外伝 拳怒超雷!ネヴァーギブアップ精神!の巻
今回は昨年に行われた人気投票で第一位となったスモーレスラー、カナダ山を主人公にした外伝を発表したいと思います。
北米大陸はロッキー山脈にその名をとどろかす壮士あり。
その名をカナダ山と言わん。
これは連日の努力が身を結びやがて結果を作り出す、とかそういった話ではない。ゼロにゼロを足してもかけてもゼロにしかなり得ない、そういう話である。
カナダ山はまた負けた。
カニカニ山という無名の力士にじゃんけんで負けてしまった。
しかも相手はチョキしか出せないというのに。
負けてはいけない大一番であったはずなのに負けてしまった。
彼はやけになってメイプルシロップをがぶ飲みしていた。
なぜ負けた。
悔し涙を流しながらカナダ山はジョッキに入ったシロップを滝のように喉奥に流し込んだ。
友人のスペシャル山も予選のじゃんけんで負けた。
しかも相手は旧知のテキサス山だけならいざ知らず、ホネホネ山とイワイワ山という聞いたこともないような四股名の力士に負けたのだ。
そもそも力士の戦いで「あっち向いてホイ」を採用するのはいかがなものか。
再度空になったジョッキにメイプルシロップを注ぐカナダ山の顔は涙と悔しさでぐしゃぐしゃになっていた。
これが純粋なスモーならば絶対に負けなかったのに。
だが、本戦では運も勝負のうちと言わんばかりの試合が続いた。
優勝したのは誰からも期待されていなかった日本の力士、キン星山だった。
あんな奴が何だというのだ。
体格は並、技術は素人、センスは凡庸という具合のダメダメ力士ではないか。
だが、ここで思考の壁に突き当たる。
自分(カナダ山)ならば倫敦橋を打倒することができたのか。
開会式に現れた倫敦橋の姿を見て、カナダ山は戦慄したのを覚えている。
前の大会で戦った時は「一年くらい猛稽古を続ければ倒せる」という風に倫敦橋の背中が見えた。
しかし、数年の時を経て再会した倫敦橋は見違えていた。変化など生温い、進化といっても過言ではない成長を遂げていたのだ。
カナダ山は己の記憶に残る次元の違う強さを身につけた倫敦橋の姿を消す為に頭を激しく振った。
鏡に映るメイプルリーフを象った隈取が歪んで見えた。
あんな化け物に勝てるわけがない。
あの大会、第二回スモーオリンピックで倫敦橋は強豪たちを相手に無傷で全勝し、果てにはカナダ山の盟友スペシャル山の友人テキサス山を倒したのだ。
テキサス山は体格こそカナダ山に劣るが技術やスモーセンス、パワーの分野では格上に位置するスモーレスラーである。
「結局は地道な練習がものを言う、ということか」
カナダ山は空になったジョッキをテーブルの上に置いた。
憂さ晴らしにメープルシロップを飲んでもメープルシロップを作っている人たちに失礼なだけだ。
どうせ飲むなら次のスモーオリンピックで優勝してからの方がいい。
カナダ山はこの時から一日に三回ほど飲んでいるメープルシロップを断つことに決めた。
「さあ、目標は決まった。まずはロッキー山脈をガチョウ歩きで越えなくちゃあな」
かくしてカナダ山はそれが結果として自分の力士生命を縮めるだけの結果となることも知らずに無駄なトレーニングをするのであった。
両手を後ろで組んだ状態でしゃがみながら歩くことにどんな効用があるのかは知らないが、普通に考えれば腰と足に多大な負担をかけるだけの行為であることはわかるはずである。
しかし、三十年前くらいの日本ではこれが身体機能を向上させる練習方法だと信じられていたのである。
「トレーニングなら僕もつき合うぜ。カナダ山」
カナダ山が自宅(豪勢な丸太小屋)から少しはなれた林の入り口まで到達した時に、次の犠牲者ではなく友人のスペシャル山が現れた。
彼と出会う度に毎回思っていることなのだが、何故こいつは普段からアメフトのプロテクターを着用しているのだろうか。ちなみにズボンの上からまわしをつけているのはご愛敬だ。
だがお世辞にも社交的とはいえないカナダ山には、この見るからにお人好しな顔をした男以外に友人はいない。
そろそろ修行にも飽きてきたので渡りに船というところだろう。
スペシャル山はカナダ山の隣にしゃがみ込み、彼に追従してガチョウ歩きを始める。
こうして新しい犠牲者が誕生するわけだが運命によって決められた不可避な出来事なので誰も口を出すことは出来なかった。
二人はこの後ツッコミ役がいない為にロッキー山脈の奥地でボロボロになって発見されることになる。
せめて薬と食料くらいは用意するべきだった、とカナダ山はベッドの上で後悔する羽目となった。
