第六十四話 決死の血戦ッ‼の巻
トラブル(雪かき、PC使用不能など)が重なってかなり遅れてしまいました!ごめんなさい!
次回は12月30日くらいに更新したいと思っています。
「…浅い。それでは私を倒すことは出来ませんよ?」
そう聞こえたような気がした。
光太郎は本能の囁きに従って印度華麗の身体から離れる。
そして、墓標の如く地面に突き刺さっているはずであろう印度華麗の姿を確認しようとするがそこには人が出入りできるくらいのサイズの大きな穴が空いているだった。
(地面に穴…。まさかあの瞬間に土俵の下に潜ったというのでごわすか⁉)
光太郎は印度華麗の常識を超えた腕力と発想の凄さに舌を巻いた。
確かに、地面に背中或いは頭を着けていなければ決まり手になりようがない。
「やるな、印度華麗め。あれはキン星山の奥義の一つ”タコの墨隠れの術”。危機回避を目的とした戦闘力は皆無の技ゆえに光太郎に伝授しなかったが、まさか雷電師匠から伝わっていたとは…」
キン星山奥義、タコの墨隠れの術。
全身に受け身、避けに特化した身体操作を施して如何なる技にも対処する技術である。
以前は、常に逃げ腰という性分の光太郎だったので敢えて教えはしなかったが仇になったようである。
そして、奥義”タコの墨隠れ”はもう一つ厄介な性能を持つ技でもあった。それは…。
「インドラ・ヴァジュラ‼」(※インドにおける相撲のかけ声)
ボコンッ‼
地面を突き破って印度華麗が再び姿を現した。
やせ細った肉体に光沢が戻っている。
おそらくは土俵に含まれているカレー粉成分が残り少なくなっていた印度華麗のスタミナを回復させてしまったのだ。
印度華麗は口の端についた黄土色の粉末をペロリと舐めて拭き取った。
(何と甘美なカレー粉だ。今での人生の中、これほど美味なるカレー粉を食べたのは初めてだろう…)
やがて忙しなく続いた鼓動は落ち着きを取り戻し、臨戦の高揚感を除く全ての感覚が本来あるべき形と為る。
もはや戦いへの畏れも、運命の理不尽に対する憎しみも無い。
印度華麗は相撲戦士としての復帰した。
「羽合庵、印度華麗のあの姿は…?」
美伊東君は混迷の果て、地下から生還を果たした印度華麗の姿を見て驚き戸惑った。
むしろ今の印度華麗は地下に潜る以前よりも大きくなっていた。
仮に神秘の国インド出身の力士であることを考慮すれば十分に考えられる話だが、試合中に成人男性の身長が突然高くなることなど大凡常識の範疇を越えてしまっている。(※グラップラー〇牙や熱拳伝タ〇ではよくある展開)
目の前に現実に理解が追い付かず、言葉を紡ぎ出すことが出来なくなってしまった美伊東君を見た羽合庵もまた同意の嘆息した。
「どうやら我々は印度華麗という力士を見誤っていたらしいな。彼は我々とは違う独自の解釈でキン星山の戦闘スタイルを習得していたらしい…」
羽合庵は再び口を閉じて印度華麗を微細に観察した。
全身の筋肉を引き締めて硬質化させることで物理攻撃による被害を最小限に止める。
さらにそこから地中へと潜航し、自身の体力回復を計る。
いつルール違反と見なされても仕方ない綱渡り行為だった。
身体操作に長けたインド力士ならではの超人的な戦法だろう。
(このまま長期戦になれば経験の少ない光太郎には圧倒的不利な状況が続くだろう。さてどうする、光太郎よ?この程度の敵に苦戦するようではキン星山を名乗らせるわけにはいかないぞ)
羽合庵は奥歯を噛み締めがら腕を組んでいた。
「そらそらそらー!私はもうタップリと休憩時間をもらいましたからねー!これからは貴方がお休みする番だー!」
印度華麗は独楽のように回転しながら張り手を打ってきた。
光太郎は変則的な動きに対応しきれず、体勢を崩しかける。
「若!ブロッケン山さんの言葉を思い出して!思考の死角に捕らわれるなってヤツです!今、若は印度華麗の攻撃を防ぐだけで精一杯じゃないですか!なら、今度はその逆をやっていればいんだ!」
印度華麗は血走ったギョロ目を美伊東君に向けた。
(あの小僧、余計な事を‼)
