第十七話 スモーの極意!!の巻
遅れてしまってすまんでごわす!!予定通り、次回は4月19日に投稿するでごわすよ!!
見るからに好戦的な雰囲気を出している子供は光太郎の方に集まる。
それに対して光太郎今この場所で何をどうしてよいかもわからず、困惑した表情になっていた。
子供たちのうちの一人が光太郎目がけて突進をしてくる。
これはまた元気の良い子供だと思いつつも光太郎は笑って体を受け止めようとする。
どんっ。
受け止めた瞬間、小さな体にも関わらず光太郎はたたらをふんでしまう。
されどどれほど奮戦しようとも力士と子供。
光太郎が力を込めれば押し潰しかねない状況でもある。
このまま故意に負けてやればよいのか。
それとも力を出して押し切ってしまえば良いのか。
思い悩んだ末に羽合庵の方を見た瞬間、子供たちが一斉に光太郎に向かって突撃してきた。
「行け!全敗力士に世間の厳しさを教えてやれ!」
度を越えた辛辣な物言いに光太郎は落胆してしまった。
全敗は事実だから仕方ないが、実際に面と向かって言われると傷つく。
一転して弱気になった光太郎目がけて次々と子供たちは攻勢に出た。
どんっ!
数人の子供のタックルを受けて光太郎はバランスを崩してしまう。
そして光太郎が足を使って踏みとどまろうとしているところに別の子供たちが右脚を取ってくる。
子供を蹴って追い返せば転ぶようなことにはならないが相手は子供である。
怪我をさせるわけにはいかない。
「これでまた連敗記録更新だー!」
がくん!
今度はバランスを崩したところにさらに足を引っ張られて光太郎は尻もちをついてしまった。
隣で光太郎と同様に子供たちの相手をしていた美伊東君が心配をして声をかけようとする。
しかし、時すでに遅し。
子供たちは次々と光太郎の上に飛び掛かり、果てには馬乗りになって光太郎を殴り始めた。
光太郎は必至に逃れようと這って逃げようとするがこれまた先回りをされて子供たちにタコ殴りにされるのであった。
「ひええええっ!!お助けでごわすー!!ていうか何でここまでするでごわか!おいどんが何をしたっていうでごわすかああ!」
わずか数秒の後、光太郎は悪童たちの手によってボロボロにされてしまうのであった。
光太郎は一瞬の隙をついて美伊東君のところまで高速で這って進んだ。
美伊東君は光太郎の身体についた土やらを叩いて落としてやる。
泣きべそをかく光太郎と美伊東君の前に子供たちのリーダーと思しき体格の良い少年が現れた。
「海星光太郎、お前本当に情けねえな!試合でも、いつも最後は泣いてにげやがって!それでもお相撲さんのつもりかよ!」
子供はすごい剣幕で指を突きつけてきた。
光太郎の現在の四股名を知っていることからも少年がかなりの相撲好きであることが窺える。
(今僕がしゃしゃり出てもいつも通りの結果になるだろう。よし、ここは一つ少し様子を見ようか)
美伊東君はとりあえず事の顛末を見届けることにした。
「これがおいどんのデフォルトでごわすよー!!」
光太郎はさらなる追い打ちを恐れて、両手で顔を庇おうとする。
ずご!
次の瞬間には光太郎の顔面にガキ大将の飛び蹴りが命中した。
光太郎は手足を引っ込めたカメのように蹲って難を逃れようとしたが逆に背中を蹴られる羽目になった。
(まさに踏んだり蹴ったりでごわすー!これのどこが修行でごわすかー!羽合庵師匠ー!!)
