その性、暴にして凶!魔技グレープ・アンド・レモンスカッシャー、炸裂!!の巻
春九砲丸は頭に隕石が直撃して、倫敦橋は地割れに飲み込まれてしまったぜ。
まったく運が悪いにもほどがある。
「怖じ気づいたか。春九砲丸?」
自分の名前を呼ばれて、春九砲丸は顔にこびりついた血糊を拭った。
ねっとりとした血と体液の混合物が地面に落ちる。
そして、いつも通りに不敵に笑った。否。笑うしかなかった。
「俺のスモーに後退の二文字は無え。直進あるのみよ」
そう言ってから、本日何度目かの死を覚悟した。
グレープ・ザ・巨峰のケンドーマスクの下に隠された素顔の口元がわずかに緩んだ。
何という男だ。
彼奴は精魂尽き果て、独力で立つこともままならぬ赤子のごとき至上の滑稽さ。
もはや実力差を通り越して試合どころか只の見世物と化しているというのに、この男はいまだに勝つ気でいるのだ。
久々の痛快に胸が躍った。
「自分の流した血の海に沈むがいい、春九砲丸ッッ!!!魔技ファンタスティック・グレープ・エクスプレスッッ!!!」
グレープ・ザ・巨峰の肉体が沈む。
膝を半分くらいに曲げて、中腰の姿勢に移行したのだ。
「この程度の攻防で死んでくれるなよ、小僧?」
グレープ・ザ・巨峰はボロボロになった春九砲丸を見て、笑った。
敗者の無様な姿を笑ったのではない。それはある種の信頼のである。
グレープ・ザ・巨峰はこの程度の実力しか持たない連中は山ほど知っている。
いいとこ、ただの腕自慢にすぎないつまらない男たちだった。
しかし、ここまで無様を晒して心が折れない者はいなかった。
お前は勝利の先に何を見るのだ、春九砲丸。
「八ッ」
春九砲丸は己の愚かさに笑いをこぼす。
何という無様。何という惨めさ。
俺はもうスモレスラーですらないというのに、それでも俺は戦い続けるのか。
そして、かろうじて脈を打つ己の心臓の鼓動に耳を傾けた。
「今度こそ、死ぬがいい」
グレープ・ザ・巨峰の両手は突き出しの構えのまま静止したいた。
「チッ!」
春九砲丸は咄嗟に奥歯を噛み締めることしか出来なかった。
ごつん、と何がぶつかった音がした。
それが春九砲丸がグレープ・ザ・巨峰に突き倒された時に生じた音であることを知ったのは、彼が壁に叩きつけられてからのことである。
息が出来ない。
叩きつけられたショックで肺の機能が一時的に失われていた。
だが、それ以上に頭の理解が追いついて来なかった。
スモーレスラーの突進スピードはよく陸上競技のスプリンターたちに比較されるが実際は50メートルくらいの距離ならば世界記録に届くスモーレスラーも存在するくらいだった。
これはスモーの闘技としての性質上、即ち短期間で決着をつけるといった特性から生まれたものであった。
春九砲丸自身もパワー主体のスモーレスラーを自負しているが、そこらのアスリートに劣らぬ脚力の持ち主である。
しかし、これは明らかにものが違った。
言うなれば、人とトップスピードに乗ったレーシングカーほどの違いだった。
「スピードだけではない。パワーも貴様を遥かに凌駕しているのだ」
そう言いながらのしのしと歩み寄って来る死神の姿があった。
真紅の闘気を纏う巨人、グレープ・ザ・巨峰である。
鎌首をもたげて襲いかかる二匹の大蛇のごときグレープ・ザ・巨峰の両腕。
その時、不幸にも春九砲丸の野生が、捕食者の絶対的な脅威を察知した。
捕まれば即、勝負が決まる。
もはやなりふりなど構ってはいられない。
恐怖のあまり春九砲丸は背中を向けて逃げようとした。
「春九砲丸よ、どこへ行く?お前の命を握っているものは、お前よりも強いものなのだぞ?」
捕まった。
右は脇腹から、左は外の腕ごと捕縛された。
そのまま春九砲丸の巨躯を持ち上げて、死刑を執行する。
逃げられない。
これは、この技は太古の昔よりスモー界において禁じられてきた技。
技巧と呼べるものではなく、原始的で極めて単純。
グレープ・ザ・巨峰の巨大な両手が結びの形を作る。その威力はさながら鋼鉄の絞首刑台。
「どうだ、小僧。原点にして極致たる必殺技、サバ折り。この私が必殺技としてさらにアレンジしたこの技の名はグレープ・アンド・レモンスカッシャーという」
春九砲丸は口を開けたまま何かを叫ぼうとしている。
いつもの減らず口ではない。
もはや自力で悲鳴を上げることさえままならない状況だったのだ。
必死に抵抗した。声を上げて反撃の体勢を整えたかった。
「グレープの果実のようにその身を絞られ、レモンのように一滴残らず果汁を絞り出せッ!春九砲丸ッッ!!貴様もいっぱしの強者を気取るならこの技に耐えて見せろ!」
声が出ない。
何も考えられない。
もう苦痛さえも感じない。
このまま終わってしまうのか。
俺のスモーはここまでなのか。やがて意識が闇に包まれる。