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血染めの覇道  作者: 舞って!ふじわらしのぶ騎士!
覇道 春九砲丸編 
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強さこそ全て。ただそれだけのはず。

俺の目の前に迫り来る質量とプレッシャー。

 今はただそれらにかろうじて抵抗しているという有り様だっである。

 やがて時の流れと共に訪れる限界。


 ここで終わりなのか?

 

 堪えろ。この窮地を堪えずして何の為のスモーレスラーだ。


 今こそ思い出せ、己がスモーの道に入った理由をこの場で思い出すのだ。


 肉体の内側から感じる新たな火種。それが発火して全身を駆け巡る。

 この手に残るわずかな勝利への感触。やばいから少しマシになった程度だが。

 俺は口の端を歪ませて、不敵に笑う。


 「ぬう。やはりお強い。一筋縄ではいかないようですね、春九砲丸」


 余裕綽々。男の言葉からはそういったものが感じられる。

 現に俺は男の体躯に押しつぶされそうな体を為していたのだ。

 しかし、男は致命的なミスを犯していた。

 とんだ甘ちゃんだ。肚の底から笑わせてくれるぜ。



 これはカブトムシのケンカじゃないんだぜ?



 見せてやるよ、スモーの駆け引きってやつをよぉッッ!!!


 俺は敵のベルトを掴もうと左手を差し出す。

 しかし、敵さんもそう簡単には掴ませてくれない。上から叩き落とされた。

 牽制ですらないというのに下手をすれば骨折確定の強烈な一撃。


 何て馬鹿力だ。


 俺は想定外の苦痛に顔を歪ませた。

 さらに敵は間合いを詰め、今度は俺の左手をガッチリとホールド。

 皮膚と肉、そして骨が一瞬で悲鳴をあげる。

 このまま放っておけば加熱した飴細工のように俺の腕は折られてしまうだろう。


 だがこれはさっきも言ったがスモーの話だ。カブトムシのケンカじゃない。


 俺は空いた右手で敵の肩を掴んでやった。しかし、大男はまるで動じる様子をみせない。


 「それで一体どうするおつもりですか?この体格差、貴方ほどのスモーレスラーならばとっくに気がついているはずです。この体勢からは決して勝てないということをね」


 正論だった。

 俺も最初からこんな手でこいつをどうにか出来るかなどと考えてはいない。

 案の定、必死の思いで掴んだ肩も簡単に外されてしまう。

 さらに掴まれた左手も握りつぶされる寸前といった具合だ。

 

 だが、当の本人は冷めた視線をこちらに向けている。

 取るに足らない雑魚の無駄な足搔きと思って興ざめしているのか。


 オーケー、そのままで結構だ。

 これから全てひっくり返すだけだからよ。


 俺は背を向けるような格好で仕切り直しを仕掛けた。

 

 男はこの変化にわずかに戸惑っている。このままでは押し倒してくれと言っているようなものだ。

 仮に後ろから敵を背負うよな形になれば、大きい方が勝つのは道理だ。

 

 まさか勝利の可能性が消えて、やけっぱちになってしまったのか。そんなことを考えていたのだろう。

 だが、俺はいつも勝利に向かって動いている。

 今だってそれは変わらない。俺はまず死んだ左手で敵の左手を掴んだ。


 「折るぜ?」


 一瞬の間を置いて、俺は折れかけた左腕に全神経を集中させる。

 すると死んだはずの俺の腕は息を吹き返し、男の太い手首を握りつぶした。


 「!!!!」


  男は信じられないものを観たような目つきで仮面越しに俺の顔を見る。


 よそ見してんじゃねえよ。


 首を後ろに反らす。苦し紛れだが、渾身の頭突き(ヘッドクラッシュ)。


 俺の頭突きが男の仮面に突き刺さった。目から火花が散るような錯覚に襲われる。鼻先まで流れ落ちた自分の血を舐める。


 少しはビビれ。クソ野郎。


 俺の額は見事に割れてしまったが、奴さんの顔面も見事に割れた。

 俺の奇襲でひしゃげたフェイスガードの後ろにある眼光は衰えていない。

 さあ、どんな不細工面か拝んでやる。俺はそのまま右手でもう一方の腕をホールドした。


 「私の片手を潰したくらいで驕らないことです。この状況、まだ貴方には不利なのですから」


 やはり動じずか。その結果は嬉しくもあり悲しくもある。

 今度は男が俺の左肩を掴んできた。


 なんて馬鹿力だ。このままでは体がバラバラになっちまう。


 俺はさっさと決着をつける為に右手をガッチリとホールドする。

 