この時、羽合庵は遠くで年配の老人たちに相撲のトレーニングを教授していたのだが、あえて光太郎たちのことは見て見ないふりをしていた。
光太郎は子供たちの猛攻に必死に耐えていた。
光太郎とて「背面の耐久力は前の七倍という説は聞いたことがあった」が痛いものはやはり痛いものでありちっとも「良い構え」などではなかった。
「みんな、お止めなさいよ。そんな寄ってたかって袋叩きなんて若が可哀想じゃないですか!」
美伊東君は子供たちのリーダーと思われる少年の肩を掴んで引き止める。
近くまで行って気がついたことだが、少年の背丈は美伊東君と同じくらいあった(※年齢のわりにはけっこうでかい方)。
少年は顔を真っ赤にしながら美伊東君の手を振り払った。
「何だ、お前。どこの誰だよ!俺たちはこの負けてばっかいる弱小力士に世間の厳しさを教えてやってんだよ!勝手に止めるなよ!」
罵倒された張本人たる光太郎は両手で顔を隠して照れている。
(こんな子供にまで…)
ありのまま事実を突きつけられては流石の美伊東君とて何も言い返すことは出来ない。
しかし、その間に光太郎は美伊東君の背後に回り込んで隠れてしまった。
光太郎は今ガクブルしながら子供たちと美伊東君の様子を見ている。
美伊東君は「この人のことはもう放っておこうか…」と一瞬考えてしまう。
だが今回は光太郎のことばかりではない。
(僕はこの少年にどんな事情があるかは知らない。だけどスモーをやるならば決してやってはいけないことがある)
美伊東君は覚悟を決める。
これまでの光太郎の言動はあやふやで他人から誤解を受けても仕方ないものは数多ある。
目の前の少年の今後にも関係することなので、普段は他人の考え方には干渉しない美伊東君も何が間違っていて何が正しいかをはっきりと言うことにした。
「いいかい、君。仮にも土俵の上で相撲をとる時には一対一で戦わなければならないんだ。そうじゃなきゃ相撲をとっている意味が無いからね」
「くっだらねー!そいつは大人でプロの力士だろ?一般人のガキに負けていいかと思ってるのかよ!」
「いいや、違うね。相撲に大人も子供もない。土俵に入れば誰でも皆力士なんだ。若は、いや海星光太郎さんは試合で土俵に入っても一度も勝ったことは無かったけど試合途中に逃げ出したことは一度も無かった。僕はずっと彼の背中を見てきたから知っているのさ」
(ええーっ!?そうだっけ…)
美伊東君は勇ましくも胸を張る。
しかし、そこまで誇らしげに自分のことを言われると急に自信が無くなる光太郎だった。
美伊東君の言葉と迫力によって少年は一度は怯んでしまったが、今度は光太郎に向かって指をさして一対一の勝負を挑んできた。
次第に他の少年たちの視線も光太郎に集まって行く。
「じゃあ、俺がコイツに本気のタイマン勝負を挑んだら受けてくれるっていうのかよ!俺はお相撲さんの練習もしていない、ただの子供だぜ?」
名も無き少年には負い目があった。
彼は大の相撲好きであるにも関わらず、経済的な事情で相撲を学ぶことが出来なかったのだ。
一年に数回、この場所で開催されるスモー教室は受講料が無かった為に、両親から参加することを許されたのだがやってくるトレーナーたちはやる気のない引退した力士ばかり。
少年は今回もまた気の抜けたトレーナーが来たならばいっそ相撲に見切りをつける覚悟でスモー教室に現れたのだ。
「若。どうします?こちらのお相撲さんはやる気ですよ?」
美伊東君は少しだけ意地悪そうな顔で光太郎を見る。
少年は美伊東君に続いて威勢よく大声を貼り上げる。
(これはいかんでごわす。この悪ガキは相撲を恐れているでごわす。自分の中にある憧れが全て嘘偽りなのではないか、となっているでごわす)
やたらと凶暴な子供たちに一方的に痛めつけられて臆病風に吹かれてしまった光太郎だったが、少年の声に潜んでいるかつて自分が外界に対して抱いていた絶望感のようなものを感じ取った時に表情が変わった。
光太郎は立ち上がり、美伊東君の後ろから姿を現した。
その姿は鬼神もたじろぎそうな堂々たる仁王立ちであった。
「おい!どうなんだよ!万年底辺力士!俺とタイマンで勝負する気はあるのか!?」
光太郎の姿を見た時、少年は畏敬の念の禁じえない。
今彼の目の前にいるのは威容と風格を備えた力士なのだから。
光太郎は相手を少年と思わず一人前の力士と認めてから答える。
「如何にもおいどんは万年底辺力士でごわすが、相手が同じ力士であるならば決して手は抜かんでごわすよ。土俵で死ぬ覚悟があるならばかかってこいでごわす!!」
光太郎はかっと目を開き、少年を睨みつけた。
そして腰をどっしりと下ろして臨戦態勢を整える。
それは紛れもない真剣勝負に臨む力士の構えだった。
「吠え面かかせてやるぜ!!」
今、ここに少年の想いは報われた。
だだだッ!!
少年は何も言わず腰を屈めると合図も無しに光太郎にぶつかってきた。
がしぃっ!!
光太郎はそのまま少年の肉体を受け止める。
少年のそれは正規の指導を受けたわけではないが速度と力が備わった強力な”ぶつかり”だった。
光太郎の口元も、少年の未来への期待感の為に自然と緩んでしまう。
そして、次の瞬間には満面の笑みを浮かべながら光太郎は少年に手向けの言葉を贈った。
「気合は一人前、しかし力はまだまだ子供でごわす!出直してくしゃんせ!」
(※相変わらず「くだしゃんせ!」の使い方が間違っている)
光太郎は片手で少年を思い切り突き放した。
少年は吹き飛ばされて尻もちをついてしまう。
だが、すぐにその場で立ち上がった。
「もう一回、お願いします!海星光太郎さんっ!」
今度は光太郎に頭を下げた後、また同じように否前回よりも勢い良くぶつかってきた。
再度、光太郎は少し下がってから少年の身体を受け止めてすぐに押し返す。
少年が一度、休んでいる間に他の子供たちも光太郎と相撲をとるために次々と名乗り上げてきた。
光太郎は腰を落として次から次へと名乗り上げる力士たちに向かって叫んでやった。
「応ともよ!どんと来いでごわす!」
こうして光太郎はその日いっぱいスモー教室に参加した”力士たち”の挑戦を受けるのであった。