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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第六章 異世界観光旅行
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 これからエルフの村に行くのだが、食料が少し足りない。一度草原に出て、うさぎを狩る必要がある。

 濡れた服が気持ち悪いが、そんなに時間が掛かる事でも無い。少しの間だけ我慢だな。


 アレンシアの草原地帯は、少し歩けばうさぎに出くわすレベルでうさぎだらけだ。たまにボアが居たりするらしいが、俺はまだ草原では出会っていない。それなりにレアキャラらしい。


「リーズ。悪いけど、草原に出てうさぎを探してくれ。

 うさぎじゃなくても、食料になれば何でもいい」


 リーズに指示を出し、進路を草原に向ける。

 アレンシアの領土と言っても、この辺りは緩衝地帯だ。兵士を動かすことができないので、多くの魔物が生息しているはずだ。

 王都付近は定期的に駆除しているから、うさぎ以外の魔物に出会うことが少ない。安全といえば安全なのだが、冒険者からしたら獲物が減るだけなのであまり歓迎できない。


 狩りを専門にしている冒険者は、王都付近では活動しないそうだ。王都に居るのはルーキーや調査隊、護衛、雑用係といった人たちで、狩りがしたい冒険者は修行のために地方に行くという。

 狩りが主体の戦闘特化の冒険者は王都では少ない。新人の指導をしている人たちが何人か居るくらいだ。


 俺たちもそろそろ地方に行く時期かもしれない。調査や雑用じゃ儲からないんだよ。魔物素材を売らないと、大金は稼げない。



「こんさん、あっちに何かの群れが居るよ。うさぎじゃないみたい」


 リーズが何かを発見した。リーズがまだ知らない魔物という事は、ボアかもしれない。ボアの皮なら結構な額で売れる。成長したボアは見たことが無いが、今なら普通に勝てるだろう。


