第九十四話 第二回戦 波乱万丈の幕開け‼の巻
更新が遅れてすいません。次回は六月一日に投稿する予定です。
世界スモーオリンピック第二回戦、第三試合会場「東京パンツァーファウストスタジアム」は大会の優勝候補に数えられる二人の力士の戦いを観る為に観客席は満員となっていた。
東ドイツ代表の力士ブロッケン山の息子鈴赤は大観衆を避けて予備の包帯をもらう為、会場内の大会運営本部に向かった。
本部にいた医療スタッフから包帯と消毒液を受け取った鈴赤は救急箱を肩から下げて父親の待つ控室とんぼ返りで戻る。
鈴赤もまたドイツ国内において将来を有望視されている少年力士だったので遠回りしながら帰らなければなかった。
鈴赤は自分の監視が届かない場所でブロッケン山がいい加減な事をやっている可能性を考慮しているので急がなければならなかったのである。(喫煙、飲酒等)
群衆を避け、人通りの少ない関係者専用の細い通路を使って早歩きをする。
そこにゆらりと影が立ちはだかる。最初鈴赤は警戒したが、すぐに自分の重い過ごしである事に気がつく。
なぜならば今、彼の目の前にいるのは父ブロッケン山の盟友であり専属のスモードクターでもあったホータイ・マキマキだったからだ。
鈴赤は深呼吸して心を落ち着かせてからホータイに挨拶をした。
「いきなり出て来たからビックリしたぜ、ドクトル。しばらく姿を見なかったけど大丈夫かよ。このご時世、医者の不養生なんて洒落にもならんぜ」と出会い頭に鈴赤は生意気な口をきく。
ホータイ・マキマキは顔にぐるぐる巻きになった包帯の下で微笑んでいた。
そして白衣のポケットからまだ使っていない包帯を取り出し、鈴赤に渡した。
「心配をかけてすまないな、鈴赤。私は自分の健康は専門外だから気にした事が無かったよ。これから腕の良い医者でも探そうかな。ところでこの包帯、まだ使ってはいないのだが良かったら君にあげるよ」
鈴赤はニッコリと笑い新品の包帯を受け取る。
この時、鈴赤を生涯苦しめるであろう”呪い”が始まった。
成人した鈴赤は右手が疼く度に、この時の光景と父の姿を悪夢の中で思い出すことになる。
鈴赤は父親と同じ包帯を身につけることで少しでも理想に追いつけると考えていた。
幼い子供の憧れが後の一生を左右する出来事に直面する。
そういった事を含めて人生とはつくづく平等なのかもしれない。
鈴赤は自身を待ち受ける過酷な運命も知らずに屈託のない笑顔でホータイ・マキマキに挨拶を返した。
「じゃあこれからは睡眠と食事をしっかり摂るんだぜ、ドクトル?この包帯は俺が出征払いで新築の診療所にして返してやるぜ。楽しみにして待ってな!」
ホータイ・マキマキは驚いた様子で鈴赤の背中を見送った。
ほんの一瞬だが、自身が直向きに相撲に打ち込んでいた頃を思い出す。
ごほ…ッ⁉
口の奥からどす黒い血の塊が込み上がりホータイ・マキマキは前に向かって倒れそうになる。
(何を考えていた、三角墓?お前は相撲の暗黒に満ちた未来へと誘うべくあの御方に命を捧げたスモーデビルではなかったのか⁉)
その後も奮起すべく全身に力を込める度に血を吐き出した。
自身の至らなさ、歯痒さに苛立ちを覚える。
吉野谷牛太郎は、サスペンションX、暗黒洞らは急いて事をし存じた三角墓を責めることはないだろう。
この場合に限ってそちらの方が辛い。
ホータイ・マキマキことスモーデビル三角墓は残り少なくった命の灯だけを頼りに観客席に向かって進んだ。
最初から予約制の関係者席でブロッケン山に転生の儀式を施すつもりだったのだ。
その頃、鈴赤は大勢の人の壁と波を抜けてブロッケン山の控室に辿り着く。
部屋の中にはブロッケン山の血縁であるヴァンツァー山が到着していた。
彼は朝から西ドイツの相撲協会とソビエトの相撲協会を相手にブロッケン山の覚悟を伝えに行っていたのである。
しかし鈴赤の注意を引いたのはヴァンツァー山ではなく、父ブロッケン山の尋常ならざる闘志だった。
