さらば愛しき友たちよ(後編)の巻
ついに今回でオリュンポス編が終わります。相撲だけにぶん投げた結末かもしれません。
「雷神戦槌ッ!」
ゼウス山の鉄砲が天辺龍に襲いかかる。天辺龍は真正面からこれを受け止めた。
そして天辺龍がカウンターで放った鉄砲がゼウス山をよろめかせた。
「まだわからんのか、ゼウス山よ。今のお前の力の源は仲間を思いやる心、すなわち愛の力じゃ。それを認めぬ限りあんさんはワイには勝てんのじゃ!」
「下等動物めが口を慎め!我はスモーゴッド、ゼウス山なるぞ!」
ゼウス山はすぐさま体勢を立て直し、鉄砲を放つ。雷神戦槌の連打、これを受けきることは不可能と判断した天辺龍は両腕を使って上半身をガードするような構えを取る。
天辺龍の雄々しき姿を見て我上院は叫ぶ!
「おおっ!あれこそは天辺龍の無敵の奥義、妖精城の構え!」
「さあ、来い!ゼウス山!」
ゼウス山はその身にまとう雷光を激しく輝かせて、天辺龍の誘いに応じた。天辺龍は両手をガードの姿勢のままゼウス山の元に向かった。最強の矛と無敵の盾がぶつかり合ったのだ。
「いけませんよ、ゼウス山さん。それは悪手です」
ゼウス山の捨て身の猛攻を前に、普段は仲が良くないヘルメス山でさえ身の危険を案じる始末だった。
ゼウス山の雷帝の裁きとは戦術や技巧の類ではない。自らの命そのものをゴッドパワーに換えて攻撃する捨て身の特攻なのである。つまるところゼウス山の全身を覆う黄金の輝きが失われる時、ゼウス山の命もまた失われてしまうのだ。
根本的な思想の違いからゼウス山と衝突を繰り返すヘルメス山だったが今回ばかりは勝手が違いすぎる。
そもそも雷神としての本性を顕したゼウス山の攻撃を完全に防ぐことなど「無敵の盾」を持つヘパイストス山にだって出来やしない行為なのだ。力押し一辺倒で何かと争いが絶えないゼウス山だがいざ彼が死ぬともなればスモーゴッドたちの動揺も図りしれぬものとなるだろう。
ヘルメス山は最悪の事態を回避する為にハデス山に忠告した。
「ハデス山さん。この戦いを無効としましょう。いくら何でも下等の雑魚のボス一匹とゼウス山さんの命では等価交換どころではありません。スモーゴッド界にとっては大痛恨ですよ。どうせ連中はこの先に起こるスモーアーマゲドンを生き残ることなど出来はしません。適当な理由をつけて逃がしてやれば感謝すればこそ恨まれる筋合いはないというものですよ」
ハデス山は頭上を覆うフードを取った。
そして卑屈な笑いを浮かべるヘルメス山を睨みつける。
知っている。ヘルメス山の申し出は間違っていない。
だが、この胸の内で我が身を焦がさんばかりに燃え盛る感情は何か。
ゼウス山よ、きっとお前も同じなのだろう。
神として生まれながらに強者であることを宿命づけられた者が持ち得ぬ感情の正体を知りたいのだろう。
ならば己はゴッドの頂点として何をすべきなのか。
「スモーゴッドの未来はゼウス山に託す。それが私の判断だ。許せ、ヘルメス山よ」
それがハデス山の出した結論だった。
「ア、アレス山さんからもこの石頭な親方に何か言ってあげてください。このままではスモーゴッドの沽券に関わる事態に発展しますよ?」
その直後に稲光と爆音が生じる。
ついに恐れていたその時が訪れたのだ。
雷光が爆ぜた後に立ち上る黒煙を見るアレス山の眼光は険しいものとなっていた。
「ゼウス山の雷神戦槌が破られたのか」
アレス山の呟きの後に煙の向こうから現れる二人の戦士の姿。
一方は負傷した左腕を抑えるゼウス山。
もう一方は肉のカーテン・・・じゃなくて妖精城の構えを維持したまま無傷で立っている天辺龍である。
己の限界を超えた威力を誇るゼウス山の雷神戦槌はついに使い手の肉体を破壊したのだ。
「よくも俺の、雷神戦槌を破壊してくれたな。天辺龍ッッ!!!」
目の前の男は下等でも雑魚でもない。鋼の肉体と、灼熱の意志をもつスモーレスラー。
それはゼウス山でさえ認めなければならない事実だった。
「無駄じゃ、ゼウス山。愛の無い技には、真の力は宿らぬ。そして、多くの仲間の愛に支えられた我が妖精城の構えは絶対無敵じゃ」
そう言って天辺龍は己の両脇を締め、拳を握りさらにガードの姿勢を強化する。
もはや彼の体内には何も残っていないというのに。
「ふざけるな。愛があれば強くなれるだと?」
オリュンポス部屋のスモーゴッドたちは出自からして尋常ならざる者たちであった。
彼らは皆クロノス山とガイア山というスモーゴッドの肉体の一部から作られた分身とも言うべき存在であったのだ。
ゼウス山たちの造物主であるクロノス山は数多のスモーゴッドを作っては殺し合いをさせて生き残ったものだけを手元に置いた。
勝者以外は存在を認められない。
スモーゴッドになれなかったゼウス山の兄弟たちは皆スキヤキにされることもなくクロノス山によって生きながら食われることになった。
愛よりも先に恐怖を知った。
弱肉強食こそ摂理であることを知った。
故に愛を根源とする強さなど認めるわけにはいかない。
バチチッ!
