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血染めの覇道  作者: 舞って!ふじわらしのぶ騎士!
覇道 春九砲丸編 
24/162

不滅のスモー騎士道。嵐洲浪兎、最後の戦いの巻

カランカラン。

今まさに激突せんとするスモーゴッドの兄弟の視線は釘付けになる。

何とゼウス山とポセイドン山の間に空き缶が投じられたのだ。

スチール缶には「不死家ピーチっぽいネクター」という商標が印刷されている。缶の表面には握られて変形したアルミ缶ではなく、化石のように持ち主の指紋が刻印がされている。

 この恐るべき力にスモーゴッドたちは震えあがる。こんな事が出来るスモーゴッドはあいつしかいない、と。

 親方に対して反抗的な態度を取るビーナス山も一つ目を剥いたままになっていた。


 「おやおや、これはこれは。ブドー、じゃなくて……ハデス山さん」


 危うく間違えるところであったヘルメス山だった(何をだ)。

 しかし、いつも道化じみた態度を取る彼でさえ今は二重の意味で動揺を隠すことができない。稽古が終わった後はゴミの始末やパルテノン神殿(スモーゴッドたちの練習場のこと。自販機に入っているジュースの値段が少し高め)の掃除にうるさいハデス山が自分ルールを破っているのである。ビンタ一発くらいは覚悟せねばならぬのだろう。


 「ヘルメス山。ネクターはもう買って来なくていいからな。それにしても喉がつまって大変だったわい。お礼に私が直に稽古をつけてやるから楽しみにしていろよ」


 ゼウス山は無表情で地面に落ちている空き缶を取り上げる。

 そして、雷の力を使って一瞬で蒸発させてしまうのであった。


 「茶番は終わりだ、ハデス山。生き残ったスモーナイトたちを全員この場に連れて来い。この俺が一人残らず処刑してくれる」


 「ハッ!流石は親方おやっさんのお気に入り。優等生さまは言うことが違うねえ!」


 過熱された空気に冷水を浴びせかけるような高音。

 オリュンポス部屋きっての問題児ビーナス山の仕業である。彼はゼウス山を挑発するようにして思い切り口笛を吹いたのだ。

 ゼウス山は純然たる殺意を視線に込める。

 へらへらと笑ってビーナス山は受け止めた。

 実はこの二人互いの実力を認め合ってはいるが、仲は悪い。


 「前から思っていたんだが、そういうのは一番強いゴッドのセリフだと思うんだがなあ?ゼウス山よう、まさかこのビーナス山をさしおいて最強のスモーゴッドを名乗るつもりじゃないだろうなあ」


 ゼウス山は踏み込むと同時に張り手を繰り出す。ビーナス山は十字受けでこれを凌ぐ。これが返事だと言わんばかりにビーナス山は鉄砲ガンスリンガーでゼウス山を押し返した。傍から見ればそれは手打ちにすぎない攻撃だったが、速度と重量を備えた一撃だった。わずかに後退することで踏みとどまることが出来たのもビーナス山なればこそだろう。ビーナス山は一つ目で後退の跡を見て激昂する。


 「誰が誰より強いというのだ。もう一度、言ってみろ」


 微笑。もとよりゼウス山は首を飛ばすつもりで打った。

 

 だが、ビーナス山はまだ生きている。飽くなき強者への渇望。ゼウス山とて悪い癖だという自覚はある。


 次は殺す。


 殺意の雷光がゼウス山を包む。しかしゼウス山は内心では喜んでいた。

 

 勝負を挑まれたのだ。

 後は引き金にかけた手をほんのわずか動かすだけだ、と。


 「調子ぶっこくんじゃねえぞ、青二才。親方に気に入られているからっていい気になりやがってよお。ゼウス山、腹の底ではお前の強さなんざ誰も認めちゃいないんだよ!」


 ビーナス山は頭から生えた角をさらに大きくした。いつもの減らず口は出てこない。人を見下したような憎たらしい笑顔もすっかり消え失せている。ゼウス山はたった一撃でビーナス山を本気にさせたのだ。


