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血染めの覇道  作者: 舞って!ふじわらしのぶ騎士!
王道 キン星山編 第一章 輝け!キン星山!
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第百九話 最後の好機-ッ‼の巻

かなり遅れてすまんでごわす。次回は八月二十七日に投稿するでごわす。


 「カナダ山、勝負を止めさせるのだッ!この城の謁見の間を血で染めるつもりかッ!」


 張昭は後方に控えるカナダ山に向かって叫ぶ。

 普段は物分かりの悪い頑固爺を演じているが、性根は誰よりも命の尊さを知る先達の鑑のような男である。

 今この場においても孫権の兄孫策が暗殺者の手にかかって命を落とした事を思い出し、つい取り乱してしまう。

 だがカナダ山は張昭の親心を知りながらも頭を横に振った。

 もはやこの戦いの結末は二人の力士の手に委ねられ、他人ではどうすることも出来ない。

 それはキン星山、フラの舞と同じく力士の世界に生きるカナダ山ならではの見解だった。


 「安心しろ、叔父貴。フラの舞も、キン星山も死なねえよ。多少血で汚れることになるだろうがな。土俵の外にいる俺たちに出来ることはせいぜいどちらかの勝利を祈るのみ。もう俺にだってどうすることも出来ねえのさ…」…と言ってカナダ山はニヤリと笑った。


 スペシャル山、美伊東君、羽合庵よいった相撲に関わる人生を送っている面々も光太郎たちの戦いを止めようと者は誰もいない。

 なぜならば相撲に、あの丸い土俵の上で戦ったことがある者ならば今の光太郎とフラの舞は賽が投げられた後の状況であることを知っているからである。

 一堂は観戦に徹し、只エールを送っている相手が勝利する事だけを望んだ。

 観戦する側に出来ることなど、それくらいしかない。


 「見せてやろう、キン星山。これが俺の”崖っぷちのど根性”だ…ッ‼うおおおおおッ‼」


 フラの舞の言葉が光太郎の耳に届いたかどうかは本人にしかわからない。

 だが次の瞬間、光太郎は目の前に立ち上る炎の柱を見た。

 幻覚の類には違いないだろうが、それは紛れも無くフラの舞が発した気力の雄叫び。

 この時、光太郎の”崖っぷちのど根性”は消え果てて小さな残り火が灯るばかり。

 光太郎は炎熱の如きフラの舞の気勢に怯み、徐々に抵抗する気力さえ失っている。

 四方八方、打つ手なし。最後の賭けにも負けてしまった。


 (無念…。所詮、おいどんはここまでの男だったでごわすか)


 光太郎は絶望に打ちひしがれ、敗北の屈辱に涙を流した。

 

 思えば、情けない一生だった。

 何かと自分には才能が無いと言って逃げ回り、愛想笑いを浮かべては人知れず涙を流す。

 上辺だけを繕うのつまらない人生。

 これで終わっても仕方のないことのなのかもしれない。


 ポタリ。


 光太郎の足元を一粒の涙が濡らす。

 膝と太腿がビクビクと震えている。

 こんな情けない男を今まで立たせてやってくれて、もう感謝の言葉しかない。

 腕も肘のあたりから痺れて感覚が無くなっている。

 後、数秒もすれば力を失ってフラの舞の宣言通りに折られてしまうだろう。

 両腕を失えば、試合はそこで終わりだ。

 今まで楽をして生きてきたのだから当然とも言える。

 父の、兄の、師の、友の期待を裏切ることになるだろうが誰も自分を責めはしないだろう。

 だが、それでいいのか?それで本当にいいのか?

 海星光太郎よ、お前は本当にそれでいいのか?

