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血染めの覇道  作者: 舞って!ふじわらしのぶ騎士!
王道 キン星山編 第一章 輝け!キン星山!
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第九十話 消えゆく思い出‼の巻

 一日遅れてしまいました。すいません。

 次回は五月十二日に投稿する予定でごわす。


 それはグレープ・ザ・巨峰が嵐洲浪兎ランスロットと名乗っていた頃、彼は正体を隠してブリテン島でスモーの修行に明け暮れていた。

 ある時、彼は修行仲間の我上院ガウェインが無名の力士に敗北した事を知る。

 嵐洲浪兎は噂の真偽を確かめる為に、その力士に勝負を挑む。

 なぜならばスモーナイト我上院こそは嵐洲浪兎が生涯ただ一人の好敵手として認めた力士、まぐれとはいえ実力の程を知らねばならぬと思った。


 「貴公の名を教えてはもらえぬか?」


 嵐洲浪兎は無名の力士に向かって手を差し出す。

 男は屈託のない表情で嵐洲浪兎の手を取った。

 古の力士は握手というものをしない。

 相手の手を握れば必然的にどちらかの手を潰すまでやる。

 故に力士たちは互いの部屋に伝わるちゃんこ鍋を出して交友関係を結んだ。


 (さあどうする。お前には私の手を握る勇気はあるのか?)


 嵐洲浪兎は目の前の男がどういった行動を取るかを待っていた。

 並の力士ならば手を取らず、実力者ならば手を払うところだろう。


 「ワシの名は天辺龍。ただのスモー好きの男よ」


 男はそう言ってから嵐洲浪兎の手を取る。

 その時嵐洲浪兎は自分の手を一瞬で握り潰すほどの力を期待したのだが、ただの友好的な握手だった。


 「我が名は嵐洲浪兎。天下無双を目指している」


 嵐洲浪兎は右手に渾身の力を込めて握り返した。

 虫も殺さぬような端正な顔に凄絶な笑みを浮かべ、嵐洲浪兎は天辺龍の対応を待った。

 天辺龍は顔を真っ青にしながら目に涙を浮かべている。


 (これは悲哀の涙?まさか、この私の蛮行に心を痛めているとでも…ッ‼)


 嵐洲浪兎の氷のように凍てついた心が一瞬にして灼熱地獄と化す。


 見透かされている、と直感したのだ。


 かねてより嵐洲浪兎は己の名と強さを知らしめることに執着していた。

 その為、古参のスモーナイト特にライバルの我上院には”けいは功を焦り過ぎている”という酷評を受けていた。


 (おのれ。終生の好敵手と認めた力士おとこに侮られるならばともかくこのようなどこの馬の骨とも知れぬ者に憐れみを受けるとは…。その罪、万死に値するぞ‼)


 嵐洲浪兎は限界を超えた力で天辺龍の右手を握りしめる。

 もう天辺龍は表現しようがないほどに痛みで苦しんでいた。

 右手は手を通していないゴム手袋のようにひしゃげ、口を開いて止めてくれるように頼もうとしているが痛みのあまり声が出ないといった有り様である。

 しかし、嵐洲浪兎は全く別の受け取り方をしていた。


 (この男…。、私を笑っているのか⁉今の私が、目の前の吊られた人参に翻弄されているだけの競走馬だと…。おのれ、おのれ、おのれい!)


 「天辺龍とやら貴様ごとき凡庸なる力士に私の何がわかるというのだ‼」


 バキベキゴキグリィィ…ッッ‼


 その瞬間、天辺龍の右手の指全てが折れてしまった。

 天辺龍の顔は青から真っ白に変わってしまった。

 嵐洲浪兎は天辺龍の右手から力が失われていることに気がつき、自らもまた手を引っ込める。


 (この男、あくまで己の方が上だと言い張るつもりか…)


