第三十六話 波乱の襲名式!!そしてアメリカに帰ったあの男の前にさらなる強敵が!!の巻
次回は七月二十五日に投稿する予定でごわす!!
「光太郎。今日からお前がキン星山だ」
羽合庵は光太郎の肩に手を置いた。
美伊東君と英樹親方は涙を堪えながら光太郎の姿を見ている。
今、光太郎は綿津海部屋に戻りキン星山の名を正式に受け継ぐ為それに相応しい髪型を結っている。
実は修行と並行して「もしも仮に奇跡的な確率のマグレでテキサス山に勝ってしまった場合」に備えて髪を伸ばしていたのである。
光太郎は緊張しながら職人さんに髷を結ってもらっていた。
同門の力士や大神山、そして兄翔平が大銀杏にしてもらっている場面を見たことはあっても光太郎にとっては当然ながら初めての出来事である。
光太郎の父英樹親方も母親も額に汗を浮かべながら息子の晴れ姿を見守っていた。
「お父ちゃん、お母ちゃん。ちょっと顔が近いでごわすよ…」
あと少しで目玉が飛び出てきそうなほど瞼を開いた両親を心配して光太郎は声をかける。
二人は目を開いたまま、頭を上下に振っているという本末転倒な様相となっていた。
一方、髪結いの職人さんは二人のことなどお構い無しで作業に没頭している。
光太郎は頭皮や首に圧迫感のようなものを覚える度に文句を言ってやろうかと思っていた。
すぐ近くで美伊東君が監視しているので大人しくしている。
テキサス山との戦いの後、美伊東君と光太郎の力関係は以前にも増して光太郎の頭が上がらないような状態になっていた。
そして今も美伊東君は大きな眼鏡を光らせながら光太郎を見ていた。
(ここで機嫌を損ねようものならば、後が恐いでごわす)
光太郎は背筋を伸ばし、努めて真面目に振る舞うことにした。
「ところで光太郎よ。スモーオリンピックの話だが、本気で出場するつもりなのか?師匠として私は出来る限り応援するつもりだが、お前は開催国側のシード権を持つ選手として参加する以上如何なる中傷にも耐えなければならないのだぞ?」
羽合庵は腕を組みながら光太郎に出場の是非を問うた。
事がスモーオリンピックともなれば勝敗は国家の威信に関わってくる。
今までのように自由に相撲をすることができないのは言わずもがなというものだろう。
羽合庵が光太郎の師匠としてひいき目に見ても、自分の相撲が出来ない環境であれば光太郎が実力を発揮する前に潰されてしまう可能性もある。
しかし、この日の光太郎は羽合庵の悪い予感に反して力強く自分の意志を訴えてきた。
「羽合庵師匠、おいどんは力士でごわす。例え相手が世間でも、この突っ張りで追い払ってやるでごわすよ!…痛ッッ!!」
光太郎は右腕に力こぶを作ってから豪快に笑って見せる。
ぎぎっ。
光太郎が笑った時に頭が動いて油で固めている髪の毛がぐっと引っ張られる。
気がつくと光太郎の髪の毛を結っていた職人さんが「仕事中に動くな」と睨んでいた。
光太郎は先ほどまでの勢いを失い、おとなしくなってしまった。
羽合庵たちも髪結いの職人を刺激しないように仕事が終わるまで黙っていることにする。
それから一時間弱、光太郎の頭は見事に結われた髷を乗せた天下一の文金高島田となっていた。
完成の直後、光太郎は自分の頭を見て悲鳴をあげる。
本来ならば力士の頭は大銀杏なのだ。
「こ!これはどういうことでごわすか!これはどう見ても舞妓さんとか、お嫁さんの髪型でごわすよ!即刻やり直しを要求するでごわす!」
鏡の前にはテレビに出演する芸者さんのような髪型になった光太郎の姿があった。
職人さんは黙々と仕上げに飾りのついた櫛などをさしている。
元々光太郎はおばちゃん顔である為に白粉や口紅をつければ完全に不細工な女装男になってしまうだろう。
しかし、光太郎は鏡に映った自分の顔を見て「案外イケてるかも?」と考えてしまうような楽天家だった。
「うっふーん!」
さらに片目を閉じて愛嬌を含んだ笑顔を鏡面に向かって見せてみる。