 リーズが指す方向に走る。

 前方を注視していたので、足元がおろそかになっていた。目視できる位置で泥の塊のような物を踏み、転びそうになって足を止めた。


 遠くには、硬そうな灰色の毛に覆われた牛のような生き物が30頭ほど群れているのが見える。


「あれはグリーンブルですね」


 ルナは額に手を当て、目を細めて群れる牛を見ながら言った。


「グリーン? どう見ても灰色だけど」


「えっと……あの、緑色の草ばかり食べるので、糞が……」


「うんこが緑なんだね」


 リーズがあっけらかんとして言う。

 あの魔物は消化器官が弱いらしく、草がそのまま排泄されるみたいだ。


「はい……そして言いにくいのですが……。

 コーさん、踏んでいます」


 わお! 慌てて飛び退く。

 俺が足を取られたのはウンコだったらしい。最悪だ。戦闘の前に、とりあえず靴を洗おう。



「……で、買い取りは?」


 ウォッシュの魔道具で念入りに靴を洗いながら聞く。


「結構高いわよ。皮と肉、角も買取対象ね。1匹分で、金貨40枚くらいかしら」


 掛ける30頭で、1200枚か。残さず狩ろう。


「全員で群れを包囲しよう。危険度は?」


「動くものが近付いたら、襲いかかってくるわ。攻撃は体当たりだけだけど、衝撃が強いから直撃しないように注意して」


「了解。じゃあ行こう」



 武器を構えて駆け寄る。

 牛と言いながらも小さい象くらいの大きさで、頭には立派な角が2本生えている。あれが当たったら痛いな。気を付けよう。


 グリーンブルは、俺たちが視界に入った途端、突進してきた。速度は早くないが、巨体がぐんぐん迫ってくるのはなかなか迫力がある。

 迫るグリーンブルをサイドステップで避け、マチェットで首元を斬る。硬い手応えと共に鈍い音が響いて倒れ込んだ。


 グリーンブルは、俺を視界に捉えながらも為す術無く斬られた。どうやら急な方向転換に弱いらしい。サイみたいな奴だな。


「十分に引きつけて、すばやく横に避ければ簡単だぞ―!」


「はいっ!」


「りょーかーい!」


 遠くからルナとリーズの返事が返ってきた。上手く捌いているようだ。


「それができるならやってるわよ!」


 クレアは、グリーンブルを真正面から剣で受け止めながら叫ぶ。それはそれでスゴイと思うぞ。

 その後、グリーンブルの頭を左手で強引に押さえ込み、右手に持ったマクハエラでとどめを刺した。


 それはたぶん避けるよりも難しいと思うよ。



「コー君! とどめを頼めないか?」


 今度はリリィさんだ。迫るグリーンブルを拳で殴り飛ばしながら言う。

 決定打にならないようで、何度殴ってもすぐに起き上がって突進して来る。その度に殴り飛ばすのだが、やはりすぐに起き上がる。


 グリーンブルは少しずつ動きが鈍くなっている。打撃が効いていないわけでは無いようだ。しかし、これでは時間が掛かってしょうがない。

 俺のクレイモアを貸そう。初めて使う剣で戸惑うと思うが、無いよりはマシだ。


 グリーンブルを蹴り飛ばしながらリリィさんに駆け寄った。


「リリィ、これを使ってくれ」


「ん? 私は剣など使ったことが無いぞ」


「振り回すだけでもそこそこ斬れる。いきなり剣鉈で戦うよりはマシだと思うぞ」


 リリィさんも剣鉈を持っているのだが、戦闘で使うには慣れが必要だ。どうせ慣れていないなら、リーチが長い方が有利だろう。

 俺は一度も使っていないが、クレイモアは両手剣にしては軽く短くて取り回しが簡単なので、闇雲に振り回すだけでもそれなりに使える。


 ルナの時は初戦闘でナイフだったが、いい練習台(ゴブリン)が居たので問題無かった。グリーンブルの皮膚は硬く、ナイフでは突くにも斬るにも技術が要る。

 今ではルナとリーズは難なくグリーンブルの皮膚を切り裂いている。2人は俺の指示通り、ひらりと身を躱して確実に仕留めていた。この2人は心配無いな。



 蹴り飛ばしたグリーンブルにとどめを刺しながら、リリィさんの戦況を見守る。


 リリィさんは俺のクレイモアを器用に振り回しているが、剣術ではない。メイスでも振っているかのようだ。

 クレイモアは大剣に分類される。刃が付いていると言っても、斬るための剣ではない。硬い鉄の鎧を分断してダメージを与える、叩き切るための剣だ。

 メイスのように振り回す事が間違いという訳では無いのだが、釈然としないなあ。



 全員、危なげなく戦闘が終了した。数えてみると、全部で32頭を狩ることができた。

 1匹だけその場に残して解体するが、残りのグリーンブルはすべてマジックバッグに仕舞う。


「お疲れ様。これを解体したらエルフの村に行こう」


「ねー、あたしにやらせてー」


 リーズが解体に興味を持ったようだ。これまでも小さな獲物は何度か解体しているので、リーズに任せよう。

 解体作業はクレアが指導してくれるようなので、俺の仕事が無くなった。雑談して待つ。


「なあリリィ、初めての剣はどうだった?」


「ああ、貸してくれてありがとう。

 使い心地は悪くなかったのだが、どうもしっくり来ないな」


「初めてだから、そんなもんだろう。でもメイスの方が良かったんじゃないか?」


「いや、メイスと言えば教会の連中が使っている棍棒みたいな武器だろう?

