血染めの覇道 天辺龍の道 の巻
次回からは主人公が変わります。イエイイエイ。
柄法度。
嵐洲浪兎。
師弟。
親子。
スモーは両者を様々な縁で結んでいる。
互いの手の内は知り尽くしている。
全力でぶつかり合えばどうなるかも知っている。
ゆえに。なればこそ。
この場で全ての決着をつける必要があった。
柄法度はこの先を生きる者の為に、嵐洲浪兎はこの先を生き抜く為にスモーの限りを尽くした。
大地を蹴り撃つ。人が持てる技術全てを使って鍛えた鉄すなわち鋼と化した肉体を弾丸のように敵に向かって放ったのだ。
それは待ったなしのGOD AND DEATH であった。
GOD AND DEATH 。
幾度となく口にした言葉だった。対戦相手の口から聞いた言葉だった。スモーの世界に身を置いてからずっとこの言葉を聞くと五体が燃え上がる。
魂に火が入る。
まるで今さっき覚えた言葉のように己を魅了し続ける。
何と雄大な。
柄法度は嵐洲浪兎の巨体と接触した。 (← 男の意地)
もう柄法度の肉体にはわずかな力も残されてはいない。
砕け散るのがせいぜいというところだろう。
死ねばあの世で、先に逝った友たちは自分を褒めてくれるだろうか。
柄法度は笑った。
だが、正気を失った嵐洲浪兎は何も見てはいなかった。
狂気に囚われた嵐洲浪兎を支配していたのはかつてない強敵と遭遇がもたらす戦意の昂揚と極限状態における生死の駆け引きを楽しむ狂戦士の愉悦だった。
皮肉にもスモーの本質とはこういったものにあるのかもしれない。
全裸にまわし一つという伝統的なスモーのコスチュームは人間の野蛮な本能を目覚めさせてしまうのだ。
風呂上がりに裸で鏡の前に立つとハイになってしまう人類の悪習と同じようなものなのだ。
春九砲丸が彼らの間に割って入った。
彼もまた死を覚悟していた。
後悔はない。
炎の渦に入ったが最後、春九砲丸の肉体は微塵も残さず消滅した。柄法度、嵐洲浪兎らはこの事実に気がつくことは無かった。
彼らは己らの全てを投げうって、この一戦に賭けていたのだ。
大義、矜持ではない。
二人のスモーナイトを駆り立てるもの、それはどちらのスモーが勝っているか。
ただそれだけだったのだ。
そして消滅した春九砲丸の未練とは、二人の精強なるスモーナイトの勝負を最後まで見届けることが出来なかったことだった。
消えゆく意識の中で春九砲丸は次こそ必ず俺のスモーをとってみせると決意した。
「あんさんのスモーはずいぶんとあっさり気味なんじゃのう」
肉体は消滅し、魂さえも失われた春九砲丸の耳にまぼろしの声が聞こえてきた。
それは野太い中年の声だった。
(俺は知っている。この声の主のことを知っている。生まれるずっと前から)
気がつくと春九砲丸の意識は空間の中にあった。
目の前では鉄砲柱に向かってひたすら鉄砲を打ち込んでいるスモーレスラーの姿があった。
そのスモーレスラーの手足は短く不格好なものだった。
後ろ姿しか見えなかったが全身だるだるで肉も垂れ下がっている。だが不思議なことに男の背中からは頼もしさを感じる。
(この気配には覚えがある。そうだ。オヤジの背中だ。これは親方の背中に似ているんだ)
男は背を向けたまま春九砲丸に話しかけてきた。
「見知らぬ人よ。ワイはな、ワイは本当に弱いからこうして毎日鉄砲の練習をしているんじゃ。誰かに言われたわけではない。スモーが好きだから、スモーをする仲間たちとずっと一緒にいたいから練習を続けているんじゃ。なんと言ってもスモーは楽しいからのう。みんなも同じ気持ちでスモーをしている。そう思っていたんじゃ」
