第十一話 恐るべきスモーデビル磁気嵐!!の巻
次回は三月二十日に投稿するでゴワスよ!
「お待ちください、羽合庵。貴男の言葉を僕は全面的に信用するわけには行きません」
それまで黙っていた美伊東君が眼鏡を輝かせながら羽合庵の前に立ちはだかる。羽合庵は美伊東君を一瞥する。
力士には不向きな体型だが、意志の強さを感じさせる瞳には力士然とした厳しさを感じる。
羽合庵は深呼吸をして後に短く「聞こうか」と告げた。
「貴男が先ほど仰ったキン星山という称号に疑問があります。僕が知るところによれば彼の四股名”キン星山”は五百年前に一度現れたきり、誰も継承していないということになっていました。それがどういう事情があって若のお祖父さんが引き継いでいるというのですか?」
美伊東君の質問の中には光太郎にも思い当たる部分がいくつかある。
光太郎の祖父、海星雷電は力士として優秀な成績を残したわけではない。父英樹から大関にはなれなかったと聞いている。
とてもではないが米国ではMBLのスターと比肩されるほどの人気スモーレスラー、羽合庵が祖父から何かを学んだと言われても素直に信じることは出来なかった。
「美伊東君と言ったかな。光太郎の為に私の真意を探ろう、とする君の推察は正しい。だが、私がこれから君たちに教える話ほど奇怪な事実はないだろう」
「僕には若に一生を費やしても返しきれない恩義があります。もしも貴男が妖言を用いて若を騙そうとするなら、僕は絶対に貴男を許しません」
美伊東君はかつてないほどの迫力で羽合庵に押し迫る。
(光太郎よ。やはりお前はキン星山になるべき男。私が出るまでもない。天祐なるものは既に備わっていたか)
羽合庵は労わるような、何かを懐かしむような瞳で美伊東君を見守っていた。
「私が若い頃、日本に来たばかりの時の話だ。あれは大阪場所、甲子園スモースタジアムにはぐれスモーデビルが現れた…」
羽合庵自身もその時のことはしっかりと覚えている。
開催初日の後半戦、土俵入りを果たしたはずの力士たちが乱入してきた力士によって次々と血祭りに上げられてしまったのだ。
飛び入りの力士は二人の力士の首を並べて高笑いをする。
そして力士は身体の上に被っていたオーバーボディを瞬く間に引き剥がし、異形の正体を晒した。
U型磁石を組み合わせて作ったような肉体を持つその力士は8(エイト)ビートのリズムを口ずさみながら、ドラムよろしく乱れ四股を踏んだ。
その恐ろしい姿と横暴な振る舞いに甲子園スモースタジアムの観客たちは悲鳴を上げる。
観客の慌てふためく様子に満足した磁石みたいな男は口から緑色の毒霧を吹いて自らの暴力的な側面をアピールしようとする。
だが、男の予想に反して「何だ悪役レスラーのパクリか…」みたいな残念な空気が流れてしまった。
「イーッシッシッシ!!俺様の名前はスモーデビル、磁気嵐( ※北海道 ふじわらしのぶ君の考えたスモーデビル )!!今日は貴様等に本物のスモーを教えてやろうと思ってわざわざ地獄の底からやってきた!!そこんとこ夜露死苦ッッ!!」
自らをスモーデビルと称する人外の力士、磁気嵐の名乗り上げを聞いて会場の中は騒然となる。
歴史の教科書にも載っている話だが、日本においてスモーデビルは数百年前に起きた大阪城大戦争で全滅したことになっている。
「スモーデビルの生き残りがどうやって生きていたのか?」「スモー警察は何をしているのか?」好き勝手なことを言いながら群衆は座布団を会場の磁気嵐に向かって座布団を次々と投げつける。
「デビル奥義、魔グネット砂プラス鉄集め!!」