あの父が燃えていた。
全身から燃える闘志を噴き出して摺り足を続けている。
普段は摺り足を健康体操と揶揄している男が、じっくりと前に向かって進んでいた。
目線の先には今大会の最大にして最強の敵、ラーメン山がいるのだろう。
ブロッケン山は鈴赤の到着を知っての事か何者かに語りかける。
「ハッ…光太郎に焚きつけられちまったのかもな。国に飼い殺しにされて終わったと思っていた俺の相撲人生に最後の一花ってのを咲かせてみたくなっちまったんだ。なあ、笑えるだろ?」
ブロッケン山は部屋の壁の前で止まり、稽古を中断する。
イメージトレーニングの中でもラーマン山との戦いでの勝率は五割以下のままだった。
年齢的な差異を考えても、才能と資質という点でブロッケン山はラーメン山に劣る。
だが、例えこの場で死んでも負けないという気持ちだけは消えなかった。
「誰も笑わねえよ、親父。いや師匠。やっぱりアンタが最強の力士だぜ…。世界中の相撲ファンどもに見せてやれよ、アンタの本気をッッ‼‼」
鈴赤は帽子を脱いで父親の姿を見つめる。
ブロッケン山は息子の激励を聞いて少しだけ口の端を緩ませた。
ヴァンツァー山の話では、ラーメン山は自己鍛錬ではなくアメリカ代表のフラの舞に稽古をつけていたらしい。
ヴァンツァー山は激昂していたが、ブロッケン山はラーメン山の行動に得心していた。
モチベーションの上げ方というものには個人で違いというものがある。
ラーメン山はフラの舞に稽古をつける事で”力量、技量の不足という不足分”を補ってきたのだ。
事前に集めたデータが無駄になった可能性もある。
ブロッケン山はヴァンツァー山と鈴赤の姿を見てため息をついた。
それから十数分後、控室に会場のスタッフが現れてラーメン山の到着が伝えられた。
ブロッケン山はパイプ椅子に腰を下ろして休憩に入っている。
「ラーメン山め、他国の力士のトレーニングにつき合うとはどういうつもりだ。ブロッケン山、お前はどう考えている?」
ブロッケン山は鈴赤から青いタオルを受け取り、軽く汗を拭いていた。
以前のような寒気も、倦怠感も感じていない。
満足の行く状態で時間を全て使って戦うことも可能だろう。
興奮して顔を赤くしているヴァンツァー山を諫めるようにブロッケン山は不可解な行動の原因を自分なりに説明する。
「羽合庵とフラの舞の父ワイキキの浜の因縁は俺も知っている。その上であの腰が重いラーメン山が関わってきたんだ。自分の最終調整を兼ねた何かがあるのは間違いないだろう。奴の使う相撲拳法にはまだ謎が多い」
ラーメン山の実力は未知数の部分が多かった。
公式戦では無敗ということになっているが、参加した回数自体は少ない。
しかしラーメン山を知る者は揃ってラーメン山の最強を疑わなかった。
ブロッケン山とヴァンツァー山は中国との交流戦でラーメン山の戦いを見たが実力を発揮する前に試合が終わってしまったので真価を確認してはいない。
「ブロッケン山、当然勝算はあるんだろうな?こっちは絶対に勝つってソ連と西ドイツのお偉いさんに大見得切ってきたところなんだぜ?」
ヴァンツァー山は額に汗を浮かべてブロッケン山に自信の程を尋ねた。
ブロッケン山は両手を投げ出して首を傾げる。ラーメン山との戦いに備えて戦略を幾つか用意したが、戦う直前に別の情報が追加されて変更を余儀なくされる可能性も出てしまった。
しかし、その事が逆にブロッケン山に新たな闘志を抱かせる結果となる。
ラーメン山は一筋縄ではいかない実力者であり、彼を倒す事は夢にまで見た”優勝”に一歩近づくことを意味する。
かつてない勝利への渇望がブロッケン山の中に生まれていた。
「安心しな、兄弟。俺はもう迷うことはねえからよ。早く優勝してトロフィーをベルリンの壁に持って行ってやろうぜ。いつか祖国が元に戻ったら、その時は西側の連中にもスモーオリンピックの優勝トロフィーを拝ませてやるんだ」