 嵐洲浪兎は白い手袋を外して、天辺龍の顔に叩きつける。

 嵐洲浪兎は英吉利イギリスの力士だが、出身は仏蘭西フランスである。

 決闘方法も当然、欧州式を重んじた。


 「こうなったらお互いの名誉と命を賭けての決闘だ。受けてもらうぞ、天辺龍とやら‼」


 こうして初代”天辺龍ペンドラゴン嵐洲浪兎ランスロットの因縁が始まった。

 その後、誤解が解けるまで嵐洲浪兎の一方的な勝利に終わったのだが、最後の一戦は天辺龍が勝利した。


 天辺龍が残した言葉を嵐洲浪兎はいまだに忘れた事がない。


 「嵐洲浪兎よ、ワシはいつかお前の前を歩くにふさわしいスモーナイトになりたいのう…」


 天辺龍は笑いながらそう言っていた。

 全身は打ち身による痣だらけでどちらが勝利者かはわからないような姿だった。

 だが倒れても倒れても立ち上がる天辺龍の姿に、嵐洲浪兎は真のスモーナイトの姿を見た。

 そしてその男天辺龍は最後まで真のスモーナイトである事を貫き通した。

 変わり果てた姿となってしまった現在でも嵐洲浪兎にとっての主君とは初代”天辺龍”に他ならない。


 その男の生き写しのような姿をした力士が今、目の前に立っていた。


 「今日の勝負はここまででごわす。相撲がしたいなら土俵でやればいいでごわすよ」


 光太郎はサスペンションXとグレープ・ザ・巨峰に言い放った。

 そして己のピシャリと腹を叩く。サスペンションXは舌打ちをした後、足のコイルを収縮させ弾みを作る。

 このスモーデビルはバネ状の肉体を収縮させるだけで体内であらゆる予備動作を完成させることは出来るのだ。サスペンションXは腕試しとばかりに光太郎の腹に向かって跳躍した。光太郎は両腕を折って腰を落として連勝ストッパーの構えを作り、真っ向から勝負を挑んだ。


 「カカーッ!ここはお行儀の良い優等生の出る幕はねえんだよーッ‼ベッドの上で相撲観戦でもしな‼スパイラル・デスシュート‼」


 「何のこれしき‼防御こそ最大の攻撃なり‼伝家の宝刀、連勝ストッパーの構えでございッ‼」


 本来ならばサスペンションXは今の光太郎が太刀打ち出来るような敵では無かったが、グレープ・ザ・巨峰との戦いで消耗していた為に光太郎の技の方がわずかに威力が勝っていた。

 サスペンションXのぶちかましは光太郎の連勝ストッパーの構えによって見事に弾き返されてしまう。


 光太郎は己の前腕骨の硬さにかつてない心強さを覚える。

 羽合庵の過酷な修行の日々が無ければ、間違いなく光太郎の両腕は砕かれていただろう。


 (羽合庵師匠、ありがとうございます…。アンタの修行でおいどんは強くなった…)

 

 光太郎は心の中で羽合庵に感謝の言葉を送る。


 「さあ、何発でも打って来いでごわすよ!それで気が済んだら家に帰って寝るでごわす‼」


 「この…ッ‼調子に乗るなよ、二流力士が。俺様を誰だと思っていやがる‼」


 サスペンションXは怒声と共にその場で強引に立ち上がろうとした。

 しかし、背後から現れた吉野谷牛太郎がサスペンションXの肩を掴む。


 (悪いな、相棒。少しばかり事情が変わった。ここは俺に任せてくれねえか?)


 吉野谷牛太郎はサスペンションXの耳元で囁く。


 吉野谷牛太郎をスモーデビル・セブンのリーダーに推薦したのは他でもないサスペンションXだった。

 サスペンションXは一瞬で思考をクールダウンして無言のまま引き下がる。


 「ははは…。冗談だよ、冗談。俺たちだって本気で戦う気なんて無いさ、キン星山。さっき道端で俺たちがスモーオリンピックの話題で盛り上がっていたらそっちの二人と揉めちまってさ。たまたま相撲経験者が四人揃っていたって話なんだよ。いや悪かった」


 吉野谷牛太郎は光太郎の視界からサスペンションXの姿を隠すようにして立っていた。

 

