第五十一話 秘められたる真実‼の巻
次回は10月12日くらいに投稿する予定でごわす。次々回からは印度華麗と光太郎のバトル‼見逃すな、でごわすよ‼
あくまで予定だがな。
現在の美伊東君の身長は大体150センチくらいであり、鈴赤は160センチくらいである。
体重差は10キロ以上は確実にあった。
子供相撲の常識からすれば、両者には相手(鈴赤が)が余程手を抜かない限りは勝負にならないほどの体力差が存在した。
筋力や速度を比べればさらに差異が判明することになるだろう。
相撲とてスポーツの一つ、生まれ持った素質が選手生命を左右する。
しかし、されど競技であるからには絶対的な差異を覆す手段も存在した。
今回美伊東君が使ったトリックはもっと単純なものであり、手段を択ばぬ手段でさえ無かったのだが。
美伊東君はまず掌を光太郎に見せた。
見た目は小さな、それこそ子供のような手だが光太郎と羽合庵は美伊東君の握力が実は成人男性の平均的な力と変わらないことを知っていた。
美伊東君は体格的な不利を克服する為に日々の努力を怠った事など一度もない。
この精神には光太郎に影響されての事であったのだが、それを口にすると光太郎が調子に乗るので今まで口外したことはない。
褒めれば途端に駄目になる。
それが海星光太郎という男の人間性だった。
しかし、いくら握力が強いといっても普通の力士クラス程度なので子供ながらに突出した腕力を持つ鈴赤に及ぶべくもない。
光太郎は両腕を組んで眉をひそめるばかりだった。
「美伊東君は見かけよりもずっと力持ちでごわすが、鈴赤さん(既に敬称)の腕力はおいどんたちプロ力士でも中堅クラスはあるでごわすよ。それをどうやってひっくり返したのでごわすか?」
美伊東君は光太郎の右腕を取って、先ほどの練習試合に近い状態を作った。
光太郎は175センチと鈴赤よりも体格が大きいので子供と大人が相撲をとっている状態に見えた。
鈴赤との対戦との違いを指摘するならば、光太郎の探るような視線である。
否、綿津海部屋の人間ならば美伊東君の実力を知っているので安易に自分から攻めるような真似はしない。
やがて実践の場が整ったことを確認した美伊東君が口を開く。
「いいですか、若。この手の仕掛けは説明するよりもまず体験してもらった方が早いでしょう。若は鈴赤君のように僕を上から押し潰すように攻めてきてください」
美伊東君は少しだけ意地悪そうな顔をしていた。
光太郎はあまり気が進まない様子で説明の通りに力を上から下に向けてかける。
真上から腕力で圧して、身体のバランスを崩すという実に相撲らしいやり方だった。
鈴赤は目をこすって光太郎と美伊東君の姿を一挙手一動くを逃さず注目している。
「これでいいで…、ごわすか。相変わらずしぶといでごわすな、美伊東君は。おいどんにはここいらが限界でごわすよ」
光太郎が押そうが引こうが、美伊東君はビクともしなかった。
表情にいつも以上の真剣さが出ている。
今、美伊東君は全身に汗をかきながら全力で光太郎に抗っているのだ。
実はこのポーカーフェイスもまた美伊東君の策の一つだった。
試合時に鈴赤は劣勢を覆そうと必死な美伊東君の顔に惑わされていたのだ。
事実彼は試合中、終始美伊東君を一方的に潰そうと雑な戦いをしてしまった。
無限のスタミナが底を尽き、冷静さを失うほどに。
「おい、待てよ。チビ助、ヘタレのおっさん(※光太郎のこと)。お前らじゃれ合っているんじゃねえのか⁉」
「⁉」
ヘタレよりもおっさんと呼ばれたことにショックを受ける海星光太郎だった。
鈴赤は光太郎の表情から彼が本気で美伊東君に技を仕掛けようとしていることに気がついた。
それどころか美伊東君はいつの間にか攻守を逆転させている。
今や光太郎は下から持ち上げられるのを必死に抗う姿勢となっていた。
美伊東君は光太郎の身体を持ち上げ、ゆっくりと前に押し出そうとしていた。
光太郎はつま先立ちで何とかそれに耐えている。
そして苦笑しながら、鈴赤の問いかけに答えた。
「これがおいどんの全力でごわすよ。いや大神山の兄ちゃんだって美伊東君を楽には崩せないと思うでごわすよ」
ほどなくして光太郎は土俵の外に追い出されてしまった。
美伊東君は鈴赤と光太郎の方を見る。
光太郎は美伊東君の教えてくれた答えに納得して、何度も首を縦に振っていた。
「どうですか、若。先ほどの攻防についてわかっていただけましたか?」
「美伊東君、すごいでごわす‼流石はおいどんの頭脳ッ‼おいどんのようなお馬鹿さんにでもよくわかったでごわすよ。これはアレでごわすね。最初わざと敵に道を譲ってやって力のさじ加減を間違えさせる、そういう理屈でごわす」
光太郎のよくわからない説明に困惑するも、その表情から美伊東君の言わんとすることが伝わったことを感じ取る。
今の光太郎には敵に勝利することを目的とした戦いへの姿勢が必要だった。
その中で相手を一方的に陥れるような”駆け引き”が必要であることを、光太郎にも納得できるように伝えるにはどうするか。
最近の美伊東君の悩みの一つだったのである。
多少、無理をしてしまったが自分(※美伊東君のこと)のような小兵が鈴赤のような強者に挑む時には必要な戦法であることを光太郎は理解してくれた様子である。
心優しい性格の持ち主である光太郎に「勝利する為には時として手段を選ばない戦いも必要となる」と伝えたとしてもわかってはもらえないだろう。
それは美伊東君に負けた鈴赤も同様だった。
敗北の遺恨を忘れ、既に美伊東君の戦い方に畏敬の念さえ覚えていた。
「すげえぜ、美伊東。アンタはそこまで考えて俺と戦っていたんだな。俺さ、よく親父にお前は力で押すことしか考えてないって怒られていたけどそれってこういうことだったんだな。敵の長所を欠点の一つとして捉え、逆にそれを利用して戦いを有利に進める。今回の場合は俺のパワーとスピードを試合の序盤から使わせることによってスタミナを奪うみたいな…」
美伊東君は鈴赤の話を聞きながら(…若にもこれくらいの察しの良さがあったらなあ…)としんみりした気持ちになっていた。
「見事だ、美伊東君とやら。俺がうちのソーセージに教えたかったことを全部言ってくれたみたいだな。お礼に良い事を教えてやるよ。お前たちが今度戦うことになる印度華麗、アイツの師匠の師匠は華麗南蛮という名前でな元はインドのカラリパヤットという格闘技の選手だった。まだ世界が東西に分かれる前、日本を飛び出した海星雷電はそいつと一緒にキン星山の奥義を研究したんだ」
ブロッケン山は一度、言葉を区切って羽合庵の様子を探った。
光太郎、美伊東君、鈴赤は羽合庵とブロッケン山の姿を驚愕の表情で見つめている。
そして、その事実をいつ伝えるべきか迷っていた英樹親方とタナボタ理事は二人そろって冷や汗を流していた。
「はあ…」
羽合庵は盛大に息を吐いた後に光太郎に告げる。
「そこのドイツ男の話は真実だ。光太郎よ、お前と印度華麗の戦いは雷電師匠と華麗南蛮の孫弟子との一風変わった同門対決ということになるのだ…」