不要なものは容赦なく切り捨てる、と言わんばかりにゼウス山は負傷した左腕を自らの雷で破壊した。
「この世は依然として弱肉強食だ。愛など圧倒的な力の前では無力。わからぬというなら俺が貴様の目の前でそれを証明してやる」
そして、失った腕を雷で瞬時に再生させる。
その表情はかつないほどに険しいものになっていた。
忘れるな。
思い出せ。
胸に刻め。
クロノス山の苛烈な仕打ちに反逆し、果てにはゼウス山たちはロノス山とガイア山を殺してしまったのだ。その時、ハデス山が親殺しの汚名を一人で被ると言い出した。
狼藉、不孝。
己らの無力が比類なきスモーゴッド、ハデス山に二つの汚点を背負わせることになった。
その時からオリュンポス部屋のスモーゴッドたちは我武者羅に力を求めた。求めるしかなかった。
「もはや我らも言葉は要らぬ。己のスモーで語ろうではないか」
天辺龍は遠い、と感じた。
ぶつかり合う度にひしひしと感じるゼウス山の憎悪も天辺龍たちの正義も元を辿れば同じ感情から生まれたものだというのに。
オリュンポス部屋とキャメロット部屋の歩んできた道は共に厳しいものであるはずなのに。
我々はどうしてわかり合うことができないのか。
天辺龍は己の無力さに涙を流した。
だから。
せめて。
天辺龍は自分の命が尽きる前に両者の和解へと続く道を示そう、と思ったのだ。
「天辺龍よ、今度こそ貴様の最後だ。雷帝の裁き、最終章。断罪の刃ッッ!!!」
敵の腕関節を破壊し、背骨とアバラ骨を破壊し、さらに両脚の筋肉を断裂させる。
最後には上手投げで仕留めるというゼウス山の最大奥義、雷帝の裁きとは敵を一気に無力化させる技ではない。相手の力の源を完全に封殺してから命を奪う必殺技なのである。
通常ならば二度と立ち上がって来ることない。
だが目の前の男は立ち上がり、再び挑みかかってきた。
ならばどうする?
考えるまでもない。
もう一度雷帝の裁きを下すまでだ。
否、肉片一つ残らぬまで何度でも叩き潰すッ!
天辺龍は妖精城の構えを解いて、今度は攻めの構えでゼウス山の猛攻に応じた。
両脚を不動の拠点とし、両手を鶴翼のように開く。
その姿は大地に突き刺さりし真なる王に引き抜かれるその時を待つ名剣カレッドヴルフのごとし。
「しかとその目に焼きつけよ、柄法度。我縁主、我礼臼、胡坐辺院。あれが我らのスモー王だ」
「しかと心得ましたっ!スモーナイト我上院ッ!」
四人の若きスモーナイトたちは荒ぶる戦いの魔神と化したゼウス山を相手に一歩も退くことなく戦う天辺龍の姿を見た。
天辺龍の腕を破壊する為に掴みかかってきたゼウス山の剛腕を叩き落とす。
ゼウス山は文字通りの雷光石化の反応で振った手を掴んだ。
最初から無傷な方の手を囮にしていたのだ。しかし、再生させたばかりの左腕では十分な力を使うことはできない。
何を失うことに躊躇っている?
勝利の為に腕一本失うことくらいわけがない。
ゼウス山は再生させたばかりの左腕の継ぎ目からの出血を気にせずに天辺龍の腕を潰そうとする。
不意に天辺龍の頭に注目する。
まずい。
半歩下がっている。腕を壊すことに固執しすぎて敵に威力を得る為の隙を作ってしまったのだ。
ゴウンッ!