 自問自答を続けるが、苦痛と疲労がそれを許さない。

 光太郎は意識をどうにか保ちながら、どうにか自分だけの答えを出そうと必死に抗った。

 

 羽合庵は頭を下げて目を閉じる。別離の時は思いの他近いということを悟ったのだ。


 「光太郎よ、見事だ。お前は見事なまでに私の期待を裏切った。もうお前に私は必要ない。お前は自分の足でどこまでも行ける。考えるな、抵抗しろ。光太郎、お前こそが稀代のキン星山だッ‼」


 次の瞬間、羽合庵はカッと目を開き獅子の如き咆哮を上げる。


 光太郎は師の魂の叫びを聞き、その願いに呼応するかのように仄かなる光に全てを託した。

 フラの舞の力は以前の何倍にも膨れ上がっているというのに今の光太郎はまるで脅威に感じない。

 圧倒的な力に翻弄されていたはずなのに、最後の最後で互角の勝負となる。


 「この程度の力で、おいどんを投げようとは舐められたものでごわすな…ッ‼」


 フラの舞の身体を中心にして力を一点に集中する。

 光太郎が全身で受け止めればそれに比例して使う力の量も多くなるというもの。

 ならば最初から受け止める場所を限定してしまえば今の光太郎でもフラの舞の力に耐えることは可能である。

 この上なく不格好だが敗北するよりはいくらかマシだ。

 これもまた片腕でなければ出来ない芸当だった。

 

 光太郎はそのままブリッジに似た姿勢でフラの舞の押さえつけに耐え続けた。

 フラの舞は尚も力を込めて光太郎を地面に押し倒そうとするがそこでスペシャル山から静止の声が上がる。


 「フラの舞、それ以上は駄目だ。君は気がついていないかもしれないがキン星山は少しずつだが身体の位置を取り換えようとしているぞ‼」


 スペシャル山に言われてフラの舞は自分の右腕を見下ろす。

 盟友の指摘の通り、キン星山の使えなくなったはずの左手が添えられていた。

 相撲には天秤投げ、小手投げといった手を主体とした投げなどいくらでもある。


 (一つ、手負いの敵こそ侮るなかれ。スペシャル山、ラーメン山よ。今回ばかりは恩に着るぜ)


 フラの舞は光太郎の左手を振り払ってから有利な体勢を維持しつつ後退する。

 今現在も光太郎の右手首はフラの舞がしっかりと握りしめていた。

 光太郎は何とかフラの舞の手を外そうとするが”崖っぷちのど根性”によって強化された握力は易々と自由になることを許さなかった。


 「そう簡単に形成が逆転すると思うなよ、キン星山…。俺の”崖っぷちのど根性”はまだ続いているぞ‼」


 そう言ってフラの舞は光太郎の右手首を掴む力をさらに強くする。

 光太郎は苦痛に表情を歪めるが、右手は最初から捨てるつもりで戦っていたので拘束されたまま移動を続ける。

 フラの舞はキン星山の体勢を崩す為に片腕を両手で抑えようとするが、それは悪手以外の何物でもない。

 光太郎は脱臼覚悟で左腕を差し出し、フラの舞を前のめりの状態にする。

 そこからまわしを掴み、フラの舞の足を引っ掛けた。だがそこまでやってもフラの舞はビクともしない。

 なぜならばフラの舞の”崖っぷちのど根性”は健在であり、光太郎の逆襲も想定内の出来事だったからである。

 フラの舞は冷静に自分の足の位置を元通りにして逆に強引に攻めようとした光太郎の身体を前に出した。


 「やはり、ここしか無かったんだ…。若には最初から勝ち目なんか無くて、こうなる事を待っているしかなかったんだ…」


 美伊東君は光太郎とフラの舞の戦う姿を両眼に焼き付ける。

 完全なフラの舞に攻め込む隙があるとすれば、フラの舞の完全な一手が完成された時に他ならぬ。

 

 勝負はここからさらに一巡する。


 フラの舞は華麗に光太郎を投げたが、地面に着地する寸前で脱出してしまった。

 フラの舞の投げ技は基本に忠実すぎて投げるタイミングが読み易い、それだけの話だった。

 そして偶然が重なり、光太郎は屈みながらフラの舞の間合いから逃走することに成功する。

 

 フラの舞は何が起きたかさえ理解出来ていない。

 

 その間、光太郎は”崖っぷちのど根性”を発動させて腱を痛めた左腕を回復させる。

 ものの試しに腕全体の筋肉を動かすと骨に違和感を感じた。

 その時、姿を消した兄の翔平が両親や兄弟弟子たちに隠れて氷嚢で膝を冷やしていた姿を思い出す。

 

