第百三十二話 間章 そして開幕、燃ゆる長江編‼の巻
倫敦橋はスモーデビル六騎士”拷問山”との戦いでは兜のひさし(?)を外して戦うよ!ちなみに決まり手は逆タワーブリッジ投げさ!
次回は八月十二日くらいに投稿する予定です。
幕間を綴る。
八年後、ブロッケン山の遺志は見事に受け継がれた。無名に近い一人の若手力士が大方の予想を覆し、苦戦の果てに勝利を掴んだ。
光と闇が触れあった次の瞬間、”闇”が地に膝をつける。
”光”は勝利を己の確信してか、全身全霊の気力を振り絞って立ち尽くした。
(この男、もはや私の知る鼻垂れではない。よくぞここまで成長した。鈴赤、誰彼憚る事は無い。お前こそが新しいブロッケン山だ)
先の戦い拷問山との死闘で負傷した倫敦橋は誇らしげに男の姿を見る。倫敦橋の仮面の奥に輝くエメラルドの瞳に溢れんばかりの涙が湧いていた。
一方、闇は満ち足りた笑顔を浮かべながらわき腹に手を当てている。
スモー大元帥の直弟子たるスモーデビル六騎士のスモーニンジャ”翔小杉”が手心など加えたはずもなく、実力で敗れたのだ。
(…ゲルマン力士、見事なり。ジークフリートの赤い魔剣、見事なり。我がスモーニンジャ道に微塵の悔い無し…ッッ‼)
魔剣の覇気は瞬く間に翔小杉の臓腑を焼き尽くし気力を根こそぎ奪おうとする。
翔小杉は”敗者の努め”として鈴赤にその名を問うた。
「若武者よ。…冥途の土産に名を聞いておこうか」
ごふっ。翔小杉の口から血があふれ出た。
「まだ動くんじゃねえよ、おっさん。俺の魔剣は親父のと違って自分でコントロールできねえからよ。死にたくなければ横になってな」
命まで奪うつもりはない。鈴赤は翔小杉に父の最後の姿を重ねながら言った。
「どこまでも甘いな、若武者よ。スモーデビルにとって戦いとは生と死の境界線。”二度目”や”次”など無いのだ」
「…それはお前らの理屈だ。俺は偉大な親父”ブロッケン山”の名に賭けて相撲の試合で命の取り合いはしねえ。正義力士とスモーデビルの戦いの歴史なんざクソ食らえだ」
翔小杉は笑った。この男もまた相撲の未来を担うべく生まれた若芽に違いない。
「話にならんな。己の不始末は自分でつけさせてもらう」
翔小杉は懐から爆弾を取り出して点火する。
スモー大元帥、六騎士への義理は果たした。最後の使命があるとすれば未だ勝負の何たるかを知らぬ若者に敗北者の末路を教えなければならない。
ぷすぷすぷす。導火線に火が回る。小小杉は微笑みながら鈴赤に別れを告げた。
「覚えておけ、若造。スモーデビルはただでは死なん。貴様の命は今この時より自分だけの物では無くなったのだ‼」
「待て、馬鹿野郎ッッ‼‼こんな決着、俺は絶対に…ッ‼」
鈴赤はわき腹を抑えながら翔小杉の方に駆け出した。
次の瞬間、閃光と煙が二人を包んだ。鈴赤は爆風で吹き飛ばされたが猛威に晒される寸前でキン星山と倫敦橋によって救出される。
翔小杉の立っていた場所には彼の装束の一部が残されているだけだった。
「ぬおおおおッ‼このような勝負、イカサマだ‼決して認めはせんぞおおおッ‼」
スモーデビル側の観覧席から一人の男が猛り立つ。普段の貴公子然とした風貌は身を潜め、憤怒一色に染まっていた。その後ろで天を突くような巨漢が正義力士たちの動向を静かに見守っていた。
「ここにいる生き残った正義力士どもよ、全員土俵に上がって来いッッ‼‼この百腕山が投げ殺してくれるわッ‼」
