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血染めの覇道  作者: 舞って!ふじわらしのぶ騎士!
王道 キン星山編 第一章 輝け!キン星山!
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第十五話 静かなる覚醒!!の巻

次回は四月九日に投稿するでゴワス!!

何か書き方が「黄金のリーサルウェポン」っぽくなってきたような気がするけど気のせいでごわす!!

 

 早朝。


 美伊東君はホウキを持っていつも通りに海星家の門前に現れて掃除を始める。

 玄関前の軽く掃いてから家の周りをくるっと回りつつゴミ拾いをするのは美伊東君が自ずと始めた日課である。

 美伊東君は誰に命じられたわけでもなく粛々とホウキで塵を集める。美伊東君は母国アメリカでは目立たぬ存在だった。

 スポーツもからきし、学業は並より少し上というだけで特に優秀というわけでもない。

 美伊東君が同世代の少年たちと同様に魅せられたのはスモーだった。

 だが母国の有名なスモージムではスモーに不向きな体格のせいで門前払いされてしまった。


 ある時、美伊東君を憐れに思ったハイスクールの担任の教師が彼に日本への留学を持ち掛ける。

 日本の力士は欧米のスモーレスラーに比べて小柄で体重も少ない。

 加えてパワーそのものよりもテクニックが重視されているので頭でっかちの美伊東君には相応しい環境かもしれないと考えたからだった。

 アメリカでのスモーデビューが絶望的だった美伊東君は一流企業への就職を蹴って日本への留学を希望した。


 だが新天地である日本でも彼の小柄な肉体では力士としての大成は困難であることを、大学の講師から直接言われてしまった。

 再び、美伊東君の未来は闇に閉ざされる。

 しかし、落胆しながら大学の構内を歩いている時に一人の男と出会う。

 彼こそが、大学の卒業生である父親についてやって来た海星光太郎だった。

 光太郎は美伊東君を迷子の小学生だと思い大学の事務室まで連れて行ったが、職員から美伊東君が留学生であることを知らされる。

 その時、美伊東君は光太郎のことを快く思わなかったがスモーの修行をする為に留学先として日本にやって来たことを知ると蔑むどころか大歓迎してくれた。

 光太郎はすぐに美伊東君と英樹親方に紹介した。

 英樹親方もまた懐の深い性格で美伊東君の意気込みを知るや否や弟子入りをすぐに許可してくれた。

 結果として美伊東君は自分の体がスモーに向いていないことをさらに思い知らされるわけだが綿津海部屋の力士たちは誰一人として彼を蔑むことは無かった。


 (正直、生温い環境だとは思う。しかしここには僕の知らなかったスモーの魅力がある)


 美伊東君は初心というものを忘れない為にも自ずから朝海星家の門前を掃除する。

 将来、美伊東君がこの先のスモーレスラーとして大成することはない。

 しかし彼は後に三代目キン星山の名参謀役としてスモー史に永遠に名を残すことになる。

 彼自身の願いは死ぬまで叶うことは無かったが、スモー界に大きく貢献したという点ではテキサス山や羽合庵にも勝るとも劣らない功績を残したのだ。

 正に今こうして無償の努力を重ねる姿にそのルーツがあるといっても過言ではない。


 美伊東君はこの後、他の力士たちと同じだけのトレーニングをするのだ。

 誰に言われたのでもなく自らの意志で。

 美伊東君はその日もいつもと同じように稽古場の入り口即ち海星家の裏口にまで塵取りとホウキを持って移動した。

 時刻は朝の五時、新聞配達か早朝の仕事帰りの業種の人間でも無ければまず人に遭遇することはない。


 だが、稽古場から鉄砲柱に向かってぶつかり稽古をする音が聞こえてきた。


 美伊東君は稽古場の戸締まりも任されているので気になって音の発生源まで歩いて行った。

 そして自分の目と耳を疑ってしまうような事態に遭遇する。

 稽古場にいたのは誰であろう光太郎だったのだ。

 光太郎は早くても朝の七時半まではしっかりと眠っている男だ。

 今日も英樹親方や光太郎の母親の負担を減らす為に目覚まし機能は十五分ほど早くセットしてある。


 美伊東君は事の真偽を確かめる為に稽古場の中へ走って行った。


 「どすこーい!!」


 光太郎は加減もせずに柱を打つ。


 違う。

 こうではない。

 兄の、大神山の、羽合庵の張り手はもっと力強い。


 光太郎はもう一歩踏み込み、今度は柱に体当たりをする。


 柱は大きく揺れる。

 だがこれでも違うということを実感する。

 光太郎の知る最強の力士たちは力強く、素早く、そして技術に優れていた。


 光太郎は一歩、また一歩下がってから鉄砲柱に向かって張り手を繰り返した。


 気がつけば稽古場の土は光太郎の汗で湿っている。


 (若が自分から早起きをして練習をしている。親方に言われたわけでもないのに…)


