第八十八話 この命に換えても…ッ‼の巻
しまった!このままではサスペンションXが主人公になってしまう…!
というわけで次回は五月二日に投稿するでごわす。遅れてごめんあさいでごわす。
光太郎は一度、地面にビニール袋を置いてから深呼吸をする。
そして両手で頬をピシャリと叩いて路地裏に入り込んだ。
「待ちんしゃい、皆の衆ッ!こんなところで喧嘩を始めたらみんな迷惑するに決まって…」
ぐしゃあッ‼
グレープ・ザ・巨峰の張り手とサスペンションXの頭突きが激突する。
体躯で勝る巨峰の張り手がサスペンションXの身体の一部を吹き飛ばし、極限の速度と反動で五体を文字通り凶器と変えたサスペンションXの頭突きが巨峰の兜を砕いた。
巨峰の隻眼がジロリとサスペンションXを睨む。
「傷が疼くぞ、小兵が‼その身体どうせ長くは保つまい‼次は決死の覚悟で来い‼」
太古の昔、彼が嵐洲浪兎と名乗っていた頃に戦いで失った瞳が数百年ぶりに輝きを取り戻した。
否、至高のスモーナイトから戦鬼になり果てた男の溢れ出でるガイアフォースが赤き光を放っているのだ。
闘志が肉体と魂を燃やし、ありとあらゆる辛苦を食らい尽くす。
そして、グレープ・ザ・巨峰は何事もなかったかのように立ち上がる。
「まさか俺より年上の力士と戦う事になるとはな。その上、ここで死ねだと?いいだろう、上等だ。リミッターを外した俺の力を見せてやる」
サスペンションXはフラフラと立ち上がり、バネ仕掛けの身体についた拘束バンドを外した。
バチンッ!バチンッ!
それなりの重量を備えた音が拘束用バンドの落ちた場所から聞こえてくる。
サスペンションXは常に己を制御することを心掛けていた。
己は七人のスモーデビルの中で最弱ゆえ力に飢えた仲間の暴走を抑えるのは自分の役割であると。
やがて合計、四十四箇所のバネの伸縮を封じ込めていた高速具がすべて失われる。
サスペンションXは軽量級のボクサーのように前後にステップを踏んで身体のコンディションを確かめる。
勝負はいつも命がけ、ぶっつけ本番の待った無し。
故に修練は日常の一部と化す。
(常在戦場とはスモーデビルの為にある言葉。ここで敵に後れを取るような男はスモーデビル・セブンを名乗る資格はねえ)
サスペンションXは虎視眈々とグレープ・ザ・巨峰の様子を窺った。
巨峰もまたサスペンションXの出方を見極めようとしている。
二人が互いの雌雄を決しにかかろうとしたそお時、間抜け面の海星光太郎がビニール袋を持って現れた。
光太郎に悪気は一切ない。
「その喧嘩はスポーツマン的によくないというか…、おいどんはあくまで一般論を言ったわけで?」
光太郎はサスペンションXとグレープ・ザ・巨峰の姿を見た途端、驚くあまり小便を漏らしてしまった。
秒の単位で精神的な余裕が失われ、歯をガチガチ鳴らしながら脚を震わせている。ある意味、大物なのかもしれない。
「ああッ⁉」
サスペンションXとグレープ・ザ・巨峰は如何にも場違いな侵入者に対して同時に吠えた。
光太郎は四つん這いになって美伊東君のところまで戻った。
光太郎の情けない姿を見た酔っぱらいの中年と美伊東君は呆気に取られてしまう。
「美伊東君、怖いー!おいどんは暗い場所と怒っている人が大の苦手なんじゃー!」
「若、何をなさけない事を言っているんですか!このまま力士同士の喧嘩を続けさせていれば明日の二回戦が出来なくなってしまいますよ!」
「それでものう…」
光太郎は消え入りそうな声で文句を言おうとしたがその前に美伊東君に睨みつけられて黙り込んでしまう。
光太郎は普段から美伊東君に世話になっている為にここぞという時に逆らう事は出来なかった。
光太郎が美伊東君に説教を食らっている間に酔っぱらいは「何が未来の横綱だよ」と捨て台詞を残しながら夜の町に消えて行った。
後の話になるがこの時、警察に通報しなかった事は彼自身の身を守る事になる。
「おじさん、帰っちゃいましたよ。喧嘩は止めて家に帰りなさいくらいの事は行ってあげましょうね」
美伊東君は光太郎のジャージの上着を引っ張りながら強引に連れて行った。
稽古の時などでは光太郎の方が力持ちなのだが怒られている最中は美伊東君には決して敵わない。
光太郎は目に涙を溜めながら今度は美伊東君と一緒に路地裏に入った。
そこでは…グレープ・ザ・巨峰に向かってサスペンションXが特攻を繰り返している最中だった。
光太郎と美伊東君は冷や汗をかきながら物陰に隠れる。
「デカブツがッ!的が大きい分、狙い易かったぜ!」
サスペンションXはビルの壁を使って不規則な軌道の跳躍を繰り返す。
コンクリートの壁にぶつかる度に速度と威力が増した。
グレープ・ザ・巨峰は咄嗟に両腕で顔面を庇った。
(馬鹿め。最初から執拗に私の頭部を狙って視力を奪おうという貴様の魂胆は既に見抜いている。今度は受け止めて五体を引き裂いてくれるわ)
グレープ・ザ・巨峰は顎の部分だけを開けながらガードを上げる。
(千載一遇の好機ッ‼)
サスペンションXは目ざとくも蟻の一穴が如き敵の弱点に鋭い一撃を見舞った。
グレープ・ザ・巨峰の喉元につま先が突き刺さる…はずだった。
