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血染めの覇道  作者: 舞って!ふじわらしのぶ騎士!
王道 キン星山編 第一章 輝け!キン星山!
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第百十七話 決して負けられない戦い‼の巻

すいません、また遅れてしまいました。次回は十月二十日くらいに投稿したいと思います。


 周瑜の快気を目的とする相撲が始まろうとしていた。

 光太郎とフラの舞の戦いも四度目となるが、光太郎は試合の結果を左右するような活路を見出してはいない。

 前回の戦いにしても偶然が重なって勝利を呼び込んだと光太郎たちも認めている。

 むしろフラの舞側からすれば相手方は手の内を全て見てしまった状態ということになるだろう。

 フラの舞は前回の戦いを自己分析しながら光太郎と自分の戦力に差異が無い事を看破していた。

 強いて言う事があるとすれば光太郎は力士として完成の途中であり、将来的な成長性に関してはフラの舞に分がある。


 「やはり例の技”崖っぷちのど根性”が完成する前に潰しておく必要があるな…。俺とキン星山では相性が悪すぎる」


 キン星山の小出しにして何回も発動が可能できる類型タイプの”崖っぷちのど根性”は一度で最大限以上の実力を発揮してしまう型のフラの舞とは最悪の相手だった。

 フラの舞もその気になれば数回に分けて発動する事が可能だが、二回目以降は力の微妙な操作が困難となる。

 おそらく歴代のキン星山たちがこの技を禁じ手にしていたのは自滅の可能性を危惧していたからであろう。


 (力士が己の力の暴走によって自滅する、か。ある意味、実に力士らしい技だな)


 フラの舞は力士の習性というものを自虐的に笑う。


 「なあ、フラの舞。ここは奴さんと正面からぶつかる事を避けて技の勝負をした方がいいんじゃねえか?…癪に障るが、キン星山の野郎は器の底が見えねえよ」


 カナダ山は合点の行かぬ顔でフラの舞に話かける。

 フラの舞の実力は現時点で文句なしで世界のトップレベルに達してる事は間違いないが、キン星山の悪運は時にそれを上回る。

 コンディションが最悪の時にはとことん運に見放される男カナダ山ならではの諫言だった。

 また実力に見合わない勝率のスペシャル山もこの意見に同意する。

 今のカナダ山たちには若いフラの舞の活躍を羨む一方で、彼の勝利を信じたいという気持ちがあった。


 「アンタらしくもない意見だな、カナダ山。土俵の喧嘩屋と呼ばれた力士もたかが一敗で臆病風に吹かれてしまったのか?」


 「ケッ、どうせ俺は勢いだけの猪武者だよ。けどな今は一回、負けちまったんだぜ?この後二回続けて負けないって誰が言えるんだよ。俺は正直、今のお前には負けて欲しくはねえよ。手堅く行こうぜ、なあ?」


 フラの舞はカナダ山の肩を一度だけ叩いてから土俵に向かった。

 以前のフラの舞ならばカナダ山の弱気を笑ったのだろう。

 まだ三回勝てば良いのだからまだ一回は負けても良いと気楽に構えることも出来たのかもしれない。だが土俵への距離が縮まる度にキン星山の方から感じる圧迫感プレッシャーは増している。

 そのまま輪の中に入ってしまえば引き返すことなど出来はしないだろう。


 (この戦いは運命の戦いだ。俺とキン星山のどちらが真の継承者に相応しいかを決める…)


 再び心の芯に火を灯す。火は渦巻く炎と化し、フラの舞の肉体を内側からきつくした。

 そして炎を宿したエメラルドの瞳の先には宿敵、キン星山の姿がある。

 フラの舞は頬を両手で叩いて敵の存在を見据えた。

 彼の心の中にあった敗北を恐れる気持ちは消え去っていた。


 一方、光太郎は真正面から敵の姿を見つめている。

 やるべき事は単調シンプルだというのに胸中に漂う霧は晴れそうにない。


 (二回、後フラの舞に二回勝たなければならんでごわす。二回もあの強敵を倒さなければならないでごわすか。果たしておいどんにそんな大それたことが出来るのでごわすか…)


