第七十六話 動き出す次代の覇者たち‼の巻
今回は雪が降りすぎたせいで投稿が遅れてしまいました。ごめんなさい。
次回は三月三日に投稿する予定です。
古代の中国、後漢の時代。
天下を掌中に収めんとする後漢の丞相曹操孟徳山は呉の将軍孫権仲謀山のもとに向かった劉備玄徳山を追って長江に大船団を繰り出した。
曹操孟徳山の目的は後漢の相撲帝を排し、自らが相撲帝になること。
天下において勇躍し、高祖の再来と謳われた劉備玄徳山はもはや目の上のたん瘤でしか無かった。
そして曹操山は劉備山の声望を奪うべく義兄弟関羽山に目をつけてヘッドハンティングしようと色々な贈り物を贈ったがまるで相手にされなかった。
(これ以上書くと悪ノリで”三国相撲志”という話になってしまうので一度、終わります)
「故にかの有名な中原相撲赤壁場所は南北(※目安的に魏と呉)の争いのみならず天下の主を決める戦いとなってしまったのだ。たった一人の力士、”美髷公・関帝山”即ち劉備玄徳山の義兄弟”関羽雲長山”の取り合いに…。曹操部屋、劉備部屋の双方から多くの犠牲者を出しついに孔明山が奇策を使って曹操部屋の大将張遼文遠山を破ったことで勝負はついたかに見えた…」
(※マジで止まらなくなってきたのでここで切ります)
要するに曹操山が最後の戦いにイチャモンをつけてきて勝負はお流れになってしまったという話だった。
ラーメン山の表情は話が終わった後も暗いままだった。
現在の中国角界においても赤壁相撲の話題は禁忌とされており、その名を口にすることさえも憚られている。
神事たる相撲興行の決定に権力者が口を挟み、天罰を受けるなどあってはならぬ事なのだろう。
「いいか、フラの舞、キン星山よ。赤壁相撲をやるからにはどんな理不尽な裁定を押しつけられても決して異論を唱えてはならぬぞ。天意とは必ずしも我々人間にとって都合の良いものではないのだ」
フラの舞と光太郎は無言で頷いた。
「ラーメン山よ。俺の手には鳳凰が描かれた破片がある。そしてキン星山は麒麟の破片を持っているのだが、残りの二枚はどこにあるのだ?」
「まず初戦でお前たちのどちらかが鳳凰と麒麟の欠片を手に入れる事になるだろう。おそらく三枚目と四枚目はその時に現れるに違いあるまい。お前たちは最短でも三回戦、異なるルールで戦う事になる。せいぜい全力を尽くすがいい。…駆け足で説明させてもらったが誰か質問のある者はいるか?」
それまで気配を消していた吉野谷牛太郎が右手を上げた。
ラーメン山は嘆息しながら吉野谷牛太郎の大きな手を見る。
当の吉野谷牛太郎は気後れする素振りも見せずにニヤけながら立ち上がった。
「これがラストの質問だぜ、ラーメン山さんよ。俺は今回の試合はキン星山の味方をするつもりだ。アンタはどっちの味方をするつもりなんだ?」
「知れた事。フラの舞だ。お前の本気がどの程度の物かは知らんが、今回は時間が許す限りはフラの舞の練習につき合うことにしよう。フラの舞、それでいいか?」
ラーメン山が協力を申し出た事にフラの舞は気を良くする。
同時に己の仕掛けた策が功を奏した事に、吉野谷牛太郎は満足していた。
