第五十話 死闘の内容は次回に持ち越し…ッ‼の巻
次回は10月8日にお届けできるとよいでごわすよ。また遅れまくってすまんこってす。
「面白い。鈴赤、そこのポークビッツ(※ドイツ語で体躯の小さな力士を意味する)と戦ってみろ」
鈴赤は師から対戦の許しが出たことを素直に喜んだ。
小さくガッツポーズを決める。
だが羽合庵はこの試合に乗り気では無かったらしく、あまり良い顔をしてはいなかった。
意気揚々としている鈴赤の姿をじっと見ている。
鈴赤は身につけていたTシャツを脱いで四股を踏んでいる最中だった。
「いいのか、ブロッケン山よ。お前の息子は大きな壁にぶち当たることになるかもしれんぞ?」
「それこそだ。構わんよ。この程度の試練で潰れるような男ならばこの先の相撲界で生き残って行くことは出来ない。むしろ、そっちのポークビッツの方こそ大丈夫か。体格的にはウチのソーセージの方が一回りほど上のようだが」
ブロッケン山の視線の先では美伊東君が眼鏡を相撲の稽古用の物に変えていた。
息巻く鈴赤とは対照的に冷静そのものである。
羽合庵は「心配する必要は無い」とだけ答えた。
美伊東君は小柄な肉体であることにも関わらず今現在まで綿津海部屋の厳しい稽古に参加をしてきた。
光太郎の体調管理や修行につき合いながらも、彼は努力を続けることを止めなかった。
むしろ羽合庵は体格で勝る鈴赤が美伊東君に敗れ、相撲から遠ざかってしまうのではないかと心配していたのである。
「おいおい。お前、本当に俺とやるつもりかよ。言っておくが俺は…」
「ドイツの少年相撲のチャンプ。ブロッケン山のご子息に相応しい活躍をされているとか。存じておりますよ、鈴赤。ですが今日の試合では貴方は絶対に僕には勝てません。これからそれを教えてさしあげましょう」
鈴赤の顔から傲慢な笑みが失われる。
父親と良く似たデザインの帽子を光太郎(※もはや付き人あつかい)に渡して早くも土俵に上がった。
美伊東君も遅れて土俵に上がる。
鈴赤と美伊東君の姿を見比べて、英樹親方とタナボタ理事は抱き合って悲鳴を上げる。
雲泥の差どころではない。
鈴赤と美伊東君の姿は仔ウサギと牡獅子ほどの違いがあった。
しかし、光太郎と羽合庵の目には別のものが映っていた。
光太郎はここまで来てようやく羽合庵の言う”懸念”が理解出来た。
言うなれば鈴赤は抜き身の刀であり、美伊東君は鞘に収まったままの日本刀だった。
(おそらくこのまま二人がぶつかりあえば…)
光太郎は羽合庵とブロッケン山の視線に気がつき、試合をただ見守る。
そして、公平さを尊重してタナボタ理事の号令の下に野試合が始まった。
後に数々の激闘を経て大成し一人前の力士となった鈴赤は愛弟子・自衛道に「ここからが俺の相撲の始まりだった」と語る。
そして運命の三十分後。
…試合は、美伊東君の圧勝で終わった。
美伊東君に挑んでは何度も投げ飛ばされ、敗北が確定した鈴赤は屈辱に泣き崩れ地面を乱打する。
美伊東君はメガネをかけ直して土俵を降りる。
「やったぞ、美伊東‼それでこそ綿津海部屋の力士見習いじゃ‼」
「ワシも最初から美伊東君が勝つと思っておったぞ。英樹よ‼ワーッハッハッハ‼」
「お父ちゃん。タナボタのおっちゃん。ブロッケン山さんも見ていることだし…」
英樹親方とタナボタ理事は乙女のように手をつないで万歳していたが、光太郎や他の力士たちが周囲にいることに気がついて止めてしまった。
(コイツ。最初から我々を悪役にする為に立ち寄ってきたな)
羽合庵はブロッケン山を一瞥した後、嗚咽を漏らす鈴赤の下に向かった。