 光太郎は自身の顔に浮き上がった汗を両手で拭う。

 試合の予定が決まった時から果たして何度同じ事をしていたのだろうか。

 

 万策は尽きた。

 体力も多少は戻ったが取っ組み合いともなればすぐに底をついてしまうだろう。

 勝算はゼロに近い。

 だが心は燃えていた。

 わずかに掴んだ勝利の糸を手繰り寄せたいという気持ちが労苦に軋む全身を支えている。

 海星光太郎が今までこれほど勝利に固執したことがあったのだろうか。


 光太郎は手についた汗を払い、土俵の中に入ったフラの舞を見る。


 「おいどんは今猛烈にあんさんに勝ちたいでごわすよ、フラの舞どん…。どうかお手柔らかにお願いするでごわす」


 こうして口を開いているだけでも確実に体力が減っている事を実感する紛れも無い虚勢だった。

 光太郎は視線を一度たりともフラの舞から外さない。

 わずかな隙も見逃さない。

 今や瞼の動きを見逃さない事が敵に抗う術となっていた。

 そしてフラの舞も光太郎の集中力がかつてないほどに研ぎ澄まされているのを実感している。

 即ち圧迫感の正体だった。

 柴桑の城における二度目の戦いの審判役となった張昭は二人の間に割って入り、それ以上の接近を阻む。

 空気の熱量が尋常ならざるほどに高まっている。

 この場に可燃物の類を置けば発火するかもしれない。

 文官の張昭も戦場と見紛うほど温まった空気を浴びて汗を流している。

 張昭は最後に光太郎とフラの舞を見た直後、右腕を振り上げる。

 互いの運命を賭けた試合が始まるのだ。


 「フラの舞、キン星山よ。各々方、覚悟はいいか?」


 そう言ってから張昭は一歩下がる。否、下がらざるを得なかった。

 光太郎が、フラの舞が同時に闘志を解放して臨戦態勢に入ったのである。

 この場に止まれば命の危険さえ脅かされない気配だった。

 二人は頭を振った後に低く、小さく構える。

 最初ハナからぶつかり合うことで勝負を始めるつもりだった。

 ひたり。張昭は己の流した汗の冷たさに驚いた。

 そして、その場からさらに二歩下がり号令と同時に手を下ろした。


 「それでははっけよい…、のこったッッ‼」


 決戦の火ぶたを切る軍配を振り下ろすように右手が振り下ろされる。

 張昭は二人に背を向けて土俵を飛び出して来た。

 かねてより神経の図太さに自信がありハッタリならば武官にも負けないという自負がはあったが、今回だけは勝手が違った。

 背中を向けて一目散に土俵を出てしまったのだ。

 土俵の外に出て孫権の手を握ってから、生まれて初めて生きた心地に帰った気さえする。

 孫権は心底震えがってしまった張昭を見て思わず苦笑する。

 張昭は忌々しそうに孫権を見ると手を振り払って離れてしまった。


 光太郎とフラの舞は渾身の力を込めて互いの身体をぶつけ合う。


 一度目は互角、二度目は張り手の打ち合いとなる。

 打撃にはフラの舞に一日の長があったのかと思われたが蓋を開けてみれば光太郎が予想を超えて健闘している。

 だがフラの舞の張り手を受けながら光太郎は早くも五分の状態が崩れる瞬間に備える。

 フラの舞は土俵中央から光太郎の身体を両手突きで押し出す。

 このまま打ち合いが続けば敗北は必至だったので観客席の美伊東君はふうと胸を撫で下ろす。

 しかし羽合庵の表情はより険しい物となっていた。


 (フラの舞め。敵に仮初の退路を見せつける事により、退路そのものを断ってしまうつもりか。稚拙な策には違いないが今の光太郎には有効だ…)