(やれやれ相撲龍が現れた時に身バレしたかと思ったが、どうやら相撲龍の口の堅さは二百年前と変わっていないようだな)
一方、羽合庵と美伊東君は吉野谷牛太郎の心算に気がついていないフリをしながら様子見に徹する。
二人は相撲龍を前にしても取り乱さなかった吉野谷牛太郎を警戒していた。
光太郎はそんな二人の親心など知らずに吉野谷牛太郎のところに歩いて行った。
「吉野谷牛太郎どん、いや吉牛どん。今回はおいどんに味方してくれてありがとうでごわす。おいどん、あんさんの期待に応える為に良い勝負をするでごわすよ」
光太郎は微笑みながら右手を出した。
しかし、吉野谷牛太郎は右手を払って握手を拒否する。
(コイツはさっき試合前の選手が握手をするなって話を聞いてなかったのか?オツムの方は歴代最悪のキン星山だな…)
吉野谷牛太郎は呆れながら口の端を歪ませた。
美伊東君は光太郎の無礼に気がつき、手を引いて下がらせた。
「もう!若、何度言ったら覚えてくれるんですか!国籍や相撲部屋の違う力士同士は握手することは厳禁なんですって!吉野谷牛太郎さん、うちの若が失礼しました。ホラ、若も謝って下さいよ!」
美伊東君は両手を前で合わせて礼儀正しい姿勢で頭を下げた。
光太郎は「そこまでする必要ってある?」と疑問の視線を投げかけたが美伊東君の目がかなり怒っていたので頭を下げることにした。
その後、美伊東君に気圧されて英樹親方とタナボタ理事、羽合庵までもが頭を下げていた。
一人、悪役された気分になった吉野谷牛太郎は途方に暮れてしまった。
「つくづく面白いね、日本人って人種は。ここが故郷なら酒の飲み比べでも始まっているところなんだがな。おい、ラーメン山。俺の質問はもういいぜ。後はお前らも好きにすればいい」
「そのつもりだ。私はこれからフラの舞にキン星山戦の心得についていくつかレクチャーするつもりだからな」
フラの舞は訝しげにラーメン山の顔を見る。
先ほどのキン星山はフラの舞の”我流キン星山バスター投げ”から脱出する事は出来なかった。
短期間に特別な訓練が必要なのはどちらの方はかは明白なはずである。
しかしラーメン山は目を閉じて首を横に振った。
ラーメン山は老師から羽合庵の師にして光太郎の祖父、先代のキン星山である海星雷電の強さを聞いていた。
師曰く”三角の底辺の如き実力の持ち主”と。
「ラーメン山、その必要は無いぜ。俺は今でも十分に強い。むしろレクチャーが必要なのはキン星山の方じゃないか?」
喝ッ‼‼
ラーメン山は軽口を叩くフラの舞を一喝する。
昇竜の如き気迫を受けたフラの舞は瞬間、飛び退いてしまった。
「私の師匠が戦った先代キン星山は無名の力士だったが、同世代では知らぬ者のいない力士だった。この意味がわかるか?彼奴がその気になればいつでも万夫不当の力士に為れるという事だ。何よりお前は外見や名声で力士の強さを判断する悪い癖がある…。「己を知り、敵を知れば百戦百勝危うからず」(※意味が違います)という言葉を刻んでおくがいい‼」
(自分の事ばかり気にしていれば、むしろ強い敵と戦い難くなるだけではないのか…?)
