第六十八話 決着‼勝ち残ったのは人の意志‼の巻
次回は一月二十二日に更新する予定です。ダイジェスト版っぽくブロッケン山と雷帝の試合が語られます。少しだけ足元が登場するかもしれません。
デビルカレーは特異な身体能力を生かした攻撃を繰り出した。
手足を伸ばし、肉体の強度を上げて変則的な猛攻を繰り返した。
光太郎は連敗ストッパーの構えで攻撃を防ぎながら最終的は自分が勝つ形へと仕上げて行く。
傍目には光太郎の防戦一方にも見えようが確実にデビルカレーは己の活路を失っていた。
「驕ったな、スモーデビルよ。印度華麗の基本戦術は場を支配することにある。お前の短期決戦を信条とする戦い方は不向きなのだ」
羽合庵の目にはデビルカレーの負ける姿が見えていた。
美伊東君も土俵に立つ二人の姿を冷静に観察している。
先ほどからデビルカレーが地面に潜んでも、高速で突撃しようとも光太郎の立ち位置は変化していない。
光太郎のへのへのもへじ投げは既に高度な未来予測の領域にまで高まっていた。
デビルカレーは口からカレーを吐いて腕を槍のように固め、光太郎に鉄砲の乱打を浴びせる。
「生意気なッ‼この程度でスモーデビル”大西洋”に勝ったつもりかーッ‼インド相撲奥義、灼熱のカレーランサーッを受けろーッ‼」
しかし、デビルカレーの攻撃が当たる直前で光太郎は止めた。
本格派カレーの辛さによって熱気を帯びたデビルカレーの腕を鷲掴みにする。
「ぬんッ‼」
そして気合と共にデビルカレーの身体を突き返す。
デビルカレーは両腕の外殻を砕かれダメージを受けたが、それでも倒れることは無かった。
これがスモーデビルの底意地。
光太郎はすぐに”へのへのもへじ投げ”の構えに戻り、意識を集中する。
この技の骨子とは即ち予測。ありとあらゆる事態を予測して俯瞰の視点から試合の流れを作り出す。
次の瞬間、デビルカレーは一足飛びで光太郎への接近を試みる。
光太郎は敵の着地点を予測してデビルカレーのすぐ隣に移動した。
デビルカレーは身体を横に倒しながら蹴たぐりを仕掛ける。光太郎は間一髪の差で土俵際まで逃げた。
「他の格闘技を相手にするならばともかく、そのような大技力士には効かんでごわすよー‼」
「ガキが…。俺は”へのへのもへじ投げ”を研究し尽くした男。当然、印度華麗の知る新しい”へのへのもへじ投げ”の知識も含まれている。無駄な抵抗は止めて死を受け入れろ‼」
デビルカレーは光太郎のまわしを掴もうと距離を縮めて来るが、光太郎はひたすら逃れるのみ。
国際試合ならではこその工房を、光太郎は己のものにしつつあった。
だがデビルカレーは一連の行動から光太郎の実力が発展途上である事に気がつく。
さらに敵陣に踏み込んで光太郎の動静を窺った。
「チッ」
大西洋の姿を試合場の出入口近くで見守ってていた影が舌打ちをする。
全身から機械油の匂いを漂うわせるトレンチコート姿の男は帽子の端を掴んで目深にかぶる。
「大西洋め、未熟者が。己の力に過信して敵の術中に入り込む。死んでも治らぬヤツの悪い癖だ」
影はさらに毒づく。
そもそも大西洋がこの場で復活する機会を得たことは奇跡に近い出来事だった。
印度華麗の勝敗など放っておいてスモーデビルの本拠地に帰還することの方が重要に違いない。
男は懐に入っていたストロー付きのドリンク容器を取り出し機械油を一気飲みした。
「エックス。相変わらず神経質だな、お前さんは。今日の俺たちの目的はあくまで”新しいキン星山”の偵察だ。忘れるなよ?」
エックスと呼ばれた男は会場の出入口近くに立っている巨大な影を睨む。
影の主である大男は何食わぬ顔で手に持っていた酒瓶の栓を開けてラッパ飲みを始めた。
チィッ。
エックスは周囲に聞こえるほどの大きな舌打ちをしてから大西洋の試合観戦に戻る。
(予定外の復活だからこそ焦りは禁物なんだ。そもそも今の時代、スモーデビルの器に為り得る力士が少なすぎる。今回は縁が無かったと諦めるくらいが丁度いいのさ)
大男は肩をすくめながら二人の盟友の姿を肴にテキーラの味を楽しんだ。
光太郎はデビルカレーの腕を取り一本背負いの要領で投げ飛ばした。
カツオの一本釣り投げを使うつもりだったが、デビルカレーに見切られ抵抗された為である。
技に固執すれば勝負が一気に逆転されてもおかしくはない状況だった。
一方、デビルカレーは試合の中で成長する光太郎に脅威を感じていた。
相撲という格闘技でも試合中に選手(※力士)が成長することは珍しくない。