それは何とも穏やかな強さだった。
グレープ・ザ・巨峰の何者も寄せつけぬ孤高の強さとも、柄法度の信念を具現化したような強さとは別種の力だった。
こういう強さもあるのだろう、と春九砲丸は即座に理解した。
なぜならば、それがスモーなのだから。
「ハンッ!何言ってンだ!スモーに関わる人間の数だけ、スモーへの想いがあるってもんだ。あんたの考えを否定する気持ちはさらさら無いが正しいとも思わねえ。俺は友達ごっこをしたいからスモーをしているんじゃねえ。どっちのスモー愛が勝っているか、それを知りたいからスモーを続けているんだ。まあ、残念ながら今は死んじまったけどな」
春九砲丸のスモーの原動力とは反抗心だった。
スモーとは丸い土俵の上でぶつかり合うだけの格闘技ではない。
丸い土俵の中には宇宙が存在し、スモーレスラーたちは日々の稽古で培った己の全てをぶつけ合うのだ。 そこには理屈があり、またそこには理屈など存在しなかった。魂と肉体が消滅し、無に近い存在となってもそれだけは変わらない。
「きっと、そういう生き方もあるのだろう。のう、春九砲丸よ」
男は鉄砲の稽古を止めて、振り返る。太い眉。団子鼻。ぶ厚くて赤い唇。まるでサーカスのピエロのような顔をした男だった。
しかし、その男から感じる強さだけは本物であることは紛れもない事実だった。
目の前のピエロみたいな男はスモーの体現者だったのだ。この男を春九砲丸は知っている。英国角界を作り上げた男。スモーの権化。天辺龍。
「初代 天辺龍」
天辺龍は力なく笑っていた。
余裕か。まあ、アンタから見れば俺はタダの小僧だもんな。
春九砲丸の中にあった迷いが消えた。
死んで終わりじゃない。死んでからもスモーなんだ。
一度、スモーに関わったものは死のうが全てが無に帰そうがスモーをとり続けるしかないのだ。
「スモーは好きか。春九砲丸。お前はまだスモーに関わりたいと思っているのか?」
くだらねえ。
そんな当たり前のことを聞くな。
俺にはまだ戦いたい相手がたくさんいる。スモーをとりたい奴がごまんといるんだ。
グレープ・ザ・巨峰。柄法度。天界に君臨するスモーゴッドども。まだ見ぬ世界の強豪たち。そして、目の前の伝説の男ッッ!!!
「しょっぱいことを聞いてんじゃねぇぞ、おっさん。俺はいつだってスモーひとすじだ。俺こそが最強、俺こそが最強のスモーレスラーだ」
ただの燻りに過ぎなかった燃えカスが爆ぜた。
何かがあるから燃えるのではない。
ここに存在したい。何よりも強く、また誰かに己の存在を誇示したいという信念が一人でに燃え上がっているのだ。
それは想念の世界だからこそ有り得る爆発現象だった。
無から有の存在に、自らの意思で昇華する。春九砲丸は今、スモーのフェニックスとなったのだ。
「やれば出来るではないか。久々にワイも滾ってきたのう。こんなに嬉しいのは久しぶりじゃ!」
天辺龍は膝を掴み片足を上げて、そのまま地面に振り下ろした。
四股を踏んだのだ。
彼の前で揺らめく炎の塊は、さらに勢いよく燃え上がった。やがてそれは人の形をとり春九砲丸の姿に変わっていく。春九砲丸は自らの意思で再びこの世に舞い戻ったのだ。
「今ならわかる。これがグレープ・ザ・巨峰、オヤジが見ていた領域の力。だが、違う。俺の欲しいスモーはこれじゃねえ。もっと強い、何ものにも縛られない唯一無二の力だ。天辺龍、お前を倒して俺はそれを手に入れる。それが俺のスモー道。ただ一人で歩み続ける修羅の道、たとえ頂に達してもさらにその先を目指すだけの覇王の道だ」
この道の果てに、全てを失うことになったとしても後悔はない。