 ゴブリンみたいで好きになれないんだ」


 メリケンサックでぶん殴るのもゴブリンみたいだよな……。言いたい事はわかるけどね。

 メイスは聖職者の武器のように思われているけど、かなり野蛮な鈍器だと思う。殺さないために刃が無い武器を使うと聞いたが、あれで殴られたら死ぬよ。


「それなら、その剣はリリィが持っていてくれ。俺は今後も使わない気がするんだ」


 使う理由が無い。魔物が相手ならマチェットの方が使い勝手がいい。俺がこの剣を活かせるのは対人戦の時だが、対人戦なら別の方法で戦う。


「使いこなせる気がしないのだが、いいのか?」


「俺が持っているよりは使うだろう」


 俺とリリィさんは体格が似ている。リリィさんは女性にしては背が高く、がっしりとしている。俺に合わせた大剣なら、リリィさんでも扱えるはずだ。



 リリィさんと話をしていると、リーズが深刻な表情で駆け寄ってきて、深く頭を下げた。


「こんさん、ごめん!」


「どうした?」


「失敗しちゃった。皮がボロボロになっちゃったよ……」



 今解体したグリーンブルは、リリィさんがボッコボコにした状態が良くない個体だ。多少ダメージを受けたところで痛くはない。

 そう思って皮を見ると、大小様々なサイズに細切れになっていた。予想以上のボロボロ具合だ。


「おお……これは酷いな」


 責めるつもりは無い。初めての作業だし、失敗は織り込み済みだ。


「ごめんね。アタシも手伝ったんだけど、予想以上に難しかったのよ」


「すみません……思っていたよりも皮が硬くて、脂も多くて、無理矢理剥がしていくうちにこうなりました」


 3人がかりでこの惨状だったようだ。3人が申し訳無さそうな表情を浮かべて俯いている。

 グリーンブルは半分皮が剥がされた状態で作業が止まっていたので、続きは俺が引き受けよう。


「まあ気にするな。そういう事もあるさ」


 そう言って解体途中のグリーンブルに向かう。

 見上げる程の大きさをした牛に、ナイフを立てる。皮と肉の間にナイフを当て、少しずつ切り進めた。何度か刃を入れていると、グリーンブルの脂でナイフが(なま)っていく。


 切れないナイフに苛立ち、力が入る。


『ベリベリッ!』

 左手で引っ張っていた皮が千切れた。手のひらサイズにカットされた皮を眺めながらつぶやく。


「こういう事か……」


「そうなんです……」


 脂で切れ味が落ちたナイフで強引に皮を裂くので、力が加減できずに失敗する。これはもう仕方がない。

 素人集団に捌ける素材では無かったな。残りのグリーンブルは解体せずに、このまま納品しよう。


「誰がやってもこうなるよ。ギルドに頼んでプロに任せよう」


 1匹分は仕方がない。元々食料のつもりだったのだ。みんなで協力して皮を取り除こう。

 落ち込む3人を慰めながら作業を進める。


「だぁっ!

 ダメだ。どうやっても千切れてしまうぞ」


 リリィさんが皮を引き千切りながら言う。

 俺とリリィさんは、どうやっても細切れになってしまう。クレアもなかなか酷い。


「もう少し優しく切ってください……」


 ルナが器用に切りながら、困った顔でリリィさんに注意している。ルナとリーズが比較的上手だな。

 俺はチームの解体係として、ちゃんと修行をした方がいいかもしれない。これの正しい捌き方はギルドで教えてもらおう。



 戦闘中にも何度もグリーンブルを斬りつけているのだが、大きく切れ味が落ちたとは感じなかった。たぶん、脂肪分が多い部分があるのだろう。そこを上手く処理しないとダメなんだと思う。

 しかし、こんなに脆い皮を何に使うんだろう。服にしても、鞄にしても、こんなに簡単に引き千切れる素材が使えるとは思えない。


「盾や鎧に使うことが多いわね。魔法を弾くから、結構高級品なのよ。

 木を土台にしてるんだけど、こういう事だったのね……」


 クレアが答えてくれた。どうやら木に貼り付けて使うらしい。単体の革といしては使えそうにないもんな。


「魔道具の素材としても有名ですよ。飾りに使うことが多いので、私はあまり使いません」


 ルナや他の宮廷魔導士たちは、魔道具を飾るような事をしない。元々売り物ではないので、飾る意味があまり無いのだ。無骨で実用的。俺はそっちの方が好きだな。



 思ったよりも時間がかかってしまった。俺とリーズのずぶ濡れになった服は、ほとんど乾いている。

 なんとか1匹分を捌き、小さくカットしてマジックバッグに収めた。すぐに食べ切れる量ではないので、一部はエルフの村に寄付しよう。

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― 新着の感想 ―
雨って、以前雨除けの魔道具を持ってたと思うけど。。。 氷で橋を作れるぐらいなら、狩った魔物も冷凍できると思うけど。。。 冷凍してマジックバックに入れれば、そうそう腐らないんじゃないのかな?
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