スペシャル山にいたっては意識不明の重体になった挙句、トレーニング期間中の記憶を全て失ったという塩梅だった。
要するに二人の努力は最初から無駄だったのだ。
しかし、それでも何かしらの成果はあるだろうと勘違いしたカナダ山は再びスモーオリンピックに参戦した。
そして、またカナダ山は負けた。
今度もカニカニ山に負けてしまった。
相手はチョキしか出せないので今度は心を鬼にして、グーを出してやる。と、気合十分で試合に臨んだはずなのに負けてしまった。
何が起こったのかといえば、当初の予想を覆しカニカニ山がパーを出したことだった。
「こいつ弱いカニ。図体がでかいだけのアホカニ」
ニヤニヤと勝ち誇った笑いを浮かべながらカニカニ山は言った。
ここで勝因について説明したい。前回の大会ではカニカニ山の手は高名な宇宙忍者であるバ○タン星人のようにハサミの形をしていた。これが原因でカニカニ山は前回の大会でキン星山に惜敗するわけである。
だが今回は違った。
カニカニ山は改造手術によって人間のように指が五本生えている手に付け替えていたのだ。
今回に限ってそんな手術が可能なのか、はたまた手がハサミのヤツが何でスモーをしているのかといった疑念は宇宙の彼方にでも放っておいていただきたい。
カニカニ山の恐るべき執念の勝利だった。もうカニカニ山とは呼べないかもしれない。
「アホカニー!アホカニー!」
そろそろ止めておけ。周囲はそう思っていた。
なぜならば彼の目の前には憤怒の形相のカナダ山が立っていたからだ。
カニカニ山の身長は175くらいであり、カナダ山の身長は2メートル近くある。
スモーならわからないが(手を改造したカニカニ山が十全の力を発揮できる可能性は低いと思われる)ガチンコの殴り合いとなればカニカニ山の勝率は確実に低い。
「次は我々と勝負してもらおうか、カニカニ山。この戦いはバトルロイヤル制で、先に三勝したものが次に進めるはずだ」
怒り爆発寸前のカナダ山の前に、二人の男が現れた。
一人はソ連勢としてただ一人ヨーロッパ予選大会に参戦し、ストレートで勝ち上がってきた新弟子である足元。その不気味な輝きを放つ黒いボディにはソ連の超科学の粋が搭載されていると評判のロボ力士だった。
そして、その後ろに控えるのはソ連のスモー協会に雇われた凄腕のトレーナーである鬼梭魚である。
カナダ山は強烈な眼光に委縮する。
バラクーダのボサボサに伸ばした茶髪の下には偏執的な憎悪の念を放っていたのだ。いや狂気さえ秘めていた。
「マスター。指示を」
足元は感情の無い声(声優 堀秀行/田中亮一)を発した。
おそらくは彼らには勝利以外は必要ないのだろう。
「カニカニ山を殺せ。足元。今日の晩飯はカニカニ山のツメ肉で作ったクリームコロッケだ」
「ダー」
ピシィッ!
鬼梭魚は手に持っていた鞭で地面を打った。
その音に反応して足元はカニカニ山に向き合い、ゆっくりと立ち合いの構えを見せる。
「ちょっと待つカニ!これはじゃんけんの大会(すでに主旨が変わっている)だカニ!スモーならよそでやれカニ!」
土煙が立つと共に足元の姿が消える。
カニカニ山が言葉を発した瞬間に足元は地面を蹴ったのだ。
その姿に倫敦橋の姿が重なったのは一瞬の幻だったのか。
獲物を射程圏内に捕らえた両腕を伸ばし見事にこれを捕獲。
かくして足元とカニカニ山は組み合うことになった。
「カニカニ山よ。生憎だが今大会のルールブックには『勝ち抜きじゃんけんの際にスモーを使ってはいけない』とは記述されていない。仮にこの足元がトカレフで君を銃撃したとしよう。それは重大なルール違反だ。我々もルールに従い即座に退場しよう。しかし、これはスモーの大会であり足元はスモーで君に勝負を挑んでいるのだ。我々はどこも間違ってはいない。なあ、私の言っていることに何かおかしな部分はあるかい?」
足元の赤い瞳が不気味に輝く。
次の瞬間、カニカニ山が体が内側に向かってひしゃげた。
この上手のかけ方は見間違うはずもない倫敦橋のものだ。
カニカニ山ごときがどうにか出来る代物ではない。カナダ山は思いがけすにカニカニ山を助けようとした。
しかし、先んじて一歩前に踏み出した鬼梭魚がそれを制する。
目で見ることは出来ないが漠然と他を圧倒する比類なき重圧にカナダ山は立ち止まってしまった。
「さっさとそのスモーレスラーもどきを殺せ、足元。スモーに情けは不要だ。この前殺したシベリアンタイガー(正式名称アムールトラ。レッドマークの絶滅危惧種)のように縊り殺してやるのだ」
