第十二話 真打は遅れてやって来る!!の巻
次回は3月25日に投稿するごわすよ。
何と今日はニンテンドースイッチ版「どうぶつの森」の発売日!こんな日に真面目にお話を書いて投稿するなんて、ふじわらしのぶさんはとっても偉いね。なでなでしてあげようね。なでなで。なでなで。
アメリカンフットボーラーのタックルを”10”とするならば、アメリカンスモーレスラーのタックルは”100”と評されるのが世間で取り交わされる一般常識である。
どこの常識だ!?という突っ込みはこの際スルーさせてもらう。
羽合庵は自惚れではなく誰もが認める一流のアメリカンスモーレスラーだった。
現時点でタックル一発で羽合庵をダウンさせることが出来るスモーレスラーなど世界中を探しても多くは存在しないと断言できるだろう。
羽合庵は磁気嵐のタックルが当たった部分を庇うようにしながら前のめりの姿勢になる。
強力どころではない。
身体に穴が空いたのではと錯覚するほどのパワーだった。
「ONCE MORE だ。ONCE MORE AGAIN 、踊って見せろ。COWBOY」
羽合庵は不敵に笑いながら「こっちへ来い」と言わんばかりに手を振った。
羽合庵の挑発的な態度に磁気嵐は怒るどころか笑ってみせた。
スモーデビルとてスモーレスラーの端くれ。”力比べ”をふっかけられてしまえばつい乗ってしまうもの。
これに対して磁気嵐の気勢は獅子縛兎即ち”獅子は兎一頭を全力で仕留める”というものだった。
両者の精神は高揚と冷静が同居する。
スモーにおいて、高位の実力者の戦いは常に肚の探り合いから始まるものなのである。
羽合庵は悪魔から手痛い先制攻撃を受け真剣勝負を、また磁気嵐は平然と立ち上がる羽合庵が牙を持つ獣であると意識する。
紛れもなく待ったなしのスモーだった。
「イシイシイシッ、何度やっても同じだと思うがね」
磁気嵐がそう念じると、羽合庵の体に纏わりついた砂鉄が再び磁力を帯びて拘束具のように動きを抑制する。
だが今度ばかりは勝手が違った。
羽合庵は全神経を集中して体内に宿ったパワーを高めて、磁力の鎖を引き剥がそうとしたのだ。
(我が肉体よ、動け。この日の為に鍛え。この日の為に俺はスモーを続けてきたはずだ)
羽合庵は全身を覆い尽くさんとする磁力の塊を意識した。
因果応報。力には力を。
羽合庵はスモーに明け暮れた修行の日々を思い出した。
(頼る者も無く。また例え頼る者がいたとしても、土俵の上では一人と一人。待ったなしがスモーの掟…)
羽合庵の全身は次第に熱を帯び、茶褐色の肉体はやがて地中で煮え滾るマグマの色に変わる。
(GOD AND DEATHッ。 GOD AND DEATHッ。時は来たれり今こそ目覚めろ。我がスモーパワーよ。今俺のオアフ島の火山よりは熱く燃えている!!(※縁起でも無い))
一気呵成。
羽合庵の身体にくっついていた黒い砂のようなものは弾け飛んだ。
ついに羽合庵のスモーパワーが磁気嵐のスモーデビルパワーに打ち勝った瞬間だった。
羽合庵は大きく振りかぶり、磁気嵐の横面を張り飛ばした。
元から体格では羽合庵が勝っていた為に磁気嵐は大きく体勢を崩してしまった。
「餓鬼が…ッッ!!調子に乗るなッ!!」
磁気嵐もおのれ負けじと羽合庵の顔に張り手を打った。
同時に羽合庵の目が輝く。
磁気嵐と羽合庵の張り手が同時に当たる格好となる。
バチィンンッッ!!
壮絶な打ち合いの末、汗と血が両者の口から漏れる。
磁気嵐は大きく後退し、羽合庵はその場に止まることに成功する。
磁気嵐は文字通りの悪鬼の形相で羽合庵を睨みつける。
対して羽合庵は戦意が昂り、血に飢えた力士然とした顔になっていた。
二人の力士はふたたび間を詰め始める。
(いかん。このままでは羽合庵がスモーデビル化してしまう…)
その頃、雷電親方は一人、コスチュームを取りに控室に向かって走っていた。
試合の最中だったせいか、息子の英樹には嫌味を言われたがそれどころではない。
綿津海部屋に伝わる予言書の通りにスモーデビルが復活してしまったのだ。
よりによって今まで目をかけてきた羽合庵をスモーデビル陣営に組み込もうと戦いを挑んできたのだ。
雷電親方は運命というものを呪わざるを得なかった。
一方、その場において状況を正確に理解していたのは羽合庵が所属する綿津海部屋の雷電親方だけだった。
そもそもスモーデビルの真の恐ろしさとは残虐スモーも辞さない圧倒的な強さだけではない。
「強ければ何をしても許される」という弱肉強食の世界観では正しい、スモーの持つ暗黒面に対戦相手を引きずり込むことがスモーデビルたちの真の恐ろしさでもあったのだ。
(後もう少しだ、羽合庵よ。この試合でお前は俺を殺すことで新たなスモーデビル、歪鬼気浜に生まれ変わるのだ)
不死の肉体、不滅の魂を持つスモーデビルならでは策略だった。
この時、羽合庵もまた自分自身の変化に気がついていた。
魔に侵略されつつある自分の魂を受け入れようとさえしていたのだ。
