第五十八話 見たか、大和男児のど根性‼開幕のバー〇ナッ〇ルでごわす‼の巻
今回もかなり遅れてしまったでごわす。すまないでごわす。というわけで次回は11月19日に投稿したいと思っているでごわす。
「見合って、見合って…」
行事が屈んでから軍配を土俵につける。
土俵を固める土と砂からカレー粉の臭いがした。
いつもの土俵と様子が異なることに気がついた美伊東君が土俵の土を人差し指で掬った。市販のカレー粉の臭いがした。
「しまった…。やられた。これはインド相撲の公式ルールの一つ、カレーデスマッチだ‼」
美伊東君の行動につられて光太郎もまた強烈なカレー臭が漂う土俵の土を手に取って匂いを嗅いだ。
鼻腔をくすぐる甘いような、苦いような香ばしい独特の臭い。光太郎の実家でも良く使う「エ〇アン〇ビー」のカレー粉の臭いだった。
余談だがカレーパウダーとカレー粉とガラムマサラは使う用途が違うので気をつけよう。
知っての事か、知らずの事か印度華麗は土俵の周りで慌てふためく美伊東君と子Y太郎の姿を見ながら笑っていた。
「何とッ‼カレーデスマッチでごわすとッ⁉美伊東君、それは一体どういうルールなのでごわすか‼」
光太郎は既に土を食べていた。(※後で羽合庵と美伊東君に滅茶苦茶、怒られた)
それを証拠に口の周りにはターメリックの黄色が付着していた。
美伊東君は眼鏡を上げながら不敵に笑う印度華麗の姿を見ている。
そして光太郎に口元を拭くようにとハンカチを渡しながら、カレーデスマッチについて説明した。
「カレーデスマッチとは、起源はインドの戦国時代にまで遡ります。当代最強と言われたココイチ国において二人の王位継承者、ビーフ王子とチキン王子が玉座を巡って争ったそうです。インドの国技である相撲で決着をつけようとしたのですが、二人の王子の実力は互角。千日の間、相撲を続けましたが戦績は五分のままでした。そうしている間にも他国との戦いは続くばかり、そこでインド相撲の聖者、天竺がある提案をしました。土俵の土を全てカレー粉に変えろ、と言われたそうです。聖者様の言葉とあっては二人の王子も聞かぬわけにはいきません。二人の王子は言われた通りにカレー粉となった土俵の上で相撲を取り、争う事の虚しさと相撲の素晴らしさをこれでもかというほど思い知ったそうです。その事件以来、インドでは相撲の試合で完全決着を望む場合はカレーデスマッチを行うようになったのですよ、若」
「美伊東君。ここは日本で、今日の試合はスモーオリンピックの公式試合でごわすよ。事がインド本土ならばともかく少し強引ではないでごわすか?」
光太郎の背後から羽合庵が出てきた。
その眼光は鋭く、まるでこれから羽合庵当人が試合に出るかもしれないような危険な雰囲気があった。
土俵を仕切る綱の前で立ち止まったのは愛弟子の手前、見栄を張ったということなのだろう。
米国屈指の力士、羽合庵は心身共に健在だった。
「光太郎、臆するな。これは特殊ルールだ。大会に参加する選手は委員会に申請さえすれば、自国の流儀で試合をすることを許されている。ただしお前が是を拒否すれば通常のルールに引き戻すことも可能だが名誉を失うことになるぞ」
敵に挑まれて、引き下がるなど毛頭考えた事も無い。
カレーの魅惑的なアロマが光太郎の脳細胞をそう刺激した。
案外、この状況こそが印度華麗の策略だったかもしれない。印度華麗は追い打ちをかけてきた。
「誰でも命は惜しいでしょうに。さあ、キン星山殿。恥じる事はありませんよ。審判にルール改定無し、と申請してきなさい。その時は私が公式ルールで貴方に圧勝してさしあげましょう」
ククク…、と印度華麗は含み笑いを漏らした。
この時の印度華麗の心中はキン星山が通常のルールで戦うことを訴えてくることを願うばかりだった。
インド式のルールならば自分は絶対に負けない。
また公式ルールで負けたのであれば潔く引退が出来る。
印度華麗の中ではかような矛盾した想いが巡っていた。血生臭い残虐相撲を厭うていた傾向さえあったのだ。
「舐めるなでごわす‼例えどんなに困っていて相手から塩を送られてきても玄関先で突っ返すのが、キン星山の流儀ッ‼おいどんはインド式のルールであんさんに正々堂々勝ってやるでごわすよ‼」
光太郎は両手を払い、大見得を切った。
しかし、印度華麗は光太郎の虚勢に動じること無く微笑を崩さずに最後の通告をした。
「私が真心を明らかにしたというのに、貴方の決意は変わらない。これでよろしい、ということですね。ククク…ッ。勇敢な、力士だ。ここで潰すのが惜しいくらいだ」
印度華麗は黄色のローブを脱ぎ去って土俵の上に立った。
周囲一帯から漂う強烈なカレー臭。
(これは我が故郷インドの香りだ。ここで私が万が一にも負けることはない)
頭の上に乗せたカツカレーは必勝を祈願したトンカツ、必ずオリンピックで優勝して自由を手に入れるカレーという誓いの意味が込められたものだった。
印度華麗は微動だにせず己の位置まで歩く。
それは己が勝利への道程だった。
「潰れるかどうかは試合の後にわかるでごわすよ、印度華麗殿。おいどん、こう見えて辛党も辛党でごわす。舐めたら激辛でごわすよ‼」
光太郎は下腹を揺らしながら豪快に笑った。
もちろん虚勢というか大ウソである。
すでにこのやり取りだけで美伊東君と羽合庵は頭痛を覚えていた。
光太郎はキン星山の正装である花嫁衣装に着替えてから再入場した。
土俵の入り口に立つや否や着物と羽織を脱ぎ捨て、ジャンプしながら土俵入りをした。
だが着地した瞬間に恐るべき異変に気がついた。狼狽する光太郎を、印度華麗は嘲弄した。
「これは熱いでごわす‼カレーの辛さが素足にまで届いて、まともに立っていられないでごわすよ‼」
地面に撒かれたカレー粉は明らかに異常な熱さを持っていた。
光太郎も他の力士同様に足の裏は普通に鍛えていたが、今足を下ろしているカレー粉の混じった土の温度は限界を余裕で越えていたのだ。
それもそのはず、なぜならば…。
「やれやれ。このカレー粉の辛さはインドの甘口だ。もっとも君たちには煮えたぎる地獄の釜底くらいの熱さなのだろうが。そして、残念なニュースをもう一つ。今回の試合、相撲を取り直す度に辛さは上昇する。さてどうするつもりかね、キン星山?」
光太郎は体勢を低くして印度華麗の姿を見た。
今の温度ならば、まだ十分に戦うことも出来るだろう。
体格は元より体重の勝負ならば、光太郎に分がある。
光太郎は兄弟子、大神山の勇姿を思い出す。
次の瞬間、光太郎は獲物に襲いかかる餓狼の如き奇襲の技を繰り出していた。
「この技を食らえいッ‼燃える狼の一本張り手でごわすーッ‼」
光太郎は大地を蹴って印度華麗のいる場所まで一気に移動する。
その姿は電光石火の勢い。
印度華麗の下あごを光太郎の突き上げ張り手が確かに捕らえた瞬間だった。