 (今ならわかる兄ちゃんの気持ちが…。例え相撲を取れない身体になってもおいどんは土俵から出て行きたくはないでごわすよ)


 光太郎は涙を拭き取り、フラの舞の反撃を待った。

 一方、光太郎の奮闘を個人用の観覧席からスモーデビルの暗黒洞ワームホールは冷たい視線を送る。興奮のあまり周囲には暗黒物質ダークマターが漂っているので傍から見るとかなりやばい状態になっている。


 「なるほど。新しいキン星山の武器は、”崖っぷちのど根性”を小出しにすることが出来るということか。フラの舞の”崖っぷちのど根性”の放出限界時間は後わずかだがキン星山はまだ数回は残っている。出来損ないには出来損ないなりの見どころがあるとでも言いたいのか?くだらん…、俺の四次元殺法の前では児戯に等しいぜ」


 ぐおおおおお…ッ‼


 暗黒洞ワームホールは言葉とは裏腹に息を荒くしながら周囲の空間を容赦なく吸い込んでいる。


 この現象は後に、東京ハワイアンドーム(※2000年に解明された)の七不思議として人々の記憶に刻まれるのを彼は知らない…。

 そして今の暗黒洞ワームホール三角墓ピラミッドを探しに行くと言って消えた吉野谷牛太郎の姿に化けているということも忘れてはいけない。

 つまり”頭に角を生やした大男が人気のない場所で叫ぶと物が消える”という怪談が生まれてしまったのだ。


 そしてフラの舞は頭の中から不意の混乱を追い払い、再び光太郎の前に立った。


 「わかっているな、キン星山。これで俺とお前は五分だ。言っておくが、さっきのラッキーパンチを実力などと思ってもらっては困るぞ?」


 フラの舞は自虐的に笑った。

 あれがラーメン山が常に心の片隅に置いておけと言っていたキン星山の持つ不確定要素だ。


 (もしも俺が同じ状況なら、あのまま投げて勝っていたのだろう…。我ながら浅ましいことだ。そんな勝利など意味を為さない戦いだというのに)


 フラの舞は降って湧いた雑念を払い、頬を叩いて心機一転を図った。

 先の局面で追撃が無かったのは、単にフラの舞とキン星山ではハングリー精神の捉え方が違いにすぎない。

 どんな結果になろうとも受け止めるだけの度量が今のフラの舞には備わっていた。


 「カナダ山…。あれが相撲というものなのだな。剥き出しの闘争心がぶつかり合うだけではない。各々の信義と心技を根こそぎ比べ合う戦い…」


 張昭は己の目に溜まった涙を拭いている。

 この荒唐無稽な乱世だからこそ人々は理想こころを求めて止まない。

 孫堅と孫策は志半ばで倒れた。故に張昭は若い周瑜と孫権に時には志を隠さねばならぬと説いた。

 その結果、周瑜からは反感を買って孫権は張昭の前で本心を晒さなくなってしまった。

 同志を思う心は同じだというのにくだらない誇りがそれを邪魔していたことを悟る。


 「へへっ…、俺も道半ばだから上手く説明は出来ないがな。叔父貴、相撲は強いだけじゃ駄目なんだ。強さしか求められていないけど、相手を思いやる優しさがなければ意味が無いってな。やっぱ口では上手く説明できねえ…」


 そして光太郎とフラの舞は正面からぶつかり合う。

 血と汗を鉄火のように散らし、身体に残る全ての力を使って勝利だけを求めた。

 どちらも臆しも、退きもしない。互いの視界が赤に染まろうとも止めなかった。


 「…そろそろ勝負を決めようか、キン星山よ。この勝負やはり俺の勝ちだ…」


 フラの舞は顔を手で覆い、額から滴る血を全て払い落す。

 ここに来て自分の勝利は揺るぎ無いものと確信する。

 絶対に勝たなければならない気持ちが彼の原動力となっていた。


 (今は全てのこだわりを捨てる。親父の、ハワイ相撲でこの戦いを俺は制する…)


