第六十六話 戦慄、デビルカレー誕生‼の巻
次回は1月12日に投稿するでごわす。少し長いのは、雪対策ね。
話は少し前に戻る。
キン星山は印度華麗の”突き出し”を体当たりで逆に返した時点である。
異変はその直後に起こったのだ。
印度華麗は自己流の整体術で筋違いになった筋肉繊維を、歪曲した腕骨を修復した。
しかし試合中の回復には限度があり、試合前と同じ状態に戻すには至らない。
(私の体力が持つのも残すところわずか…。だが、この試合だけは負けるわけにはいかないッ‼)
印度華麗は自らのタイムリミットを見定め、再度キン星山に向かって行く。
この時光太郎は現代のキン星山としての使命感に燃えていた。
それは単にスモーデビルを倒す道具ではない、綿津海部屋の”決して折れない受け継がれ続ける精神”の体現者としての”キン星山”の使命だった。
(それでいいのか?印度華麗よ。この程度の戦いでお前は満足してしまうのか)
突如として印度華麗の頭の中に暗黒の囁きが染みのように広がった。
この声には覚えがある。
かつて印度華麗が野良試合で倒した力士、大西洋という名前の力士のものだった。
闇の中で大西洋の甘美な誘惑は続いた。
(印度華麗よ、何をグズグズしている?今からでも遅くはない。すぐに正統派から残虐相撲に切り替えるのだ。お前だってもうここから逆転する手段などないことはわかっているはずだ)
印度華麗は耳を塞ぎ、大西洋の声が入って来ないように頭を振り乱す。
しかし、抗えば抗うほどに頭の中の大西洋の声は大きくなっていった。
(この世に価値ある敗北など存在はしない。お前の師も、お前も他者を慮って勝てるはずの試合で負けて苦汁を飲まされたはずだ)
その時、印度華麗の脳裏に忌まわしい過去が甦った。
土俵の上での敗北ならば、まだ納得が出来る。
印度華麗の体内を駆け巡る灼熱のマグマの如き憎しみが爆発しそうになって時、光太郎の声が聞こえてきた。
印度華麗は正気を取り戻し、光太郎を見据える。
「どうした、印度華麗殿。おいどんたちの試合はこれからでごわすぞ?」
光太郎は印度華麗が意識を失う前と同じ場所に立っていた。
光太郎の瞳は、正統派ファイトこそ至上と信じていた頃の印度華麗に良く似た眼をしていた。
(私が気絶している最中に、攻めてこなかったのか。何とも甘く愚かな行為だ…)
一方、印度華麗の異変に気がついた光太郎は彼の様子に注目していた。
一見して何の変化も見られないのだが、身に纏う雰囲気は明らかに異質なものとなっている。
羽合庵との特訓の仕業か、期せずして光太郎は全身全霊を込めて身構える。
光太郎に流れるキン星山の血がそうさせていた。
「キン星山よ。どうやら私はここまでのようだ。悔しいが、この勝負は君の勝利だろう。だが…」
ギンッ‼
印度華麗の両目が怪しく輝いた。
光太郎は両手を交叉して咄嗟に眼光の侵入を防いだ。
本能が、キン星山の血が印度華麗の妖光から光太郎を守ったのだ。
印度華麗は両腕を振り回し、腕の関節を全て外しにかかる。
口元は耳まで裂けて、ケタケタと不気味な笑い声を発していた。
「今度は、このスモーデビル”大西洋”傀儡と戦ってもらうぞ。キン星山ッ‼ケケーッ‼」
印度華麗は蛇体のように変化した腕を振り回した。
先ほどの由緒正しきインド相撲とは質の違う一撃だった。
言うなれば嵐の到来を告げる一陣の風。
目にも止まらぬ速さで迫り、光太郎の腕の薄皮一枚を引き裂いてしまった。
(あれは爪でひっかいているのではないでごわす。張り手の威力が余ってカマイタチを起こしているでごわすか⁉)
そして驚く間も無く、猛攻の第二弾が始まる。
羽合庵は会場に乗り込んでしまいそうになるが後一歩のところで立ち止まってしまった。
