第十八話 強者の資格!!の巻
次回は4月24日に投稿します。
「どうもありがとうございました!」
今日のスモー教室に参加した者たちが揃って頭を下げる。
結局、一日の最後に行った相撲大会で優勝したのは学生相撲でも有名な若者だった。
大会には大神山や光太郎のような現役の力士が参加することは無かったがそれでも優勝した若者の力量は明日にでもプロの土俵で通用するほどのレベルはあった。
光太郎は全身に赤い痣を作りながら今日の出来事について思いを馳せる。
少年たちの、未来のライバルたちの全力を受け止めた。
それは自分即ち力士という柵に縛られぬ清々しい時間だった。
光太郎は空に向けて軽く張り手を打つ。
この経験は必ず修行に、テキサス山との戦いに役立たせる。
光太郎の瞳の中に再び、相撲取りの炎が生まれる。
「海星光太郎さん。今、お時間はよろしいですか?」
光太郎の前に大会で優勝した若者が現れた。
お互いに軽い自己紹介をする。
口下手な光太郎は相手の言っていることに対して適当に答えることしか出来なかったが、驚くべき事実が判明した。
若者は今は大学三年生でスポーツ競技で有名な大学に通っている相撲部の人間だが過去に光太郎と面識があったということである。
若者は当時を懐かしむようにして光太郎との出会いを語ってくれた。
今を遡ること七年前。
当時、両親の勧めで始めた相撲を疎ましく思っていた青年は力士になったばかりの光太郎と出会っていたらしい。
同世代の子供たちに負けてばかりで相撲をやめようと思っていたところ光太郎に諭されて相撲を続けることを決意した。
若者は当時を振り返って熱く語る。
「あの時、海星光太郎さんがわざと俺に負けてくれたから俺は自身をつけてここまでやって来れました。大学を卒業したら地元の相撲部屋から角界入りするつもりです。その時は、今度こそ真剣勝負をお願いします。あの時よりずっと強くなった俺を見てください!」
「そ、そうでごわすか。あい分かった。この海星光太郎、お主の挑戦を待っているでごわすよ!!…多分」
青年の話を聞いた後に、光太郎は思わず言葉を詰まらせてしまった。
そんなつもりは無かったのだ。
当時の心境をありのまま語るならば子供相手に一勝をもぎ取り自信回復に繋げようという邪まな魂胆さえあった。
「おいどんもうかうかしていられないでごわすな!!」
光太郎はぎこちなく笑い、青年の肩を叩く。
青年は何度も頭を下げながらスモー教室の会場を後にした。
青年の姿が完全に見えなくなったことを確認した後、光太郎は盛大なため息を吐いた。
結果オーライ、と。
背中から受ける美伊東君の冷たい視線がやけに痛かった。
「光太郎、怪我の功名というヤツだな。あえて言わせてもらうが、お前が勝とうが負けようがあの青年は今のように強くなることが出来ただろう」
実際、羽合庵の言う通りだろう。
世の中には誰かを育てた等と豪語する者もいるが、教えを乞うだけでは相撲の強さは手に入らない。
光太郎自身がそれを一番理解している。
今までの光太郎は先人の背中を追いかけるだけだったが、現在はテキサス山という桁外れに強い力士の存在を知り強さを己の欲するようになった。
強くなる為に必要なことは覚悟だ。
例え全てを失うことになったとしても、いつか絶対に我が物としようとする覚悟が絶対に必要なのだ。
「羽合庵師匠。実はおいどんも同じ気持ちでごわす。でも今はあの時に負けたことは良かったことだと思っているでごわすよ。おいどんはあの学生さんや子供たとから強くなる方法を教えてもらったような気がするでごわすよ」
子供たちは強さをひたすら求める純真さを教えてくれた。
そして同時に光太郎はか弱い彼らの心と体を守ってやることが人生の先達である自分の使命であることを痛感している。
かつて父英樹や大神山や兄翔平や美伊東君がそうしてくれたように今度は自分の番が回ってきたのである。
守る為の強さ。
それこそが海星光太郎の相撲の起源だった。
次に今し方別れた青年からは人間同士の宿縁の尊さを教えられた。
光太郎は過去に一度会ったきりで全く彼の事を覚えていなかったというのに彼は光太郎のことをずっと覚えてくれていたのだ。
そして再会した青年は果てしなく強くなっていた。
光太郎は過去を振り返る。
自分が情けない敗北する姿を見せて、今までどれほど彼らを裏切って来たかを。
その悔しさたるや悔やんでも悔やみきれないというものだ。
だが過去と未来を合わせての今の海星光太郎なのだ。
「羽合庵師匠。おいどんは今、猛烈に強くなりたいでごわす。いつか彼らと再会した時に、おいどんは天下無双のキン星山になりたいでごわす!」
光太郎は羽合庵に向かって力強い一歩を踏み出した。
真の力士は意識せずとも自然に相撲をとる。
羽合庵もまた光太郎の挑戦を受けようと全身に熱を張り巡らせる。
力士が二人も揃っているのだ。
もう相撲しかないだろう。
羽合庵はジャージの上着を乱暴に脱ぎ捨てた。
「抜かせ。昨日今日力士として目覚めたお前がキン星山を語るなど十年早い。その慢心を打ち砕いてくれる」
光太郎は大股を開き、低い位置に腰を据える。
そして片足で地面を思い切り踏みしめた。
ドスンッ!
地面が揺れる。力士の四股である。
「ははっ!流石は羽合庵師匠でごわす!おいどんのことをよくわかっている!」
光太郎と羽合庵。即席の師弟関係だが、互いの本質は知り尽くしていた。
光太郎は左脚を地面に落として、持てる力の全てを解放した。
羽合庵も体勢を低くして構える。
光太郎と違ってこちらは四股は踏まない。
(何という熱気。これが引退した力士の放つ闘志なのか)
美伊東君は羽合庵が以前のような余裕のあう態度を見せていないことに気がついていた。
両者ともに動かず。
その場にいる全員が臓腑を絞めつけられるような圧力を受ける。
しかし、その時光太郎と羽合庵のどちらにも引けを取らない重量を備えた益荒男が両者の間に立つ。
あれに見えるは雄々しき大銀杏、大神山その人だった。
「羽合庵。アンタも性格が悪いな。あの時は俺には止めろ、と言っておいて今度は自分が真っ先に光太郎とぶつかるつもりか」
羽合庵は構えを解かぬまま大神山に詫びる。
「許せ。大神山。これもスモーレスラーという生き物の本能だ。私は今の光太郎の実力を知りたいのだ」
ずりりっ!!
羽合庵は足の裏だけを使ってほんのわずかに前に進む。
ただそれだけで羽合庵の全身から放出されている熱気が増したような気がした。
一方、光太郎といえば灼熱の烈風を浴びても怯むどころかさらに闘志を滾らせる様子である。
「大神山。そろそろ、勝負のかけ声をお頼み申す」
大神山はニヤリと笑いすぐに右手で手刀の形を作り、それを頭上に振り上げた。
光太郎は、羽合庵は互いの存在を深く意識する。
「見合って…、見合って…。はっけよい…!!のこったぁぁ!!」
ばばんっ!!
手刀が勢い良く振り下ろされ、大神山のかけ声が会場に響く。
次の瞬間、砲弾と化した二柱の鬼神が激突した。