きっとスモーが教えてくれる。
この俺に流れる赤き血潮がさらなるスモーの高みへと導いてくれるのだ。
「来い。こわっぱ」
天辺龍は力強く笑った。黄泉返った春九砲丸もまた笑った。そして、二つの超新星は激しくぶつかり合った。GOD AND DEATH。スモーの行く先はいつだってスモーにしかわからない。
噴煙の中、最後に立っていたのは天辺龍だった。
地面に転がっていたのは春九砲丸だった。ここに一つの勝敗が決した。悔いは無い。全力でぶつかり合ったのだから、悔いが残ろうはずもない。
「おい。天辺龍、もう行っちまうのか?」
春九砲丸はふてくされていた。
首を捻り、体に残ったダメージを確かめている。
まだ早かった。スモーの伝説と戦うには実力不足だったらしい。
「遥かなるスモーの高みにて、ワイはあんさんをいつでも待っている。いずれその時がくれば再び戦うこともあるじゃろう。後は任せたぞ、二代目 天辺龍」
天辺龍は春九砲丸の肩をぴしゃりと叩いた。
「なあ、アンタ。最後に教えてくれよ。俺は後何回負ければいいんだ?」
天辺龍は嬉しそうに笑った。
春九砲丸は決して忘れぬように天辺龍の姿を魂に刻み込む。今の天辺龍の姿こそが、己とは違う王者の道を進む者の姿だ。
「そうさなあ。もうスモーなんぞゴメンだってくらい負ければ良かろう。楽しかったぞ、春九砲丸。いつぞやの夢の狭間でお前とスモーをとれたことをワイは誇りに思う」
「馬鹿野郎。そんな日が来るわけねえだろうが」
そして、二人の男は笑った。
天辺龍は塵も残さず、消えて去った。
何とも無責任な男だと思う。
道を示し、命を救ってこちらが受けた恩を返す機会も与えずに消えてしまったのだ。
春九砲丸はグレープ・ザ・巨峰と柄法度に少しだけ同情した。
そして、今度は自分が戻るべき場所に向かって歩き出した。二人のいなくなった場所にはかつてキャメロット部屋のスモーナイトたちが使っていた鉄砲柱だけが残されていた。再び、舞台は現代に戻る。
ぶつかり合うこと数度。
嵐洲浪兎と柄法度の戦いの決着はついていなかった。
両者ともに力を使い果たし、身を削るばかりの戦いとなっていた。
そんな激闘の最中に嵐洲浪兎は重々しく口を開いた。弟子に最後の別れを告げる為である。嵐洲浪兎の力がほんの少しだけ柄法度に勝っていたのだ。
「柄法度。己は何を望み、何の為に戦う。答えよ」
今の柄法度に口を開く気力は無い。
だが、嵐洲浪兎の問い掛けに応える義務はあった。すでに柄法度の身を守る銀の鎧はガイアフォースと共に消え失せていた。
軸足で体勢を立て直し、潰れかけた両目で嵐洲浪兎の姿を見る。
柄法度が幾度となく夢見た理想のスモーナイトの姿がそこにあった。
「過去と未来、そして現在の為に。俺が受け継いだキャメロット部屋魂を消さない為にも俺は死の最後の瞬間までスモーを続ける。HACK EIGHT YACHT IT 。NOT IT CALL TOUCH(【はっけよい。のこった】江戸時代に現れた戦国武将松尾芭蕉山の辞世の句。桜の咲く頃にこの世を去ることが出来たら、もう言うことはない。という意味)の精神だ」
よくぞ言った。
柄法度、見事なり。
キャメロット部屋、見事なり。
嵐洲浪兎は宿命の為に終わらせる為に死に体の柄法度に向かって突進した。
そして。大地を揺るがす暴力の化身はそれと同等の力で押し止められた。
「おいおい。HACK EIGHT YACHT IT 。NOT IT CALL TOUCHにはまだ早いぜ。オヤジ」
百獣の王と見紛う逆立った黄金の髪。
スモーレスラーの後ろ髪は髷にして結われている。
