第二十七話 見たか!!必殺の連敗ストッパーの構え!!の巻
次回は六月九日に投稿するでごわす!!
大神山と光太郎の戦いは一瞬のうちに結末を迎える。
試合開始後に大神山は光太郎の突進を受け止めて、すくい投げを決めて土俵の外に放り投げたのだ。
勝者となった大神山は右腕を押さえながらその場にうずくまる。
苦悶の表情で全身に汗をかいていた。
大神山は技を使って光太郎を軽くいなしたのではない。
ほんの一瞬で技を使わなければならない局面まで追い込まれ、危うい勝利を得たにすぎなかった。
しかも力加減を間違えて、自らの腕を痛めてしまうという始末である。
ここで大神山は自らの限界を悟った。
今日をもって引退する、と告げようとした時に光太郎が先に大神山に声をかけてきたのだ。
「流石は日本の角界最強の一人に数えられる大神山でごわす。おいどんなどまだまだ足元にも及ばないでごわすな」
光太郎にとって大神山は雲の上の存在だった。
今日の敗北を糧にして、またいつか挑まなければならない。
渾身の体当たりを受け止められた時の痛みが今さらになって身体に戻って来る。
(今日俺が勝ち残ったのはあくまで時の運、とは言えんな)
大神山は光太郎から一瞬、視線を外した。
そして己に与えられた役割を再確認する。
大神山はこれからもずっと光太郎たち日本の力士たちの壁となって存在しなければならない。
世界の相撲界は既に風雲急を告げている。
日本の相撲が生き残るには世界レベルで通用する強い力士が必要とされているのだ。
どうやら大神山の引退はまだ先らしい。
大神山は迷いを振り払うが如く首を横に振る。
そして気がつくと光太郎だけではなく、英樹親方、美伊東君、綿津海部屋の力士たち、羽合庵らが大神山の動向を見守っていた。
大神山は一大決心を告げるべく大きく息を吸い込んだ。
「英樹親方。俺はこれから怪我の治療に専念して、しばらくは休場する。そして完治した暁には角界に復帰する。そして今度こそ相撲界最強の称号”横綱王”を目指そうと思う」
横綱王とは日本角界において東西に君臨する横綱のさらにその上に位置する伝説の階位であり、現在は空位とされている。
大神山は何故自分がこのような大言壮語を吐いたのか、わかってはいなかった。
しかし、たった一つ言えることは光太郎の目覚ましい成長を目にしてしまった今となってはより大きな目標を目指していなければ瘴気を保てぬという理由があったかもしれない。
大神山は己の内において生まれた野心に目を輝かせながら右手を光太郎に向けてさしだす。
そして、光太郎は大神山の右手をを力強く握った。
(ガキの時分から知っている大神山の兄ちゃんのでっかい手が今は途轍もなく大きなものに感じられるでごわす!!)
大神山は光太郎の手を取ってから振り回し、豪快に笑った。
「光太郎よ。今度は俺が直接、お前に挑みに行くつもりだ。テキサス山との戦い、絶対に負けるなよ」
光太郎は大神山に握り返されて表情を歪ませる。
大神山の腕力は引退には程遠い代物だった。
「応ともさでごわす!!」
その日の修行は綿津海部屋の力士全員とのぶつかり稽古をすることで終わった。
美伊東君と羽合庵を除く全員が稽古場を出た後に、光太郎は氷嚢を頬に当てながら今日までの修行について考える。
満身創痍の身となった光太郎の頭の中には勝利のイメージが生まれようとしていた。
人生初の体験に光太郎の胸の内で闘志が沸々と湧き上がる。
失敗する事を最初から考えていない。
何をもってしても動かしがたい熱き血の巡り。
「光太郎、どうやらテキサス山との戦いに勝利する方法を思いついたようだな。出来ればその方法を、私に教えてはくれないか?」
自信に満ちた、或いはある種の一方的な思い込みが過ぎた笑みを浮かべる光太郎に羽合庵が訝しげな視線を向けて問うた。
以前の光太郎ならばすぐに怯んで考えを曲げてしまうところなのだろうが、今度ばかりは勝手が違う。
師の喉元目がけて食らいつくが如く即答した。