美伊東君の的確なアドバイスを聞いた光太郎の脳裏には昨夜という今朝の猛稽古の場面が甦った。
”思考の死角とは?”ブロッケン山が大きく身体を開き、攻撃のフリを作る。守らねば、避けねばと心の中がざわつく。”つまり敵の狙いはあくまでこちらに主導権があり、相手はそれに従うしかないと認識させること”
光太郎は小さく首を振り、ニヤリと笑った。
印度華麗は顔面の急所である鼻下を狙って張り手を打ち込んだ。
相手は怪力無双の印度華麗、コレを受ければこの勝負の決定打となる。
最初からそう思わせることが印度華麗の目的だった。
しかし、印度華麗の立場となればタダの張り手の一撃で相手を倒すことがどれほど難しいかを思い知らされる。
印度華麗の肉体は標準サイズよりもやや下であり、二人の体重差はそう変わらないのだ。
カウンターを合わせなければ決定打にはなり得ない。
ざりっ‼…光太郎は、印度華麗は同時に前方へと踏み出した。
そして、光太郎は印度華麗に顔面を差し出した。土俵に血の染みと肉片が飛び散る。
光太郎の顔面は被弾したかのように爆ぜ散った。
「キン星山、やってくれたな‼このワタシを愚弄しおって‼」
印度華麗はたたらを踏みながら後退する。地面に落ちている血の跡は何も光太郎のものだけではなかった。
印度華麗の手の皮が破れて出来たものでもあったのだ。
一方、光太郎の鼻すじの一部も衝撃で剥落している。出血量も尋常ではない。
だが、光太郎は力士だ。おすもうさんなのだ。
その場に踏み止まったまま倒れる事も、死ぬ事も無かった。
「この程度で、現代のキン星山を倒せるとは思わない方が良いでごわすよ…。印度華麗殿…」
光太郎は口内に湧いた血の塊を”べっ”と吐いて捨てた。
印度華麗の張り手を受けて、気を失わぬよう舌を噛んでいたのだ。
何かの漫画を読んだ時(※板垣〇介画、〇枕獏原作、餓〇伝より)に思いついた作戦だったが思いがけないほどに上手く行った。
羽合庵は両腕を解き、右手を固く握りしめている。
美伊東君は眼鏡を外して光太郎の勇姿を見守っていた。
「面白い…。ここまで追い詰められたのはあの男と戦った時以来ですよ。キン星山、貴方は実に面白い男だ」
印度華麗は肘のあたりから曲がった腕をさらに捻じ曲げ、元の形に戻した。
(これで心おきなく戦える。師匠、キン星山さん。感謝の言葉もない。私は今、生まれて初めて自分の意志で土俵に立っているのだ)
光太郎は一度、腰を落として血の昂りを抑えた。
「師匠‼ブタ面のおっさんがとうとうやりやがったぜ‼師匠の言った通りに正面から腕を砕きに行った‼」
遠く離れた別の会場で鈴赤がガッツポーズを取った。
タバコの代わりに棒つきのキャンディーを舐めていたブロッケン山はさも興味が無さそうにテレビ画面を見る。
「落ち着け、ソーセージ(※ドイツでは未熟な若者をこう呼ぶ)。今回のケースは光太郎が気がつくまでが遅すぎる。あのソーセージが受けたダメージも許容範囲を越えているだろう」
ブロッケン山の視線の先には屈んだままになっている光太郎の姿があった。
平衡感覚が回復していないのだろう。
ヘビー級ボクサーのフィニッシュブローに匹敵する張り手を受けたのだから仕方ない。
数秒後、光太郎は何事も無かったかのように立ち上がった。
ブロッケン山は羨ましそうにその姿を見ていた。
「光太郎。お前はソーセージなんかじゃない。もう立派なフランクフルトさ」
「チェッ。師匠。何だよ、それ。俺には全然誉め言葉なんかかけてくれないくせによ」
「鈴赤、お前にはまだ早い。もう少し稽古を積んでからだ」
そう言ってブロッケン山は鈴赤の頭を撫でた。
ズンッ。
そこに大きな影が割り込んでくる。
「余裕だな、ブロッケン。愛弟子を連れて観戦とは。まさか一回戦の相手がこの俺だということを忘れてはいないだろうな」
大柄な男だった。
不遜な態度も、身体のつくりも実力も全て持つべきものを持っている。
男は鈴赤にとっても尊敬に値する存在だったので、生意気な小僧も帽子の位置を整えて深く礼をする。
「アンタは、ソ連最強の男”雷帝”ッッ‼‼」