第三十四話 英国最強のスモーナイト、その名は倫敦橋!!の巻
× 次回は7月14日でごわす!!
○ 次回は7月17日くらいになりましたでごわす!!
あらすじも変えてみたでごわす!!
その日、その名と共に伝説は継承された。
海星光太郎と呼ばれた男は四股を踏む。
地面に足が触れた瞬間に土俵が、会場が、大地が揺れた。
テキサス山はまだ立つことが出来ない。
膝が震え、手が痺れて動くこともままならぬといった状態だった。
(最後の、最後で気を抜いてしまった。あの男に LAST CHANCE を与えてしまったのだ)
テキサス山は憎悪に満ちた視線を光太郎にぶつける。
普段の光太郎ならば美伊東君の後ろに隠れてしまっていることだろう。
しかし、今の光太郎は違う。
テキサス山の視線を真正面から受け止めて返し、火花を散らしていた。
(今の戦いは僅差だった。薄氷一枚によって隔てられた者同士の勝負だったはずだった)
ギリリッ…、テキサス山は歯噛みする。
(それでは結果を分けたものは一体何だというのだろうか。俺は負けてはいない。この男にだけは負けるわけにはいかないッ!!)
テキサス山は意を決して立ち上がる。
自分が勝つまで、納得の行く結果に辿り着くまで続けるのが相撲だ。
しかしその時、テキサス山の尋常ではない様子に気がついたアメリカ側の審判とスペシャル山とカナダ山らがテキサス山を取り囲む。
「落ち着け、テキサス山。悔しいが今日のところは彼の勝ちだ。いつもの君はどうした?こういう時は今日は価値を譲ってやったと JOKE を飛ばすところじゃないか?」
スペシャル山は人の良さそうな笑顔を浮かべながらテキサス山の両肩を二、三度叩いた。
カナダ山も親指を立て苦笑している。
もしも他の人間が同じことをすれば、その場で八つ裂きにされてしまうほどの無礼極まる行為だったがテキサス山にとってスペシャル山とカナダ山の存在は別格だった。
かつて倫敦橋に連敗し、素行不良の為にアメリカ角界からさじを投げられた時も彼らはテキサス山を見限ることはなかったのだ。
そして、テキサス山は表情を曇らせながら先日立ち会った強敵、山本山の強大な姿を思い出す。
(あの男が今の俺の姿を見てどう思うだろうか。情けない男だと蔑まれてしまうのだろうか。いや、今は考えないでおこう。俺の考えるべきことは海星光太郎を倒し、倫敦橋に REVENGE することだけだ)
テキサス山は右手の拳を握りしめ、猛る戦意を押し止めた。
(この敗北もまたテキサス山という力士を強くするのだろう。光太郎よ、次の今よりも強くなったテキサス山との勝負までの時間はそれほどないかもしれんぞ)
羽合庵は遠目にテキサス山の姿を見守りながら、アメリカ角界の未来も捨てたものではないと安堵の息をもらす。
「光太郎…。よくやった…。今日からお前がキン星山じゃああ…」
「泣くな、英樹。お前は翔平や光太郎の前では決して泣かない男になるんじゃなかったのか?」
羽合庵と英樹親方は共に笑い合う。
そして羽合庵は涙でぐしゃぐしゃになってしまった英樹親方を連れて光太郎のもとを目指した。
その頃、光太郎は土俵の上で勝ち名乗りを済ませようとしていた。
全身に珠の汗を浮かべながら片足を高く上げる。
(勝敗を分けたのは時の運。ただそれだけでごわす)
どしんッ!!
光太郎は四股を踏みながら自分の流した汗の冷たさにぞっとする。
テキサス山との死闘によって費やされた体内の熱と汗は既に失われていたのだ。
(これが真の相撲。刹那の勝負に己の命運の全てを賭けて、勝者は荒野を永遠に彷徨う運命が待つのみ。翔平兄ちゃんはこんな場所ですっと戦っていたのでごわすか)
光太郎は翔平との別れの時を思い出す。
孤独。絶望。悲願。
光太郎の人生初の勝利とは、託された物の重さを知らずにはいられない一瞬でもあった。
パチパチパチ。
熱狂に包まれた会場の中、やけに空疎な印象を与える拍手の音が響いた。
鉄仮面の後ろから流れる赤茶の髪、青いスーツの下にはオーダーメイドのブレストプレートを着こんでいる力士が土俵の上に立っていた。
男は拍手を終えると片手を胸にそえて一礼する。
その紳士然とした様子に会場内の熱気が鎮まってしまうほどである。
男は仮面の奥の瞳をほころばせながら光太郎に向かって挨拶をしてきた。
「お初にお目にかかる、海星光太郎君。私の名前は倫敦橋、英国王宮相撲協会のスモーナイトとして席を置く者だ。今後ともよろしく願う」
そう言って倫敦橋は白い手袋を外しながら、光太郎に右手をさし出した。
光太郎はゆっくりと倫敦橋の手を取る。
(この手は…ッ!!何という雄弁な手でごわすか!!今のおいどんにはわかる!!これは羽合庵師匠や大神山の兄ちゃんと同じ、相撲に全てを捧げた男の手でごわす!!)
片や倫敦橋は光太郎が力強く握り返してこなかったことを不満に思っていた。
(…。意外に慎重な男だな。強く握り返してきた時には、その場で握り潰してやるつもりだったが…)
倫敦橋は軽く握り直した後、もう一度光太郎に礼をして土俵の中央まで戻る。
そして今度は観衆に向かって手を振って見せた。
次の瞬間、観客席から堰を切ったような大歓声が返ってくる。光太郎は”場”を支配する空気の流れが変わってしまったことに驚き、思わず会場の四方を見渡してしまった。
「チッ」
テキサス山は舌打ちをしていた。
(倫敦橋め、手の込んだ真似を。ME と海星光太郎を逃がさない為にわざわざ出しゃばってきたというわけか。これだから英国野郎は嫌いだ)
テキサス山は両腕を組みながら観客たちの声援に応えようとする倫敦橋の姿を見ていた。
「さて、挨拶も済んだので早速提案させてもらいたいのだが…。海星光太郎君、ミスター・テキサス山、心の準備はよろしいかね?」
倫敦橋は余裕たっぷりといった態度で両手を広げて見せる。
テキサス山は「勝手にしろ」と言った直後に腕を組んだまま背中を向ける。
光太郎は駆けつけてきた美伊東君と大神山の背後に隠れてしまった。