百腕山は四本の腕を交叉して構える。そして両目を開くと同時に上半身の至る場所から腕が生えてきた。
百腕山の四股名とは文字通り百本の腕を持つ力士という意味だったのだ。
「うひぃぃぃ――ッ‼怖いぃぃぃッ‼美伊東、後は任せたあああーーッ‼」
光太郎は小さな美伊東君の後ろに隠れてしまった。この時、光太郎は弱小力士ではなくスモーオリンピックの二大会連続優勝を飾った世界最強の力士だった。当然正義力士軍団の副将格にあった倫敦橋とテキサス山によって先頭に戻される。
(このおっさん、変わらなさすぎだろ…)
鈴赤も光太郎の小胆ぶりに呆れていた。
「まずはキン星山、スモーオリンピックの現チャンピオンである貴様が私と立ち会え‼我が一族と貴様ら海星一族、二千年来の因縁に終止符を打ってくれるわ‼」
百腕山は百本の腕を嵐に薙ぐ森の木々のようにざわつかせながらキン星山を指さした。
「そんなご無体な‼おいどんはあんさんの事なんか今の今まで知らなかったでごわすよ‼言いがかりは止めて欲しいでごわす‼」
「知らぬならば教えてやる。我が一族こそスモーゴッド”ポセイドン山”の末裔なのだ。即ち貴様らの言うところの綿津海の血を受け継ぐ我々こそが本来はキン星山を名乗るに相応しい‼贋物は死ね‼」
百腕山は無数の腕を引いて鉄砲の型を作り上げる。
敵が攻勢に出るのであれば光太郎も黙ってはいない。地に腰を据えて、両手を広げ鶴翼の如き不知火の構えを見せる。
「魔界相撲…無限張り手‼」
「キン星山が奥義、真へのへのもへじ投げでごわす」
山河を削る百本の腕から放たれる百腕山の張り手とそれを全て撃ち落とすキン星山の前捌き、両者は正面からぶつかり合い一進一退の攻防が続いた。
「カーッカッカッカァッ‼なかなかやるではないか、キン星山‼次は残りの五十本の腕を足してやる‼」
百腕山の腕がさらに増える。事実上、百腕山当人の百本の腕と豪語しているが本来彼の腕の数に制限はない。
「おいどんとて、この地球をスモーデビルにやるわけにはいかんでごわす。スモーハルマゲドンなど言語道断。ここでこの命が尽きようともおいどんは…」
そこに満身創痍のフラの舞が乱入する。彼はスモーデビル六騎士爬虫類との戦いで重傷を負っていた。
「助太刀するぞ、コウタロウ‼ハワイ流キン星山の奥義、疾風怒濤へのへのもへじ投げ‼」
無量大数にして一撃必殺たる鉄砲の嵐の勢いは止まる事を知らない。されどフラの舞と光太郎が苦心の果てに完成させた「へのへのもへじ投げ」は怒涛の勢いで迫る百腕山の魔界張り手を防いだ。
「小癪な真似を、烏合の衆が…ッ‼」
百腕山は息を荒らげながら解放した腕を肉体に収納する。
光太郎は会心の笑みを浮かべながらフラの舞の活躍を称える。
「また腕を上げたでごわすな、フラの舞‼」
「クッ…。何かと世話のかかる」
フラの舞はいつものように憎まれ口を叩こうとするが、そのまま崩れ落ちてしまう。彼の褐色の肉体に巻いてある包帯はいつの間にか血まみれになっていた。
「フラの舞ッッ‼‼あんさん、何でこんな無茶をッッ‼‼」
フラの舞が地面に倒れる寸前でテキサス山が彼の体を支えた。テキサス山もまた六騎士の襲撃を受けて万全には程遠い状態である。
「落ち着け、コータロー。フラの舞は先ほどの試合の傷が開いただけだ。コイツもアメリカ力士ならこの程度の怪我、数の内にも入っちゃいねえぜ。なあ、ニュービー?」
