第三十一話 激突!!アメリカン魂対ジャパン魂!!の巻
最近たまにどっちがどっちだかわからなくなることがあるでごわすよ。
次回は6月の29日でごわす。
カウンターアタック。
言葉にするとどうということのない既存の技術の一つでしかない。
しかし、ボクシングならば芸術的なバックステップやウィービングやダッキングといった技巧を使って相手の攻撃を華麗に回避しながら反撃に転じるというありがちな場面だったのだろう。
だが、これは肉と肉のぶつかり合い”相撲”の試合なのだ。
相撲におけるカウンタークロスとは相手の攻撃を受け切ながら、自身の攻撃を当てることに他ならない。 つまりこの時、光太郎はテキサス山の全体重がかかったタックルを受け止めた直後に反撃を仕掛けたのだ。無論のこと無傷で済むはずがない。
光太郎は自信の胸骨の中心から右の脇にかけて強烈な痛みを覚える。不敵な笑みを浮かべながらも口の端から血が流れる。
一方のテキサス山は外傷こそ光太郎よりも軽度ですんでいたが、内面では臓腑が裏返るほどの激情が渦巻いている。
それはスモーデビル山本山との熾烈な戦いにおいて捨てたはずの慢心が己の眼を曇らせていたという事実だった。
(まだ格下相手に遊んでいるつもりだったのか。この俺は!!)
テキサス山は口の中を切るほど噛み締める。
初戦の攻防で得たダメージ自体は皆無に等しい。
だが先手を、試合の主導権を握られたという点では取り返しのつかない結果となってしまった。
光太郎は足を片仮名のハの字に戻し、次の攻防の準備をしている。
対してテキサス山は半崩れの状態で中央に残ってしまった。
力主体のアメリカ力士が技巧主体の日本相撲に負けたのだ。何という無様。
「HEYッ!!テキサス山ッ!!お前のAMERICAN DREAM 魂はどうしたッ!!スモーの THEORY なんざ忘れちまえ!!」
「そうだッ!!スペシャルの言う通りだ、テキサス!!さっさとこんなつまらない試合をお前の FINAL VICTORY で終わらさせてメイプルシロップを大ジョッキでひっかけようぜ!!」
怒りに燃えるテキサス山の耳にスペシャル山とカナダ山の声援が届く。
テキサス山は心の中で二人に謝辞を伝えながらも、カナダ山が大ジョッキが満杯になるまでメイプルシロップを注ぎそれを一気飲みしている場面を思い出して気分が悪くなってしまった。
カナダ山とテキサス山は同じ北米大陸出身であるにも関わらず趣味嗜好は違うものが多い。
テキサス山は短く刈り込んだ金髪を左右に振ることで頭の中から雑念を追い出した。
同時に光太郎の様子を確認する。
(故意に隙を見せたつもりだが、意外に冷静じゃないか)とテキサス山が視線を外しかけた瞬間に光太郎が仕掛ける。
上手のまわしを取りに来たのだ。
相撲の立ち回りにおいて上手を取りに来るのは定石である。
しかし、この時テキサス山は光太郎の行動にわずかな違和感を覚えていた。
テキサス山はまわしの左側を掴みにかかる光太郎の手を叩き落とした。
さらに足を使って土俵際に追い込まれぬようにしながら距離を取る。
オフロード専用車両が山地で急発進するかの如く、土砂を巻き上げながら力強く地慣らしする。
光太郎はテキサス山の予想外の対応に困惑する。
そして、わずかに生まれた間隙を逃すテキサス山ではない。
テキサス山は絶妙なタイミングで出足を狙って、蹴たぐりをしかけてきた。
光太郎は後方に飛び退いてこれをやり過ごした。
「この局面で戦法を切り替えてきたか!!」
観客席の羽合庵がテキサス山の戦術の妙を目の当たりにして呻いた。
テキサス山は放った蹴りの軌道に沿って土俵に半円を描き、新しい陣取りに成功したのだ。
この時より、試合開始当初より光太郎の思い描いていた形に寸分の狂いが生じ始めていた。
羽合庵は両腕を組み、歯ぎしりをする。
試合の展開を終始テキサス山が優位な状態で進めてこそ”連勝ストッパーの構え 改”を使った戦術は功を奏すのである。
かようにテキサス山がチェス盤のナイトよろしく動き回られては奥義の出番が無くなってしまうのだ。
さらにテキサス山は羽合庵の予想とは違った行動に出る。
身を屈ませて、光太郎のまわしを取りに来たのだ。
「ここで下手を取りに来たのか!テキサス山は見かけによらず技が達者な力士だ!」
羽合庵の隣にいた英樹親方が驚きのあまり叫ぶ。
観衆たちも果敢に海星光太郎のまわしを取りに行くテキサス山の姿を見て次々と驚嘆の声を上げていた。 二人の間近で見ている美伊東君と大神山も食い入るように攻防を見ていた。
テキサス山は下段から下半身ごと刈り取るようにして光太郎のまわしを狙った。
光太郎はそれらの連撃を右手で落とし、左手で払って凌ぎ続けた。
少なくとも光太郎の側からはテキサス山の本命の狙いは看破することが出来ていた。
(テキサス山の狙いは陣取り。おいどんの両翼を削いで反撃をする機会を奪うつもりでごわす。ここで負ければおいどんの男が廃るでごわすな!!)
