ついに明かされるグレープ・ザ・巨峰の正体ッ!の巻
人は弱気になった時ほど一番良かった時の出来事を思い出すという。
もっとも俺はスモーレスラー春九砲丸、鋼の肉体と炎の魂を持つ男だ。
たとえ相手が自分の十倍の大きさのスモーレスラーだって一歩も退かない。むしろ得意の馬鹿力で場外に押し出してやるね。
だが今回に限っては無理だった。相手のグレープ・ザ・巨峰というスモーレスラーは規格外の怪物で全力をだしてもまるで勝負にならないという結果に終わってしまった。
こうして無駄口を叩けるのも後わずかの間だろう。
そんな俺の目の前に実にかわいくないガキがいる。こいつは驚いた。ガキのの頃の俺だった。
今日も近所のガキどもにケンカで負けて家に帰る様子だった。
実にらしくない。敗北と死の両方を受け入れなければならない瞬間に俺は遥かな過去の出来事を思い出していたのだ。
ガキのアパートの扉を腹いせか乱暴に開けた。部屋の中ではおふくろが手袋を編んでいる。あれは俺の手袋か。一日中、働きづくめでガリガリに痩せた母親だった。そんなお袋が俺を抱きしめてくれた。俺は自分の弱さとお袋の温かさに涙を流した。
別にいいだろ?俺だってこんな時があったんだ。
そしてそれから程なくしておふくろは死んだ。最後の別れの瞬間までおふくろは弱音を吐かなかった。死因は栄養失調だったような気がする。自分で食べるぶんを全て、俺にくれていたんだっけ。
思い出の中のおふくろは俺のために手袋を編み続ける。眠っている幼い姿の俺の姿を見ながら微笑んでい る。
やめてくれ、母さん。
もういい。
俺はここまでの男だ。
誰の期待に応えられるような男ではない。強がるだけが取り柄の本当になさけない男なのだ。
そして、時間は流れスラムの空き地で血まみれになって立っている俺の姿があった。
おふくろが死んで近所の教会に引き取られてしばらくたった時だった。
クリスマスの寄付金を集めていた牧師様がチンピラどもに襲われて病院送りになった時の話だった。奪った募金箱をゴミ箱代わりにして騒いでいるチンピラどもを一人残らずのしてやったのだ。
そんな時に一人の男に声をかけられた。これまた近くのスモージムでトレーナーをやっている親方だった。
「見世物じゃねえんだ。ぶち殺すぞ、オッサン?」
俺は振り向きざまにケンカフックをぶちかました。だが俺のパンチは男の顔の手前でがっしりと掴まれてしまう。ただの口うるさいだけの親父ではなかった。掴まれた拳はびくともしない。そして、親方はニコリと笑う。
「どうや力が余っているらしいな、ボーヤ。俺のところでスモーをやらないか?」
俺はあきれ顔で笑っていた。質問を質問で返す非常識な親父だったが、なぜか気が合った。それから俺はスモージムに何度か通うようになって歪ながらもスモーレスラーを志した。
意識が再び、暗転。
口の中に溜まった血が喉を圧迫する。
しかし、グレープ・ザ・巨峰の鯖折りが春九砲丸を逃がすことはない。死は目前であった。
「DOLL SUIT CALL ITッッ!!!」
その時、白銀の闘気を纏う張り手がグレープ・ザ・巨峰の横面を張り飛ばした。金属製のフェイスガードの部分が完全に剥がれ落ちる。続けて放たれた鉄砲の嵐を前に流石のグレープ・ザ・巨峰も後退せざるを得ない。
グレープ・ザ・巨峰は死に体の春九砲丸を横に投げ飛ばし、タックルに備える。
「GOD AND DEATHッッ!!!」
果たして、その言葉を叫んだのはどちらが先だったか。意識を取り戻した春九砲丸は信じられない光景を目にすることになる。グレープ・ザ・巨峰は一度目のタックルで巨体はよろめき、間髪入れずに至近距離から放たれたタックルで数歩後退した。否、あえて引き下がることで余力を残すという苦肉の策だった。
