第二十八話 未完の奥義完成の巻!!
次回は6月14日に投稿するでごわす。暑いのはやっぱ駄目でごわすよ。
光太郎は前傾姿勢で連勝ストッパーの構えを使っている羽合庵の前に立った。
今の光太郎の顔に張り手の跡があるのは禁忌に触れてしまった為に出来たものである。
光太郎は一度だけ地面に両手をついた後、羽合庵に向かって駆け込んだ。
羽合庵はこれを正面から、両腕を盾のように使って受け止める。
結果、光太郎は渾身の体当たりを羽合庵の両腕に受け止められる体勢となった。
ここまでならば以前と変わらぬ展開だろう。
しかし、光太郎は我が身をさらに傾かせ”角くらべ”をしているカブトムシのように羽合庵の身体を持ち上げようとした。
(どうした?羽合庵師匠。自分の技に過信してしまったでごわすか?)
光太郎は今の互いの力が拮抗していた状況が、少しずつ変わりつつあることを感じ取る。
本来ならば時間の経過と共に両者の位置関係に変化が現れてもおかしくないはずなのに、羽合庵と光太郎はその場から一歩も動いていないのである。
試しに光太郎は羽合庵を土俵の外へ押し切ろうとジャージのスボンを掴んで前に出ようとするが、それが出来ない。
光太郎の目の前に障害物が現れて、そのせいで前進できないのではないかと錯覚する。
羽合庵は己で仕掛けた術中に光太郎が迷い込んだことを察してほくそ笑む。
光太郎は羽合庵を身体ごと後方に押し返して再起を図ろうとする。
だが、羽合庵はどれほど遠くに追いやろうとも光太郎の前に立ち塞がるばかりだ。
「光太郎。わかるか?これが相撲の技というものだ。私を押そうが、引こうが一向に活路は見えて来ないだろう」
光太郎はカッとなって羽合庵に掴み掛かる。
羽合庵のズボンの腰まわりを取って力任せに上体を傾けさせて、そのまま右足を軸に巻き込んで転ばそうとした。
だが羽合庵は倒れない。
その後も光太郎の猛攻を見事耐え凌ぎ、両腕を内側に固めたまま一歩も動かなかった。
張り手。蹴だぐり。光太郎が現時点で使えるありとあらゆる投げ技。果ては全体重を乗せた体当たり。
どれを使っても羽合庵をその場から動かすには至らなかった。
「これが…。伝説の力士、キン星山の技…。参ったでごわす…」
光太郎は一連の攻撃で体力を使い果たしてしまった。
弟子が地面に両膝をついてしまったところを見届けた羽合庵は両腕の構えを解いた。
しかし、羽合庵はバランスを失って千鳥足を踏んでしまう。
光太郎と美伊東君はすぐ側まで駆け寄って高齢にも関わらず些かの衰えも見せぬ羽合庵の褐色の肉体を支えた。
「光太郎よ。今の私の状況から察してもらいたいのだが、お前の祖父であり私の師である海星雷電から教わったキン星山の技”連勝ストッパー”とは完全な技ではない。防御に全ての力を割く為に、ガードを解いた瞬間にそれまでの負荷が一斉に襲ってくるのだ」
負けぬ相撲を体現したという奥義”連勝ストッパー”の脅威を目の当たりにした光太郎は息を飲み込んだ。 この技を体得すれば、大神山と並ぶことはおろかテキサス山との対戦に勝利することも不可能ではないとさえ考えてしまう。
しかし、光太郎の隣で美伊東君は全く反対の事を考えていた。
否。羽合庵はもしかするとこうなることを予見して最初からキン星山の技を教えなかったのかもしれない。
美伊東君は一度じっくりと考えてから羽合庵に今明らかになった”難題”について尋ねることにした。
「つまり未完成の”連勝ストッパー”なる技を、若に一晩で完成させろというわけですね」
美伊東君の鋭い視線が羽合庵に向けられる。
仮に連勝ストッパーを使ってテキサス山の猛攻を全て防いだとしても、使い手が光太郎ではなく羽合庵だったとしても試合を続行することは不可能だろう。