 サスペンションXは特に急ぐ様子も無く隠れ家に向かって歩き始めていた。

 ちなみに他の二人、暗黒洞ワームホール三角墓ピラミッドは既にワームホールを通って別の場所に移動している。

 スモーデビルたちは引き際というものを心得ていた。


 「よく言うぜ、悪党が…。こっちはテメエにどつかれた痛むってのによ」


 天辺龍は口内の血を吐き出す。


 (流石に肋骨は折れちゃいねえが、痛い事には違いねえ)


 天辺龍は毒づきながら打撲で赤く変色した自身のわき腹をそっと撫でた。


 一方、吉野谷牛太郎は元気そうな天辺龍の姿を見ながら声をかける。


 「俺たちはダンスしているんじゃない。紳士の決闘、相撲をやっているんだぜ?今度会った時には極上のワインでもごちそうするからよ、勘弁してくれや。春九砲丸さんよ」


 吉野谷牛太郎はバイザー越しに片目を閉じながらさも陽気そうに振る舞った。

 天辺龍と名乗った男を昔の名で呼んでみせたのは、あくまで余興のつもりである。

 その名を聞いた美伊東君は怪訝そうな目で天辺龍の姿を見る。


 かつて大英帝国の相撲界に現れた異端児”春九砲丸”の名を知らぬ美伊東君ではない。


 直後、美伊東君の視線に気がついた天辺龍は背を向けてその場を立ち去ろうとする。


 吉野谷牛太郎は己の勘が正しかった事を知り、我が意を得たとばかりに口元を歪めていた。


 「こんなチンケな喧嘩をやってられるか。おい、武道…じゃなくて巨峰。さっさと帰るぞ」


 二代目”天辺龍”に己の名を呼ばれた瞬間、嵐洲浪兎の記憶は失われグレープ・ザ・巨峰に戻った。

 目の前のかつての主君と同じ顔をした力士にさえ微塵の興味を覚える事も無い。


 あの壮絶な戦いの果てにグレープ・ザ・巨峰は感情と記憶を失ってしまったのだ。


 「…。御意」


 光太郎は去り行くグレープ・ザ・巨峰に声をかけようとしたが、止めてしまった。

 明らかにグレープ・ザ・巨峰は最初に出会った時とは別の人間になってしまったことに気がついてしまったからである。

 後に親友テキサス山と共に嵐洲浪兎の記憶を取り戻したグレープ・ザ・巨峰と対峙した時に、再度今の出来事を思い返す時が来る。


 …果たしてこの時、光太郎がグレープ・ザ・巨峰を呼び止めれば来たるべき未来で何かが変わったのかは誰にもわからない。


 光太郎はどこか寂しそうな巨漢の背中を見守るばかりだった。


 その時、気が抜けていた光太郎の肩を吉野谷牛太郎が軽く叩いた。

 表情からも険しいものが失われ、いつもの陽気な伊達男の顔に戻っている。


 「どうだい、キン星山さんよ。タダの喧嘩だっただろ?俺もよ、今日のアンタの試合を見て少しばかり熱くなっちまったようだ。帰って酒でも飲んでから寝ちまう事にするぜ。アディオス!」


 吉野谷牛太郎は大声で笑いながら仮住まいのビジネスホテルを目指して歩いて行く。


 光太郎はビニール袋の中に入っていた二リットルのペットボトルを取り出して蓋を開けた。

 そしてコーラに一口つけて喉を潤す。


 今日は色々な事があり過ぎた。


 げふっ。


 光太郎はげっぷを出した後に口の周りを拭いた。


 「若。感傷に浸っているところもうしわけありませんが、そろそろ家に帰らないと英樹親方と羽合庵に…」


 美伊東君の言葉で光太郎は自分が”トイレに行って来る”と言って家を抜け出して来たことを思い出した。

 二人は猛ダッシュして海星家に帰ることになった。


 一応、結末を書き記しておくが光太郎と美伊東君は深夜の無断外出と過食がばれて羽合庵から朝方まで説教を受けることになった。


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