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血染めの覇道  作者: 舞って!ふじわらしのぶ騎士!
王道 キン星山編 第一章 輝け!キン星山!
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第四十五話 甘くはないぞ‼印度華麗‼の巻

すごい遅れた。ごめん。次回は9月16日に投稿する予定。しばらく主人公、印度華麗になります。


 キン星山となった海星光太郎が、師匠・羽合庵から脱力系の名前の新必殺技に関する情報を説明されている時に彼の対戦相手である印度華麗は別の挑戦者から勝負を持ちかけられていた。


 その男の名前はかつて印度華麗が再起不能に追い込んだイタリア力士・奈堀譚の親友であるカナダ山だった。

 カナダ山は生まれ故郷であるカナダではイタリア料理の食通として知られている。奈堀譚とは共にスパゲティ鍋を囲みながら修行の日々を過ごした仲だった。


 「おうおうおうおうッ‼カレーだか、ハヤシライスだか知らないが俺の親友に手を出すとは許せねえな。カナダ仕込みの怪力殺法、嫌というほど味合わせてやるぜ。覚悟しな、印度華麗‼」


 その頃、印度華麗は座禅を組んで瞑想&イメトレ中だったことは言うまでもない。


 一日前にインドの相撲協会から急遽オリンピックに参戦することを命じられ悩んでいる最中でもあったのだ。


 「お待ちなさい、カナダ山。戦う前に言っておきますが大会前にオリンピック開催委員会の許可無くして勝手な勝負をすれば、出場資格を失うどころか下手をすれば力士の称号を剥奪される可能性もありますよ?」


 世界相撲ランキング上位の実力者、カナダ山の強さは印度華麗も知るところであった。

 真正面からぶつかり合えば当代世界最強の、倫敦橋でも敵わない頑健な肉体の持ち主であるという噂も聞いている。

 印度華麗は包帯で巻かれた自分の腕を見つめる。

 この包帯は”枷”だ。

 主の知らずのうちに相手を死の一歩手前まで追い詰めてしまう魔の腕を封じる為のものだった。


 (カナダ山の巨躯をもってすれば私の真の実力を受け止められるかもしれぬ。私の真の望みも果たされるやもしれぬ。だが賭けに失敗すれば今度こそ本当に私は魔に堕してしまうだろう)


 その時、幻のカレールーの匂いが鼻腔を擽る。

 ご飯の盛られた白い皿を持って印度華麗の帰りを待つ孤児たち、印度華麗は己の帰りを待つ者たちのことを思い出した。


 「それなら、これでどうだ?俺はこのチケットを賭ける。負けたらその場でビリビリに破ってやるよ。おっとお前は何も賭けなくていいぜ。これは俺のプライドの問題なんだからな‼」


 カナダ山は一気にまくし立てた後に日本語で「オリンピック参加券 カナダ代表カナダ山殿」と書かれた切符を印度華麗に見せつける。

 当然の話になるがこのチケットを所持していなければ相撲オリンピックに参加することは出来ない。


 (戦ってはいけない。印度華麗よ、お前はお前の愛する者たちとの誓いを忘れてしまったのか?)


 印度華麗はカナダ山の参加チケットを手から落とさないよう気を使いながら返した。


 「軽率な事をしてはいけません、カナダの力人よ。相撲オリンピックにおいて母国の代表として戦うからには、貴方の責任はもう一人のものではないはずだ。今日のところは私の不戦敗ということにしましょう。どうかこれでお許しください」


 印度華麗は頭に乗せた発泡スチロール製のカレー皿を地面に置いた後に土下座をした。

 カナダ山は考えつく限りの罵詈雑言を吐いて挑発を続けるが、印度華麗が立つことは無かった。

 

 「仮にも力士を名乗る男が、敵の前で頭を下げてんじゃねえよ‼」

 

 「許せ、カナダの若き力士よ。今の私にはこれしか出来ぬのだ」

 

 「グ…ッ‼」

 