男は上半身には袖の無い赤のジャケット、下半身には緑のまわしを見につけている。
ジャケットの胸の部分には鉄製のトゲが左右合わせて六本ついていた。
男の顔には溶接工の人が作業をする時に使っているマスクみたいなものを被っていた。
出で立ちは柄法度の愛弟子 春九砲丸のものに違い無かったが纏う闘気は別人の者だった。
「お前はハルなのか?」
グレープ・ザ・巨峰の張り手が、仮面の男の顔面に向かって放たれた。
しかし、男は何も言わずにその手を掴んだ。渾身の力を込めているというのにビクともしない。
「どうした、大将。具合でも悪いのかい。何ならここで寝かしつけてやってもいいんだぜ?」
グレープ・ザ・巨峰と春九砲丸の腕力は五分と五分の状態にあった。
有り得ぬ。
我が剛力は天性と修練が作り出した比類なき得物。
春九砲丸の器量では決して到達できない領域まで鍛えられている。しかし、現実として春九砲丸の手はグレープ・ザ・巨峰の腕を掴んだままになっていた。
「口を閉じろ。無礼者」
グレープ・ザ・巨峰は首を後方に下げた直後、春九砲丸に向かって頭突きを繰り出した。
一撃では終わらない。春九砲丸の頭が砕けるまで何度も、何度も己の額を撃ち込んだ。
しかし、春九砲丸の頭は砕けることはなく逆に反をけしかけてきた。
対してグレープ・ザ・巨峰は決して目を背けずに春九砲丸の頭突きを真正面から受け止める。
目には目を。歯には歯を。埴輪にはニイハオ。
そして、両者一歩も譲らぬまま頭突きには頭突きで応える。それは互いに死力の精髄なるものを見せ合った男同士の暗黙の了解とでも言うべきものであった。
「いい加減に死ね。アンタは時代遅れの骨とう品なんだよ!」
世界が赤く染まる。それは二人が流した血と炎と化した魂の色彩だった。
今や天辺龍の情熱が、嵐洲浪兎の執念が両者の何一つ決して譲らぬという灼熱の想いが激突する。
頭突き。体当たり。蹴り足による刈り合い。尖ったものがぶつかり合い、削り削られあるべき形に還って行くのだ。
「誤算だった。まさかお前にガイアフォースが宿るとはヘルメス山の目算も当てにはならぬものよ。だが、スモーで競う以上は勝ち残るはただ一人。キャメロット部屋の嵐洲浪兎。今は真なるスモーの怒り、グレープ・ザ・巨峰だッ!!」
嵐洲浪兎は後ろに下がり、春九砲丸から距離を置いた。
必殺の一撃を準備する為の間合いを確保する必要があったからだ。この男には後退するという考えは無く、敗走という概念自体が欠けていた。
生か死か。スモーか非スモーか。それしかない男なのだ。
かつてスモーゴッドとの戦いによって失った顔の半分からガイアフォースの光があふれ出ている。
嵐洲浪兎の残った右目で見据える先には二代目天辺龍、春九砲丸が立っていた。
認めよう。お前こそ我が宿敵だ。
「天辺龍の、キャメロット部屋の夢は終わらない。俺が終わらせない。全てはスモーで語るのみ。行くぜ、グレープ・ザ・巨峰。ガイアフォース・オメガ。セットアップ!」
ガイアフォース・オメガ。ヘルメス山がついに手に入れることが出来なかった最強のガイアフォースである。グレープ・ザ・巨峰の使うアルファの性能は力の吸収、収束であり、柄法度の使うシグマは力の隔絶と独立であった。
対してオメガは全ての力を停止させる性能を持っていた。
他のガイアフォースの使い手にとってもっとも恐れるべき力、それがガイアフォース・オメガであったのだ。
しかし、相手はその生涯を戦いにのみ費やしてきた男である。嵐洲浪兎に小手先の技など通用するわけがない。