 羽合庵は舌打ちをして愛弟子が敵の誘いに乗らない事を天に祈った。


 光太郎は白歯を見せて、フラの舞にそのまま突っ込む。


 「お休みはもう十分にもらったでごわすよ!フラの舞どん!」


 光太郎はフラの舞の懐に飛び込んで外側から両手を封じ込めた。


 フラの舞は身体を左右に振って光太郎を引き離そうとする。

 光太郎は掴みを強引に引き千切られる前に自分から離れた。

 光太郎とフラの舞は互いの動きに注目する。

 土俵内の空気から熱さが失われ、極寒の冷気と為る。

 それは目を逸らそうものならば命さえ失われかねない時間だった。


 (ここから先の攻防は勝敗に直接関わるのだろう。このわだちを越えれば修正は一切利かない。ならば俺が先に越えてやろう)


 フラの舞は踏み込みながら張り手を放った。

 手を引いてから放つ素人まがいの一撃にカナダ山とスペシャル山は度肝を抜かれる。

 完全なテレフォン動作、自殺行為としか言えない攻撃だった。

 光太郎は両手を交叉してフラの舞の張り手を受け止めた。

 

 予想通りの超重量級の一撃だった。

 羽合庵は窮地を凌いだ光太郎の姿に安堵し、滝のような汗を流す。


 「フラの舞め、いつの間にかワイキキの浜の技を”凪”を身に着けていたか」


 ハワイ相撲において秘中の秘、一部の関係者にしか伝わっていない奥義がいくつか存在る。

 ”凪”とは時の絶対王者ワイキキの浜が得意とする回避不能の一本張り手だった。


 「何て恐ろしい技なんだ。動作の線上に敵がいるから避けることは出来ない…。元は相撲の技ではありませんよね」


 光太郎は一定の距離を置いて後退する。

 日本同様に世界相撲のルールでも土俵の中を逃げ回る行為は歓迎されないからである。

 同時にこの世界に光太郎たちを送り出した幻獣も姿を見せていないが戦いの様子を見ているのは間違いないだろう。

 光太郎は強烈な痛みが残っている下腕部の状態を確認すると引きつった笑顔を浮かべる。

 両腕にフラの舞の手形が残っていた。

 羽合庵仕込みの稽古を受けていなければ今頃は両腕があらぬ方向に曲がっていた事だろう。

 光太郎は無言で羽合庵に感謝の念を送る。連勝ストッパーの構えも選択肢の中に無かったわけではないが、準備に時間がかかる技なので今の光太郎では咄嗟に使うことが出来ない。


 雲吞麵は光太郎とフラの舞の戦いを見ながら不敵に笑った。


 「羽合庵の弟子め、なかなか見せつけてくれるではないか…。あの技をいとも容易く受け流してしまうとは”キン星山”の四股名を継承しただけの事はある」


 「雲吞麵のおっさん、キン星山先輩の事を知っておるのか⁉」


 富樫と虎丸は不意に雲吞麵の口からキン星山の名前が出た事に興味を示した。

 相撲塾の他のメンバーたちも雲吞麵の挙動に注目している。

 雲吞麺は不本意そうな顔でキン星山について知り得る限りの話をすることになった。


 「ワシもそれほど詳しいわけではないがな、先代のキン星山”海星雷電”はかつて相撲拳法の総本山とも交流があった男なのじゃ。さらにワシは若い頃にラーメン山と一緒に海星雷電の弟子である羽合庵に勝負を申し込んで…」


 負けた。


 二人がかりで完敗した、という話だったが雲吞麵は見栄を張って引き分けたと小さな声で言った。ラーメン山と羽合庵は相撲塾の猛者たちも知っている有名な力士だったので、相撲塾の若者たちは雲吞麵の隠された実力(※実際に強い。今は現役の頃の羽合庵くらいの実力者である)を知って大いに盛り上がっている。雲吞麵は横目でチラリと羽合庵の様子を見たがあえて気がつかないフリをしてくれていた。

 実は羽合庵も当時は必要以上に血気盛んで若いラーメン山と雲吞麵を相手に大人げない振る舞いをしたという自覚があった。

 雲吞麺は自身の名誉を損なう事なく話を続ける。


 「当時のワシとラーメン山が未熟だったのは認めるが、それを引いても羽合庵は強かった。彼奴は海星雷電から教わったキン星山の奥義と生まれ故郷に伝わるハワイ相撲を使うことが出来た。特に厄介だったのが今し方フラの舞なる小僧の使ったハワイ相撲の技、”凪”なのだ」


