第八十六話 死闘 天辺龍 対 吉野谷牛太郎ッ‼の巻
すいません、遅れました。
草むしりのダメージが思ったよりも深く、マジでキーボード叩けませんでした。
次回は四月二十二日にゴーファイナウします‼
太い腕を交叉して鉄壁の守りと為す。
鍛え抜かれた骨と肉は鋼鉄の強度を越え、さらにガイアフォースを纏うことにより無敵の盾となった。
(これでも盤石ではない。敵は命を盾にして何かを為そうとしている。ヤツのように…)
男の脳裏を微かに過ぎる王と神の戦い。
スモーデビルの首魁スモー大元帥、ゼウス山とは常に自らの命を差し出して戦う力士だった。
故にグレープ・ザ・巨峰はサスペンションXの次なる一手が本命である事を看破していながらも勝負に応じる。
例え全ての記憶を失っても彼の中に流れる熱き血潮は栄光のキャメロット部屋が源流である。
初代天辺龍の名にかけて全力には、死力をもって応じる。
一方、スプリング…ではなくサスペンションXの心中も穏やかならざるものだった。
目の前の敵、グレープ・ザ・巨峰は尋常な敵ではない。
心、技、体いずれの要素が欠けることなく持ち得る真の力士だ。
現存するスモーデビル側最強の力士、吉野谷牛太郎の力をもってしても勝てるかどうかわからない相手である。
(ちなみにサスペンションXは滞空中)
そしてもう一人の力士の実力は未知数だが、匹敵する実力者に違いない。
(ここで一匹でもあの御方の覇道を妨げる小石を減らしておくことが肝要ッ‼今さら死や消滅を恐れる俺ではないッ‼俺たちには吉野谷牛太郎がいるッ‼)
サスペンションXは螺旋形のボディを解放し、獲物を絡め取る縄に変える。
「マズイッ!逃げろ‼巨峰よッ‼」
天辺龍は変わり果てたサスペンションXの姿を見て思わず声を上げてしまった。
その姿は飛び掛かる 蛇。ゴムのしなやかさと鉄の硬度を備えた怪物だった。
グレープ・ザ・巨峰は足を巧みに使って是を避けようとする。
天を衝くような巨体に似合わぬ素早さもまたグレープ・ザ・巨峰の実力の一つである。
だが今日ばかりは突出した力が裏目に出てしまった。
戦場は既に幻影のサハラ砂漠から都市の裏路地に戻っていたのである。
これ以上の転進は退却即ち敵前逃亡に類する行為だった。
「馬鹿な…ッ‼私が敵から逃げている…だとッ‼」
ピタリ。
かつてない恥辱に身を震わせ、巨峰は動けない。
ギシッ。
先にサスペンションXが着地した。
「おいおい。スモーナイトとか言っているくせに敵に背を向けるつもりかよ?まあ俺が相手じゃあ仕方ないかもなあ」
サスペンションXは巨峰の足に向かって人差し指を突きつける。
指先にはアスファルトの路面に急ブレーキをかけたような跡が出来ていた。
「この私がッ‼貴様如きどこの部屋の力士とも知れぬ者を恐れただと⁉あってはならぬ、断じてあってはならんことだぁッッ‼‼」
猛る。吠える。足が大地を割る。
そしてグレープ・ザ・巨峰はビルの壁を鉄砲で破壊し尽くした。
ガッ‼
グレープ・ザ・巨峰は地面に四散するコンクリート片を蹴った。
サスペンションXは当たれば打撲裂傷止む無しの凶器を自慢のボディで受け止める。
「上等だ、デカブツ…。スモーデビルにケンカを売ってタダで済むと思うなッ‼食らえ、超反動コークスクリュー張り手ッ!」
サスペンションXは一度後ろに下がってから張り手を放つ。
従来のバネ仕掛けの肉体に反動と回転が加わった一撃はグレープ・ザ・巨峰のプロテクターを破壊した。
グレープ・ザ・巨峰は攻撃を食らった勢いから数歩、後退する。
そして衝撃の余韻を残した己の胸に手を当てた。
(威力が貫通したか。やってくれたな、小兵が。だが勘違いするなよ。今のは単なる反省と教訓だ)