「俺は強い。お前を倒してもっと強くなってやる」
「そうだ。羽合庵、お前は強い。もっと強くなってお前をコケにした他の弱小スモーレスラーどもを皆殺しにしてやれ。強さこそ、唯一絶対無二の真実。強ければ正しい。何をしてもいいんだ」
普段ならば絶対に聞き入れない言葉が、なぜかその時だけ魅力的に聞こえてきた。
それは孤独を抱えるがゆえの歪みか。
羽合庵お肉体は足元から徐々に黒ずんでいる。
いつしか羽合庵の目は飢えた獣のそれに変わり、彼のトレードマークの腰蓑まわしもまた黒い獣毛に変わっていた。
正気を失った羽合庵は犬歯をむき出しにしてさらに磁気嵐に詰め寄る。
(堕ちたな…)
この時、磁気嵐は己の目的の達成を予感した。
理性を失った羽合庵が磁気嵐の左腕を掴む。
むしろ握り潰すといった勢いである。
ほぼ同時に手首を掴んだかと思えば、肘を普通に曲がる方向とは逆に折り曲げた。
磁気嵐は左腕を飴細工のように捻じり折られながら苦しみながら笑った。
これが力に溺れた者の末路だ、とい合わんばかりに羽合庵は磁気嵐を蹂躙する。
閂。
鉈。
小手投げ。
羽合庵はスモーの技を用いて磁気嵐に暴虐の限りを尽くした。
磁気嵐の磁石を組み合わせたみたいな腕はすっかりボロボロに破壊され、敵をここまで追い込んでしまった羽合庵は相手に罪悪感を覚えるどころか闘志を昂らせるばかりである。
羽合庵は感情のない瞳に磁気嵐の右腕を映す。
(まだ右が残っていたか)
羽合庵は磁気嵐の右腕を取った、その時の出来事だった。
「待ちんしゃい!!」
土俵の、西の方角からやたらと派手な化粧をした男が現れた。
遠目には化粧の濃いサーカスで客の呼び込みをやっている道化師にしか見えない男だった。
羽合庵を呆れさせたのは場違いなほど派手なコスチュームではない。男のヘアスタイルだった。
「NO、YOUの髪型は大銀杏ではない。それはWEDDING CEREMONY の時 BRIDE の HAIRSTYLE で文金高島田というものだ…」
なぜか日本の文化にやたらと詳しい羽合庵だった。
髪型が文金高島田(これも髷の一種。強ち間違いではない)突如として土俵に現れた謎の男が身に着けているコスチュームはさらに羽合庵の頭に冷水を浴びせかけるようものだった。
昔の日本の花嫁衣裳即ち真っ白な着物だったのである。
男の顔は白粉を塗ったくり。口には紅をさしていた。
数十秒後謎の男の全身を観察した後、羽合庵の闘志は見る見るうちに萎えてしまった。
だが逆に磁気嵐は驚愕し、さらに闘志を燃え上がらせる。
「お前はッ…!!そんな馬鹿な!!ただの人間のくせに、あの日から今日まで生き残ったというのか!!
キン星山!!」
キン星山と呼ばれた男は頭を振った後に微笑みを浮かべる。
そして羽織っていた白い着物を脱ぎ捨てた。
「スモーを取って幾星霜。スモーに生きて、スモーに死す。悪いスモーはスモーに非ず。この命、善きスモーとスモーの明日に託さん。今日も今日とて負けられぬ、大勝負大一番。取って見せよう、スモーの為に。明日も輝け、キン星山ッ!!二代目キン星山、海星雷電。スモーデビルの退治に参ったぞ!!」
名乗りの口上が終わった途端に磁気嵐の態度が一変した。
ものすごい形相でキン星山目がけて体当たりを仕掛けてきたのだ。
「許すものか。許されると思うな。スモーの面汚しとはお前のことだ。キン星
山ァァァーーーーーッッ!!」
怒号と共に磁気嵐の肉体は熱を帯び、赤く染まる。
「来い。スモーデビルッ!!」
決死の覚悟の現われか、キン星山は鶴翼のように両手を開ける。
磁気嵐の渾身のぶちかましをキン星山は受け止めた。
(何という憎悪。これがスモーデビルというものか)
キン星山、羽合庵は時を同じくしてスモーデビルの恐ろしさを思い知ることになる。
全身を赤熱化させた磁気嵐の体には既にいくつものヒビが入っている。
だが磁気嵐は止まらない。
こうしている間にも肉体の崩壊が進んでいるというのに怒号をまき散らしながらキン星山にぶつかって行った。
即ち、スモーデビルの戦いとは自ら退路を断ち、自分の命尽きるまで責め続ける破滅のスモーだったのだ。
ブシャオッ!!
今もまた磁気嵐の身体が煙を吹き上げながら崩れ去って行く。
「キン星山よ。お前が何者であろうとも俺は決して貴様を許さぬ。なぜならばお前はスモーデビル界の裏切り者。断じて許すわけにはいかぬ!!」
「それはこちらとて同じ事。幾星霜の時を経ようとも、お前たちスモーデビルが悪のスモーを行うならばキン星山が必ず立ち上がる」
キン星山は磁気嵐のまわしを取り、強引に閂を決めた。
(許せ。私はキン星山の四股名を引き継いだ以上、お前たちを倒さねばならぬ宿命なのだ…)
背中からまわしを取って力いっぱい前に引き寄せる。
「スモーデビル、磁気嵐!!来世ではまた俺とスモーをとってくれ!!”東西南北六十九の殺しの技”が一つ、”白星バスター投げ”じゃあっ!!」