スモー イズ ビューティフル
登場人物紹介
テキサス山
テキサスの荒馬の異名を持つアメリカン・スモーレスラー。普段はカウボーイ兼保安官、シーズンオフにはスモーレスラーとして活躍する。雄大な自然によって育まれた堅固な肉体から繰り出される喧嘩殺法によってデビュー巡業であるワシントンDC場所で見事に優勝を飾った。金髪にカウボーイルック、そして青いまわしと魚肉ソーセージのようなピンク色の肌の色が特徴。カラーコーディネーターは何をやっているんだ。成績だけ見ると実力者かどうかはわからない。
倫敦橋との決戦当日、俺の右手はギプスで覆われていた。
かかりつけのヤブ医者の話では腕の骨が砕けているらしい。
親方や他の連中も散々、試合を辞退するように言ってきた。
相手にするのも馬鹿馬鹿しい。
俺は皆に背を向けて自主トレに向かう。だが、ジムを出る直前親方に殴られた。
その怪我はどうした。また喧嘩か。親方お決まりの文句。
俺だっていつまでも鼻たれというわけじゃない。自分の不始末の責任くらい取れる。
何か言いたそうなチームメイトを無視してドアノブに手をかける。
背後から親方の怒声が聞こえた。お前など鰤天部屋のスモーレスラーではない、と叱られた。
チクリと痛む、俺の心。
そして、俺は無言でランニングに出かける。親方が後ろでまだ怒鳴っていたが無視をしてやる。
ランニングの途中、俺は親方と仲間たちのことをすっと考えていた。
奴等は何もわかっちゃあいないんだ。
俺にとっては今後のスモー人生よりも、倫敦橋に勝つことの方が重要なんだ。
俺が俺である為に、俺は倫敦橋に勝たなくてはならない。
あいつは俺がただ一人認めたスモーレスラーなのだから。
「強さこそ全て、か」
いつもの休憩場所の公園で一区切りを入れる。
熱の入った肉体から零れ出た俺のため息の色は白かった。
気がつくと俺は一昨日前に戦ったケンドーマニアの言葉を反芻していた。
あの言葉は、俺にとっては信仰に近いものだった。
正しいから強いのではない、強いからこそ正しさとして多くの者たちから支持される。
この腕で掴んだものだけがこの世の真実なのだ。俺は左手の拳をぐっと握り締める。
試合当日。俺は会場まで徒歩で向う。
一人だって構いはしない。
鰤天部屋に行くまでは俺はずっと一人きりでやっていたんだ。
主催者側から要人送迎用のスモージャグゥワァー(英国ゆえスモーベンツやスモーリンカーンには乗らない)を出すと言われたが断った。
男が大事を為すときには、自力でなければ意味が無い。
見慣れた下町のストリートを、高層ビルが立ち並ぶ都会のストリートを目的に向かって突き進む。
そして、人影少ない都市郊外を抜けて辿り着く。俺が運命と巡り合う場所。
巨大な門の内側にある黄金のキャメロットグランドスモースタジアムに俺はやってきた。
俺の姿を見つけた途端に腐肉に群がるハエのように湧いて来るマスコミども。
はっきり言って嫌いな連中だが、今日ばかりは歓待してやる。
有象無象の虫けらどもよ、よく見ていろ。
片腕を負傷した男が世界最強の男に勝つ光景を、特等席で見せてやる。
ギプスをつけた方の腕を勝ち名乗る時のように大きく掲げた。
俺の勇姿を見た観衆とマスコミは大喝采を上げる。
突き刺さるような敵意に満ちた視線。
その出所を探ると、当然のように両腕を組んだ倫敦橋の姿があった。
「舐められたものだな、この私も」
のど元にサーベルを突きつけられたような圧迫感。
傷を負った敵を倒すのは俺の流儀じゃないってか。
セオリーを崩されて怒っているようじゃあスモーレスラーとしては二流だぜ。
「説明してもらおうか。そのギプスの下に隠されたお前の事情とやらを」
俺は大げさに肩をすくめてさも残念そうな表情をする。
「安心しな。このギプスの下には何でもないさ。ほら、見ての通り」
俺はそうやって笑いながらギプスの石膏を砕く。
中から現れたのは赤黒く腫れ上がった俺の右腕。
そこにははっきりと黒ずんだ指の跡が残っていた。
誰かと戦って出来た傷であることはそれを見れば明白だった。
「仮にあんたが俺の立場ならどうする、倫敦橋。今日は具合が悪いから家で休ませてくれっていうのかい?」
倫敦橋は項垂れたように下を見つめている。
彼は俺に失望したのだろう。
あれほど期待させておきながら蓋を開ければ私闘で負傷して来る始末。
俺は決闘を断られても文句は言わないつもりでここに来た。
観客に空き缶や生卵をぶつ蹴られても弁明はしない覚悟でここに来た。
そして、このままの状態で戦って倫敦橋に勝つ。
死地に立つそういった覚悟で俺はここにいるのだ。
倫敦橋は何も言わない。
「我が我上院部屋にはこういう言葉がある。力士なら互角の勝負でなければ勝っても意味が無いのだ、と。なるほど。どうやら今日の私はドレスコードを誤ってしまったようだな」
そう言ってから、倫敦橋は右腕を上げる。
倫敦橋の執事の男は片手で目を覆った。
おそらく彼だけはこれから何が起こるか知っていたのだろう。
そして、倫敦橋は力任せに腕を振り下ろす。力のセーブは一切していない問答無用の一振り。
根っからの倫敦橋ファンの観客が悲鳴をあげる。この場で動じていないのはこれをやった当人くらいのものだ。
倫敦橋の立つ真下、そこに血で描かれた赤い花が咲いていた。
「クレイジーだな。アンタってやつはよ。最高にクレイジーだぜ」
見るも無残に砕けた倫敦橋の右腕。皮膚が裂けて流血し、骨がひしゃげて歪に曲がっている。
美しい。男の覚悟とはこれほどまでに美しいものか。
これで証明された。
倫敦橋は装飾品じゃない、
本物のスモーナイトなのだ。
「坊ちゃま!!」
医療箱を抱えた執事が倫敦橋のもとに駆け寄った。
礼節を知る老紳士が人前だというのに泣いている。
倫敦橋がスモーの世界に入った時から執事が彼を「坊ちゃま」と呼ぶことは無かった。
しかし、今回ばかりは特例だったのだろう。
「ウォルター、止せ。私は坊ちゃまという年齢ではない」
怪我の手当てなど必要ないと言い張る倫敦橋。
だが、それでも執事は血まみれの腕をふき取り、包帯を巻く。
その手慣れた仕草から長い間、彼の主人への献身ぶりが窺える。
ほどなくして執事は応急処置を終えて、主人を送り出した。
「待たせたな、春九砲丸。ようやくこれで我々は同じ立場ということだ。今さら文句はあるまい」
「他のスポーツのルールは知らないがスモーのルールは一つしかねえ!力の強い方が勝つ!それだけだ!」
「やはり貴公こそが我が最大の試練だったか。春九砲丸」
「違うな。お前は俺ににとって障害ですらねえのよ、倫敦橋。道端の石ころを蹴ってどけるだけのことさ」
あくまで紳士的なスタイルを崩さない倫敦橋。そして無頼として憎まれ口を叩く俺。
二人の性質は水と油のように真逆のものだが、強さだけが正義という芯の部分は変わらないのだ。
俺は周囲の歓声など全く気にしない様子で、奴は紳士然といた態度で観客の声援に応えながら両社は互いのチームメイトが待つ控室に向かう。