第六十三話 おいどんの意地。炸裂、へのへのもへじ投げ‼の巻
すごい遅れました。ごめんなさい。
次回は12月26日くらいに更新したいと思っています。
印度華麗の両手を使った叩き込み、一見すればどうということのない技だった。
だが実際に守る側に回って受けた時の感触は如何ほどのものかと問われれば返答に窮するだろう。
金属製のバットで巨人に殴られたような打撃だった。
日本の相撲にも両手を使った打撃技は存在するが、光太郎にとっては未知の領域にある…。
「…ぐぅッ‼受け止めきれんでごわすよ‼」
光太郎は想定外の打撃に思わす弱音を吐く。
その時、羽合庵の射抜くが如き眼光が閃いた。
「光太郎、足を使って立つな。体全体で支えるのだ。下手をすれば背骨ごと持っていかれるぞ‼」
羽合庵の激励を受けた光太郎は全体を横にスライドさせて印度華麗の力を真下に逃がした。
印度華麗は敵を仕留め損ねた事に腹を立て、舌打ちをする。
観客と行事が見ていなければ土俵に唾を吐いていたことだろう。
動きは悠久、威力は絶大。
印度華麗の大技”いきなりマハーカーラ”とは文字通りの決め手だったのである。
(この私としたことが…実に甘かった。キン星山のサイドには先代キン星山、海星雷電の全てを受け継いだ男である羽合庵がいたのだ。もう二度とあのような稚拙な奇襲は通じないだろう)
一方、光太郎は印度華麗の技を受けた両腕の状態を見て戦慄する。
両腕に印度華麗の掌の跡がどす黒くなって残っているのだ。
光太郎は心配になって軽く指と手の関節の具合を試す。
幸いにして痛みは続かず、骨に異常はない。
だがあの技を何度も受ければ光太郎の両腕が破壊されることは必定だろう。
光太郎は足を使って印度華麗に不利な陣取りをさせようと土俵の中を移動する。
しかし、思考を柔軟に変化させることにも長じた印度華麗は光太郎の勝手を許さない。
ぴったりとくっつくように移動し、近距離まで間合いを詰めてきた。
「アンタ、しつっこいでごわすな…。ふんッ‼」
光太郎は印度華麗の姿を見た途端に張り手を放った。
パシィッッ‼
印度華麗は蚊や蠅を追い払うかのように光太郎の鉄砲を次々と捌いた。
あくまで顔は木偶のようにポーカーフェイスを保っている。
インド相撲は”戦技”であって”格闘技”ではないとばかりに、己の体力と精神力が無尽蔵であることを証明し続けたのだ。
「これはね、ほんのお返しですよ。キン星山さんッ‼」
印度華麗は全身しながら張り手を打つ。
一方、光太郎は印度華麗の怪力を先ほど実体験したばかりである。
光太郎としては自らも張り手を打って対抗するのが定石なのだろうが、手を破壊されることを警戒して腕の筋肉を絞めて受けることを選択した。
光太郎の内心の動揺は、印度華麗に筒抜けであり的確な対処法に切り替えた。
印度華麗の必勝の戦略とは光太郎をこの試合で成長させないという一点に絞られてきた。
即ち、これからは不用意に攻め過ぎず守らせ過ぎず徐々に気力と体力を削ぐ。
防戦一方。
光太郎は印度華麗の張り手を受けて、反撃しようとしたところをまわしの取り合いに持ち込まれていた。
投げようとすれば逃げられ、逃げようとすれば妨害される。
もはやどれほど足掻こうとも印度華麗の掌の上で踊っているような気さえする。
(やはりカレーは一晩寝かせておいたほうが美味い。至言ですね)
しかし印度華麗の精神力も確実に限界へと近づいている。
一気に攻めて勝負を決めてしまえば、残り一本で光太郎は伸びしろを増やしてくる。
光太郎の息は荒くなり、目に見えて消耗しているが瞳から闘志だけは消えていない。
印度華麗への対処法も的確になってきていた。
「まわしはやらんでごわすよッ‼」
光太郎は左から伸びてきた印度華麗の手を豪快に払った。
この上ない反撃の機会。
しかし、光太郎はそこで踏み止まる。確かな理由があったわけではない。
強いて言うならば、このまま攻め続けることが何となく危険だと感じたからである。
そして、その予感は見事に的中した。
気がつくと音もなく光太郎の右の太腿に迫る印度華麗の手があった。
「インド相撲、奥義ッ‼悠久なるガンジスの腕ッ‼」
印度華麗は死角から光太郎の下半身を捕獲する為に腕を伸ばした。
印度華麗は常日頃から苦行者のような訓練を重ねてきた為に、関節を外して腕を伸ばすことが出る。
印度華麗のそれは怪力と素速さを合わせもった最強の奇襲だった。
しかし、光太郎は一切怯まずに真正面から切り返す。
「そうはいかんでごわすよ‼」
光太郎はまず後方に飛び退り、印度華麗の手を直前で叩き落とした。
印度華麗は腕の動きに緩急をつけて連続して襲いかかった。
その時、光太郎の間合いに印度華麗は自ら入って行った。
これが決め手となった。
印度華麗と、早朝に見たブロッケン山の姿が重なる。
「今のお前が印度華麗に勝つ方法があるとすればただ一つ、だ」
印度華麗は自分の技を出すことに固執している。
腕を鞭のようにしならせて左右から、光太郎を捉えようと攻撃を繰り出していた。
(まだ、でごわす。まだ反撃には早いでごわすよ)
光太郎は皮膚を切り裂かれながら耐えた。
印度華麗は苛烈な攻撃を繰り出し続ける。
自分の技に酔っていたと言われても何も言えない。
だがこの時点で、印度華麗は過剰に昂っていたことだけは間違いなかった。
とっくに土俵の印度華麗に割り当てられた支配圏を脱しているというのに気がつかない。
印度華麗の自信は慢心に変貌していた。
「印度華麗の最大の攻撃にカウンターを合わせろ。それしかない」
そう言って記憶の中のブロッケン山は帽子の鍔を下げる。
その時、光太郎には近い将来の印度華麗と自分の姿が見えていた。
狙うは、印度華麗の右腕。光太郎は印度華麗の必殺技に合わせて前進する。
「インド相撲、奥義ッ‼悠久のガンジスの激流ッ‼」
印度華麗は身体を独楽のように回転させながら、張り手を打ってきた。
あらゆる面において完璧な技だった。だが今の光太郎にとっては想定された展開の一つにすぎない。
光太郎は疾風のような印度華麗の張り手を屈んで避ける。
そして下から持ち上げた。
「印度華麗、あんさんは強かった‼しかし最後は自分の技に溺れてしまったようでごわすな。…これがキン星山のへのへのもへじ投げでござーいッ‼」
光太郎は印度華麗の身体を持ち上げると飛び上がった。
そして地面目がけて叩きつける。
ズウンッ‼
土煙が晴れた後、印度華麗は頭から地面に突き刺さっていた。