルナとリリィさんが変な顔をしていたな。ルナは本当に聞きたいことがあるのかもしれない。


 ボアをマジックバッグに詰め込み、テーブルを設置した場所に行く。時間はちょうど昼時だ。お茶と軽食を出してゆっくりと話をしよう。

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