 カナダ山は吠え猛り、…そして落胆した。


 「印度華麗、俺はお前を絶対に認めない…。だから大会には絶対に出場しろよな。キン星山なんていう聞いたこと野郎をさっさと倒して俺様と戦え‼いいな」


 カナダ山は土下座したままの印度華麗を残して、大股で去って行ってしまった。

 そして、地面を限り無く視点からカナダ山の背中を凝視する。


 どろり。


 それまで底が見える清流のような印度華麗の心に黒い染みが生じた。

 一点に生じた仄黒い染みはずくずくと広がり、瞬く間に川面を染め上げて漆黒と化す。


 「見ろ、印度華麗よ。このままではお前の獲物が去ってしまうぞ。それでいいのか?」


 印度華麗の心に、かくも甘美な囁きが響く。

 印度華麗は自らに野試合を禁じていた。

 当時のインド国内における相撲事情を語るならば公式試合は高潔なクリーンファイトに重きを置いた競技だったが、非公式試合即ち賭け試合の場においては勝利することだけを目的とした文字通りの「命の取り合い」だったのだ。

 元来、貴族階級に生まれた印度華麗に賭け相撲に参戦した理由に貧困脱却、弱者救済といった感傷的な事情は一切存在しない。

 強いて言うならば「有り余る力のはけ口を求めていた」くらいである。

 痩身ながらも戦う術に長けていた印度華麗は賭け相撲の世界を瞬く間に駆け上がり、やがて裏のインド相撲世界の頂点に弁軽大牙ベンガルタイガーを倒すに至った。

 今にして思えばそこからして印度華麗は道を誤っていたのかもしれない。


 (黙れ、悪魔よ。己の稚拙な力に溺れた弱く醜い私はもういない。この力は正しき相撲の為に存在する。全力を封印した私には土俵に立つ資格さえないのだ)


 烈火の覚悟がそこにあった。

 逆に印度華麗を戦いの場に引き込もうとする黒い悪意は宿主の意固地さにため息をこぼす。

 両者は同じものでありながら、相反していたのだ。

 

 やがて印度華麗の心の中に生じた黒い流れはカナダ山の筋骨隆々とした逞しい背中を見ている。

 滅茶苦茶に、壊したい。ただその想い一点だけであった。


 カナダ山の背中は完全に見えなくなる。


 落とし穴に落ちたので無ければ、カナダ山は完全に森を抜けてしまったのだ。


 暗黒の衝動はいつしか心の中から消え去り、印度華麗の心の内には清き流れが戻る。

 印度華麗は発泡スチロール製のカレー皿をどこかに隠し、頭にターバンを巻いた。


 家に帰る時間だ。


 今の印度華麗は表向きは力士を廃業し、寂れた町の片隅にあるボロ屋で診療所を営む闇医者だった。

 患者が来ない日は、日雇いの仕事をしながら生活をしている。

 否、寝る時と表の生活以外の全ては相撲の修行に費やしていた。

 そんなある日、相撲協会からは相撲オリンピックに参加することを命じられた。

 多額の報酬と、選手としての復権。それは治療費を出すことが出来ない数多くの貧民たちを患者として抱えている印度華麗にとっては目もくらむほど輝かしい報酬だった。

 印度華麗は後ろめたい気持ちを抑えつつも参加を表明する。そして理事の一人が最後に告げた。


 「出来ることならば倫敦橋を倒し、優勝して欲しい。そうすれば…」


 その一言を聞いた時、印度華麗の心に空洞が生まれた。


 (倫敦橋を倒す。この私が、約束された勝利に守られた倫敦橋の戦績に黒星を残す。果たしてそんな事が許されるのか。この私が本当に倫敦橋を土俵の下に沈めてしまっても、いいのか⁉)


 そう考えただけで全身から滝のような汗を流してしまった。

 目の前の理事は机の上で手を組みながら偉そうに何かを話しているが、まるで頭に入って来なかった

(※念の為に言っておくと集中していないだけで、内容自体は聞いている)。


 その日、診療所兼自宅に帰るまで印度華麗は相撲の事だけを考えるようになっていた。

 家の前に立ち我に返る。

 

 壁のあちこちにヒビが入った小さな家から賑やかな声が聞こえてくる。


 この数年で印度華麗の家に居つくようになった新しい家族たちの声だった。


 「ただいま。みんな」


 印度華麗はドアノブに手をかけて、中に入った。

 家の中ではところ狭しと駆け回る子供たちの姿があった。

 留守番をまかせている年長者の子供たちが印度華麗に労いの声をかけてくる。


 これが印度華麗という力士の現在だった。

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