ゆえに春九砲丸は故意に自身のガイアフォースをさらすことで嵐洲浪兎の力を封じ込めたのである。
「その下策、乗ってやろうではないか。春九砲丸、いや二代目天辺龍よ。小細工はいらん。正面から来い。見事受け止めて投げ飛ばしてくれるわ」
グレープ・ザ・巨峰の額の古傷が疼いた。
実に何百年ぶりのことか。ガイアフォース・アルファの力を手に入れた時からグレープ・ザ・巨峰にとって敵は全て格下に成り下がった。
古傷からじわりと血が滲む。否、それは血液ではない。
単なるスモーへの執念だった。こうなってはぶつかり合いしかあるまい。再び、身を沈める。
春九砲丸も同時に腰を下ろした。
スモーレスラーにとって敗北は運命の必然である。
しかし、負けるつもりで立ち会うつもりなど一度もない。
例え相手が誰であろうと粉骨砕身の覚悟でぶつかり合い、己の魂をも焼き尽くすのみだ。先代、天辺龍の伝言などもののついででしかないのだ。今は眼前の強敵とただ実力を比べ合うだけ。
「行くぜ、グレープ・ザ・巨峰。GOD AND……ッッ!!!!」
明日など必要ない。スモーとは今この限りだけのもの。
「来い!二代目、天辺龍ッッ!!!DEATHッッ!!!」
過去に立ち返る必要はない。築き上げたもの、失ったもの。それら全てはこの肉体に刻み込まれているのだから。
かくして天辺龍とグレープ・ザ・巨峰が全ての力を解放して真正面からぶつかり合った。
まず最初に額が触れ合った。両者のスモーへの思いがダイレクトに脳内に伝わる。それは同じようなものでありながら決して相容れぬもの。続いて速度と重量が衝突する。それは正しくスモーレスラーの形をしたビッグバン。ここから失われ、新しい何かが生まれる。
このぶつかり合いで勝負の大半は決まっていた。しかし、二人のスモーレスラーは止まらない。一方の心臓の鼓動が止まるまで張り手の応酬が続いた。
もう止めろ。このまま続ければ死んでしまうぞ?
止めない。止められるわけがない。この身に宿るものは己のものだけではない。ここで退くことは今まで積み重ねてきたものを全て否定することになる。
大きな掌が火花を散らして重なり合った。光に照らし出される天辺龍とグレープ・ザ・巨峰の顔。そして、最後に天辺龍がグレープ・ザ・巨峰のまわしを取る。
「俺の勝ちだ」
力いっぱいに下手を取る。体内に残る力は微々たるものだったが、投げることは可能だ。渾身の力でグレープ・ザ・巨峰を引き倒そうとする。
「やれ」
ほどなく天辺龍の渾身の下手投げが炸裂する。グレープ・ザ・巨峰の巨体が地面に転がされた。不敗の背中に土がつく。全てから解放された男は自嘲気味に笑った。これが初めての敗北ではない。かつて先代天辺龍にも同じ決まり手で倒されたのだ。
「存外に悪くない結末だった」
そして、グレープ・ザ・巨峰は静かに目を閉じる。この時、真の意味で二代目の天辺龍が誕生したのだ
「行くのか。ハル」
すっかり老けちまったオヤジの顔。もう二度と会うことはないだろう。俺は振り返ることもなく「ああ」と別れの言葉を告げた。出会うこともあれば別れることもある。それが世界の掟。
「主君」
壮絶な戦いの果てにグレープ・ザ・巨峰は記憶を失った。そうやって自分の在り方を守ろうとしたのだ。ケンドーマスクの下ではどんな表情をしているのやら知れたものではない。春九砲丸もまた溶接工がかぶっているようなマスクを身につけていた。
そして春九砲丸は、二代目天辺龍の名を受け継いだ男は前に向かって歩き出した。ここから始まる。己こそがこの世において唯一無二の存在であることを確かめる為の果て無き戦いが、血染めの覇道の第一歩が始まるのだ。