光太郎は腰を落とし、目を輝かせながらその時を待った。
「いい度胸だ、カミカゼ BOY。その勝負、乗ってやる!!」
テキサス山は首を大きく後ろに反らし、そのまま光太郎の顔面に叩きこんだ。
光太郎は目を閉じること無くテキサス山の上手を掴んだ。同時にテキサス山は下手を取ることに成功する。
試合が始まって以来、初の五分の状態が意図して作りだされたのだ。
光太郎とテキサス山は渾身の力をもって両差しの状態を維持する。
壮絶な陣取り合戦は既に始まっていた。
その一方で貴賓席から二人の姿を見守っていた倫敦橋はため息を漏らしていた。
「フン。実につまらん戦いだ。この国では、このレベルの戦いをスモーと呼んでいるのか」
倫敦橋の苦言のもとは試合の内容に対する不満よりも、むしろ試合の進行が自分が当初予想していた通りに行かないことにあった。
彼の知るテキサス山ならば今頃は得意の鉄砲を使って悠々と海星光太郎を土俵際まで追い詰めていただろう。
倫敦橋の慧眼をもってすれば現時点での海星光太郎とテキサス山の実力差はそれほどもあったのだ。
(何をしている、テキサス山。お前の本来の流儀を通せばそれしきの凡庸なスモーレスラーなど物の数ではあるまい)
この時、倫敦橋は光太郎のもう一つの目論見とテキサス山の抱いている危惧についてまでは気がついていなかった。
その時、会場からどよめきが生じる。
光太郎がしっかりと掴んでいたまわしから手を放したのだ。
同時にテキサス山も光太郎の身体を土俵の真ん中に向かって追い返した。
「食えない男だ、海星光太郎。ME のダブルアームを取るつもりだったのか」
テキサス山は両方の肩を交互に回して関節の具合を確かめていた。
ついさっきまで光太郎の術中に嵌りかけ、五輪砕きを極められかけていたのである。
その時のテキサス山は、まるで魔術にかけられたような気分になっていた。
まわしを取り合って拮抗した状態にあったのだが、いつの間にか日本式では”五輪砕き”所謂ダブルアームの体勢を強いられていたのだ。
「惜しいなあ。もう…。あと少しだったのに…」
美伊東君は離脱するテキサス山の姿を見ながら心底悔しそうに呟いていた。
実はこの状況もまた、今朝の明け方近くまで光太郎と美伊東君の間で仮想テキサス山戦の中で考案された型の一つである。
美伊東君と光太郎では体格差があり過ぎて難儀のある練習方法だったが、今の今で光太郎は美伊東君の存在に心の底から感謝していた。
(五輪砕きに失敗したとはいえこれでテキサス山はおいどんに対して不用意に接近戦を仕掛けられなくなったはずでごわす)
光太郎は両腕に意識しながら時間かけて筋肉を膨張させていった。
次の局面こそはキン星山の奥義”連勝ストッパーの構え”を使う瞬間が迫っているのだ。