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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第六章 異世界観光旅行
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冷蔵庫

 エルフの村に到着する頃には、日が沈みかけていた。木に覆われたエルフの村は、すでに薄暗い。

 長老への挨拶は後にして、先にテントを設営する。手早く設営を済ませて、さっさと着替えたい。生乾きの服がずっと気持ち悪いのだ。

 俺はその辺で着替えてもいいのだが、リーズが着替えられないのは可哀想だ。自業自得なんだけどね。俺だけ着替えるのも悪いので、俺の服も濡れっぱなしになっている。


 完全に真っ暗になった頃、設営と着替えが終わった。どうせ明日の早朝には出発するので、タープやその他不要なものは取り出していない。

 リーズが部屋着に着替えてテントから出てきたので、みんなに夕食の準備を任せてスマホで長老を呼び出す。


『む……』


 長老はスマホの通信に答えたのだが、何を言ったらいいかが分からず、戸惑っている。


「あー、こういう時は『もしもし』と言えばいいから。通話開始の合図だ」


 このまま『もしもし』を流行らせる予定だ。俺が作った道具なんだから、それくらい良いだろう。いまさら『もしもし』が使えないと困るんだよ。クセで言っちゃうから。


『ふむ。もしもし』


「連絡が遅くなったが、村に着いたよ。いつもの場所にテントを張らせてもらった」


『む! 分かった! すぐに……ザ……ザザ……ザーー』


 通話にノイズが入った。こんな事は初めてだ。何か不具合か?



『待たせたのぅ』


「おわっ!」


 目の前の空間が歪み、爺さんが突然現れた。手にはスマホを持っている。長老は通話したまま転移してきたらしい。

 無言で通話を切る。


「早速じゃが、話を聞かせてくれぬか?」


 爺さんは何事も無かったかのように話し始めた。俺もそれに合わせよう。この爺さんにはツッコまない。なんとなくだが、ツッコんだら負けな気がする。


「雨が降り続けたせいであまり探索できなかったが、おそらく重要な都市だったであろう場所は発見できたよ」


「ふむ……。どんな場所じゃった?」


「当時の状態保存の魔法が生きていたようで、キレイな物だったよ」


 俺が言い終えると、ルナがこちらを見ていることに気が付いた。

 長老と話を始めたばかりなのだが、食事の準備ができたようだ。


「長老、ちょっと待ってくれ。俺たちはまだ夕食を食べていない。終わるまで待っていてくれないか?」


「……ふむ。それはすまんかった。ここで待たせてもらおう」


 爺さんは「ここで」と言うが、爺さんは突然現れた場所に突っ立っているだけだ。立ったまま待たせるのは悪いので、予備の椅子を貸してやろう。


「長老さんもご一緒にいかがですか?

 コーさん、いいですよね?」


 ルナは笑顔で言う。俺は問題ないが、爺さんはどうなんだろう。もう食べてきたのかもしれない。


「もちろん構わない。長老、どうだ?」


「……ありがたくいただこう」


 爺さんは少し迷って答えた。俺たちに遠慮しているようだ。妙なところで遠慮深いな。



 大きなテーブルを6人で囲んだ。今日はローストビーフとポトフだ。メインはもちろんさっきのグリーンブル。熟成していないので少し心配だったが、美味しく食べられた。

 獣の肉は、本来熟成が必要だ。最低でも3日は欲しい。できれば10日以上だが、野生の肉だから短い方が安全かな。


 腐らせないための魔道具を作りたいな。温度は確か3℃くらいだったかな。かなり難しいと思うが、頑張るだけの価値があるだろう。

 上手く行ったらドライエージングも試そうか。熟成期間は120日以上だ。湿度の管理も必要になって、さらに難しくなるのだが、ぜひ試したい。



「うむ。これは美味いな。実に美味い。どうやって作るのじゃ?」


 爺さんは食べ始めるまでは遠慮していたのに、食べ始めたら遠慮がどこかに飛んでいった。

 薄く切られたローストビーフを、数枚まとめてガッツリと食べている。正直、食べ過ぎだと思う。俺たちの分が……。


「この鉄鍋を使いました。香辛料もたくさん使っていますよ」


 ルナがダッチオーブンを持ち上げて、作り方を解説している。

 俺たちの手持ちの道具でローストビーフを作るなら、ダッチオーブンが最適だろう。しかし、この村にダッチオーブンなんてあるのかな。


「すまんが、次に来る時はこの鍋も持ってきてくれ。金貨1枚で買おう」


 高すぎだろ。

 この爺さんが払おうとしている金貨は、王都では金貨10枚の価値がある神代金貨という特殊な物だ。たかが鍋一つに軽トラ1台分の小麦と同じ金額を出そうとするなよ……。


 ここでダッチオーブンを売るなら、適正価格は金貨5枚くらいかな。2つ売ればちょうどだ。必要かどうかは知らないが、2つ持ってきてやろう。


「鍋は了解だ。次に持ってくるよ。

 ところで今日の肉なんだが、かなり余りそうなんだ。要るなら置いていくぞ」


「本当か! それは助かる!