目論みを見抜かれて何のことやらさっぱり、とブロッケン山は苦笑していた。
天狗になった鈴赤に決定的な敗北は必要な経験だった。
実際、東側ではブロッケン山のネームバリューに驚いて、誰もが鈴赤になりふり構わず挑んで来る者はいなくなっていたのだ。
「わかったか、坊や。これが相撲、力士だ。お前が今までやっていた事はオママゴトにすぎない。まだ半人前を気取るつもりがあるなら、さっさと土俵を降りろ。それが最低限のマナーだ」
悪役に徹した羽合庵が鈴赤を一蹴する。
厳しさで知られる羽合庵とて正直なところあまり気分の良い役割ではなかった。
「俺が第三帝国(※危険発言につき、不快に思われた方はここでブラウザバックをすることを推奨します 【作者】)の栄光を汚したのか?祖父さんや父さんの築き上げてきたドイツの軍人相撲を台無しにしちまったのか‼」
「そうだ。お前の未熟さがブロッケン山の栄光を汚したのだ。ならばお前がすべきことはわかっているはずだ。日々のトレーニング、これしかない。雄大な自然のように日々絶えず力を蓄え、己を磨け。いつかあの小さな巨人を倒せるほどに」
「………」
美伊東君は敗北した鈴赤を一顧だにせず、土俵を降りてからは光太郎からタオルを受け取っていた。
美伊東君は勝った側が負けた相手にかける言葉など無いことを嫌というほど知っている。
どんな慰めの言葉も侮蔑のそれにしか聞こえないことを、知っていた。
そして、この時光太郎は気がついた。
美伊東君と鈴赤の試合を見てその事に気がついてしまったのだ。
即ち先日、習得したはずの「へのへのもへじ投げ」が未完成のままであるということに。
美伊東君に鈴赤が仕掛けた最後の攻防が、今の光太郎に足りぬものだった。
光太郎は汗を拭いている美伊東君に先ほどの試合について尋ねる。
「美伊東君、まずはおめでとうでごわす。それでさっきの試合でごわすが…、美伊東君は何で鈴赤の足かけにつき合ったのでごわすか?」
それは傍から見れば不合理な戦い方だった。
まだ子供にすぎない鈴赤を相手に美伊東君が余裕を見せて、あえて敵の足かけにかかったとは思えなかった。
美伊東君の相撲はあくまでロジック優先の戦法である。
年少者の鈴赤が相手だったとしても故意に手を抜くような真似はしない。
もっと別の手段で彼を諭そうとするだろう。
一方、急いている光太郎の質問に美伊東君はすぐに答えてくれた。
美伊東君としては光太郎が早くに意図を見抜いてくれたことが嬉しかったようである。
「流石は若。やはり気がつかれましたか。若の推察通りに僕は先ほどの鈴赤との戦いで二つ罠を張っておきました。一つは間合いを誤って認識させること、もう一つは全てにおいて鈴赤の方が勝っていると思わせることです。本来ならば騙すという行為は避けて通らなければならない方法なのでしょうが、これは勝負事です。勝つ為には騙すという行為も必要だったということです」
美伊東君は自分の細くて短い手足を見つめる。
仮に成人したとしても鈴赤よりも大きくなれるという保障の無い素養の持ち主だった。
その光景を目の当たりにしら羽合庵はバツの悪そうな顔をする。
彼もまた肉体的に恵まれた力士ではなかったからである。
巨漢と呼ばれる大型の力士と渡り合う為にあらゆる努力を惜しまなかった。
それが決して歓迎されない手段であったとしても、の話である。
「それは…、おいどんのようなお馬鹿さんにもわかりやすく説明してほしいでごわすな」
ズルッ…。
(カッコ良く決まったと思ったのに…。この人ときたら…)
美伊東君は光太郎の情けない発言を聞いた直後コケてしまった。