 美伊東君が入って来て結構な時間が経過しているというのに光太郎はまるで気がつく様子はない。

 この時、光太郎は確実に力士として何かを掴み始めていた。

 長年の徒労と思われた修行の日々が実を結ぼうとしていたのである。

 今や光太郎の筋肉は躍動感を増し、内部で爆発している。


 また柱にぶつかり、皮膚が裂ける。


 光太郎は腕から流れる血を軽く撫でてから、今度は傷口に向けて身体をぶつけた。


 痛みがより確実に体当たりのタイミングを教える。


 かつてない充足。

 今いかなる苦痛も光太郎は己のものとして稽古の糧としていた。


 「どぉぉすこーい!!」


 前日、光太郎は十分に眠ることが出来なかった。

 羽合庵の特訓で精神は徹底的に削られ、肉体は限界以上に酷使されたにも関わらずだ。

 風呂を浴びて十時に眠り、二時間ほど経過した頃突然目を覚ましてしまったのだ。


 正しく覚醒だった。


 肉体が、魂に宿る内なるものに干渉して無理矢理起こした。


 そうとでも言わなければ説明しようのない現象だった。

 光太郎はその後何度か布団をかけ直して目を閉じではみたが、一向に眠りが訪れることはなかった。

 そして部屋の闇の中にテキサス山の幻影を見た。


 (おいどんの目の前で、ハンサムなアメリカンスモーレスラーが笑っている…。否。あれはテキサス山のまぼろしでごわす。あの男はおいどんのことなど眼中に無い)


 光太郎はベッドから這い出て、パジャマを脱ぎ捨てる。

 まだ疲労と筋肉痛が残った状態で自分の姿を鏡に映した。


 身長は178センチくらい、色、ツヤ、張りのある肉体。

 しかし、常人に比べれば体格の良い肉体かもしれないが力士としては些か頼りない


 (醜い体でごわす。おいどんの体にはまだ弱気と恐れが残っている。あのテキサス山に勝つためには大神山や翔平兄ちゃんに負けない強い肉体が必要でごわす)


 光太郎はすぐにジャージに着替えると軽いランニングに向かう。

 美伊東君を誘おうかと思ったが、彼の肩を借りているような気がして思い止まった。

 軽いストレッチを済ませた後に光太郎は息を弾ませながらランニングに出かけた。


 光太郎が出かけてからすぐに羽合庵と英樹が玄関から姿を現す。


 「親は無くとも子は育つ、か。羽合庵、お前には感謝の言葉も無い」


 英樹親方の肩を羽合庵が優しく叩く。


 「それは違うぞ、英樹。お前と今は姿を消してしまった翔平の心が今の光太郎に力を与えているのだ。スモーレスラーは愛が無ければ強くなれぬ。それをかつて私は雷電親方やお前から教わった。綿津海部屋の魂が受け継がれているのだ」


 二人は静かに苦笑する。


 そして、羽合庵は住み込みの弟子用の宿舎に向かって歩き出した。

 明朝羽合庵は光太郎のオーバーワークを怒らなければならない。


 英樹もまた家の自分の部屋に戻る。


 光太郎は一人ではない。

 父親と師はしっかりと彼の成長を見守っているのだ。


 光太郎は思う存分、全速力で走り続けた。


 家に帰ると再びストレッチをこなし軽くシャワーで汗を流した後に仮眠を摂った。


 今こうして一人で稽古に打ち込むまでの経緯である。


 「若。お早うございます」


 入り口から美伊東君が掃除道具を持って現れた。


 (秘密の稽古を見られてしまったでごわずか。何か、こう気恥ずかしいでごわすな)


 光太郎は反射的に鉄砲柱から離れ、ついさっき稽古は終わったような素振りを見せる。


 「美伊東君。おいどんは別に秘密の朝練とかをやっているわけではないでごわすよ。ただ何というか昨日の深夜アニメが神回すぎて眠れなかったというかそんな感じでごわす」


 小太郎はなるべく美伊東君と目を合わせないようにしながら全身の汗をタオルで拭った。

 美伊東君は小さく笑った後に「そういうことにしておきましょう」と言って、稽古場の中を軽く掃除する。

 いつもならそそくさと姿を消してしまう光太郎だったがもう一度鉄砲柱を見ると再び張り手の稽古に没頭する。

 

 既に一日分のトレーニングをこなしているはずなのに光太郎の身体が納得できていないのだ。


 ドンッ!!


 足の親指で力強く地面を擦る。

 続いて踵を土に付けないようにしながら、足の指だけで力をその場に止める。

 視線は前に、厚手の布で幾重にも巻かれた柱から決して目を離さない。

 

 そして引き絞らす、しかし矢の如き張り手を打つ。


 パァァンッ!!