だがドラマや格闘漫画の大物食いが出来るほどともなれば明らかに常軌を逸していた。
仮にデビルカレーの精神を司る大西洋が肉体を取り戻して光太郎と戦えば、間違いなく大西洋が勝利することだろう。
現時点で二人にはそれほどの実力差があった。
しかし、今の光太郎は確実に急速な勢いで大西洋の実力に近づこうとしていたのだ。
故に大西洋は最大の過ちを犯す。
「ケケケーッ‼もう容赦せんわーッ‼悪魔相撲奥義ーッ‼アクアトルネード頭突きーッ‼」
デビルカレーが苦肉の策として放ったスモーデビルの技に、日本に集まった世界中の実力者たちの視線が釘付けになる。
羽合庵は今にも土俵に上がって行きそうな気を吐いた。
「馬鹿なッ‼あれは伝説のスモーデビルセブン、大西洋の必殺技だぞッ⁉」
羽合庵も”印度華麗がスモーデビルに憑依されたのではないか”という情報は大会以前から知人(※Drボンベ山)を通じて知っていた。
日本を訪れ、光太郎を弟子として迎えた理由の人である。
しかし、かつて地上を悪の相撲で支配しようとしたスモーデビルのボス”スモー大元帥”の直属の部下である”スモーデビル・セブン”の大西洋が関わっていた事までは羽合庵とて想像だにしていなかったのだ。
光太郎は両腕を交差してデビルカレーの攻撃に備える。
(どこの誰だろうと‼おいどんの連敗ストッパーの構えは無敵でごわす‼羽合庵師匠、どうか見ていて欲しいでごわす‼)
印度華麗の肉体が技の威力で傷つこうとも大西洋はアクアトルネード頭突きを使うことを躊躇わなかった。
「行け、大西洋…ッ‼スモーデビルの底意地を見せろッ‼」
エックスは正体を隠さなければならない事情を忘れて大西洋に激を飛ばす。
(やれやれ、熱いね。サスペンションエックスよ。お前さんのそういうところ、俺は大好きだぜ?)
後ろにいた大男は苦笑しながらテキーラの入った酒瓶を飲み干してしまった。
「アクアトルネード頭突き、破れたり‼」
光太郎の”連敗ストッパーの構え”がデビルカレーの”アクアトルネード頭突き”を止めた。
結論から言えば、頭突きと接触する地点を微妙にズラすことで威力を半減させたわけである。
だが、試合は終わらない。
スモーデビルは止まらない。
頭を砕かれようともデビルカレーの腕は光太郎のまわしをしっかりと掴んでいたのだ。
「かかったな、キン星山ァッ‼俺はここからでもお前を料理することが出来るんだぜ?何せこの身体は…」
デビルカレーは決死の覚悟で攻勢に出た。
無策には違いないが一意専心の覚悟があった。
光太郎は全身に力を込めて、敵の反撃に備える。
やや遅れてデビルカレーのまわしを取った。
「いいえ。私の身体は、私の物ですよ。大西洋さん…」
大西洋は精神体の状態で自身の背後に立つ者を見た。
印度華麗だ。
支配して消去したはずの印度華麗が大西洋の背後に立っていた。
印度華麗は大西洋の精神体を掴み、一気に引き裂いた。
大西洋の意識はそこで途絶えてしまい散り散りとなってしまう。
(ありがとう、大西洋さん。私は貴方のおかげで覚悟をすることが出来た。私は今までの私と決着をつける為にキン星山さんとの戦いを終わらせます)
印度華麗は大西洋に心の中で詫びの言葉を告げ、土俵に帰還した。
「おおッ‼印度華麗殿ッ‼」
光太郎は反射的に印度華麗の肉体が持ち主の手に戻った事に気がついた。
印度華麗は苦笑しながらキン星山に答える。
「これが私たちの”へのへのもへじ投げ”の最後の形です。どうか、さっさと私を倒して優勝してください。頼みましたよ」
印度華麗は言うや否や全身全霊の力を解き放った。
対する光太郎は五体の維持に持てる力の全てを費やす。
その瞬間、時間が止まった。
あれほどうるさかった観客席から何も聞こえてこない。
(今回の勝負は貴方の勝ちですよ、キン星山さん。だが次こそは必ず私が勝ちます)
そして光太郎は持てる力の全てを使って印度華麗の強力を封じる事に成功した。
歯ぐきから、鼻と耳から出血するほどに力を出した。
もう何も残ってはいまい。
そして、印度華麗は動かない。
眼光は失われ、口元だけが涼やかに笑っている。
「ごっちゃんです‼印度華麗どんッ‼」
光太郎は左に向かって印度華麗の身体を投げ飛ばした。
印度華麗の肉体が地面に放り出される。
立ち上がる気配は無し。
しばらくして、どこかに隠れていた行事の軍配が光太郎の方に向かって上がる。
これにて勝ち星、三つ。
”キン星山”がスモーオリンピック二回戦進出が決定した瞬間であった。