 この場の様子を見守っていたアレス山は舌打ちする。

 実はアレス山はポセイドン山ほどではないがオリュンポス部屋以外の力士たちの存在価値を認めていた。

 今回の戦いの後でハデス山に下界の力士たちへの粛清行為を慎むように進言するつもりだったのだ。だがその時、沈黙を守り続けて来たハデス山が声を上げた。


 「ヘパイストス山。お前が嵐洲浪兎なる下等力士を神の威信にかけて始末しろ。いいな?」


 しかし、慈悲深いポセイドン山がこのハデス山の決定を承服するわけもなくすぐに意義を申し立てる。どう見ても嵐洲浪兎は戦えるような状態ではない。さらにハデス山の言う「神の威信」にかけてという言葉がポセイドン山を怒らせた。オリュンポス部屋においてスモーゴッドの威信を賭けた戦いとは生死に関わるものであり、敗北すれば髷を落とさねばならない恐ろしいものなのだ。


 「お待ちください、ハデス山。もしもヘパイストス山が戦うというなら私が嵐洲浪兎と戦います!」


 己の師匠を神のように崇め奉るポセイドン山もこの時ばかりはハデス山を許すことは出来なかった。ハデス山はスモーゴッドと他の力士の実力差を知っているはずだ。この期に及んでスモーゴッドたちの中でも「無敵の盾」(ロープレとかで有名な例の盾はヘパイストスがアテナに贈ったという説が濃厚)と呼ばれるヘパイストス山が相手では嵐洲浪兎に勝ち目などあるはずがない。


 だが、嵐洲浪兎は己の意志でハデス山の提案に応じた。


 「いいだろう。スモーナイトの誇りにかけてその挑戦を受けて立つ」


 嵐洲浪兎はそう言ってから、ハデス山とヘパイストス山を睨みつけた。


 「お待ちなさい、嵐洲浪兎っ!」


 彼は死ぬつもりだ。そう早合点したポセイドン山は何とか彼を引き留めようと駆け寄ろうとした。しかし、嵐洲浪兎はこれを片手で制する。彼の表情は正しくスモーナイトに相応しい穏やかなものだった。


 「ポセイドン山、貴公の気持ちは嬉しいが我々にも意地というものがある。これは散っていった仲間たちの復讐をする為に行われる戦いではない。スモーとは心と心の架け橋であるという我らスモーナイトの信念が嘘偽りの無いものであるということを証明する為の戦いであるのだ」


 ポセイドン山は嵐洲浪兎の言葉に衝撃を受けて立ち止まってしまった。心と心の架け橋。それは弱肉強食のスモーゴッドの世界で生きて来たポセイドン山には思いもつかぬ考え方だった。そして、ポセイドン山は同じように嵐洲浪兎の言葉を聞いているハデス山を見た。

 ポセイドン山は迷いと後悔から歯噛みする。

 もしかすると彼らの言う「心のスモー」こそが世界を破滅から救う鍵なのではないか。それは決して言葉にすることは出来ない。だが、そう思わざるを得ない何かが嵐洲浪兎の言葉の中にあったのだ。


 「力士の言葉は波の花(力塩のこと。オリュンポス部屋ではエーゲ海産の塩を、キャメロット部屋ではエッセックス海岸産の塩を使っている)。一度、口の外に出てしまえばやり直すことは出来ぬ。それでも貴様は俺と戦うつもりか?」


 それまで沈黙していたヘパイストス山がついに口を開いた。ポセイドン山のように共感したわけではないが彼もまた嵐洲浪兎の言葉に触発されたスモーゴッドの一人だったのだ。

 ヘパイストス山は憤怒の形相で嵐洲浪兎を睨みつける。俺は見極めねばならない。スモーの未来の為に、この場でマゲを失うことになったとしても。ヘパイストス山の肉体は熱量を増して湯気を噴き上げる。