 いくら払えば良いかのう?」


 あ……寄付のつもりだったから、売値を考えていなかった。でも俺はこの肉の正しい売値を知らないんだよなあ。

 滞在費ということにして押し付けよう。こういう時は下手に金を受け取らない方がいい。安すぎても高すぎてもしこりが残る。


「金は要らないよ。ここの場所代だと思って受け取ってくれ」


「いや、そういうわけにはいかんじゃろう。苦労して狩ったのではないのか?」


 どちらかと言うと、皮を剥ぐのに苦労した。狩り自体はそんなに苦労していない。それに、まだ大量に残っているので懐も全く痛まない。


「魔道具や魔法の知識も貰っているんだ。むしろ安いくらいだよ」


「そうかのう……」


 眉をハの字にして困っている爺さんを放置して、マジックバッグから残りの肉を取り出した。

 少しは残そうかとも思ったのだが、処理が面倒そうなので明日の朝食の分だけ残してすべてを寄付する。


 グリーンブルの肉は大きすぎて扱いが大変なのだ。今回は部位も分からず大急ぎでカットしたから、食べる時にもちょっと困る。

 そもそも、今の俺たちに適切に解体する技術は無いので、キレイに解体するのは無理だ。冒険者ギルドで解体してもらえるので、残りのグリーンブルは全部プロに任せたい。


 でも、無報酬というのは爺さんも気を使うだろうなあ。代わりに何か情報を貰おう。


「金の代わりに一つ教えてもらいたいんだが、物を冷やす魔道具に心当たりは無いか?」


「……ふむ。それなら儂もいくつか持っておるぞ」


 爺さんはそう言って、マジックバッグから革でできた箱の様なものを出した。クーラーボックスのような形だ。

 ダメ元で聞いたのだが、あるのか。これを借りて解析できれば、俺たちでも作れるな。


 中を開けると、焼き物の(かめ)のような物が数本入っている。手を入れるとひんやりとした空気を感じた。瓶もよく冷えている。

 小型の冷蔵庫みたいだな。マジックバッグに収まっているから、見た目通りの量しか入らないようだ。


「少し借りてもいいか?

 解析して作れるようにしたい」


「それは構わんが、そんなことができるのか?」


 爺さんが訝しげに聞く。もうこの村には解析の技術すら残っていないのか。いや、解析はアレンシア特有の技術かもしれないな。

 アレンシアは何百年も魔道具の解析をやってきた。その間、技術を磨き続けたんだ。それはもうアレンシアの独自技術になっているだろう。


「ああ、その道のプロが2人居る。稼働中の魔道具なら、あまり時間は掛からないよ」


 ルナとリリィさんは元宮廷魔導士、解析のプロだ。この2人が居れば、すぐに解析できるだろう。

 壊れた魔道具は欠落した部分を推定するのに時間が掛かるが、動いているならそのままコピーするだけだ。


「うむ……では、しばらく貸そう。複製が完成したら、儂にも売ってくれ」


 爺さんは不安そうな顔でクーラーボックスの中身を取り出した。爺さんの秘蔵の酒が入っていたそうだ。同じような箱をもう1つ取り出し、そちらに酒を移している。

 この魔道具の名前は『氷室』というらしい。いくつか残っている大昔の物をそのまま使い続けていて、新しく作ることができないそうだ。


 これがあれば保存の問題が解決できる。王都に帰った後、準備をしたらもう一度南に向かうつもりだ。今度は南西にあるアレンシアの地方都市に行こうと思っている。

 次回の旅は、ミルジアで開かれる骨董市の時期に合わせて帰還する。街を経由するので荷物は少なくていいが、長旅になるだろう。



 食事と雑談を終え、話題はエルフの国についてに変わっていた。現状と詳しい位置を説明し、爺さんの意見を聞いた。


「結界は残っていなかったんじゃな?」


 エルフの国を隔離していた、特大の結界だ。本来なら解除装置を探すだけでも数ヶ月掛かっただろう。ウロボロスが(たか)っていたので、俺たちはすぐに見つけられたのだが。


「いえ……コーさんが壊しました」


 ルナが答える。人聞きの悪いことを言ってはいかんよ。あれは不可抗力だ。壊したんじゃない。壊れたんだ。


「何? 強力な状態保護が掛かっていたはずじゃが……」


「ウロボロスが近くに居たんだ。ウロボロスを討伐したつもりだったんだが、近くにあった装置も巻き込んでしまった。ちょっとした事故だよ」


「何じゃと……?」


 爺さんは言葉を失い、目を見開いて口を開けている。

 そう。あれは事故だ。壊すつもりはなかった。そもそも、あんな所に解除装置があるなんて知らなかった。


「ついでに報告しておくが、ウロボロスを3匹討伐したぞ。あと何匹残っているか知らないか?」


「むぅ……」


 爺さんが固まったまま動かない。話が進まないじゃないか。


「知らないのか?」


「……いや、おそらく残るは最大で4匹じゃな。古い記録を調べ直したのじゃが、長い時間を掛けて自然消滅するようじゃ。もしかしたら、もっと減っているかもしれん」


 爺さんは平静を装って答える。俺の予想では残り6匹だったのだが、結構減っているみたいだな。

 俺が討伐したウロボロスは充電中だった。充電が完全に切れたら消滅してしまうのだろう。だからといって放置したくはない。今後も見かけ次第駆除する。


「なるほどな。まあ、報告はこんなところだ」


「うむ。わざわざ来てもらって悪かったのう。

 今は渡せるものが何も無いのじゃが、今度あらためて礼をしよう」


 爺さんが椅子に座ったまま頭を下げた。


「礼は要らないぞ。今後もいろいろ買ってくれ」


 この爺さんは相当な太客なんだよな。重要な情報源でもある。それだけで十分な礼になっているんだ。


 話を終えると、爺さんは疲れた表情を浮かべて帰っていった。辺りは真っ暗なのだが、転移魔法が使えるから平気だろう。

 俺はまだ使えないんだよなあ。難しすぎる。宮殿の本には『習うよりも慣れろ』という趣旨の記載があったのだが、慣れるも何も、全く使えないんだからどうにもならない。



 歩き去る爺さんを見送り、道具を片付けた。今後の予定を話し合って今日は就寝だ。

 しばらくは王都の周辺にある地方都市を巡る。せっかく作ったマップの魔道具なのだが、地図が真っ白だ。せめて王都の周辺だけでも埋めようということになった。

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