(普通に気持ち悪いでごわすな)
我ながらガッカリしてしまう光太郎であった。
そしてその背後にはあまりの不気味さに青い顔をした美伊東君の姿があった。
「何を言っている光太郎。キン星山の髷と言えば昔から高髷島田だぞ。そうさのう、羽合庵?」
英樹親方は笑いを堪えながら羽合庵の肩をポンポンと軽く叩いた。
実は英樹親方はさっきから息子の顔をなるべく視界に入れないようにしている。
大昔、キン星山として世間から隠れてスモーデビルと戦っていた海星雷電のことは尊敬していたが土俵入りの時は白い着物の下に化粧まわし、おまけに頭は文金高島田という衣装だけは納得が行かなかったのである。
大神山に至ってはキン星山の存在自体知らなかったので他の同門の弟子たちと一緒に必死に笑いを堪えていた。
「その通り。光太郎よ、今のお前の在りし日の雷電親方と瓜二つの姿は師匠として誇らしい限りだ」
羽合庵は真顔で光太郎の晴れ姿を称える。
なぜならば彼にとって亡き海星雷電は唯一無二の師であり目標でもあるからだ。
これから光太郎が世界の強豪力士と戦うと思うと自ずと胸を熱くしている己の本心を面映ゆくも思っている。
いや単に羽合庵が、ハワイ生まれのハワイ育ちである為に疎いだけかもしれない。
そんな羽合庵の熱い眼差しを受けて光太郎は鏡に映った自分の姿をもう一度見たが、駄目なものはやはり駄目であった。
「やっぱり襲名は無しでごわす!!やり直しを要求するでごわす!!」
光太郎は髪を解こうとクシャクシャにしようとするが既に木工ボンドか何かで固めたように(※職人さんが手に「瞬間接着剤」と書かれたチューブ容器を持っている)ガチガチになっていた。
こうして光太郎は仕上げに白粉と口紅で化粧を施され、三代目「キン星山」を名乗ることになった。
最後に全員で記念撮影をした時には光太郎は涙を流していたという。
光太郎が涙の襲名式を迎えるている時にアメリカ合衆国に戻ったテキサス山の前に一人の大物力士が訪ねていた。
頭頂部から三つ編みを垂らすという独特センスが光る髷をしている男、中国相撲界において「四千年に一人の逸材」と呼ばれる美来斗利偉ラーメン山であった。
「ニーハオ、テキサス山。日本の名も無き力士に大敗を喫したらしいな。我が故郷、中国にはこんな言葉がある。敗北には良い敗北と悪い敗北がある、と。それでテキサス山よ、お前の敗北はどちらの敗北なのだ?」
ラーメン山は日本語で「どん兵衛」と書かれた発泡スチロール製のカップの中にお湯を注ぐ。
これは中国の三国志時代に孫呉の名将「呂蒙」が猛将「甘寧」をスカウトした時に使った伝説の質問方法である。
豪気で知られる甘寧は「どん兵衛」のおいしそうな匂いにつられて呂蒙に当時の呉主孫権への期待や不満を語ってしまったという逸話を残している。
ラーメン山は今回の来訪で、テキサス山の真意を徹底的に問い質すつもりだった。
そしてテキサス山は世界最高峰のカップ麺「どん兵衛」の魅力的な芳香に屈して真意を語ろうとしていた。
「敗北は敗北だ。それ以上でもそれ以下でもない。ラーメン山よ。ところでその美味そうな御馳走は ME も SHARE できるんだろうな?」
「アイヤー!!!三分経ったアルよー!!!(※一分しか経っていない)」
ラーメン山は糸のような眼をカッと見開いたかと思うとそのまま割り箸を割ってから一気に「どん兵衛」を食べてしまった。
ラーメン山の闘志に圧倒されたテキサス山はついに「どん兵衛」を一口も食べることなく呆然としている。
宇宙一美味いインスタント食「どん兵衛」をたいらげたラーメン山は突然、羽織っていた拳法着を脱ぎ捨てる。
言葉で説明するには限度というものがある。
力士ならば当然、ぶつかり合いで確かめなければならない。
テキサス山は頬を軽く叩いた後に、まわし一丁の姿となる。
「COME ON !!俺がテキサス仕込みの本物の相撲を教えてやるぜ!!」