ジロリと眼前の敵を睨みつける。サスペンションXの肉体は湯気を立たせ、全身を赤く変色していた。
「サスペンションXよ。その身体、いつまで保つのだ?いずれ跳躍によって増幅された反動の力がお前の肉体を破壊するのであろう」
「残り五分ってところだな。だがお前を倒すには十分すぎる時間だ。行くぜ、スモーナイトのおっさんよぉ‼」
サスペンションXは大地を蹴った。
同時にグレープ・ザ・巨峰の肉体も前に出る。
そして始まる赤と紅の激突。
速度ではサスペンションXが、威力ではグレープ・ザ・巨峰が互いを凌駕している。
ぶつかり合う度に互いの肉体を破壊し、一歩も退かぬ戦いが続いた。
天辺龍はグレープ・ザ・巨峰とサスペンションXの戦いを見ながら、残る三体のスモーデビルの動向にも注目していた。
(今さらながら巨峰の力は疑うまでもない。敵に後れを取るということはないだろう。だが四対一ならば…)
天辺龍はウォームアップを始める吉野谷牛太郎の姿を捉えた。
そして自身も精神に点火して戦闘準備を始める。
「お?そろそろやる気になったのかい、天辺龍さんよ。俺はこのまま帰るつもりだったんだけどよ。連れが相撲を取って行けってうるさくてよ」
ドスンッ‼
吉野谷牛太郎の名前と実力は天辺龍が春九砲丸と名乗っていた頃から知っていた。
欧州勢において飛び抜けた実力者であり、誰もが”気まぐれで型に嵌った時に実力を発揮する力士”と噂していた。
しかし、天辺龍の今目の前に立っている力士は明らかに別物である。
例えるなら天災、嵐や猛吹雪に人の姿を与えたような存在だった。
”気まぐれ”という点では似ているのかもしれない。
「悪いが、死んでくれよ。スモーデビルの辞書に善戦という言葉は存在しねえんだ、これが」
吉野谷牛太郎は皮肉っぽく笑いながら悠々と接近する。
そして次の瞬間、姿を消した。
天辺龍は感覚を研ぎ澄ませ消えてしまった吉野谷牛太郎を見つけ出そうとする。
(短時間であれほどの巨体を隠せるわけがねえ。ろくでもねえトリックがあるに決まっていやがる。さっさと姿を現しやがれ、チンケなイカサマ野郎)
吉野谷牛太郎の手品のトリックは路上という地の利を生かした死角から死角への超高速移動だった。
さらに気配を完全に遮断することにより己の存在そのものも隠し通す。
仲間たちからも恐れられる土俵の中でさえも完全に姿を消すその技の名は”闘牛士殺し”。
天辺龍は背後から振り返る間もなく吹き飛ばされた。
「ムカつく野郎だな、お前…。普通の力士なら今ので死んでるはずだぜ」
吉野谷牛太郎はぬけぬけと天辺龍の前に姿を現した。
かなりの近距離である。
天辺龍は左の腰を抑えながら、かろうじて立っていた。
天辺龍の左手に付着している血の出所は腰の傷から出たものだった。
吉野谷牛太郎の奇襲をギリギリで回避したが角の先端が僅かに掠ってしまったのだ。
天辺龍は左手についた血をペロリと舐める。
血の、鉄の味がした。
「残念だったな、闘牛野郎。俺の身体は特別なんだ。こんなチャチなトリックが通用するわけねえだろ。さっさと次の大道芸を見せてみろ」
「クッ…、そいつはいい」
吉野谷牛太郎と天辺龍は同時に笑う。
それは獣が殺すに値する獲物を前にした時に見せる凄絶な微笑。
吉野谷牛太郎は大地に巨体を沈め、天辺龍の左胸の心臓を見る。
天辺龍もまた低姿勢に構えた後、突進を始める。闘牛と闘士の激突、果たしてどちらに軍配が上がるのか。
その結果は神のみぞ知るところだった。
「ぬう…ッ⁉これは身体が、重いッッ‼‼」
天辺龍は吉野谷牛太郎の双角を掴んでいた。
最初は吉野谷牛太郎の突進を止めて後方に投げてやるつもりだったが、すぐにその戦法が間違いであることに気がついた。
あろうことか角に触れた瞬間、下に押し込まれたのである。