 フラの舞は息を吸い込む。

 凪と呼ばれる技の思想は相撲よりも拳法に近い物がある。

 この技の対極的な位置にある”嵐”と呼ばれる戦法が排気による運動能力の向上にあるとすれば、”凪”は真逆の吸息による力の溜めにあった。

 息を吸い込み、力を体内に押し止め一気に解放する。

 さらに動作の線上に敵を置く事で回避は困難極まりない。

 フラの舞は手を開いた同時に足を前に出して張り手を打った。

 初動は見えているはずなのに光太郎は避けることが出来ない。

 再び、光太郎は”凪”をどうにか防御した。

 痛みが腕の骨全体に広がり、手の跡が重なる。このまま守勢に徹すれば骨折は時間の問題だろう。


 「何で避けられんのじゃ!あんなスローな張り手、キン星山先輩なら簡単に避けられるじゃろうが!」


 虎丸が防戦一方となった光太郎の姿を見て文句をつける。

 しかし、それを隣で聞いていたJは首を横に振って否定する。


 「残念ながらそれは難しいな。フラの舞の技の動作は緩やかな物だが、構えた瞬間に攻撃が終わっている。日本人のお前に分かり易く説明するならば鐘撞かねつきのようなものだ」


 「ああ、なるほど。…除夜の鐘みたいなもんか。一度、引いてからゴーンと…」


 虎丸はいつかテレビで見た鐘撞の映像を思い出しながら手で真似てみる。

 確かにフラの舞は立ち止まってから相手を見定め、攻撃を仕掛けていた。


 「あの技は構えた瞬間に攻撃が成立している。ジークンドーでいうところのリードストレートに近い物があるな。ただ厄介なのは力士の特性を十分に生かしているという点だ」


 Jは顎に手をそえながら再びフラの舞の動きに注目する。

 フラの舞は息を大きく吸い込みながら両手を前に出した。

 即ち次の攻撃が終了した証だった。

 危険を察知した光太郎は腰の位置を高くしてフラの舞の攻撃を待つ。

 フラの舞が両手突きを放ったと同時に光太郎は後退して受け止めた。

 光太郎は歯を食いしばり痛みに耐えた。

 両手が当たった直後、手首を掴んで動きを封じようとしたが己の技の短所も熟知したフラの舞は難無くこれを回避した。

 

 両者共に土俵中央に戻り、仕切り直しとなる。


 「なるほど。直線的な攻撃に対してカウンターで対応できないのは面倒だな。力士の体当たりに下手な小細工をすれば命取りになる」


 剣桃太郎は額に浮いた汗を拭いながら言った。

 もっともJの懸念はそれだけに止まらない。

 第一級の技巧者たるフラの舞は地の利をも利用して確実に光太郎を土俵の端に追い詰めようとしていることにも気がついていた。


 (問題は何故今まで”凪”という技を使わなかったかだ。あの技に欠点があるとも思えん。別の理由があるのか)


 Jは鋭い眼光を土俵の力士たちに向ける。


 その直後に異変は起こった。

 フラの舞の一本張り手を光太郎が受け止めたのである。

 フラの舞は弾き飛ばされた手を庇いながら元の位置まで後退する。


 光太郎はその場から一歩も動かずに両腕を折り曲げて構えていた。


 「ここに来て連勝ストッパーの構えか…。小癪な…」


 フラの舞は指の関節を動かしながら光太郎を睨みつける。

 このわずかな間に光太郎の連勝ストッパーの構えは臨機応変に発動できるまで成長した。

 そのきっかけを作ったのは他でもないフラの舞自身だった。


 光太郎は口の端から血を流しながらフラの舞を見上げる。

 彼はもう決して手の届かない頂きにいる男ではない。

 そして自らの意志で歩みださなければ決して力士の高みには到達することは出来ない。

 光太郎はそれが力士の本分なのだと自覚する。


 「…勝負はこれからでごわす。おいどんとあんさん、どちらが最後まで立っていられるか勝負でごわす!」

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