しかし、現実は見事に脚を掴まれ無残にも鎚のように叩きつけられるサスペンションXの姿があるだけだった。
巨峰はサスペンションXのつま先が喉に当たった瞬間、後方に移動して威力を受け流していたのである。
無論、受け流したとはいえ威力の全てを無効化することが出来たわけではない。
巨峰の喉には一文字の焦げになった傷跡がある。
ついに地面に下ろされたサスペンションXは地べたを這いながら巨峰から逃れるようとする。
だがそれを許すグレープ・ザ・巨峰では無かった。
「受け身を取れ、サスペンションXよ。跳ね返るのはお前の特技だろう?」
巨峰の死刑宣告同然の言葉を聞いた瞬間、サスペンションXは凍りついた。
そして、歯(?)と歯(?)の間に舌(?)を乗せて”その時”に備える。
次の瞬間、自身の身体がふわりと持ち上がると凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。
ガンッ!ガンッッ‼
二度、三度に渡ってサスペンションXの身体は地面に叩きつけられた。
音の大きさに驚いた吉野谷牛太郎は思わず相棒の姿を捜す。
サスペンションXは、グレープ・ザ・巨峰に片脚を掴まれて持ち上げれている。
そして地面に向かって振り下ろされた。地面に四散するサスペンションXのボディの破片と機械油。
「サスペンションXッッ‼畜生ッッ‼」
普段は冷静な吉野谷牛太郎が戦友の窮地を見かねて助けに入ろうとする。
しかし、背後には不敵に笑う天辺龍の姿があった。グッ!天辺龍は腰ではなく両太腿を捉える。
己の腕力だけで敵の頸椎に破壊する力の奥義”ダブルレッグスープレックス投げ”が炸裂した‼
天辺龍は吉野谷牛太郎を地面に固定しながら失策を罵った。
「なあ俺の事を甘く見すぎちゃいねえか、闘牛の大将?戦いの中で敵に背後を見せるなんざ普通じゃあ考えられねえぜ」
天辺龍は吉野谷牛太郎を完全に破壊する為、身体を持ち上げて”ダブルレッグスープレックス投げ”の体勢に入る。
吉野谷牛太郎が地面に両足をつけた瞬間、彼は両の眼を見開いて闘志を取り戻した。
「…全くだ。俺もアイツも、少しばかりお前らを舐めていたぜ。そろそろ本気ってのを見せてやろうかね」
吉野谷牛太郎は身体を捻って天辺龍の両腕の拘束を一気に断ち切った。
事態の変容に気がついたグレープ・ザ・巨峰は止めの一撃とばかりにサスペンションXの肉体を地面に叩きつけようとするが手を滑らせて間一髪の差で逃げられてしまう。
「これは機械油、すなわち貴様の血か。小癪な…」
グレープ・ザ・巨峰はガイアフォース・アルファの熱気で機械油を蒸発させる。
周囲に機械油独特の悪臭が漂った。
その間、サスペンションXは立ち上がって既に戦闘態勢に入っていた。
「テメエの動きは見切ったぜ、グレープ・ザ・巨峰。スモーデビルに二度同じ技は通じねえ。死ぬのはテメエのほうだ。ケケーッ!奥義スパイラル・デッドエンド‼」
サスペンションXはビルの間で跳躍を繰り返し、再び幻惑戦法で襲いかかる。
グレープ・ザ・巨峰は全身をガイアフォース・アルファの炎で覆いガードを固めてサスペンションXを待ち受ける。
射程範囲に入れば捕縛して燃やし尽くすつもりだった。
だがこの時になってサスペンションXの戦術が効果を発揮する。
そう全てはこの時の”敵が守りを固めてその場から動かなくなる”という戦法を取らせる為だけに打撃のみを使ってきたのだ。
サスペンションXはリミッターが解除されたバネ仕掛けの肉体に弛みを作る。
「ガイアフォース・アルファ‼ライジングボルケーノ‼」
グレープ・ザ・巨峰は全身に纏った赤色のオーラを前方に向かって爆発させた。
如何にサスペンションXが素早さを誇ろうとも回避しきれない規模の熱気を含んだ爆風による攻撃だった。
(後方に回避する以外の道はあるまい。だが、その時貴様を我が奥義”渇かぬ聖泉”張り手が粉砕する…ッ‼)
グレープ・ザ・巨峰はこの時勝利を確信していた。
しかし、サスペンションXは逆に自身の肉体を変形させて直進してきた。
大地を蹴り、威力に威力を重ねグレープ・ザ・巨峰の作り出した爆風と真っ向から競う。
「俺を舐めるんじゃねえ、デカブツ‼スモーデビルはタダでは死なんぜ‼食らえ、スパイラル・デッドエンド・ホールド‼」
グレープ・ザ・巨峰の首と、胸を、胴をサスペンションXの肉体が絡め取る。
ガイアフォース・アルファを使った事は完全な失策だった。
攻守に長けた異能の力、ガイアフォース・アルファだったが一度放出してしまうと回復するまでにかなりの時間を費やししまうのだ。
グレープ・ザ・巨峰は力で引き離そうとするがビクともしない。
「貴様ぁぁッ‼よくもよくもよくもこの私を…ッ‼」
サスペンションXは死力を尽くしてグレープ・ザ・巨峰の全身の骨を砕くつもりだった。
サスペンションXはスモーゴッドたちによって一族を滅ぼされ、気まぐれにスモー大元帥に拾われた身の上である。
スモー大元帥の野望の為ならばいつでも死ぬ覚悟があった。
「テメエは地獄に道連れだ。続きはあの世でゆっくりとやろうぜ…」
サスペンションXは目から赤い機械油を流しながら軋むバネ仕掛けの身体をさらに酷使した。