 内なる気炎が轟と立ち上る。火柱は天を衝き、フラの舞を赤き戦神の姿に変えた。


 「いやいやいや。そこはおいどんに勝ちを譲ってもらわないと困るでごわすよ。ゼロ勝三敗では格好がつかんでごわすから…」


 光太郎は引きつった笑いでフラの舞に答えた。

 また左腕から力が失われ、肘から下が垂れている。

 今の光太郎は身体のほとんどの部分を”崖っぷちのど根性”を使って普段の状態をギリギリ維持していた。

 そして目の前には限界を超えた最恐のフラの舞が立ちはだかる。

 フラの舞は静かにハワイ相撲の”火山の構え”に移った。

 腰が高い位置にある構えの為にまわしを取りやすいとも考えられるが打撃に特化しているので接近すること自体が至難の業である。

 

 だが、ここでフラの舞の流儀につき合わずして何の為の相撲だろうか。


 光太郎は不敵に笑い、羽合庵から教わった付焼き刃の”火山の構え”をとる。

 フラの舞の眼光が厳しさを増した。


 「まだ理解できていないようだな、キン星山。お前の”火山”は所詮覚えたての素人芸にすぎん。一度目の立ち合いでそれは立証されたはずだが?」


 あの時の光太郎は奇策を用いれば、フラの舞が自分から”崖っぷちのど根性”を出すものと考えていた。

 だが結果として光太郎の読みの浅さが敗北を招き早くも二敗している。

 実力の基本的な部分で劣っている光太郎が策の一つや二つを用いたところでこの差が縮まる事はないのだろう。

 だから最初から全力で馬鹿をやることにした。

 勝利への渇望を、力に変換して光太郎は最後の賭けに出る。


 「おいどんは恥ずかしながらあの時は何もわかっていなかったでごわすよ。あんさんとの実力の差を何もわかってはいなかった。アニメやゲームの登場人物のように時間をかければいつか必ず追いつけるみたいな事を考えていたでごわす。だが今は違う。例えどんな努力を積んでもきっとおいどんはあんさんのようにはなれない」


 一歩、距離を詰める。

 眼前の相手から視線を外すことはない。

 張り手は腕一本で全て叩き落とす。

 

 一歩も近寄らせない。

 組む時はあくまで自分が有利になった時のみ。

 戦術とも呼べぬものを一口で飲み込み、地面に足を固定する。


 光太郎は目を閉じて”崖っぷちのど根性”を再発動する。

 次の瞬間、示し合せたように二人の力士の距離がまた一歩近づく。


 カナダ山は歯を食いしばり、全身から汗を流している。

 そして拳を振るい、盟友の勝利を望んで叫んだ。


 「フラの舞、骨は拾ってやるぜ…。思いっきりぶつかって来い。いいな、悔いだけは残すんじゃねえぞ‼」


 フラの舞はカナダ山の応援を受けて千の味方を得た気持ちになった。

 張昭や甘寧たちもこぞってフラの舞の応援を始める。

 この時ばかりは、ただ涙が止まらなかった。

 父ワイキキの浜が死の直前まで土俵に立つことを望んだ意味がわかったような気がした。


 今、万感の思いを経て相撲人生最高の”火山の構え”を用いた攻勢が始まる。


 光太郎もまた右手一本で次から次へと放たれる張り手の雨を叩き落とす。

 あえて左腕は使わない。

 フラの舞の張り手は時間と共に激しさを増して光太郎の防御を容易に突破した。


 「すごいですね、美伊東君。キン星山さんは片手一本であんなすごい攻撃を防いでいる。これなら…」


 諸葛瑾は涙を拭きながら美伊東君に微笑みかける。

 今の十全の状態のフラの舞にのみ通用する必勝の策がついに使える段階にまで進んだのだ。

 後は光太郎の気力が途絶えないことを祈るしかない。


 次の瞬間、光太郎の胸板にフラの舞の張り手がぶち当り、大きく前進をグラつかせる。

 しかし光太郎は後退すると見せてから身を引き、全体重を乗せた頭突きをフラの舞の顔面に叩きつけた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これは決まったか! まあ、頭突きですが…… [気になる点] カナダ山、いつ叔父貴になったんだ…… [一言] あの超神はジェロニモを超人に導いた神では……
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