(尚、スモーオリンピックにおいては意図的に相手を傷つける行為はおろか殺人は禁止されております。大会委員会より)
「やめるカニー!苦しいカニー!どうせなら茹でてから食って欲しいカニー!」
足元は無言でカニカニ山のところにまで歩いて行った。
カニカニ山は泣き叫んで周囲の力士に助けを求める。
だが、カニカニ山の普段からの態度の悪さと足元と鬼梭魚の師弟が放つ禍々しいオーラに気圧されてどうすることも出来ないでいた。
このままではカニカニ山の命運は風前の灯ならぬカニ鍋の前の松葉ガニであることは明白だった。
カナダ山もガクブルしながら目を背ける。
彼はカニカニ山のことが嫌いだったし、先ほど馬鹿にされた手前助ける義理はないと考えていたからだ。
家に帰ろう。メイプルシロップが俺を待っている。
カナダ山は泣き叫び命乞いをするカニカニ山の声を聞かないようにして会場の出口を目指す。
チャリン。
金属が地面を打つ音がした。
それはカナダ山の上着のポケットから古いライフルの弾丸が落ちたった。
カナダ山は悔しそうな顔をする。
どうして、こんな時に。
それは前の大会の後にテキサス山からもらったお守りだった。
そのお守りは前回の大会でテキサス山が準決勝に進出したキン星山がホネホネ山に襲撃されて身を挺して銃撃をかばった後にテキサス山の体内から摘出されたものだった。
テキサス山はその後の倫敦橋との戦いも、三位決定戦のラーメン山との戦いからも逃げなかった。
どちらの戦いに負けた後、彼は笑いながら「俺はスモーレスラーだからな。逃げるわけにはいかないんだ」と言っていた。
同じ北米エリアのスモーレスラーとしてカナダ山はお守りを受け取った。
なぜ、こんな時に。
カナダ山は涙を流しながらカニカニ山のところにまで戻った。
「弱いものいじめは楽しいか。ロシア野郎」
ようやく体の奥から絞り出したカナダ山の声は恐怖で震えていた。
間近に立って理解する。
この足元という力士はケタが違う。存在する次元そのものが違う。
だが、あの時のテキサス山の姿が頭の中に浮かんだ。左足に銃撃を受け、それでも彼はいつもと変わらぬ様子で倫敦橋の前に立っていたではないか。
カナダ山。
お前は一体、何者だ。
栄えある祖国の名誉を背負ったスモーレスラーではないか。
そして、震えは止まった。
「おい、ルーキー。場外乱闘の武勇伝でも作っていけや!」
震えた声で冴えない啖呵を切って、無様に駆けだす。
普段の稽古がまるで生きていない。
だが、これでいい。俺は所詮二流の力士だ。
そして両者は組み合う。
後方に力を流し、瞬時に位置を交換することで事実上カナダ山の奇襲は失敗に終わった。
闘志をむき出しにして突っ込んで来るカナダ山に対して足元は極めて冷静に対処する。
この程度のスモーは想定内だと言わんばかりに。
「所詮は勢いだけの二流のスモーだ。足元よ、丁度いい。お前の得意技、蟻地獄投げで止めを刺せ!」
鬼梭魚は再び、鞭を振るった。
その瞬間、足元はシベリアの大雪原の中で行われた過酷なトレーニングを思い出す。
野獣を倒すには野獣になるしかない、と教えられた日々が鮮明に蘇る。
足元は己の中に眠る感情を解放した。その名は歓喜、弑逆に酔いしれる狂戦士の本性である。
足元のマスクの下の部分が割れて、何も映さないはずの氷の目元が綻んだ。これがソ連の最終兵器たる足元が一切の感情を排した完全な戦闘機械となった形態、「アイザック・アシモ・フォーム」である。
「コー!ホー!」
足元の奇妙なかけ声がきっかけだった。足元は両手の力だけでカナダ山の掴みを振り払った。
さらにそこからまわしを掴み直し、ショックから立ち直ることが出来ないカナダ山の身体を持ち上げた。
足元の身長は180前後であり、カナダ山の身長は前述の通り2メートル弱はある。体重に関しては倍以上はあるだろう。そのカナダ山が足元によって下手から持ち上げられているのだ。
「何て力だ。だが俺だってロッキー山脈の大巨人(自己申告)と呼ばれたスモーレスラーだ。このままムザムザやられるわけにはいかないんだ!」
カナダ山は足元の化け物じみた腕力から逃れようとするがアイザックモードになった足元の前では全くの無力だった。
こんな馬鹿力がいつまでも続くわけがない。今は耐える時だ。
カナダ山は足元のスタミナが切れるのをひたすら待った。
しかし、時間の経過とともに足元の力は増し、カナダ山は抵抗する力を失い続けた。果てには気力さえも奪われ全身の骨が軋み、悲鳴を上げるに至った。
大見得を切ったわりにはだらしないぞ、カナダ山っ!しっかりしろ!!