あの力の狂信者たるグレープ・ザ・巨峰が技術に逃げざるを得ないほどの実力者が存在すること自体、春九砲丸にとっては受け入れられない事実だった。
さらにその男の正体が春九砲丸もよく知る人間であったとすれば至極当然の反応だったかもしれない。
「ガイアフォース・アルファ、スタンバイッ!」
真紅の闘気が勢いを増し、紅蓮の炎と化す。牙を剥き、荒ぶる姿は火を吹く竜を想起させる。グレープ・ザ・巨峰は体勢を立て直し、反撃に転ずる。
「ガイアフォース・シグマ、スタンバイッ!」
一方、白銀の闘気は輝きを増し、光輝の流星と化す。その輝きは悠久不変にして不動。たとえ相手が天地を焼き払う猛火であろうと決してその輝きが失われることはない。
託された。
受け継いだ。
一度は捨てた。
そして、もう一度、立ち上がった。今度こそ守り通さなければならない。己の命が失われことになったとしても。
「巨峰!」
「マスカット!」
唸りを上げる両者の剛腕。今、赤と白の闘気を纏った張り手が、互いの顔面に向かって放たれた。
「「100%果汁スパーク!」」
そして、互いに大きくのけぞる。
そのまま姿勢を崩さぬままに鉄砲の応酬合戦が始まった。片方が打ち、打ち返されて血の花が咲く。さらに撃ち、穿ち、顔の肉が裂けて飛び散り骨が姿を現した。この凄惨な光景を美しいと思ってしまうのはスモーレスラーの業というものか。
この時、満身創痍の身でありながらも春九砲丸は一時も目を離すことが出来なかった。
白銀の闘気を纏う男の背中が、春九砲丸に語りかける。
この戦いを忘れるな。
グレープ・ザ・巨峰の左右の高速射撃が白銀の闘気の持ち主の顔面を抉る。だが、倒れない。大木を思わせる太く頑強な首が、それに劣らぬ僧帽筋が彼を押し戻す。
そして、中腰の姿勢から放たれる両手突きがグレープ・ザ・巨峰の胸を撃ち貫いた。その威力は岩壁を破砕する荒波の如し。ケンドーアーマーの胸部を守る部分が一瞬で破壊された。グレープ・ザ・巨峰は口から血を吐いて前にたまらず倒れ込む。
「おのれ。よくも実の父親に手を上げたな。この親不孝者が」
立ち尽くす男に、グレープ・ザ・巨峰は憎悪に満ちた視線を向けた。
「たとえ誰であろうと俺の、俺たちのスモーを、キャメロット部屋のスモー・スピリットを汚させはしない。実の父親に鉄砲を浴びせることになってもだ」
親方。春九砲丸は男の素顔を見て愕然とする。白銀の闘気を纏う謎のスモーレスラーの正体は、鰤天部屋の親方だったのだ。さらに彼はグレープ・ザ・巨峰のことを「父親」と呼んだのだ。これは一体、どういうことなのだ。
「おのれおのれぇぇ!柄法度!お前も奴らのように私を裏切るつもりかあああああッッ!!!」
それは天を引き裂き、地を穿つ雷鳴の如き咆哮だった。
次いでグレープ・ザ・巨峰は嵐のような張り手の連撃を繰り出す。掠れば裂傷、当たれば致命傷になりかねない攻撃である。
「こんなもの避けるまでもない」
柄法度は全ての攻撃を受け止めた。否、たとえ今受けた攻撃の全てが数十倍の威力を持ったものだとしても受け止めて捌き切る自信があったのだ。柄法度がスモーを始めた理由は父親の背中を見て育ってきたことにあった。そして、いまだに柄法度の思い描くスモーレスラーの中のスモーレスラーとはキャメロット部屋の嵐洲浪兎である。この戦いだけは決して負けるのわけにはいかなかった。
柄法度は鉄砲の嵐を受けながら全身する。冷たい。何という憎しみに満ちた張り手なのだ。体よりも心の方が痛かった。