第九十三話 戦いの火ぶたは切って落とされた‼の巻
次回は五月二十七日に投稿するでごわす。
「神代より相撲の守護神たる霊獣の力で古の戦場を復活させて勝負を行い、真の勝者に相応しい力士を選定する相撲デスマッチ。それが赤壁相撲である」と王大人っぽい男がいきなり現れて戦いの基本的なルールを説明していった!
フラの舞は自分の持っている霊獣が描かれた絵札を取り出した。
光太郎も美伊東君から絵札を受け取り、王大人っぽい男に見せる。
しかし王大人っぽい男は目を閉じたまま首を横に振るだけだった。
「私はただの変わったルールの相撲マニアにすぎない。本当の事を知りたければあの男(ラーメン山の事)に聞くがいい。死亡確認、ゴバルスキー‼ではさらばだ、どすこい塾の諸君。健闘を祈る」そう言って王大人っぽい男はいずこかへと消えて行った。
光太郎とフラの舞は恐る恐るラーメン山の方を見る。
ラーメン山は「本場四川省もビックリの激辛ラーメン」と書かれたカップラーメンを凄まじい勢いでかけこんでいた。
試合が近いのに大丈夫か、ラーメン山‼と突っ込んでやりたい。
ラーメン山は麺を全て食べ終わるとスープを一気飲みした。
そして、涙と鼻水を垂らしながら気まずそうにしている光太郎とフラの舞に言い放つ。
決して相手にされなかった事が寂しかったというわけではない。
「キン星山、フラの舞、面を上げるがいい。私もそろそろ自分の試合が近い為に移動しなければならないからな。今回の赤壁相撲では三国志時代における感涙必至の名場面で三本先取の勝負を行ってもらう。この戦いにおいて重要なのは”理”、ただ闇雲に勝利を求めれば良いというわけではない」
「ラーメン山殿、一つ質問を宜しいでごわすか?原則として相撲は日頃から培ってきた力の比べ合いのはずでごわす。おいどん頭が悪いから上手く説明できないでごわすが、理屈と相撲ほどかけ離れているものは無いかと思うのでごわすが?」
光太郎の問いかけにラーメン山は失笑した。
(キン星山、やはり同じ事を考えていたのか…)
一方、対面ではフラの舞は落ち着いた様子で光太郎を見つめている。
それは若いラーメン山が師匠の老師山に同じ質問をしたからに他ならない。
ゆえにラーメン山はかつての老師山がしたようにフラの舞と光太郎の方ではなく遥か遠方を見ながら悠々と語った。
「それは愚問というものだ、キン星山よ。果たしてお前の勝利はお前だけのものか?そんな事はお前自身が一番よく知っているだろうに…」
(…ッ‼おいどんの勝利の陰には常に誰かの助けがあったでごわす‼美伊東君、お父ちゃん、お母ちゃん、羽合庵師匠、大神山の兄さん、テキサス山、印度華麗…ッ‼そうか、そういう事でごわすかッ‼)
一縷の勝利など神の与えた気まぐれな結果。
しかしそこに辿り着くまでには誰かの支えがあった。
今ここに立っているのは誰かのお陰。
ラーメン山の一言が稲光となって光太郎の脳天を貫く。
フラの舞もラーメン山の言葉に衝撃を受けていた。
父を倒した羽合庵への憎しみ。
偉大すぎる父への劣等感。
砂上の楼閣で思い上がって傷つけたにも関わらず駆けつけてくれた同郷の力士たち。
どれ一つとってもただ一人の為のアメリカ代表の座ではない。
(即ち、これこそがキン星バスター投げ体得の最後の試練ッッ‼)
フラの舞は両の拳を深く握りしめた。
ラーメン山はフラの舞をそっと眺め、修行の完了を見届ける。
後は運と実力だけがものを言う世界。
「それでは雲吞麺よ、後はお前に任せる。キン星山、フラの舞よ。良き勝負を。願わくば決勝戦で会おう…」
王大人っぽい男は袖に両手を入れて頭を下げる。
話の流れからしてこの男がラーメン山の言う雲吞麵という怪人なのだろう。
雲吞麵はナマズ髭をしごきながら光太郎とフラの舞の姿を交互に見る。
(この二人、おもしろい。今の時点ではフラの舞の方が上に見えるが、互角に等しい実力の者たちだ。この戦いの行く末を見届けよと言われた時はどうしたものかと思ったが、流石はラーメン山よ)
雲吞麵は袖で口もとを隠しながら二人に巻物の前まで来るように命じる。
同時にラーメン山は別の会場に向かう為、出入り口に向かって歩き出した。
