第六十七話 激闘‼地獄の使者、デビルカレー‼の巻
次回は1月17日に更新する予定でごわす。
直後、光太郎は記憶の中にある羽合庵の言葉を思い出した。
それは”キン星山”を受け継ぐ者としての最低限の心得についての話を聞かされた時だった。
非情の掟とも言うべき事柄かもしれない。
まさかそれが己の身に纏う凶事とも知れず、当時はさわり程度に聞いていたのも事実。
光太郎は己の不用心さに奥歯を深く噛み締めていた。
”一度、スモーデビルの誘惑に屈した者は元に戻ることは出来ない。キン星山を名乗る力士は皆、スモーデビルを倒さねばならぬのだ”
羽合庵はいつも厳しい男だったが、その時だけはいつにも増して厳格な態度を取っていたと光太郎は記憶している。
この話には続きがある。
頭の回転が鈍い光太郎に代わって美伊東君が”スモーデビルの影響下にあった力士が、仮にスモーデビルとの繋がりを失うとどうなるのか?”と質問した。
光太郎は首を捻ったが、美伊東君は小声で”スモーデビルが身体から出て行ってしまった力士はどうなるのか、と聞いたのですよ”と説明を付け足してくれた。
美伊東君、いつもありがとう。
光太郎の美伊東君に対する感謝の念はいつまでも尽きる事はない。
そして、羽合庵は重々しい響きの言葉を紡ぐ。
「スモーデビルの力を失った力士は例外無く、廃人となる」
そして、時は現在に巻き戻される。
光太郎の胸板は印度華麗の、否、デビルカレーの手刀によって大きく切り裂かれてしまった。
(もうやるしかないのか?おいどんは、この素晴らしい力士から相撲を奪う事しかできないのでごわすか⁉)
今の光太郎にとっては切り裂かれた己の肉体の事よりも、一人の力士の相撲人生を終わらせる事の方が恐かった。
魂を極限まで燃やし、血涙が如き血しぶきを鎮める。
頬を伝うのは死闘を演じた友への手向けの花か。
光太郎は腰を深く落として、へのへのもへじ投げの構えに戻った。
デビルカレーは手足をくねらせて光太郎の出方を窺っている。
印度華麗の体内に巣食う、名うてのスモーデビル大西洋は狡猾さで知られる力士でもあった。
当然へのへのもへじ投げについても、印度華麗同様に熟知している。
いや研究の度合いはさらに深化していると考えても良いだろう。
「キン星山よ。前のヤツとはちいと違うヤツだが、俺には全く関係が無え。この印度華麗ともども、相撲の威信を汚すような輩は生かしてはおけねえなぁ‼」
大西洋はキン星山、即ち光太郎に対して憤りを感じていた。
彼らスモーデビルにとって相撲とは生死を賭けた戦いであり勝者と敗者が勝負の後に互いの健闘を称え合うようなものではない。
(ウシ野郎の回りくどいやり方ではあの御方の理想とする”スモーディストピア”を築くまで一体それほど時間がかかるやら…ッ‼)
スモーデビル大西洋はどこかの池の地下に隠されたシン・不忍池に封印されている本体から思念を送っていた。
電波の悪い場所でモンスト(※作者はプレイしたことが無い)で遊んでいる時のようなもどかしさを感じていた。
「相撲の威信とは何でごわすか‼他人の肉体を使って悪行三昧、こんなやり方は間違っているでごわすよ‼」
「ケケーッ‼それこそが間違いの始まりよ‼真の強者は他人の都合など知ったことではないのだッ‼」
ドッ‼ドッ‼ドッ‼ドッ‼ドッ‼ドッ‼
大西洋は心臓の鼓動を早める。
スモーデビルとしての体内の液体を自在に操作する能力を応用したものだが、スモーゴッドと互角の戦うことが出来る大西洋と印度華麗では基本的な部分で全く違う。