ラーメン山は何となくそれらしい事を言ってみたが、実は自分でもよく意味がわかっていなかった。
しかし若いフラの舞はラーメン山の風格に圧倒されて何度も肯いている。
その後二人は意気投合し、長年の師弟のように肩を並べて帰路についた。
羽合庵もまた父親が生きていた頃の快活さを取り戻したようなフラの舞の姿を見て安心する。
そんな中で吉野谷牛太郎が羽合庵に思いがけない疑問を投げかけた。
「ところで羽合庵よう。お前さん、気がついているか?今のフラの舞はヤツの親父、ワイキキの浜の実力を越えている。事によっちゃあ…」
「とっくに気がついている。今のフラの舞はこの私よりも確実に強くなっている。おそらく試合当日にはラーメン山の協力を得てさらに実力をつけてくるだろう。だがそれでも試合となれば光太郎が勝つ、と私は確信している」
「その理由ってヤツを是非とも聞かせてもらいたいもんだねえ」
吉野谷牛太郎は小瓶の中にあった酒精の強いウィスキーを最後の一滴まで飲む。
そしてバイザーごしに羽合庵を睨みつける。
そこにいるのは陽気なスペイン男ではなく、油断の欠片も無い歴戦の戦士だった。
しかし、羽合庵は一切動じることなく受けて返す。
真の相撲を求めて世界を渡り歩いた無冠の帝王と呼ばれる男がそこにいた。
「当然だ。光太郎は私の弟子だからな。ラーメン山、フラの舞にだって負けはしない」
両雄、一歩も譲らず睨み合う。
しかし吉野谷牛太郎は突如として踵を返し会場の出口に向かって歩き出した。
「キン星山さんよ、今度の試合を楽しみにしてるよ。今日の礼にはいつか美味いテキーラでもおごってくんなァ‼」
吉野谷牛太郎は背中を向けた途端、いつもの陽気な伊達男に戻っていた。
光太郎は「おいどん、テキーラって飲んだことが無いでごわす」と美伊東君に間抜けな質問をしている。
しかし、その陰では血に飢えた餓狼ならぬ闘牛と化した吉野谷牛太郎が本性を押し殺しているのであった。
ここで舞台はスモーオリンピック第一回戦の別の会場に移る。
満身創痍の小さな力士に、大山の如き体格を持つ力士が唸り声を上げながら襲いかかった。
その姿は牙を剥く巨獣と怯える鼠。小さな力士の唯一の味方である少年は思わず両手で目を覆ってしまう。
しかし、男は嗤っていた。
(ダンケシェーンだ、皇帝のオッサンよ。望むべくもない。これが最高のシチュエーションなんだよ)
男はぶち当たる寸前で高速のフットワークで土俵を駆け抜ける。
次の刹那、双方の前後が逆転した。
「あばよ、雷帝。アンタと俺の時代は終わったんだ。じゃあな、先にそっちで待っていてくれ」
ボロボロになった軍帽の下で男は笑った。
ソ連の絶対王者”雷帝”の猛連撃を受けて無事であるはずがない。
現にブロッケン山の膝は腫れ上がり、裂けた部分からは夥しい血が出ている。
だが体は熱い。
試合を途中まで圧倒していたのは雷帝だったが、千載一遇の好機を手に入れたのは他ならぬブロッケン山だった。
背後から雷帝の身体を抱き締める。
もう離さないように、何があっても逃がさないように。
「小僧…ッ‼先ほど我が必殺のツンドラ張り手を受けたのはわざとだとでも言うのかッ⁉」
雷帝は最後の足掻きを止めない。
己という時代の終わりは知っていた。
だがこの夢から醒める事だけは認めたくはなかった。
ブロッケン山の日顔面を肘で叩き、頭蓋を掴んだ。
王者らしからぬ見苦しい振る舞いだった。
しかしロシアから駆けつけた彼の弟子たちは一瞬たりとも目を離さなかった。
偉大なるロシアの相撲皇帝、”雷帝イワン山”の最期の姿をこの目に焼き付ける。
「勝つのはいつだって強い奴だ。なあ、光太郎よ。願わくば決勝で会おうぜ?」
ブロッケン山は両脚から地中深くに根を降ろす。
東ドイツの生ける神木と化す。
彼の息子”鈴赤”は泣きながらブロッケン山の勝利を確信する。
「行けぇーッ‼親父ーッ‼俺たちのゲルマン魂を見せてやれぇぇーッ‼
ブロッケン山は不敵に笑い、雷帝の巨体を背後に向かってぶん投げる。
雷帝は止まらない、たとえ地面に打ちつけられて頭を砕かれててもブロッケン山を叩き続けた。
数十秒後、雷帝の目から光が失われ手が止まった。
ブロッケン山は血まみれの顔を手に拭った後に目を開けたまま失神している雷帝の顔に軍帽を被せた。
「今は眠れ、偉大なる皇帝よ」
ブロッケン山は仰向けになったままの雷帝に向かって敬礼をする。
そして泣き崩れている鈴赤のところまで歩いて行った。
「勝者、東ドイツ代表ブロッケン山ッ‼」
かくして一つの時代が終わり、一つの時代がまた始まった。
この衝撃の事実を光太郎は知らない。