テキサス山は美伊東の用意してくれた簡易ベッドの上にフラの舞を寝かせる。
「テキサス山言うの通りだ、キン星山。ヤツの目的はお前に崖っぷちのド根性を使わせる事だ。奴らの真の目的、スモー大元帥の依り代にする為にな」
倫敦橋は気絶したフラの舞に軽いメディカルチェックをしながらキン星山に告げる。ひさし(?)を取った仮面の下の瞳はいつもにも増して厳しい光を放っていた。
「ぬううッ‼流石は正義力士の頭脳、倫敦橋‼私の策を見破っていたとは‼」
先ほどまで憤怒に染まっていた百腕山の顔から朱の色が消えていた(※原作の阿修羅面”怒り”が”冷血”になったところを想像してください)。
「それはどういう意味でごわすか、倫敦橋どん?」
「…私の予想が正しければキン星山、お前はスモー大元帥の力を受け継いでいる存在だ」
「はああああああああッ‼おいどんの父ちゃんは英樹で、爺ちゃんは雷電でごわよ⁉」
光太郎は倫敦橋の言葉を聞いた途端、身動き一つ取れなくなってしまった。
「カーカッカッカ‼知らぬならばこの私が教えてやるわ‼キン星山よ、初代キン星山である海星雷光はな綿津海の息子ではない‼スモー大元帥こと建御雷の孫だ‼」
高笑いを続ける百腕山。こうして衝撃の事実が明かされたところで幕間は終わりを告げる。
果たしてこの後、どうなってしまうのか。今は物語の中で八年の時が流れるのを待つしかない。一応、説明しておくとこの先の話に絡んでくることだから今回書いておいた‼飽きたからはないからね‼本当だよ‼
そして、舞台は現代というか八年前のスモーオリンピック第二回戦キン星山とフラの舞の戦いに戻る。
現在キン星山とフラの舞の勝ち星は並び次の一戦で長きに渡る”赤壁相撲”の行方が決しようとしていた。フラの舞は今、呉の総大将”孫権”と流浪の将軍”劉備”のところにいた。
孫権は前回の戦いの事をよく覚えている為に突然現れたフラの舞たちを快く迎え入れてくれた。劉備は持ち前の器の大きさで賓客としてフラの舞たちを歓迎する。
「あの英樹親方…」
キン星山の専属トレーナーを自負する美伊東君は劉備、孫権の合同軍の本陣に到着してから忙しなく歩いていたせいか汗をかいている。
「皆まで言うな、というヤツだ。美伊東君、光太郎は見つかったのか?」
光太郎の父英樹親方も同様に汗だくとなっていた。
「いえ。全くいる気配がありません」
美伊東君と英樹親方は一縷の望みを託して羽合庵の方を見た。羽合庵は手を横に振って光太郎不在の報を知らせる。二人は盛大に息を吐き出しながら項垂れた。そこに羽合庵と見事な髭を蓄えた偉丈夫が現れる。
(関帝だ…)
(関羽だな)
美伊東君と英樹親方は目の前に堂々と立つ中華街で見かける関羽の神像そのものを仰ぎ見た。
関羽は臍のあたりまで伸ばした鬚をすきながら羽合庵に尋ねた。
「どうやらお主の弟子とやらはまだ見つからぬようだな、羽合庵。そちらの都合さえ良ければ我が君と話をしてはくれんか?」
関羽は羽合庵をジロリと睨みつける、否睨んでいるのではない好意的な視線を送っていると孔明から説明があったばかりだった。
「それには及ばないぞ、関羽。今お前の主君が必要としているのはこれからの時代を背負って立つ若武者、私のような老兵ではない」と満更でも無さそうに答える羽合庵。
関羽は「これはまた見事に振られたわい」と豪快に笑い飛ばした。
とにかく前回の会場から合同軍の陣地に転移した面子の中に光太郎の姿は無かった