印度華麗は口からカレーと血を一気に吐き出し、喉を抑えながら咽てしまった。
そして、大西洋は主導権を得た印度華麗を使って、光太郎に怨念の籠った声で語りかけた。
「ケケケッ‼見せてやろう、これがインド相撲禁断の奥義、赤きのデカン高原よ‼」
印度華麗はもう一度、ぐふっと盛大に吐血した。(※セルフ版セントヘレナの大噴水)
そして天を仰ぐようにして両手を上げる。
見る見るうちに印度華麗の肉体は赤銅色から、太陽のような緋色に変化した。
足元に水溜まりを作っていた血とカレーは一瞬で気化してしまった。
デビルカレーは地面に唾を吐き、光太郎に向かって歩き出す。
「さあ、ここからが本当の勝負だ。新しいキン星山よ、お前の力を見せてくれッ‼」
デビルカレーは右手を振り上げ、手刀を光太郎の脳天目掛けて振り下ろした。
ガシィッッ‼
熱気を宿し、灼熱の刃と化したデビルカレーの攻撃を光太郎は正面から受け止めた。
必殺の脳天唐竹割りを己の額で受け止めたのだ。
しかも口元はニヤリと我が意を得たりとばかりに笑っている。
正気の振る舞いではない。
しかし相手はスモーデビルの雄”大西洋”の魂を宿したデビルカレー、迫る脅威を積年の憎悪で焼き焦がす。
両者、一歩も譲らずという形となった。
「あんさんがどれほど強かろうと相撲では負けんでごわすよ‼さっさと印度華麗どんの身体から出て来て、おいどんと戦うでごわすー‼」
光太郎は首を一度だけ後ろに引いた後、そのまま前に押し返した。
足腰に根を降ろし、大地の力を得たキン星山の奥義”富士山返し”。
光太郎が怒声と共に気を吐くとデビルカレーの肉体を吹き飛ばした。
しかしデビルカレーは体術を駆使して、どうにか体勢を崩さずに土俵に残る。
だんッ‼と土俵を踏みつけて体内の熱量をさらに上昇させた。
いつの間にかデビルカレーの両肩に火が点いている。
(ケケケッ。山本山の野郎、いつもやせ我慢しやがって。熱いじゃねえか‼)
炎の揺らめきを見たデビルカレーは盟友・山本山の戦う姿を思い出して笑っていた。
「おいおい。スモーデビルの俺と戦うには、後百年ほど修行が足りねえな…。食らえッ‼燃えるガンジスの激流ッ‼」
印度華麗は突進と同時に張り手を繰り出す。
ただの鉄砲突きではない。
ぶちかましの威力と鉄砲の連打が組み合わさった強力な技だった。
デビルカレーの強力無比な張り手の乱打は光太郎の腕の皮膚を容易に引き裂き、肉体を灼熱の砲弾と化した体当たりは受けた身体ごと焼く。
今は連敗ストッパーの構えを使って防いではいるが長くはもたないことは光太郎自身がよく知っていた。
「若、ブロッケン山との特訓を思い出してください‼今がその時です‼」
逆境の果てに追い込まれたその時に、美伊東君の声が聞こえた。
そして光太郎の脳裏にブロッケン山のあの言葉が甦る。
「光太郎よ、いざという時は相手の”思考の死角”を衝け」
その時、攻撃の仕上げに入ったデビルカレーの動きと敵の攻撃を容易く防ぐ印度華麗の動きが光太郎の頭の中で重なった。
(これが”攻撃は最大の防御なり”というヤツでごわすか‼印度華麗どん、あんさんはやはり偉大な力士でごわす‼おいどんはあんたともう一度、勝負をしたい‼)
光太郎は最後の気力を振り絞ってデビルカレーの体当たりを受け止めた。
デビルカレーの猛攻の糸口は張り手ではなく、この体当たりだったのだ。
今この瞬間、本当の意味での光太郎の”へのへのもへじ投げ”が始まった‼