 ヘルメス山は波乱の予感を前にして口の端をさらに歪ませ、アレス山は事態の複雑化に眉間のしわをいっそう深いものにした。

 嵐洲浪兎は覚悟を決めて血まみれになった額を手で拭う。


 俺たちの友情は偽物ではない。


 ここで俺は死ぬかもしれないが、我が主君天辺龍よ。どうか悲しまないでくれ。


 そして嵐洲浪兎は覚悟を決めてヘパイストス山の前に立った。


 「騎士は徒手にして死なず。既に私はここを己の死地と見定めた。ヘパイストス山。貴公との戦いがこの無益な争いの最後の戦いとなることを願う」


 ほんのわずかだが、勝機はある。


 もしもヘパイストス山が自分よりも圧倒的な実力者であるならば今の嵐洲浪兎には勝ち目があるのだ。


 これだ。


 こういう男との戦いを待ち望んでいた。

 目の前の取るに足らないはずの相手が手負いの獅子に見えたのは己の願望が生み出した只の幻覚のなのだろうか。


 ここにきてヘパイストス山もスモーゴッドとしての本性を現す。実際、彼と戦ったスモーナイトたちは強いとまでは言えないがよく戦った。誰一人として背を向ける者などいなかったのだ。そして今の自分の目の前に立つ男はさらに強い力士だった。その男が己の命よりも尊いものと信じる理想の正体を見極めずして、今後の自分は成り立たないだろう。


 「見ろ、あの輝く黄金のスモーボディを。あれはヘパイストス山のゴッド奥義っ!無敵エイジスリフレクターだ!」


 取ってつけたような包帯を全身に巻いたアポロン山が叫んだ。よく見ると翼とか関係の無い場所にも包帯が巻かれているのだが、こういうことは昔の漫画ではよくあることなので許してあげて欲しい。


 「ヘパイストス山は最初の一撃で決めるつもりなのか?」


 手足にギプスをつけて観戦しているバッカス山も動揺を隠すことが出来ない。同じスモーゴッドでもあの姿になったヘパイストス山にダメージを与えることは容易ではないのだ。


 嵐洲浪兎がヘパイストス山めがけて突撃する。その勇敢な姿を見てヘパイストス山はニヤリと笑った。この男の実力ならば盟友バッカス山、アポロン山を相手に引き分けたとしても仕方ないというものだ。ヘパイストス山は丹田に気力を集中し、さらにスモーゴッドの力を解放した。


 「かつてこの俺に挑んだ数多の強敵たちは誰一人してこの無敵の肉体を傷つけることが出来なかった!嵐洲浪兎とやら、今となってはお前は彼奴等と違うことを願うばかりだ!食らえ、無敵エイジスリフレクター!」


 さらに輝きを増す黄金の肉体を前にして嵐洲浪兎の眼光が鋭くなる。


 「ヘパイストス山よ、教えてやろう。この世に不滅のものがあるとすればそれはスモーの技などではない。戦い、傷つき、倒れる度に強くろうとする心の力ッ!スモーナイトの力の源、友情パワーだッッ!!!」


 嵐洲浪兎は怒号と共に鉄砲を放った。


 「ぬうっ!!」


 これほどか。


 これが我が盟友を跪かせた嵐洲浪兎の底力というものか。


 鉄砲を受けた直後に、黄金の輝きが揺らぐ。その時、ヘパイストス山は己の身を守る絶対防御がわずかに歪んだことを実感した。

 だが、無敵の盾を直接攻撃した嵐洲浪兎の手も無事では済まなかった。皮膚が破れて、骨と肉がむき出しになっている。


 だがしかし、止めない。嵐洲浪兎は止まらないのだ。


 「見たか、スモーゴッドよ。これがスモーナイトの底力だっ!!」


 嵐洲浪兎の命を賭けた鉄砲の乱打を前にヘパイストス山も後退せざるを得なかった。ヘパイストス山は猛攻を受けながら恐るべきものを目にする。それは嵐洲浪兎の手だった。鬼神と化した嵐洲浪兎の手は原型を止めぬほどに崩れ落ちていたのだ。

 ヘパイストス山は生まれて初めて敵というものに恐怖の感情を抱く。


 これが下界の下等力士と散々こき下ろしてきたスモーナイトというものなのか。


 その時、ほんの一瞬のことだがヘパイストス山は嵐洲浪兎から視線を外してしまった。


 この千載一遇の好機を見逃す嵐洲浪兎ではない。


 ドスンッッ!!!


