第十六話 光太郎、秘密の必勝大特訓!!の巻
次回は四月十四日に投稿します。どすこい!!
区切りをつけるのが難しく文章が短くなってしまったことを深くお詫び申し上げます。
数十分後、光太郎と美伊東君は羽合庵と共に野外のイベント開催地に来ていた。
光太郎はいつもの薄汚れたものではなく、新調したジャージに着替えている。
(さて今日はどのようなトーニングをおいどんを待っているでごわすか!!)
息巻く光太郎は入り口の立て札を見た。
みんなのスモー教室、と書かれた立て札を見た光太郎と美伊東君は唖然とする。
一緒に来ていたはずの羽合庵は旧知の仲と思われるイベントの関係者と話をしていた。
主催者はどこぞの役所の人間で、関係者の中には外国人の姿も多く見られた。
よく目を凝らして見ると引退した力士の姿もチラホラと見られる。
(まさかここで本当に若の修行をするつもりなのか?)
美伊東君は談笑を楽しむ一般客や平時には陸上競技、球技などが行われているグランドスペースを観察する。
一方、光太郎は関係者が集まっているテントの中に見覚えのある人影を見つけていた。
「おう!光太郎!美伊東君!お前ら、もしかして見学か?」
テントの中から大神山が手を振りながらやってくる。
先日、テキサス山との戦いで負ったダメージを感じさせない悠々とした足取りに光太郎と美伊東君は安心する。
今日の大神山は青と白の競技用ジャージの上下を着ていた。頭はしっかりと大銀杏に整えている。
「大神山の兄さん!おはようございますでごわす!」
光太郎は両手を振って大神山を歓迎する。
光太郎の声量と大げさな行動に周囲の視線が集まり、美伊東君と大神山は居たたまれない気持ちになってしまった。
大神山は近くにやって来るなり光太郎の表情と身体を細かく観察する。
(違う。目の前の男は俺の知っている光太郎ではない)
大神山の表情に真剣味と険しさが生じている。
光太郎と大神山は実の兄弟のような関係だが、それ以上に二人は力士なのだ。力士が求める相手とは仲間ではない、常に強者である。
今の光太郎は大神山にとって紛れもなく強者として目に映っていたのだ。
「見事に化けたな、光太郎。久しぶりにスモーを取ってみるか?」
大神山はすい、と一歩近付いた。
圧倒的な存在に光太郎は委縮する。
だが、それ以上に抑えようの無い戦意を掻き立てられるのも事実。光太郎は握った拳の中に汗の湿気とかつてない熱量が生じていることを意識する。
(目の前の実兄にも等しい男の底力を知りたい…)
光太郎は何かを伝えようと口を開こうとする。しかし…。
「NOだ、光太郎。今はまだTRIALすべき時ではない。私のもとでトレーニングを続けるというなら私の指示に従え」
羽合庵が間に入って光太郎と大神山を引き離した。
だが両者の瞳の奥の灯は消えてはいない。
そして、羽合庵は二人の手に触れた時に両者のスモー魂が燃え上がっていることに気がつく。
大神山も英樹親方同様に、この底知れぬ大器が目を覚ます日を待っていたのだ。
「ガッハッハッハ!冗談だ、光太郎。羽合庵殿。今日は会場に来たみんなの先生役でここに来たのだ。真剣勝負をしに来たわけじゃない。光太郎、俺の怪我が治ったら一人の力士として戦ってくれ」
大神山は笑いながらテントの方に向かって歩いて行った。
立ち去るその後ろ姿は獲物を取り逃がした餓狼の如し。
一瞬足りとて気が抜けぬ。
喉笛に向かって吹く風は今もまだ冷たい。
(これが”土俵の餓狼”と恐れられた大神山でごわすか!!)
光太郎は大神山の闘志に気圧されて動くことが出来ない。
光太郎は生まれて初めて力士として大神山と向き合い、畏怖の念を禁じえない。
(気負いすぎだ。全く世話の焼ける弟子だな)
バシンッッ!!
羽合庵は気合を入れ直す為に光太郎の背中を強く張り飛ばした。
「羽合庵師匠。…痛いでごわすよ」
光太郎は激痛のあまり涙目になる。
ジャージの下にはさぞ大きな赤い手形が出来ていることだろう。
先ほどの猛々しさはどこに行ったのやら、とつい美伊東君もほくそ笑む。
羽合庵は光太郎の様子が元通りになったことを確認してから話を続ける。
「光太郎。今のお前では大神山と戦っても勝てはしないだろう。昨日までのトレーニングで実力をつけたことは認めてやろう。だが、まだ一人の力士としての実力は半人前にすぎん」
光太郎は羽合庵に指摘されて始めて気がついた。
大神山の力士としては経験と実績は光太郎の倍以上はある。
冷静に考えると今の光太郎が逆立ちしても勝てる相手ではない。
(おいどんは何をしでかすつもりでごわしたかッ!!)
光太郎は苦笑いをしながら二、三歩引き下がってしまった。
だが美伊東君と羽合庵は光太郎の慢心もまた光太郎自身の成長であることに気がついていた。
以前の光太郎ならば大神山への劣等感から自分から挑戦しようなどとは夢にも思わなかったはずだ。
美伊東君も今回ばかりは羽合庵の顧問としての力量を認めざるを得なかった。
美伊東君は特に目を合わせることなく感謝の意を表して頭を下げた。
「美伊東君、羽合庵師匠。ご迷惑をおかけしてもうしわけないでごわす。ところで今日の修行はどういったものになるでごわすか?」
「お前のWARM UPは自主的に済ませてしまったようだからな。今日は早速TRAININGをしてもらう」
羽合庵は光太郎と目を合わせることなく別の方向を見ていた。
喧騒と共に人影の群れが光太郎たちに近づいている。
羽合庵は集団に向かって自分たちの方に来るように片手を振って誘導した。
光太郎と美伊東君は羽合庵が見つめている方向を見た。
集団の正体は、少年と青年と中年と老人たちの集団だった。
「まさか…」
美伊東君の脳裏に悪い予感が過ぎる。
光太郎もまた美伊東君を同じ事を考えていたらしく、額に冷や汗をかいていた。
しきりに騒いでいた子供たちは羽合庵を指さして一斉に走ってきた。
大人と老人たちはその後をのろのろと続いてくる。
「あのお、羽合庵師匠。おいどん今日はおなかの調子が悪いので早引けしたいのでごわすが…?」
羽合庵は逃げようとする光太郎の肩をがっしりと掴んだ。
力自慢の米国力士の面目躍如というところか、今回ばかりは光太郎も身動き一つ取ることは出来ない。
羽合庵はニヤリと性質の悪そうな笑みを浮かべながら光太郎と美伊東君に向かって、二人の予想通りの悪い出来事を告げる。
「その質問に関する答えはNOだ、光太郎。今日は私と一緒に彼らとスモーゲームに興じてもらうつもりだからな。美伊東君、もちろん君にもつき合ってもらうからな」
羽合庵は片目を閉じる。
かくして光太郎と美伊東君は総員合わせて五十人くらいの集団を相手にスモー教室をすることになった。
この時、早くも光太郎の頭の中では家に帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。