 潰されまい、潰されてたまるものか。

 なりふり構わぬ必死の抵抗、男のポーカーフェイスが崩れかけた。


 あえて敵に背後を晒すことで手に入れる地の利がある。

 この技には花が無い。だからこそ俺に向いている。

 そろそろ奴に壊された左手を楽にしてやった。赤く腫れた腕が目にものをみせてやれ、と笑っていやがる。

 倫敦橋を相手に片手で戦うことになるのは辛いが、勝負を受けたからには勝たなければスモーレスラーではない。そういう道を歩いて来た。


 見ていろ、倫敦橋。手負いの獣の恐ろしさを教えてやる。


 そこからは一気呵成、最小の動きで最大の結果をもたらすだけのことだった。

 相手の手を死んでもはなすものかと、軸足を中心に反回転。

 重心を崩された巨体がそのまま奴への脅威に変わる。手を取られた状態で地面に引きずり転がされる巨躯。

 

 俺の得意技、小手投げ。


 大した技じゃない。花もない。

 だからこそ一つの道を進むしかない俺に向いている技だ。

 俺は完全に敵を投げずに、途中で放るだけにした。


 気がついてしまったのだ。こいつが本気では無いということに。


 「悪いな。ケンドーの勧誘なら別の奴を当たってくれ。俺は明後日どうしても戦わなければならない相手がいるんだ」


 男の着けているボディプロテクターとフルフェイスのヘルメットから、俺はこいつがプロのケンドーフェンサーであることに気がついていた。

 ケンドーの源流であるジュージツには素手で相手と取っ組み合う技術も存在するらしい。

 いずれにせよ今の俺にとってはノーセンキューな話だった。


 大男は何事も無かったかのように立ち上がる。そして俺にこう言った。


 「全く違う。貴方は気がついているはずだ。貴方が本当に戦うべき相手は我上院ガウェイン部屋(倫敦橋の所属するスモージム)の御曹司ではないということに。聖なる使命を帯びて生まれ出でたものが、何故その約束を反故にするというのですか!」


 この男の真意は一体、何だというんだ。

 これほどの実力者が俺と戦った理由、そして聖なる使命だと。まるで理解が出来ない。


 この時の俺は己の内部に生まれつつあるもう一つの疑念から目を向けないようにしていた。

 結果、今のだらしない俺の姿がある。

 笑うなら笑ってくれ。目の前の情熱に目が眩ませて対局を見失っていたのだ。


 「何の話かは知らんが、今の俺は倫敦橋との戦いにだけ集中していたい。ただそれだけのことよ」


 俺は男の横を素通りする。これ以上、奴の言葉に耳を貸すつもりはなかった。

 だが男は懲りずに言葉を続ける。それは帰るべき場所を失った孤独な狼の叫びに似ていた。


 「何故、強者がくだらないルールに縛られなければならない。何故、弱者を擁護するルールが存在する。それは果たしてこの世で最強の者が作り上げたルールなのか。最強ではない世間などという曖昧なものたちが作り上げたルールに従わなければならない道理こそ本来は消えて然るべきなのだ。春九砲丸、貴方は本当は知っているはずだ。強さこそが全てだということを」


 その通りだ。奴の叫びは俺の心の内面の代弁でもあったのだ。

 だがしかし、俺は己の強さを証明する機会を手に入れたのだ。今度こそは失敗するわけにはいかない。


 「春九砲丸、貴方は明後日には思い知ることになる。このくだらない世界の真実に。スモーの世界が既に死んでいるという事実に直面するだろう。だが、その時こそもう一度私は貴方に真意を問おう。私は、謎の覆面力士ことグレープ・ザ・巨峰はいつでも貴方を待っている。それを忘れないでくれ!」


 グレープ・ザ・巨峰、何度考えても記憶には無い名前のスモーレスラーだった。


 あれほどのパワーファイター、どこの部屋に所属しているんだ。


 もう一度、俺は奴が立っていた場所を見る。しかし、そこには誰もいなかった。

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