少なくとも今のままでは。羽合庵は単に先代キン星山から出された課題を光太郎に押しつけたにすぎないのだ。
真剣そのものといっても過言ではない美伊東君の詰問を、羽合庵は悪びれもせず笑顔を作って答える。
「なかなか鋭いな、天才少年。まさにその通りだ。連勝ストッパーは両刃の刃、一度の試合につき一度の攻防でしか使えない危険な技だ。しかし、これに限らずキン星山の技は人間のスモーレスラーの相手をする為に考案されたものではない。スモーデビルという怪物を倒す為に編み出された技なのだ」
それは遥か昔、正義のスモー無き世界に現れた邪悪の化身スモーデビルを倒す為に下界に降り立った相撲神・綿津海(※以前登場したシルバーマンではなくて、ポセイドン山のこと。やがてゴールドマンではなくてゼウス山と壮絶な相討ちをして力尽きる。その時に残った黄金のまわしと白銀のまわしはまた別の機会に登場する予定)が、スモーの恩寵を受けることが出来なかった人間の為に作り出した技と言い伝えれている。
過去を懐かしみながら、穏やかな表情で羽合庵は語った。
美伊東君は承諾しかねるといった様子だが、光太郎は出会ったことのない祖父の背中を見たような気がしてさらに闘志を燃やす。
「羽合庵師匠。是非、この不肖の弟子に連勝ストッパーの伝授をお願いし申すでごわす!!」
光太郎は立ち上がって土まみれになったジャージを脱ぎ捨てた。
そして、己の弱気を追い出さんとばかりに四股を踏む。
美伊東君は呆れ顔で光太郎の姿を見ながらも二人のどちらかが怪我をした時の為に冷たい水を用意していた。
そして、羽合庵もまたジャージの上着を脱ぎ捨てる。
羽合庵はまず光太郎に連勝ストッパーの構えの立ち方、心得に始まり長所短所を口頭で伝えた。
そうやって技の骨子を大体解説した後にひたすら実践形式で習得させた。
短時間で済んだのは美伊東君のフォローがあってのことだろう。
光太郎は残りの二日間、睡眠時間を削りながら必死に連勝ストッパーの構えを習得することに時間を使った。
そして、試合の前日に修行は完成する。
深夜の稽古場で羽合庵と美伊東君の他に英樹親方や綿津海部屋の弟子たちが見守る中、光太郎は連勝ストッパーの構えを披露した。
まず最初に羽合庵が鉄砲を繰り出した。
フラッシュ・ジャブの速度とヘビー・ストレートの威力を備えた必殺の張り手を光太郎はブロックだけで軽くいなしてしまった。
次にまわしを取ろうとした羽合庵の掴みに対してはガードを解き、左右に体を揺らしながら巧みなステップを使って是を回避する。
途中、羽合庵はムエタイのローキックに匹敵するような蹴たぐりで光太郎の足を止めようとした。
しかし、光太郎はこれを前方空中回転というアクロバティックな動作で難無く回避した。
光太郎は一瞬で羽合庵の背後に立った。
この動きは以前美伊東君が教えてくれた柔道の”猫の三寸返り”という技を自分なりの解釈を添えてアドリブで放ったものだ。
結果として着地が危なっかしいものになってしまったがそれでも光太郎が羽合庵の攻撃を封殺した事実には変わりなかったのだ。
一連の攻撃を仕掛けた羽合庵は好戦的な笑みを浮かべながら肩を大きく震わせて息をしている。
「何と…、これが光太郎の新しい相撲なのか…」
光太郎の父である英樹親方が文字通り、生まれ変わった光太郎の姿を見て驚く。
最後の空中回転は反則気味だったが、それを引いても日本の相撲の良さは損なわれていない新しい相撲だった。
以前の光太郎ならば調子に乗っているところだったが今の光太郎は四股を踏んで自らの高鳴る闘志を沈めていた。
「やるべきことは全てやってでごわす。後はテキサス山を倒すだけでごわすよ」
光太郎は宿敵テキサス山の姿を思い浮かべながら、もう一度足を使って地ならしをする。
ただ、己の為に。
己の人生の初の勝利をつかみ取る為に。