第百二十四話 闘龍、飛翔する‼の巻
遅れてすいません。次回は十二月十六日に投稿する予定です。
その頃、ラーメン山は集中力を高める為に片脚立ちをしていた。
相手はただの力士ではない一つの時代を築いた古今無双の力士である。
気を緩めれば勝機は霞のように消え失せて敗北の辛酸を知ることになるだろう。
(ラーメン山よ、お前の敵は自分自身などではない。夢にまで見たあの東ドイツの龍、ブロッケン山だぞ)
ラーメン山の体を満たす血気がかつてないほどの勢いでざわめく。
敗北を予感しているのだ、敗北に恐怖しているのだ。
ただ一度の敗北でゼロになる、修行の全てが無駄になる。老師山は敗北などさしたる問題ではないと嘯くがラーメン山はそうとは思わない。
それほどの労力を費やして日々の修行に身を窶した。
心が凍るまで、五体と魂魄が削れるまで力の全てを使って技を磨き上げた。
これで結果が出なければ自分の一生とは何なのだとさえ感じる。
ゆえにラーメン山は心の目を閉ざす。
(今だけは、この時だけは一心不乱に勝利を求める修羅と化す。許したまえ、わが師老師山よ)
ラーメン山は相撲拳法総本山にいる老師山に心の中で謝りながらも覚悟を決める。
戦いの中で死ねるならば、それは力士として本望だろう。
ラーメン山は掲げていた右足を下ろして最後の調整を終える。
そしてやたらと派手な飾りのついた”国士無双”のまわしを身につけて控室を出ようとした時に来客があった。
「グハハハッ‼ラーメン山よ、今日という今日はぶち殺してくれるわー!」
突如として扉の奥から現れたのはラーメン山の宿敵”玉王山”だった。
「ハチャッ‼」
ラーメン山は反射的にローリングソバットを放って玉王山を吹き飛ばした。
ラーメン山は無表情のまま足の裏の埃を叩き落とす。
実際、試合前なのでかなり気が昂っていたのだ。
玉王山は前屈みになりながら辛うじて意識を保っているという状態だった。
その奥からラーメン山の盟友である相撲拳法総本山が誇る力士五歌仙の一人”砲岩山”が姿を現した。
「よお、ラーメン山。相変わらず問答無用ぶりだな。(玉王山を見ながら)あらら…たまには手加減してやれよ」
「砲岩山よ、それは余計なお世話というものだ。お前も悪人に戻るというなら腹に風穴を作ってやるぞ?」
砲岩山は両手を上げながら後ずさりする。
ラーメン山は砲岩山を一睨みすると玉王山を縄で蓑虫のように縛った。
本人が滅多に戦う事はないが玉王山とて力士の端くれ、万が一にも逃がさない為の処置だった。
「ぬうう…。せっかく同郷のよしみで応援に駆けつけたというのに…、この待遇はひどいではないか‼闇力士五点星も連れてきてやったんだぞ‼」
玉王山は縛られながら入り口を見た。
そこにはかつてラーメン山をリーダー格とする力士五歌仙と死闘を繰り広げた闇力士五点星の姿があった。(※原作と違って彼らは幽霊ではない)外見からして凶悪な五点星と呼ばれる力士たちは十年くらいのつき合いがある友人のように和気あいあいとした様子だったが、ラーメン山はさらに険しい表情となる。
彼らは名の通った闇力士だが根っからの悪人ではなく玉王山に都合よく利用されて戦っていたのである。
(毎度の事だが許さん…ッッ‼‼)
わずか数分後、ラーメン山は”玉王山は全然反省していない”という結論に達していた。
「さて玉王山よ、我が奥義”打穴三点張り手”と”心突釘裂き蹴たぐり”のどちらを食らって絶息したい?私としては”万里の長城投げ”で真っ二つにしてやりたいところだが…?」
「待て、ラーメン山よ。お前こそ今日の戦いの意味を忘れているわけではないだろうな…ッ‼今日の試合はお前とブロッケン山の単なる力比べではなし、我ら中華相撲拳法(※亜流ではあるが玉王山も中華相撲拳法の使い手)と彼奴等ゲルマン流相撲拳法の長きに渡る因縁を断つべく一大決戦でもあるのだぞ‼…げうッ‼」
…と玉王山がセリフを吐く前にラーメン山は素早く動き下腹部に中段肘打ちを入れていた。
一瞬にして相手との距離を詰めて故意にカウンターの状況を作った後に鋭い一撃を決める伝家の宝刀、頂心肘である。
相撲拳法の達人であるラーメン山は相撲の技に止まらず拳法と名のつく技を身につけていた。
故に人は彼を…。
「流石はラーメン山、”一千万の技を極めた力士”というあだ名は伊達ではないな」
赤いボクシングのグラブを叩きながらハンサムが現れる。
褐色の肌、ムエタイ戦士の頭部を飾る伝統衣装”モンコン”をかぶっている。
彼の名はパクチー山、かつてラーメン山と共に相撲拳法総本山の名誉を賭けて戦った力士五歌仙の一人だった。