光太郎は、羽合庵の弟子はこの状況に動じていない。
自らの脇を閉じて、両腕を盾に敵の攻撃に備えている。
「ククク…。今の今まで忘れていたぞ。あの男の四股名を、キン星山という名前をッッ‼」
羽合庵は額の汗を拭い、不敵に笑った。
「若、ご武運を。ご安心ください。僕たちは最後の最後まで若の勝利を信じて疑いませんから」
美伊東君も眼鏡をあげて光太郎と変貌した印度華麗の姿を見つめている。
光太郎は肉のカー〇ンではなくて、連敗ストッパーの構えのまま印度華麗ににじり寄った。
印度華麗はバックステップをした直後、土俵の際を素早く駆け回った。
印度華麗は光太郎の周囲を走りながら機を窺っていた。
今現在はスモーデビルによって精神と肉体を支配されているので当人の力によるものではないが、たとえ壁一枚を隔てていたとしても一流の力士ならばある程度の融通は利く。
(糞ッ‼俺様としたことがとんだミスをしてしまったぜ‼コイツが普通の力士ならばともかく、あの憎きキン星山の直系の子孫だったとは‼)
ゴポゴポゴポ…。
印度華麗は口内にカレーのルーを溜める。
インド相撲の力士である印度華麗は常に体内のカレー袋の中に十リットルの激辛カレーのルーを貯蔵しているのだ。
インド相撲ではこのように攻め手の中にカレールーを用いた攻撃があるわけだが、今回の大会でも流石にカレー攻撃は認められていない。
印度華麗は頬肉を目一杯に膨れ上がらせる。
「ケケーッ‼本家のアクアシューター(※悪〇超人アトランティスの必殺技”ウォーターボール”的な技)には遠く及ばないが、食らえッ‼ジェットストリームカレー‼」
印度華麗の口から黄土色の液体が噴射された。
念の為に言っておくが、これは印度華麗の体内に普段から収納されているスープカレーであってゲロではない。
さらにこの場面が終わった後にはスタッフがおいしくいただいているので食料が無駄になっているわけでもないということを書いておこう。
(※ふじわらしのぶは食材ロス撲滅運動を支持しています!)
光太郎は連敗ストッパーの構えでスープカレーの激流を止める。
見た目ゲロっぽいが、印度華麗の作った本場インド顔負けの激辛カレーの威力は凄まじく確実に光太郎の皮膚と肉を溶かしていた。
大切な事だからもう一度言っておく。
間違っても印度華麗の消化液で溶けているわけではない。
「おいどんを舐めるなでごわすーッッ‼」
光太郎は構えを解かずに前進する。
印度華麗もまたスープカレーの噴射を止めて、光太郎の突進を待ち構えた。
ガンッ‼
光太郎は体当たりする直前で構えを解き、印度華麗の顔に頭突きをかました。
印度華麗は予想以上の威力にのけぞるがすぐに立て直した。
そして伸ばした腕を鞭のように振り回し、光太郎を追い払った。
「小賢しい餓鬼だ。腐ってもキン星山ということか」
刃物のような鋭さを持った印度華麗の張り手だったが、連敗ストッパーの構えに転じた光太郎を切ることは出来なかった。
大西洋を封じたキン星山は光太郎の祖父、海星雷電では無かったが連敗ストッパーの構えについてはスモーデビル軍団の総帥からある程度は聞いていたのだ。
(許せん…。この程度の力士があの御方と同じ技を使うとは…ッ‼)
「お前は一体何者でごわすか‼印度華麗殿は一体どうしてしまったでごわすか‼」
「俺か?俺はスモーデビル軍団最強の水中力士(※一人しかいない)、大西洋ッ‼今はインド相撲界のホープ、印度華麗と合体したスモーデビル、デビルカレー様だ‼ケケケーーーッッ‼」
印度華麗は、印度華麗の肉体を乗っ取ったスモーデビルは戦いを前に狂喜する。
野獣のように伸びた爪を舐めずり、デビルカレーは久々のご馳走とばかり心を躍らせていた。