 左右。


 息が切れても打ち続ける。

 やがて手が痺れ、いくつもの疵が生まれるがかまわない。


 力士の掌とはこういったものだ、と光太郎は自分に言い聞かせる。


 その後、朝食の支度が終わったことを母親が伝えに来るまで光太郎は張り手の練習だけを続けた。


 食事の後、ろくに休憩もせずに光太郎は稽古場に戻った。

 正式に本場所が始まったわけではないので今現在綿津海部屋では朝稽古を行っていない。


 光太郎の母親は息子を気遣って引き留めようとしたが、英樹によって止められた。


 光太郎は何かに取りつかれたように再び、稽古に打ち込んだ。

 やがて朝食を終えた羽合庵が稽古場に姿を現した。

 羽合庵は光太郎の姿を見るなり驚嘆の声をあげる。

 結果を出すまでは何も言わないことに決めていたが、光太郎がたった数日でこうまでも変貌してしまっては気がつかない方が不自然というものだ。


 (男子三日合わざれば…、か)


 羽合庵は手放しで褒めてやりたかったがぶっと言葉を飲み込む。

 安易な気休めなど覚悟を決めた男の前では侮辱以外の何ものでもないのだ。


 「まともな面構えになったな、光太郎。いやキン星山よ。お前のような出鱈目なフォームで張りガンスリンガーを続けると怪我をするだけだということが理解できたか?」


 羽合庵は皮肉っぽい笑みを浮かべながら光太郎の両手を見る。


 掌の面は赤く腫れあがり、擦り剝けている部分が出来上がっていた。


 (兄と、大神山と同じ掌だ)


 光太郎はニヤリと笑ってから言い返してやった。


 「それはもう骨身に沁みたでごわすよ。羽合庵師匠」


 光太郎は変わり果てた自分の掌を眺めることに夢中になっていた。

 過酷な練習の末に腫れ上がり、野球のグローブのようになってしまったがこれこそが光太郎が求めていた力士の掌だった。

 美伊東君がどこからともなく現われて洗面器を差し出す。

 光太郎は美伊東君にお礼を言うと冷水の入った洗面器に両手を沈める。

 アイスエイジンングのやり方としては不適当だったが、今の光太郎にはこれくらいが丁度いい。


 「美伊東君。光太郎の両手を十分に冷やしてからテーピングをしておいてくれ。試合前に骨折されても困るだけだからな」


 「わかりました。若、そろそろ洗面器から手を出してください。僕はテーピングの準備をしますから、若はご自分の手を綺麗に拭いておいてください」


 「了解でごわす」


 光太郎は小走りで手拭いが掛けてある場所まで向かった。

 その後、美伊東君は救急箱からテーピングに使うためのソフト伸縮テープと医療用ハサミを取り出した。

 手洗いを終えて戻ってきた光太郎は早速指や手にテーピングを施してもらうのであった。


 (※テーピングは実際の相撲ではルール的には推奨されていません。あくまで創作物の出来事としてお考え下さい)


 美伊東君のテーピングが終わった後に光太郎はしっかりとテープで補強された自分の指を折り曲げたりして具合を確かめる。

 腫れ上がった感覚は無くなっていなかったが違和感無く自由に動かせるようになっていた。


 「師匠。して今日はどんなトレーニングをするのでごわすか?」


 光太郎はテープでぐるぐる巻きになった自分の手をじっと見つめる。

 羽合庵は光太郎の様子を伺いながらトレーニングを次の段階に移行することを考えていた。

 美伊東君は救急箱の中に道具を収めている。

 光太郎と共に外出する準備は出来たということだ。


 羽合庵は組んだままの両腕を解き、立ち上がった。


 「今日は出稽古をする。まずはお前の臆病さを何とかせねばなるまい」


 ”出稽古”とは他の相撲部屋に出向いて、ほぼ実戦形式の取っ組み合いをする他のスポーツでいうところの練習試合に相当する。

 光太郎は唾をゴクリと飲み込み、美伊東君は驚きのあまり目を見開いたままになってしまう。

 今の光太郎は数日前に比べれば大きく躍進しているといっても過言ではないが断じて出稽古が出来るほどの実力を備えてはいない。


 「待ってください!羽合庵!それはまだ早すぎます!今の若の実力では出稽古など到底不可能です!」


 海星光太郎は美伊東君の肩を両手で掴んだ。


 光太郎の瞳の輝きを見た途端に美伊東君はそれ以上何も言わなくなってしまった。


 意地の悪い笑みを浮かべながら羽合庵は光太郎に尋ねた。


 「君の優秀なマネージャーはああ言っているが、君の返事を聞きたいものだな。キン星山」


 光太郎は会心の笑みを以て羽合庵と美伊東君に向かって叫んだ。


 「応ともさ、でごわす!今のおいどんなら、矢でも鉄砲でも持ってこいでごわすよ!」

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