「パクチー山。私の試合に来てくれたのは嬉しいがタイトルの方は大丈夫か?」
「今タイ王国ではムエタイ相撲よりもスモーオリンピックが注目されている。今回は怪我の為、出場は見送らせてもらったが次回は俺もタイ王国代表として参加させてもらうつもりだ」
この怪我の為、パクチー山はタイトルをムエタイ相撲協会に返上して現在は療養をしながら復帰に務めている。
ラーメン山はパクチー山の怪我の原因となった”力士五歌仙対闇力士五点星の戦い”を企てた玉王山(転倒中)を踏んづけた。
尚、チャーチュイではなくパクチー山は死闘を繰り広げた炎竜山とは和解し、普通に握手とかをしている。
死力を尽くした力士たちに遺恨などあろうはずもない(ただし玉王山は除く)。
パクチー山に続いて毒手山と犬操山もラーメン山のもとにやって来た。
砲岩山とこの二人は警備員は不審物をたくさん持っているので警備員と揉めていたらしい。
ラーメン山は警備員を相手に無茶な要求を通すようとする毒手山と砲岩山の姿を想像して頭痛を覚えていた。
そうこうしている間に玉王山は復活して(※手下に肩を借りている状態)ラーメン山に戦いへの意気込みを尋ねる。
その表情はいつもの小悪党のそれではない真剣な物だった。
「ラーメン山よ、昔お前がブロッケン山と共に米英西欧と戦った話はワシも聞いておる。彼奴とはチームメイトだったのかもしれんが手心は無用じゃぞ。いいか、ブロッケン山の祖父”象林原”は貴様の師匠老師山のライバルじゃ。象林原が引退するまで八回もの対戦を行ったが老師山は一勝二敗一引き分けという結果を残しておる。つまり我ら中華相撲拳法界はゲルマン流相撲の奴らに負け越しているのだ‼…さしものワシとてあの老師山よりも強いとは言えぬ、悔しい話だが」
傲慢さを絵に描いたような圧倒的な現実を前に玉王山も俯いてしまう。
全盛期の老師山はソビエト連邦の絶対王者”雷帝”と並ぶ実力者であり、この二人が戦えば無敵の”雷帝”もタダではすまないと当時を知る者は語る。
若き日の玉王山もまたその一人であり志は違えど老師山の強さと中華相撲拳法の最強を何よりも信じていた。
しかし、運命は非情にも世界中の相撲ファンの前で老師山が敗北する様をまざまざと見せつける。
かくして中華相撲拳法の評価は内輪だけの争いと地に落ち、欧州の相撲こそが世界最強と呼ばれるようになる。
されど現在は倫敦橋の登場によって欧州の相撲の強さも疑われるようになっていたのだ。
今となっては中華相撲拳法が世界最強だった事を覚えている者は誰一人としていない。
良くてせいぜい草分け的な存在だった。
「玉王山よ、私はお前の事が大嫌いだが(※玉王山、凄いショックを受けている)その話だけは大いに共感する。私にとっても今日の戦いは特別な物だ。なぜならばブロッケン山は第一回戦でソビエトの守護神”雷帝”を倒しているのだ。世間の評価はヤツより少しだけ若い私が有利だと言っているがそうは思わない。今のブロッケン山はおそらく最強の力を手にしているだろう。老師山の無念を晴らす為にも、中華相撲拳法こそが世界最強である事を証明する為にも私は全力を尽くすつもりだ」
そう言ってラーメン山は自分を応援する為に駆けつけてくれた同志たち前で礼をする。
その瞬間、周囲を取り巻く空気がビリリと震える。
ラーメン山はかつてないほどの激情を抱えていた。
幼少の頃より相撲を続けてきたが、これほどまでに戦いたいと思った事はない。
(この気の高まりはどういう事だ。多く同志の思いと受けて、それが己の意志と一体化しただけでこれほどの力を得るというのか…)
玉王山を先頭にラーメン山の同志たちは次々と拳と掌を合わせて礼を返す。
一人一人の姿を見ているだけでラーメン山の中に潜む龍の姿をした気が膨れ上がった。
「ラーメン山よ、今は休戦じゃ。ワシらはお前に中華相撲拳法の未来を託す。今日は存分に戦って来いッ‼仇敵ブロッケン山を、王者倫敦橋を討ち果たし世界最強の力士になってしまえ‼」
玉王山と闇力士五点星が吼える。
ラーメン山は彼らとの激闘を思い起こしては内なる気をさらに燃やした。
そしてそれに続いてラーメン山の仲間である砲岩山たちが声を上げた。
「ラーメン山、さっさとドイツ野郎に格の違いってヤツを教えてやれ。だけど優勝したからって調子に乗るんじゃねえぞ。すぐに俺たちが挑戦してやるからな‼」
砲岩山は景気づけに背負っている瓶頭上に投げようとしたが止められた。
ここで彼が奥義”流星瓶飛脚”を使えば間違いなく全員が犠牲となるだろう。
不満そうな砲岩山に代わって犬操山と毒手山が現れる。