 彼は強烈な一歩を踏み込んでヘパイストス山に頭突きを食らわす。


 ガツッッ!!


 決して砕けぬはずのものが決して折れぬという覚悟の前に屈する時がきたのだ。ボロボロになった嵐洲浪兎の渾身の一撃がヘパイストス山の額を砕いた。


 「野郎ッ!あのヘパイストス山の無敵の盾をぶち壊しやがったッ!」


 驚愕の事実を突きつけられてビーナス山が叫ぶ。スモーゴッドたちの中でも堅物として知られるヘパイストス山が試合で手を抜くことなど絶対に考えられない。

 嵐洲浪兎は実力で無敵の盾を打ち破ったのだ。


 「見事だ、嵐洲浪兎とやら。俺はもう貴様を雑魚力士とは思わぬ。一人の敵として全力で叩き潰してやろうではないか。軍神タイラントランペイジを使うぞ」


 しかし、ヘパイストス山が倒れることは無かった。今の攻撃の衝撃で嵐洲浪兎の手首から手が外れかけていた。嵐洲浪兎は痛みを堪えながら文字通り皮一つで繋がった己の手を自力で元の位置に嵌め直した。そして嵐洲浪兎は口の端を歪ませる。


 これで五分と五分になった。ここまで追い詰めればヘパイストス山本気の一撃を出さなければなるまい。


 その時こそがヘパイストス山の最後なのだ。


 嵐洲浪兎は腰を落としてヘパイストス山に再び向かい合った。


 「ニャガニャガニャガ。嵐洲浪兎さんとやらそろそろ降参してしまった方がいいんじゃありませんか?ヘパイストス山は我らスモーゴッドの中でも防御まもりの名手として知られる男ですがねえ実は攻撃もなかなかのものなんですよ?特にあの防御に特化した神奥義ゴッドスキル「無敵の盾」の防御力をそのまま攻撃力に転化させる神奥義「軍神の矛」ときたらねえ、まともに食らえば上位のスモーゴッドでも重傷は免れないほどのそれはそれは恐ろしい技なのですから。もしもあなた方のような雑魚力士では塵一つ残るかどうか怪しいものですねえ」


 「心配ご無用。なぜなら今から貴公らスモーゴッドの面々は、我らスモーナイトに二度同じ手は通じぬというこを思い知ることになる」


 そう。


 ヘパイストス山を敗北に追い込むのは彼自身の強大なパワーなのだ。


 「ヘパイストス山よ。最後の忠告だ。私を殺すな」


 それは言った通りの意味だった。誤解するなという方が無理というものだろう。ヘルメス山の対応は意外にも冷静なものだった。


 「その目つき、命乞いではないな。ならば乗ってやろうではないか」


 ヘパイストス山は両腕に集中させた軍神の矛の力を解放する。それは黄金の輝き、ゼウス山の雷にも負けぬ荘厳さを誇るヘルメス山のスモーゴッドとしての力であった。

 ヘパイストス山は両手を構え、そのまま腰を深く落とした。見据えるその先は嵐洲浪兎の孤影のみ。他のスモーゴッドたちも両者の対決を見守る。そんな中に踏み入る男たちの姿があった。


 「コラーッ!嵐洲浪兎ーッ!ワイ以外の相手に負けたら承知せんからなーっ!そんなことになったらお前はキャメロット部屋から追放じゃーっ!」


 何とも場違いな大声に嵐洲浪兎は苦笑する。


 そうだ。


 あの男が死ぬはずはない。


 いつだってあの男は倒れる度に闘志を燃やし、起き上がる度に強くなってきた男なのだ。


 その男の名は天辺龍ペンドラゴン、キャメロット部屋のスモーキングである。

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