天辺龍の頭突きがゼウス山にぶち当たった。
結果、ゼウス山の角が折れるようなことは無かったが一本角のつけ根から血が滲んでいた。
角は脳にまで達する重要な器官である。
意識が少しばかりグラつく。
そして、その隙を逃す天辺龍ではない。
「イィィよいしょっとォォッッ!!!」
天辺龍の得意技小手投げが炸裂した。王者に相応しからぬ小技ゆえにスモーゴッドたちも沸き立つ。
「真の王とは底辺の底辺を支える者。そうだったな、天辺龍」
いつの間にか目を覚ましていた嵐洲浪兎は彼の勇姿をその瞳に映す。
かつて「ガリア・スモー界、最強」などと呼ばれ、満足していた嵐洲浪兎は天辺龍に敗れた。
勝因は自分からバランスを崩して嵐洲浪兎が自分から転んでしまったというだけ。
あまりの情けなさに自害しようとも思った。
だが顔を張り倒されて、止められた。
そして、ともにチャンコを囲もうと誘ってくれたのだ。
彼はあの頃から何も変わっていない。自分は彼とその仲間たちに囲まれ、多くのものを得て変わることが出来た。だから今度もきっと天辺龍は勝つ。負けるわけがない。
「堪えろ、ゼウス山ッ!テメエそれでもスモーゴッドの代表かッッ!!!!」
ビーナス山が吠えた。
彼は口ではゼウス山をさんざんこきおろしていたが誰よりもゼウス山を認めていた。
だからこそゼウス山が必ず勝つものだと信じていた。
頼む、ゼウス山よ。いつも通りに圧勝してくれ。
「ぬうっ!!」
ゼウス山は一本足で耐えた。
内なる気炎がビーナス山の声援で一気に爆ぜたのだ。
次いで他のスモーゴッドたちも負けじとゼウス山に声援を送る。そして、その度にゼウス山はさらなる力を獲得する。
「馬鹿な。ゼウス山の雷帝の裁きが序章から第六章まで全て防がれたというのか!!?」
ゼウス山の蹴りを天辺龍は一度脛で受け止めてから取り上げようとする。
しかし、ゼウス山はあえて距離を取らず逆にまわしを取りに行った。
相手の反応の速さに舌打ちした天辺龍は接近戦を諦めて距離を置いた。
数回に渡る攻防の後、アレス山は驚愕のあまり黙り込んでしまった。天辺龍は再び妖精城の構えを使い、盤石の備えでゼウス山の猛攻に備える。
バチチッ。
ゼウス山を覆っていた雷光が力無く弾け飛ぶ。
この戦いの傍観者たちは比類ない力を持つゼウス山にも限界が存在することを思い知らされる。しかし、ゼウス山の気迫は以前よりも増していた。
黄金の肉体も今やその輝きを失い、体か生えた角は度重なる激突で歪んでいる。
だというのにゼウス山はかつてないほどの闘気を発していた。
「俺は愛に救いを求めない。天辺龍、貴様も俺たちを使い捨ての道具のように扱ったクロノス山を殺したこの技で殺してやる」
断罪の刃とは、五輪砕き(プロレスでいうところのダブルアームのこと)というスモー最大の禁じ手を使って最終的には相手の頸椎を断裂させる必殺技である。
ゼウス山にとってこの技には愛と憎しみが籠められていた。
ゆえにこれほどの強敵を葬るにはこの技しかないとさえ思っていたのだ。
「止めるんだ。兄さん。そんなことをしても誰も救われない」
ポセイドン山は壮絶な兄の姿を見て涙を流した。
拭いきれない過去のあやまちが思い出される。
クロノス山はゼウス山にスモーで敗れ、こともあろうか彼に命乞いをしたのだ。絶対的な支配者のあまりにも情けない姿を見たゼウス山はそれまで己が築き上げてきたものを壊されてしまったような絶望感に襲われついにはクロノス山を殺してしまったのだ。
「ワイらの愛はまやかしではないのじゃ。お前の怒りも憎しみも全て受け止める。この妖精城の構えでッ!!」
天辺龍の眼光にはもはや光さえ残ってはいなかった。
しかし、魂が彼の肉体を支えていた。
朽ち果てゆくだけの肉体に熱を送り込み、骨と肉と血を支えていたのである。
「小癪な下等動物が!神の威光の前に屈しろ!!」
ゼウス山は天辺龍めがけて駆け出す。
まだ死力を尽くしたわけではない。なぜならば俺は死んでいないからだ。
そして天辺龍はゼウス山の突進を受け止める。それが己の宿命と言わんばかりに。
その腕を寄越せ。
俺に折らせろ。
ゼウス山はガードを解き、ついに腕を掴むことに成功する。
だが天辺龍は外側からゼウス山のまわしに手をかけている。敵に接近されると攻防が雑になってしまうことがゼウス山の数少ない弱点の一つであった。
その時ゼウス山は目先の攻防に気を取られて一瞬の判断が遅れてしまった。
一方の天辺龍にとって敵は多くの場合格上であり尊敬を抱くものであると考えてきた。
劣勢は当然。
資質に天地の差が生じることも至極当然。
常人ならば己の凡庸さに絶望し、人生を投げ出していてもおかしくないような状況でも彼は決してそうしなかった。
己の弱さを受け入れ、苦行のような鍛錬の果てに勝利してきたのである。
実際天辺龍の戦績は白星よりも黒星の方が多い。もしも彼が自分の戦績で誇るべきことがあるとすればそれはどんな結末からも逃げ出さなかったことなのかもしれない。
万に一つの勝機が。
一人の男の人生をかけた渾身の下手投げが。
二人の力士の全てを賭けた勝負に決着をもたらした。天辺龍はゼウス山を投げ飛ばしたのである。
「見下ろすな!!俺をそんな顔で見下ろすなッ!」
天辺龍は微笑んでいた。
地べたに背をつけたままゼウス山は泣いていた。
しかし、天辺龍はそのまま動くことは二度と無かった。
次回からは現代編に戻ります。だからどうなんだとか言わないでね