三人は肩を組んで笑い合った。
じわり。
その時、鈴赤のポケットの中に入っていた新品のはずの包帯に染みのようなものが生まれた。
これこそが後の悲劇に繋がる大一歩となることを今はまだ誰も知らない。
舞台は光太郎とフラの舞の戦いに戻る。
今、二人はアメリカ人が考えたような古代中国の兵士の衣装を着ていた。
光太郎は少し前に横山光輝の三国志に熱中していたので、出来合いの衣装にガッカリした様子だったがフラの舞は三国志の知識が全く無かったのでそれなりに満足していた。
二人が到着して少し時間が経過した頃、地面から突然山ほどもある大きさの巨大な亀が姿を現した。
光太郎は巨大な亀の正体が黒の体色と蛇の姿をした尾の形状から玄武ではないかと考える。
一方フラの舞は「浦島太郎…」と日本のおとぎ話の知識を持っていることを披露していた。
「あんさんはもしかして四聖獣の玄武さんでごわすか⁉おいどん、SF小説とか読むから知っているでごわすよ!」
光太郎は大喜びしながら、玄武(?)に向かって手を振った。
フラの舞は光太郎の真似をして手を振っていた。
「さてもお前たちにどう説明したものか…。まず私は玄武の姿を与えられた使い走りであって玄武ではない。その方が呼び易いというなら玄武と呼ぶがいいだろう。次にキン星山、フラの舞よ。お前たちは不俱戴天の仇ではなかったのか?まあ仲が良いのにこしたことはないのだが…」
玄武は困った様子で、光太郎とフラの舞の姿を交互に見ていた。
近くにラーメン山か雲吞麵がいれば事情を聞く事も出来たのだろうが、現在この場所には光太郎とフラの舞しかいなかった。
「ええと、土俵の無い場所で喧嘩をしても意味がないので…」
「同感だ。俺たちはスモー・レスラー。土俵で決着をつけるのが俺たちの流儀。キン星山の言う通り土俵が無ければ戦う意味がない。全ての決着は土俵の上でつける…」
フラの舞は胸を張って答えた。
光太郎も両腕を組んでフラの舞の言葉に頷いている。
(ラーメン山め。また面白い力士をここに連れてきたな)
玄武は内心で苦笑しながら二人に向かって初戦の決闘方法についての話を進める。
「それならば話は早い。キン星山、フラの舞よ。これからお前たちにはこの場所で相撲をとってもらう。土俵は私が用意させてもらおう」
玄武は左の前足で地面を叩いて大地を揺らした。
地面に亀裂が走り、地の底から土砂をかき分けてさらに巨大な甲羅を背負った亀が姿を現した。
光太郎とフラの舞の視線は自然と亀の甲羅の天辺に釘付けになる。
巨大な亀と共に、”亀霊”と漢字で書かれた土俵が姿を現したのだ。
「フン、あの土俵が俺たちのバトルステージというわけか。…まあまあだな。ところで玄武、このコスチュームは脱いだ方がいいのか?」
フラの舞は土俵を見てから玄武に尋ねる。
光太郎もどんぐり眼で見つめながら玄武を言葉を待っていた。
玄武は目を閉じると頭をゆっくりと横に振った。
「フラの舞よ、それはあまりオススメできない選択肢だな。お前がどうしてもというなら脱いでも構わぬが果たして彼らがどう思うか…」
ヒュッ!
どこからともなく射られた矢がフラの舞の左目に向かって向かってくる。
フラの舞は瞬きもせず飛んできた矢を捉えてそのまま握り潰した。
次の瞬間、光太郎とフラの舞は自分たちと玄武を取り囲む軍勢の影に気がついた。
ヒュン、ヒュンッ!
続いて第二、第三の矢が射かけられた。
光太郎はフラ舞の前に出て数本の矢を片っ端から捌いた。
…否、二本くらい頭に刺さっている。
光太郎は痛みを堪え、豪快に笑った。
「ガッハッハッハ!おいどんを倒すには矢の数が足りなすぎやしないかのう!これの三倍は…ひいっ!」
「キン星山、何を馬鹿な事をしている。土俵まで急ぐぞッ!」
光太郎の頭上に矢の雨ならぬ矢の天蓋が出現していた。
フラの舞は光太郎の手を掴んで強引に前に引っ張る。
二人は命からがらで亀の甲羅の上に鎮座する土俵まで行く事になった。