「巨峰。聖杯の欠片を、全て集めるぞ。そして我らが暴龍部屋こそがスモー界最強であることを世に示すのだ」
かの大決戦で手に入れた新たなる力、ガイアフォースオメガの力で天を穿ち、地を薙ぎ払う。我こそはスモーの化身、スモー龍。
マゲを結ったマワシ姿の赤い竜の姿をした闘気が天辺龍の背後に立ち昇る。グレープ・ザ・巨峰はそれを頼もしく思い、柄法度はTPO的に微妙だなと考えていた。
「それでこそ我が主君、天辺龍」
天辺龍は己の傍らに立つ山の如き巨躯を今だけは頼もしく思った。グレープ・ザ・巨峰、この男が嵐洲浪兎の記憶を取り戻し、天辺龍と再び戦うこともあるだろう。結局、あの戦いの果てに何かが変わったわけではない。
嵐洲浪兎という男の脳裏に焼きついた記憶の道を他載っているだけにすぎないのだから。
「まずはオリュンポス部屋から抜け出したはぐれスモーゴッドたちを倒し、オリュンポス部屋の持つ聖杯の欠片を全て手に入れるのだ」
嵐洲浪兎との戦いの最中、聞き出した情報は二つだった。一つは、天辺龍とゼウス山との戦いの後にポセイドン山がオリュンポス部屋から出奔して、後を追いかけたゼウス山と戦うことになり結果相討ちになってしまったこと。その後、ゼウス山たちの死に責任を感じたハデス山は冥界にこもってしまったらしい。
二つ目はハデス山の不在をついて太古の昔からオリュンポス部屋に閉じ込められていた下級スモーゴッドたちは脱走し、世界各地に現れては極悪スモーの限りを尽くしているということ。
嵐洲浪兎はヘルメス山と袂を分かった後に、はぐれスモーゴッドたちを退治していたらしい。
嵐洲浪兎ははぐれスモーゴッドたちの肉体をスキヤキとして吸収しているうちに凶暴化してしまったのだ。
「御意。全ては偉大なる王の中の王、天辺龍の御名のもとに」
うやうやしくグレープ・ザ・巨峰は主人に頭を下げた。
今の彼の心は幸福の真っ只中にあるのだろう。主君のもとで思う存分 GOD AND DEATH することがスモーナイトとして生き続ける彼の本質なのだ。
導くのではなく。また救うだけはなく。共にスモーの道を歩むのだ。
例えその先に待つものが己の破滅だったとしても、やはり春九砲丸は先代の意思を受け継いだ歩み続けなければならない。
この先、数多のはぐれスモーゴッドたちを倒した後には強敵 倫敦橋との戦いは避けられないものとなるだろう。
倫敦橋の歩む道は、万民から愛される王道。自分の生きる道は全ての敵を倒し、やがて己さえも滅ぼす覇道なのだから。いや、スモーの道とはそういうものなのだ。道も、絆も、互いの流した血によってのみ証明される。
「行くぞ、巨峰。我ら暴龍部屋こそ最大にして最強のスモーナイト軍団。そして暴龍部屋の頂点に立つ私こそが地上最強なのだ」
なんかキャラ変わってない?
柄法度はかなり不安になっていた。
渾身のガイアフォースオメガが、天辺龍の身を包む。その姿はまるで燃え盛る太陽そのものだった。男は旅立つ。今度こそ己を見失わない為に、果て無き強者の道を歩むのだ。
「応!」
グレープ・ザ・巨峰のケンドーマスクの奥にも炎が燃えていた。それは闘争の日々の中で変わり果てた嵐洲浪兎の中で唯一変わることのなかった幻の道。己の信じたスモー騎士道精神こそが唯一絶対であることを証明する道だった。
「DO SUIT CALL IT !!!」
今、二人の男は旅立つ。血染めの覇道を、その先に待つ栄光無き頂上を目指して戦い続けるのだ。
血染めの覇道 第一部 完
。
結局図体のでかい太っちょがくんずほぐれつしながら抱き合っているだけということに気がつく。