「よくいるんだよね~。俺が脳ミソの入ってないタダの力自慢って勘違いしているヤツが。どうだい?天辺龍のコスプレの旦那。これが俺の頭脳プレイってヤツだ」
吉野谷牛太郎はそこから頭を捻って天辺龍の身体を引き倒そうとする。
それは闘牛場で闘牛士が牛の身体に刺さったサーベルから手を離さないが故に起こる事故に似ていた。
サーベルを離せば闘牛の角の餌食となり、握ったままならば押し潰されるという最悪の結末が待つのみ。
必殺の”闘牛士殺し”の真骨頂である。
「ハンッ。大の男が自慢気に言うセリフじゃねえぜ、吉野谷牛太郎。この際だから一つ良い事を教えてやるぜ。俺の背中が地面にくっつく時は俺が死ぬ時だッ‼」
天辺龍は背中と腰に全神経を集中させる。
ここが肝要とばかりに、神話の時代から大地を支え続ける古のスモーゴッドアトラス山のように天辺龍は己の肉体と吉野谷牛太郎の身体を固定した。
「このコスプレ野郎が、やるじゃあないのさ‼ますます殺してやりたくなったぜ…」
吉野谷牛太郎は天辺龍の喉にゆっくりと手を伸ばす。
このまま”喉輪落とし”を決めて天辺龍を殺すつもりだった。
天下無双の怪力を誇る吉野谷牛太郎をもってしても、このまま天辺龍の身体を抑え込むのは容易な作業では無かった。
吉野谷牛太郎が天辺龍のヒゲの下にある白い首に手をかけた時、異変に気がつく。
天辺龍の首には夥しい数の傷が残されていた。
とどのつまり今の状況は天辺龍にって想定内の出来事であることを示している。
「見ていてくれ、柄法度…ッ‼アンタの弟子はこんなに強くなっちまったぁ‼」
思い出すのは修行の日々。
想像を絶する過酷な時が、太陽の如き魂を宿す鋼の肉体を作った。
親方、同期の友たち、そして宿敵”倫敦橋”の顔が思い浮かんだ時に天辺龍の中で力が大きく膨れ上がり爆発した。
だが吉野谷牛太郎も負けてはいない。
喉から頭を地面につけて断頭台よろしく首と胴を切断せしめん(※これが正しい使い方かどうかは作者にもよくわかっていない)と渾身の力を込める。
天辺龍はブリッジの状態で吉野谷牛太の技を止めた。
そして、背骨と腰を使って立ち上がろうとする。
「往生際の悪い男だ。…嫌いじゃねえがなぁッ‼」
吉野谷牛太郎は右手を外すと後方にステップを切る。
次の瞬間、天辺龍の横薙ぎの張り手が空を引き裂く。
天辺龍と吉野谷牛太郎の間一髪の攻防は引き分けに終わった。
吉野谷牛太郎はバイザーのゴーグルを落とし、復活した天辺龍の姿を見る。
その気になれば力士の相撲強度を測定できる代物だが今回に限っては表情を隠す為に使った。
吉野谷牛太郎は外見に反して策士であるがゆえ素の表情を外に晒すことを何よりも嫌っていたのである。
対して天辺龍は背骨と下半身の力だけを使って反り、立ち上がる。
そして徐に接近した後、吉野谷牛太郎の右手首を取った。
「折るぜ?」
天辺龍は言うや否や両手で吉野谷牛太郎の右手首を掴み、力を込める。
普通の力士が相手ならば骨折することは間違いないだろう。
だが相手は数百年は生きる伝説のスモーデビルである。
吉野谷牛太郎はニヤリと笑い、自分の右手を取られたまま天辺龍の右腕を抱え込む。
「じゃあ俺もアンタの折るとしようかな。なあ、天辺龍さんよ。どっちが先に悲鳴をあげるか勝負しないか?」
そう言ってから吉野谷牛太郎は脇に天辺龍の手を挟み込んで力を入れた。
流石の天辺龍も苦悶の表情を見せる。
しかし、その一方で確実に吉野谷牛太郎の右手にも関節技が極まっている。
もはや骨折することは時間の問題だった。
「最高だな、スモーデビルの吉野谷牛太郎…‼」
「お前もな。二代目、天辺龍…ッ‼」
こうして始まった怪力自慢の力士の意地の張り合い、勝つのはどっちだ‼