そんな中、フラの舞はラーメン山に向かって別れの挨拶を告げる。
「ラーメン山、昨日までトレーニングにつき合ってくれてありがとう。この借りは俺とアンタの決勝戦で返してやる!」
「…減らず口を叩くな、小僧。例えキン星山を倒したとしてもテキサス山が残っている。あの男ならば無人の野を行くが如く準決勝に勝ちあがってくるだろう。油断大敵だ」
ラーメン山は前を向いたままフラの舞に手を振った。
フラの舞はラーメン山の後ろ姿が見えなくなっても頭を下げている。
雲吞麵は二人の姿を見て静かに笑った。
光太郎と美伊東君は厳しい顔でラーメン山とフラの舞の姿を見ていた。
「ここでおいどんがフラの舞に勝ったとしても、テキサス山がいるでごわす。そしてその先にはブロッケン山どんが、ラーマン山がいるのでごわすな。正にいばらの道でごわすな」
「何を言っているんですか、若。さらにその先には倫敦橋がいるんですよ。正直、若の成長は僕にとっても想定外ですが相手が倫敦橋ともなれば勝ちそのものが見えてきません」
「むう…」
光太郎は両腕を組みながら前に向かって歩き出した。
内心は不安だらけだったが、今は前に進むしかない。
前に進まなければ何も始まらない。
一心不乱に勝負に打ち込む、これが光太郎がこの三日間で得た修行の成果だった。
美伊東君は決して光太郎の前では口にはしなかったが、光太郎ならば或いは倫敦橋に勝てるのではと思い始めていた。
やがて二人は雲吞麵の前に立つ。
遅れてフラの舞も解かれた巻物の前に駆けつけて来た。
二人は睨み合うわけでもなく、横に並んで待っていた。
互いを意識している事を悟られぬよう、ただじっと雲吞麵を待つ。
念の為に言っておくが、定食屋で雲吞麵を待っているというわけではない。
「これより第一の戦場、長坂の戦いに向かう。お前たちは過去の世界の住人となって相撲をとるわけ
だが常に霊獣たちの監視があると思え」
雲吞麵は着物の懐から「諸葛孔明」と感じで書かれた羽扇を取り出した。
そして巻物の前で八卦陣を描き、異空間への入り口を作り出す。
かなり現実離れした光景だったが誰も口を挟む者はいなかった。
そういうものだから仕方ない、大人の合理的判断である。
「イエス」
「矢でも鉄砲でも、どんと来いでごわすよ」
フラの舞は光太郎に先んじて入り口に突入する。
光太郎は両手で頬を叩き、美伊東君にお気に入りのアイドルのコンサートチケットを渡した。
既にコンサートの期日からかなりの日数が経過している。
金券ショップに持って行っても買い取ってはくれないだろう。
「美伊東君。おいどんはこの試合に勝ったらアイドルのガーリック花子ちゃん(※現在の光太郎の推しアイドル)に告白をしようと思っているでごわす。止めないで欲しいでごわす。武士の、いや力士の情けでごわす」
美伊東君はこっそりとチケットを見た。
チケットには”ホルモン☆ガールズ”と別のアイドルユニットの名前が書かれていた。
(また好きなアイドルが変わっている。この人はミーハーなんだよな…)
色々言いたい事はあったが勝負にマイナス方面で影響が出るのは間違いなかったのでぐっと堪えることにした。
光太郎はキリリと引き締まった表情になり一路”長坂の戦い”の戦場に通じる次元扉に入って行った。
美伊東君は羽合庵のいる休憩用テントに戻った。
本来なら羽合庵も見送りに来る予定だったがフラの舞が態度を頑なにする可能性があったので待機することになったのだ。
羽合庵は戦場に移動した光太郎の事も心配していたが、観客席にいる吉野谷牛太郎の動向も気になっていた。
「美伊東君、光太郎の調子はどうだった。向こうでも冷静に戦えそうだったか?」
「今のところは問題なく戦えるでしょう。ルールはともかく試合自体は土俵の中で戦う普通の相撲ですから」
美伊東君は持参してきたスポーツバッグを開けてタオルとガーゼと薬、そして冷却スプレーの有無を確認する。
土俵で決着がつけば一度、必ず光太郎がここに戻って来るというのが赤壁相撲のルールだった。
試合の監督役である霊獣たちが勝敗の結論を出すまでの間、美伊東君と羽合庵は傷ついた光太郎に応急処置をするつもりだった。
フラの舞陣営も同様に担架や医療器具のチェックを行っていた。