「おいどんはテキサス山のスタミナ切れを狙うでごわす。体当たりにはガード。突っ張りは前で捌いて、まわしを掴もうものなら即叩き落としてご覧に入れるでごわす。日本の相撲ならば無気力試合としておいどんの負けになるでごわすが、これは日米親善試合。アメリカの相撲では真っ当な相撲でごわすからな」
美伊東君と羽合庵は光太郎の予想を超えた提案に息を飲み込む。
光太郎の言う通り、アメリカの相撲とは古の神々が伝えた神相撲を原型とする欧州相撲とは起源が異なるものである。
その起源はアメリカがイギリスからの独立を賭けた野球試合の乱闘騒ぎから誕生したと伝えられている。 素手のケンカから生まれた格闘技ゆえにアメリカ相撲は試合前の奇襲や防戦一方の試合も珍しくはない。 ガードを上げて試合に割り当てられた時間を全て使っても反則負けにならない(※判定でペナルティを受ける)のが何でもあり(バーリ・トゥード)との異名を持つアメリカ相撲の真骨頂でもあるのだ。
しかし、近年のスモーのメジャースポーツ化により勝負を長引かせて泥仕合にするような戦法は歓迎されていない。
だが、それよりも美伊東君と羽合庵の心を動かしたのは「守勢に重きを置いた試合の果てに光太郎自身がどうなるか」ということであった。
テキサス山の肉体はアメリカ力士にしては軽量級に相当する。
しかし、テキサス山の突っ張りは英国の絶対王者倫敦橋も認めるほどの威力を持った技なのだ。
光太郎が時間を引き延ばす為に姑息な戦法を仕掛けてきたことが露見すれば…。
「駄目だ。光太郎。もしもテキサス山がお前のスタミナを削る戦法に気がつけば、奴は容赦無く全力でお前の肉体を破壊する戦法に切り替えてくるだろう…」
羽合庵は肩を落とし、項垂れた。
その表情は夕闇のように暗い。
怒れるテキサス山の猛攻で血まみれになって倒れる光太郎の姿を想像してしまったのだ。
「僕も反対です。若。さっきの記録映像で流していない部分になりますが、過去にテキサス山と戦ったスモーレスラーの中には若と同じ事を考えたスモーレスラーがいたのですよ。結果はガードに使った両腕がテキサス山の鉄砲の威力に耐えきれずに爆発。その対戦相手は泣く泣く引退してしまったのです…」
両腕が爆発したら、引退どころじゃないだろう。
光太郎は恐怖と一緒に突っ込みを堪えていた。
だが、光太郎は挫けない。
そもそも光太郎が防御に徹した状態でキサス山の猛攻に耐え抜くという戦法を思いついたのは確かな理由があってのことなのだ。
一つは古風な権威主義が罷り通る日本の力士が相手ならば、光太郎は日本相撲の王道を貫くような戦い方をしていくるとテキサス山が考えている可能性である。
もう一つはテキサス山の致命的な弱点である攻守の切り替えが不得手であるということである。
倫敦橋との戦いにおいてもテキサス山は守りに切り替えるべき局面において攻めの姿勢を崩さなかった。 それは言うなれば、己の戦闘スタイルに絶対的な自信を持つテキサス山独特の欠点であろう。
しかし、この戦い方は瞬時に戦局を見極める眼を持った倫敦橋だからこそ使うことが出来る戦法である。 正にイギリス・スモー界の教授と呼ばれる倫敦橋の本領発揮とも言うべき戦術である。
だからこそ光太郎は徹底的に鍛え直した己の身体を的にテキサス山の弱点をさらけ出すことを選んだ。
今の己には父の、兄の、師の、恩人の託してくれた魂の宿った肉体がある。
「おいどんは今までもう十分に負けたでごわす。恥をかき尽くしたでごわす。次のテキサス山との戦いで勝利することが出来るのであれば、死んでも構わんでごわす」
美伊東君はさらに頭を下げてしまった。
光太郎の覚悟の大きさに目を合わせることが出来なくなってしまったのだ。
しかし、対照的に羽合庵は光太郎に視線をぶつける。
「そこまでの覚悟があるならば、光太郎。私も覚悟を決めたぞ。今こそ私はお前にキン星山の技を…、連敗ストッパーの構えを授ける!!」
羽合庵は脇を締め、両腕を内側に捻じり込むようにしてガードを上げた状態を作り上げる。
その姿は例えるならば、鉄壁の城塞の如し。
「こ、これは肉のカーテ○ッッ!!」
光太郎は余計な突っ込みをしてしまった。
羽合庵はガードを上げたまま怒号を飛ばす。
「違うッ!!連敗ストッパーの構えだッッ!!」