第四十四話 世界最強の頂点へ挑む者たち‼
次回は9月8日になる予定です。遅れてすいません。
ブロッケン山とはかつて東側(※キン星山の世界は1980年代後半である)において”勇者ジークフリートの再来”と呼ばれた伝説の力士である。
年齢は五十歳近くと言われ近年では東側の世界大会に出場する回数も少なくなっていた。
羽合庵らの世代では残虐相撲、正義相撲の両方を使いこなす力士として恐れられていたという。
タナボタ理事の話を聞いてから個人的にブロッケン山を知る羽合庵の表情が厳しいものに変わる。
羽合庵はかつて米ソの交流試合でブロッケン山の試合を直に見たことがあったのだ。
ブロッケン山とは、素晴らしい技術と運動能力に優れた肉体とそれらを十二分に生かす合理的な頭脳を持った究極と呼んでも過言ではない力士だった。
惜しむらくは彼自身が完全すぎて後継者に恵まれなかったことだろうか。
一人息子がいるという話を聞いてはいたが噂らしい噂を聞いたことはない。
羽合庵のタダならぬ様子に驚いたタナボタ理事は場の雰囲気を少しでも変えてしまおうと別の話題を出す。
無論、大会の開催に前向きな態度を取る前大会の優勝者倫敦橋に関するものだった。自然と光太郎たちの表情も真剣なものになっていた。
「結局、東側はスモーオリンピックの結果によって東西のスモーバランス(※ミリタリーバランス的なものと解釈してくれ)が位置付けられてしまうことを恐れているようじゃ。ワシも言い難いことなんじゃが今世界に倫敦橋に勝つことが出来る力士はおるまい。そこで倫敦橋は独自のコネクションを使って中国のラーメン山、インドの印度華麗の公式参加を提案してきたというわけなのだ」
タナボタの話を最後まで聞いた後に、美伊東君は人差し指で眼鏡の位置を正した。
今回のスモーオリンピックは絶対王者である倫敦橋にとっては優勝すること以外に成果が得られない大会だった。
だがそれは同時に現時点では西側の世界で倫敦橋と戦おうなどという無謀な挑戦を試みる力士がいなくなってしまったことを意味する。
倫敦橋は自分を負かす力士を召喚しようとしているのだ。
そう考えた時に倫敦橋の相撲に対する情熱に、美伊東君は思わず息を飲み込んでしまう。
おそらく倫敦橋はこれまで自分が勝ち得てきた栄誉の全てを捨てることになっても構わないのだろう。
「わかりましたよ、タナボタ理事。その参加条件というものが”倫敦橋を打倒し得る実力と意志を持った力士というわけなんですね。インド角界は今大会をきっかけに国内におけるメジャースポーツ化を狙っている。ゆえに名声獲得の為に手段を選んでいられない状況となった。そしてインドや中国といった国が参加を正式表明すればソビエト連邦も東ドイツも参戦せざるを得ない、というところですか」
タナボタは額から流れる汗を手持ちのハンカチで拭きながら首を縦に振る。
一方、美伊東君の隣で話を聞いていた光太郎は新たな参加力士の名前の中にラーメン山の名前が在ったことに対して驚きを隠せないでいた。
「むう…ッ。あの、ラーメン山もスモーオリンピックに参戦するでごわすか…」
ラーメン山は光太郎の行方不明になってしまった兄・翔平が目標としていた力士の一人だった。
他のスポーツ選手と見間違えてしまいそうなほっそりとした体格を持つ異色の力士であり、外見からは想像がつかないほどのパワーを持ちさらに見た者たちを全て魅了する相撲テクニックを持っているという話は兄から耳にタコが出来るほど聞かされていた。
そのラーメン山と戦う可能性があると言われれば、流石の光太郎でも緊張せざるを得ない。
(ラーメン山と戦えば、翔平兄ちゃんの考えていたことが少しでもわかるかもしれんでごわす)
光太郎は頬を紅潮させ、ぶ厚い唇を真一文字に結んだ。
「光太郎よ、折角やる気になっているところ悪いのだがラーメン山も印度華麗もブロッケン山も正直に行ってあまり良い噂を聞かない力士だ。怪我をする前に今回は辞退した方が…」
光太郎はタナボタの口の前に手を置いた。
タナボタは光太郎のかつてないほどの覚悟と決意に気圧されるような形で黙ってしまった。
親心もへったくれもない。
光太郎の眼光はかつての海星雷電と英樹と同じものになっていた。
それはタナボタ自身が現役時代に持っていたものでもある。
綿津海部屋の心は海星家の次男坊に継承されていたのだ。
「タナボタのおっちゃん。おいどんは腐っても力士でごわす。本当の力士は相手を選ぶようなことをしてはいけないと父ちゃんから習っているでごわすよ。印度華麗との戦い、是非とも受けさせてもらうでごわす」
光太郎の自信に満ちた言葉を聞いた羽合庵は無言で頷いた。
(光太郎は心も体も確実に強くなっている。今ならばキン星山の技を使いこなすことも可能かもしれん)
羽合庵はそれまで組んでいた両腕を解いて光太郎の前に立った。
英樹親方と美伊東君はこれから何が始まるのかと身を乗り出して二人の様子を窺っていた。
「ならば光太郎よ、印度華麗に勝つ為のトレーニングが必要だな。時間は少ないが、今回はお前にキン星山の奥義を授けることにしようか」
師・羽合庵の言葉を聞いた光太郎は口の中に溜まっていた唾を一気に飲み込んだ。
「師匠‼して、…その奥義の名とは如何に‼」
カカッ‼とその場に雷が落ちたかのようなエフェクトが光太郎の背後に現れた。
ザザザザ…、次に闇の中(※念の為に、海星家の居間です)一条の雷光を合図に雨が降り出した。
光太郎の対面に仁王立ちをしている羽合庵が静かに伝説の秘奥義の名を語った。
「その名も、”電光石火へのへのもへじ投げ”だ‼」
そう語る羽合庵の顔は真剣そのものである。
また雷鳴が‼脳裏に閃く「へのへのもへじ」の似顔絵‼…光太郎は少しだけやる気を失ってしまった。