アメリカ製の最新技術が使用された医療器具を見た美伊東君は今さらながら組織力の違いというものを痛感する。
羽合庵は周囲の状況に左右されることなく黙々と準備を続けた。
その間、雲吞麵はスタッフに命じて会場の中央に巨大なスクリーンを設置していた。
男塾の一号生、虎丸と富樫らにそっくりなやたらとガタイの良い男たちが巨大なモニターを運んでいる。
羽合庵と美伊東君は田沢に似た眼鏡のマッチョが指揮をしている事に不穏さを覚えていた。
「さて、男塾の諸君。ではなく会場に集まった皆さま方。これよりスモーオリンピック第二回戦、ハワイ代表フラの舞よ日本代表キン星山の戦いを始める。両雄の健闘を心から祈る。それでは死亡確認ッッ‼」
雲吞麵の背後からカサンドラの門番のライガ、フウガのような大男が現れ、これまた巨大なバトルハンマーで銅鑼を鳴らす。
かくしてキン星山とフラの舞の因縁深き一戦の幕が開いた。
話はやや本筋から外れることになる。
同じ頃、観客席でおとなしく試合を観戦している吉野谷牛太郎は退屈そうに試合の様子を眺めていた。
アルコールを一杯引っ掛けたいところだったが昨日の戦いでサスペンションXから一か月の禁酒を言い渡され、現在は健全にメロン味のクリームソーダを片手にポップコーンを食べている。
吉野谷牛太郎から見ればフラの舞、キン星山など凡庸な力士でしかなかった。
(多少は強いのかもしれないが昨日戦ったコスプレ野郎やデカブツに比べれば見劣りする。ましてやそんな連中がキン星バスター投げなどと…)
口の端を歪め、ポップコーンを多めに放り込んだ。
吉野谷牛太郎はキン星バスター投げの真実を知っている。
ゆえに光太郎たちの修行も無意味であることも知っていた。
(何をマジになっていやがる。この俺ともあろうものが…)
吉野谷牛太郎が憂さ晴らしにポップコーンを食べているといきなり右手を掴まれた。
それはよく知った黒い手だった。盟友の到着に吉野谷牛太郎は頬を緩めてしまう。
「遅かったな、暗黒洞。罰ゲームのついでにビール買って来てくれよ。キンキンに冷えたヤツだぜ?」
暗黒洞は次元の穴から全身を出した。
そして周囲を見回し、忽然と姿を消してしまった仲間の姿を捜した。
「吉牛、緊急事態というヤツだ。三角墓のヤツがいない」
三角墓は先日の激闘で肉体の大半を失い、自力で動き回れるような状態ではなかった。
三角墓の肉体のスペックは吉野谷牛太郎、山本山に次ぐ再生能力を持ったスモーデビルだが限界は存在する。
中でも肉体の一部を犠牲にして戦闘能力を底上げする”三角墓の奇跡”という技を使った後では再生能力が著しく低下してしまう。
吉野谷牛太郎は暗黒洞に三角墓の失踪を告げられ、行く末に不安を覚える。
「まさかあのバカ、昨日のケジメを取りに行ったんじゃねえだろうな…。ブロッケン山のところによ。サスペンションXはどうしている?」
サスペンションXもグレープ・ザ・巨峰との戦いで全身のパーツ交換が必要になるほどの重傷を負っていた。
代替の手足(※ジャムおじさんにアンパンマンの予備の手足を借りて来た。ジャムおじさんはスモーデビルだった)が無ければ今頃はバンダイプレミアムに電話をしなければならなかったことだろう。
もしそうなればかなりの金額を要求される。
「俺も止めたんだがな。三角墓が棺桶にいない事を教えたらすぐに出て行っちまったよ」
三角墓は高慢ちきな言動が目立つスモーデビルだが、仲間思いで何よりも任務に忠実だった。
昨日の戦いをスモーデビルの敗北と捉え、己の命をもって償うと考えていても不思議ではない。
吉野谷牛太郎はポップコーンとメロンソーダを一気に処分すると席から立ち上がった。
「おい、暗黒洞。しばらく俺は席を開けるからお前さんは俺に化けてここに座っていてくれ」
スモーデビル暗黒洞にはダークマターの力で別人の姿に変身する(※より正確に言うと周囲の風景を捻じ曲げて別人の姿を投影する)ことが出来る。
暗黒洞は頭っぽい部分を縦に振るとすぐに吉野谷牛太郎の姿に変身した。
吉野谷牛太郎は自慢のアフロヘアーを掻きながら三角墓がいるであろうラーメン山とブロッケン山の戦場、東京パンツァーファウストスタジアムに向かった