磁気嵐は土俵に手をかざし、地面から大量の砂鉄をかき集めた。
小学校の理科の授業で習うことだが、公園の砂場に磁石を近づけると砂鉄がくっついてくる。
今、磁気嵐の両腕には毛深い男性の陰毛のように砂鉄がくっついていた。
(イシイシ…、この砂鉄が恐るべき凶器に変わるのだ)
ニヤニヤと笑った後に磁気嵐は両手を観客席に向かって広げる。
「デビル奥義、魔グネット砂鉄マイナス砂鉄アロー!!」
磁気嵐が叫んだ後に両手にくっついていた砂鉄が次々と矢に形を変えて座布団を投げていた観客たちの体に突き刺さった。
矢を受けた観客たちは血を流し、痛みのあまり泣き叫ぶ。
磁気嵐の登場からわずか数分で甲子園スモースタジアムは地獄絵図と化していた。
「WAIT。WAIT HEAR」
恐れを知らぬ若き羽合庵は誰よりも先に土俵の上まで駆け込んで行った。
土俵の上でのスモーならば誰にも負けない、という慢心が羽合庵を突き動かしていた。
まんまと土俵に上がってきた羽合庵の姿を見た磁気嵐はほくそ笑んだ。
「ハンッ。何のTRAININGもしていない一般人を相手にいい気になるのが、スモーデビルの流儀か?だったらスモーの本場AMERICA仕込みの俺のスモーを味わってみろ」
パシンッ!!
羽合庵は分厚い胸板を叩きながら磁気嵐を挑発する。
磁気嵐の戦力はこの時点では未知数。
しかし磁気嵐のスモーには不向きなU字型の手、どことなく頼りない磁石を組み上げただけのようなボディが羽合庵に勝利を確信させる。
(まずは”まわし”だ。彼奴の”まわし”さえ掴むことが出来れば俺の勝ちは揺るがないだろう)
羽合庵は磁気嵐の下半身に巻かれた”まわし”に視線を向ける。
「イシイシイシ。飛んで着陸する○スプレイとはこの事よ。その勝負、受けて立つ」
言うや否や磁気嵐は羽合庵のまわしを取りに来た。
真正面から勝負を挑んできた磁気嵐の潔さに好感を抱いた羽合庵は磁気嵐の突進を受け止める。
拮抗状態からすぐに上手下手のまわしの取り合いが始まり、つかみ合いの応酬の末に羽合庵は上手を取る形となった。
「磁気嵐。外見ばかりのPERFORMANCE野郎かと思ったが、やるじゃないか!」
羽合庵は上手投げに移行しようとするが、その時になって初めて自分の体の異変に気がついた。
組み合っている最中に体がまるで石になってしまったかのように動かなくなってしまったのだ。
そして磁気嵐は身動きが取れなくなってしまった羽合庵の手を外して距離を取る。
磁気嵐の顔はそれまでの絵に描いたようなお調子者のそれではなくなっていた。
獲物を前にした昆虫のように、機械が静物を砕くが如き冷たい視線を羽合庵に向ける。
羽合庵はこの時、スモーデビルの真の恐怖を理解した。奴らは正しく悪魔なのだ、と。
「何だ、坊や。俺とスモーをするつもりだったのか?俺たちスモーデビルにとってスモーというものは命の取り合いだ。お前のように気持ちのいい汗を流す為に土俵の上に立っているわけじゃないんだぜ?」
磁気嵐はそう言った後に低姿勢に構える。
そして、地面を蹴って羽合庵のみぞおちに体当たりをしかけてきた。
「ッッ!!」
悲鳴をあげるどころの騒ぎではない。
五臓六腑に響き渡る、恐るべき”ぶちかまし”だった。
羽合庵は呻き声をあげることなく地面に向かって吐いてしまった。
(これが伝説のスモーデビル…。何とおそろしい…)
風前の灯と化した羽合庵に向かって磁気嵐はもう一度、ぶちかましを仕掛ける。
羽合庵は意識を失うまで一方的に磁気嵐の攻撃を受けることになった。