「どんな強敵だろうが俺を倒したお前の功夫に勝てるわけがない。信じているぞ、ラーメン山。得意の猛虎百歩張り手でブロッケン山をドイツまでぶっ飛ばしてやれ‼」
「毒手山の言う通りだ。ラーメン山、俺もお前を信じている。奢れる欧州の力士どもに中華相撲拳法の底意地を見せてやれ」
毒手山は両手が毒功によって毒手化しているので万が一に備えて持参していたマジックハンドでラーメン山の肩を叩いた。
犬繰山はラーメン山の右手を強く握った後、でかい檻みたいな武器は必要か?と勧めてくれたが丁重に断った。
相撲拳法の試合では武器の使用が認められているが、世界基準では生まれた時から生えている角とか、黄金の六本腕を持つとか、全身が砂だから自由に変形できる事くらいしか認められていない。
実に不自由な時代だった。
ラーメン山は心許せる仲間とライバルたちの闘志に当てられてさらに己の気を高める。
(見ていてください、老師山。私は今日、貴方の相撲拳法人生に泥を塗った過去の雪辱を果たします‼)
ラーメン山は心火を燃やして体を内側から温め、その熱さは血流となって全身を駆け巡る。
玉王山は別れの手向けとばかりにラーメン山に向かって襲いかかった。
「グハハハッ‼言って来い、ラーメン山‼これはワシからの餞別、今日だけはお前の味方じゃ‼」
玉王山は豪快に笑いながらラーメン山の顔面に向かって張り手を撃った。
しかしラーメン山は巨岩を穿ったという玉王山の張り手を前にしても微動だにしない。
玉王山はそれを知ってか次々と繰り出した。
その結果は良くても怪我、悪くて死亡のはずだったがラーメン山は無傷のままだった。
静寂と沈黙、その光景を前にしては息を飲む事さえ許されない。
ラーメン山の控室に集まった実力者たちは神技を目の当たりする。
玉王山の張り手はラーメン山の顔に当たってはいない。
その全てはラーメン山の鼻先で止まっていたのである。
無論、これは玉王山が寸止めをしているわけではない。
ラーメン山が敵と自身の間合いを調整して躱しているのである。
やがて玉王山は張り手の猛攻を終わらせてラーメン山を見つめた。
「玉王山、それに強敵と仲間たちよ。今の私に死角はない。今度こそ欧州最強の力士ブロッケン山を倒し、中華相撲拳法こおsが最強である事を証明しよう」
「応‼」とその場に集った壮士たちは声を轟かせた。
ラーメン山は一人、仲間たちをすり抜けて扉に手をかける。そして誰にも聞こえないよう注意しながら呟いた。
「そして恩師、老師山よ。不肖の弟子をお許しください。…私はブロッケン山を殺します」
ラーメン山の背中に彫られた極細麺の滝を登らんとする龍の入れ墨に一筋の汗が流れる。
それはこれから待つであろう悲劇を悟ったラーメン山の守護神、麺龍の涙だったのかもしれない。
そして遠く中華の大地にある相撲拳法総本山でラーメン山の無事を祈る老師山は座して天を仰ぎ見ながら呟く。
その傍らには過去に死闘を繰り広げたモノクロの象林原の写真が広げてある。
両雄は戦いの果てに和解していた事は多くの人間に知られてはいない。
「心せよ、ラーメン山よ。此度の戦いはお主にとって最大の試練となるじゃろう。忘れるな、愛が無くては真の力士にはなれん…」
この時老師山は既にスモーデビルたちがスモーオリンピックを己が掌中に収めんと暗躍している事に気づいてはいなかった。
されど老師山は遥か遠くに見える四人の力士が彫られた相撲拳法総本山にかかる暗雲を見ると不安が鎌首を持ち上げる。
そして運命は悲劇の時まで粛々と針を進める。
ブロッケン山とラーメン山は土俵の上に辿り着き、互いを見合った。
「おいおい、ラーメン山よ。すっかり老けちまったな。そろそろ顔の皺とか弛みを気にしてもいいんじゃないか?」
土俵に上がったブロッケン山はあいさつ代わりに軽口を叩く。
東ドイツの選手席に座るヴァンツァー山と鈴赤は非難の込められた視線を送ったがブロッケン山はそれを気にする風でもない。
帽子をかぶり直してラーメン山の反応を見ている。
(マズったぜ、ソーセージ。コイツは俺の見立てが甘すぎた。今のラーメン山は昔のまんまじゃねえや。誰も見た事が無い最強のラーメン山だ)
ブロッケン山はニヤリといやらしい笑いを浮かべながら怖気をやり過ごす。
ただ驚いていたわけではない。
実際にラーメン山の闘気が彼の喉元まで迫っていたからである。
「フッ…、悩みが増えれば顔の皺も増える。お前から見て私の顔の輪郭が弛んでいるとしたら、それは単なる私の気のゆるみだ。何せここしばらく本物の敵と出会っていなかったからな」