第四十話 四聖獣デスマッチ、決着‼の巻
次回は8月16日に投稿する予定。
この瞬間を待っていた‼
テキサス山はある決意を実行に移す機会を待っていた。
相撲の世界において禁じ手とされる”あの技”を使う瞬間が訪れたのだ。
(この千載一遇の瞬間を待ち望んでいた‼ MEは今ここで死んでもいい‼)
この選択はテキサス山にとって悲愴な決意などではない。
待ち望んだ絶好の”機”だったのだ。
あの屈辱の敗戦、倫敦橋との初めての戦いの時からずっと待ち望んできた宿願の一手が功を為そうとしている。
(あの時は ME の中に迷いがあった。傲りがあった。だがキン星山に教えられた男の戦いには最初から失うべきものなどない。今この時だけが力士という人種の全てなのだ)
テキサス山は臍に渾身の力を込める。
今のテキサス山には失敗を恐れるという気持ちは皆無である。
なぜならば相手は世界最強の力士に数えられる強豪、ラーメン山だからであった。
テキサス山はラーメン山に全体重を預け、自分の左足を絡ませた。
「GO FOR BROKE ッッ‼今こそ見せてやるぜ、AMERICAN SPIRITSッ‼」
テキサス山が使用した技の名前は河津(蛙)掛け、古い相撲の決まり手の一つである。
技が決まった後に、受け身を取れない姿勢で後頭部を打ちつけてしまう為に例えプロの力士同士の戦いでも使うことは歓迎されていない。
所謂”禁じ手”というものだった(※実際の相撲では普通に使われている)。
テキサス山はこの河津掛けを倫敦橋との戦いで使用するつもりだった。
本来の技の仕掛け方とは違ったものになってしまうが、倫敦橋の必殺技”タワーブリッジ投げ”の返し技にはうってつけと考えたからである。
少なくとも試合当日まではそう考えていた。
しかし、試合の当日にテキサス山は河津掛けを使うことは無かった。より正確には使うことが出来なかったのだ。
倫敦橋はテキサス山の想像以上の相撲の技というものを知っていた為に最初から河津掛けを警戒しながら戦いに臨んできたのだ。
この戦いでテキサス山は致命的なミスを犯してしまう。
世界最強の力士を倒すという功名心に囚われたテキサス山は、倫敦橋の思惑通りに河津掛けだけは使うまいと戦いを挑んでしまったのだ。
結局この戦いは最初から飛車、角の抜けた呆気の無い試合として幕を下ろすことになる。
(あの時、ME は BEST を尽くすべきだった。 SMART に勝とうとかそういうことを考えるべきでは無かった)
テキサス山は背中を密着させた状態でラーメン山の首に手をかける。
ラーメン山は原爆固めを中断してテキサス山を突き放そうとするが、今度は逆に技が完全にかかり過ぎていてそれが出来ないでいる。
「中々やるアルね、テキサス山。まさか亜米利加人のお主から”四面楚歌”の意味を教えられるとは思って無かったアルよ。だけど私にも意地というものがあるアル‼」
四面楚歌とは、古代中国の猛将”項羽”がライバルの将軍”劉邦”と一緒に敵国攻略の息抜きにカラオケボックスに行った時に間違えて故郷の歌を四回先行予約したことに由来する‼…わけではないから要注意‼
今度は逆にラーメン山が、原爆固めの最中にテキサス山の頭に腕を引っ掛ける。
技の後にはどちらの頭も地面に叩きつけられる形となった。
「この SITUATION は REAL に GOD AND DEATH だぜッ‼」
テキサス山は後ろに向かって体重をかける。
そうすることで技の威力を高めてラーメン山の後頭部を粉砕するつもりだった。
一方、ラーメン山も原爆固めの速度を上げて先にテキサス山の後頭部を地面に激突させるつもりだった。
二人とも偉そうなことは言っていても、痛いのはやはり嫌だったのだ‼四聖獣たちは一斉に天に向かって吠え始めた。
この戦いの決着が近いことに気がついていたのだ‼現在白虎と玄武がラーメン山を、朱雀と青龍がテキサス山を支持していた。
残る一人、四聖獣たちの主人である黄龍はまだ何も言わない。
「黄龍様‼この戦いにおいて貴方はどちらの力士を支持するのですか?何卒、教えてください‼」
四聖獣を代表して青龍が、黄龍に尋ねる。
黄龍は黄金の鱗につつまれた蛇のような身体を空に遊ばせながらラーメン山とテキサス山の戦いを見つめている。
本来ならばお国柄的にラーメン山を応援しなければならない立場だったが、一対一の戦いともなればそういうわけにはいかない。
黄龍は今一度、二人の力士を見る。必死に後方に身を反らし続けるテキサス山と原爆固めを最後まで決めようとするラーメン山、どちらも応援してやりたいほどの頑張りを見せている。
その直向きな姿には、邪心の欠片ももない。
「青龍、そして他の四聖獣たちよ。たまにはワシに頼らず自分たちの頭で考えてみたらどうだ?正直、ワシにはどちらを応援していいかわからん」
黄龍は重々しくも、身も蓋もない結論をぶちまけた。
その後、四聖獣たちは二手に分かれて言い争ったが結論は出なかった。
その間にテキサス山とラーメン山は同時に土俵に頭をぶつけていた。
二人とも白目になって後頭部から血を流したまま動かなくなっている。
四聖獣たちはいつしか誰もが沈黙を守るようになり、ぎこちない空気だけが漂うになる。
部下たちの情けない姿を前に黄龍は盛大なため息を吐いた後に、口を開く。
「こうなっては致し方あるまい。この戦いは先に置き上がってきた方が勝ち。お前たち、それでいいな?」
四聖獣たちは黄龍に向かってそれぞれ頭を下げる。
ルール的にテキサス山とラーメン山に声をかけるのは禁止だったので、四聖獣たちは食い入るように仰向けになっている二人の姿を見つめている。
黄龍もまた天上から四聖獣と二人の力士の姿を見つめていた。
ピク…。
やがて地面に倒れていた一人の力士の指先がわずかに動き始める。その力士の名前とは…。
「海星光太郎。いや、キン星山。お前を倒すのは ME だ。このテキサスの暴れ馬、テキサス山が必ずお前を倒すッ‼」
テキサス山を一足早く意識を取り戻すと、ハンドスプリングを決めて立ち上がった。
そして金髪に纏わりついた鮮血を地面に払うと得意のピースサインを頭上に掲げた。
遅れて意識を取り戻したラーメン山は地面に背を預けたまま腕を組んでいる。
「そういうわけだ、Mr ラーメン山。今回は ME に花を持たせてくれて THANK YOU だぜ」
テキサス山はラーメン山に向かって手を差し出す。
ラーメン山はゆっくりと手を払うと、舌打ちをしながら起き上がった。
「今回はお主の勝ちアルよ、テキサス山。しかし、次の戦いでは私が必ず勝つ。中国四千年の宿命ね」
テキサス山とラーメン山は互いに笑い合った後、固い握手を交わした。
四聖獣たちは吠え、黄龍は天を舞って二人の力士の健闘を称える。
かくして”四聖獣デスマッチ”はテキサス山の勝利で幕を下ろすことになった。