「ぎあああああ。俺が悪かった。もう調子こかないから許してくれえええ」
あまりの情けない命乞いを聞かされて鬼梭魚はブチ切れた。
実のところ鬼梭魚の中ではカニカニ山をかばって敗北覚悟で足元に向かってきたカナダ山に対する評価が変わっていたのである。
時としてその人物に対する信頼の度合いが高いばかりに失敗した時の失望の度合もまた強くなるのだ。
鬼梭魚は鞭で地面を強く叩いた。
「足元!この口先だけの独活の大木に止めを刺してやれ!」
「待ちな」
その時、空から翼を生やした腰にまわしを巻いた男が颯爽と現れる。
スモーレスラーとしてはやや細めの肉体、スターズアンドストライプスの柄のまわし。
そして顔には☆マークだけが描かれている。
大空を飛ぶ白鳥のように白いボディカラー。
彼こそはテキサス山と同じくアメリカ代表としてスモーオリンピックに参戦した五芒星だった。
五芒星はガンダムウィングゼロカスタムのように純白の羽毛を周囲に舞わせながら、降臨する。
その姿は天使そのものだった。
いや少し違うかもしれない。
「その男、カナダ山はトレーニング中のアクシデント(ほぼ自業自得)で腰を痛めている。ロシアンスモーレスラーは手負いの熊を仕留めて、それを自慢にするつもりなのかい?」
カナダ山は怪我のことを改めて指摘されると恥ずかしさのあまり顔を真っ赤になってしまった。
穴があったら入りたい、とはこういった心境なのだろう。
さらにセオドア・ルーズベルト大統領のテディベアにまつわるエピソードまで持ち出されてしまったので穴どころか地球の反対側に逃げ出したいくらいは透かしかった。
これは空気の読めない人間はフォローなどするべきではない、という作者からのありがたいメッセージだ。
「無礼な。その言葉、我が祖国への敵対意識の表明と見なすぞ。ヤンキー?」
足元は戦意を喪失したカナダ山を放り投げ、五芒星に向き直った。
どこが目かよくわらないが五芒星もまた足元と真っ向から向き合う。
足元もまたアイザックモードを解除して、普段の目しかついていないマスクに戻していた。
足元はこの五芒星なるスモーレスラーがカナダ山のような一山いくらのバーゲンセール商品ではない、という事実を察したのだ。
だがその時、両者の睨み合いを鞭の一振りが中断させる。
足元と五芒星の視線は自ずと鞭を手に持つ鬼梭魚の方へと向けられた。
「スリランカ山、カニカニ山、カナダ山らを倒し、今日の我々の目標は達成された。路傍の石に構うな、足元。行くぞ」
現状、五芒星のデータは足りていない。
この場で決着をつけても問題はないが今大会には古豪である大神山や強豪ラーメン山、ダークホースの鈴赤なども出場している。これ以上、この場で足元の力を見せるのは得策ではない。そう判断した結果でもあった。
「ダー」
感情のない声で足元は答えた。しかし、一度昂った闘争心を完全に抑えきったわけではない。足元の視線は獲物を仕留め損ねた毒蛇のように五芒星の姿を捕らえたままだった。
この後、本戦で足元と五芒星は激突する。その凄絶な激闘と血なまぐさい未来を暗示しているかのような光景でもあった。
氷の師弟は会場を去る。餓狼の爪を研ぎ、牙を鍛える為に
「もしも戦えば殺されていたかもしれない」
五芒星はいまだに乾かぬ額の汗を拭った。
義侠心に動かされてカナダ山を助けに入ったものの、相手は想像を遥かに超えた魔物だった。
だが、あの魔物の影を思い出す度に袂を分かった従兄弟の暗黒洞の姿を思い出すのは何故か。
五芒星は白い翼をはためかせ控室に戻る。
かくして物語は一時、終わりを迎える。夕日が夜の暗がりの中に消えてゆくのだ。
そこには小便を漏らし気絶したカニカニ山とお尻を突き出したまま動けなくなってしまったカナダ山の姿だけが残っていた。
外伝・終わり
次回はちゃんとした続きを書くのでご期待ください。