第七十四話 運命の戦い‼伝説の赤壁相撲‼の巻
遅れてすいません‼ですが次回は二月二十一日に投稿します。本当にごめんなさい。
「じゃあ俺はキン星山の勝利に自慢の角を賭けてやるぜ」
吉野谷牛太郎は軽く頭を振ってアフロヘアの間からロングホーンっぽい角を見せる。
吉野谷牛太郎の頭から生えている二本の角は言わずとしれたトレードマークである。
存在意義とも言うべきものを失ってしまえば彼は命を失うにも等しい屈辱を得ることになるだろう。
(くだらん。安い挑発だ。少し揺さぶれば私と直接対決したいという本音を引き出せるだろう)
ラーメン山は吉野谷牛太郎がソーメン山とシューマイ山を惨殺した理由は自分と直接対決することにあると考えていた。
「馬鹿な。吉野谷牛太郎、お前ほどの男がなぜそこまでしてキン星山に味方するというのだ?」
ラーメン山はあえてキン星山の名前を出すことで吉野谷牛太郎の真意を探ろうとする。
仮に吉野谷牛太郎がもっともらしい理由を用意しているのであれば邪まな企みを看破した上で戦うつもりだった。
ラーメン山は壮絶な生い立ちから”正義”から距離を置いていたが私利私欲の為に力を振るい害を為す輩を放ってはおけない性格だった。
(私は人間である前に力士だ。しかし、力士の頂点を目指して一緒に汗をかいたソーメン山とシューマイ山の無念を放っておくことなど出来ぬ)
正義や愛といった美徳を好んだ二人の仲間の復讐は正義の名のもとに行われるべきだ。
ラーメン山は故郷の同胞全てを敵に回すことになっても吉野谷牛太郎に然るべき報いを受けさせるつもりだった。
「それは単なる気まぐれだな。俺自身、こんなどこにでもいそうな凡庸な力士には興味がねえ。だがキン星山は確実に強者を引き寄せる何かを持っているってのは理解出来たよ。「無冠の王者」羽合庵、「眠れる獅子」印度華麗、「若き王者」フラの舞、そして「中国四千年の至宝」ラーメン山、お前だ。全てはこいつを中心に引き寄せられつつある。キン星山は間違いなく今回のスモーオリンピックの台風の目となる存在だろう。場合によっちゃあ「絶対王者」倫敦橋も食っちまうかもな」
そう言って吉野谷牛太郎は肩を震わせながら、含み笑いをもらす。
当人としても余興ついでの話のつもりだったが何故か心の奥に響く内容だった。
吉野谷牛太郎はバイザーをあげてもう一度光太郎の姿を見る。
(あの小僧は雷電にも、二百年前に俺が殺し損ねた海星翔にも似てねえな。本当に大丈夫か?)
そして吉野谷牛太郎は再びラーメン山の方を見た。
目を離していたのは一瞬にも等しい時間だったがラーメン山は氷ついたように硬直している。
「馬鹿な‼そこの豚饅頭が、この私さえも倒すほどの力士に成長するというのか…ッ‼」
ラーメン山は凄まじい形相で光太郎を睨んだ。
光太郎がテキサス山と戦い、印度華麗を倒した事をラーメン山も高く評価していたが自分を脅かすほどの存在に成長するとは考えてはいなかった。
「おいおい、中国最強の力士さんよ。アンタもしかして怖気づいちまったのか?仮にフラの舞と戦ってキン星山が勝てば決勝リーグで当たる可能性は出て来るだろ?」
「聞き捨てならんぞ、吉野谷牛太郎ッ‼次の試合で勝つのは、この俺”フラの舞”だ‼俺をテキサス山のようなカッコつけ男と一緒にしてもらっては困る‼」
フラの舞が堪らずといった様相でラーメン山と吉野谷牛太郎の間に割り込んで来た。
本来ならば今大会でフラの舞がどれほど好成績を残してもテキサス山の引き立て役にされられるのはわかっていたので出場する予定は無かった。
しかし親の仇である羽合庵がキン星山の師匠として日本に残るという情報を聞き、フラの舞は信条を曲げて出場を決めたのである。
他人の思惑は無論の事、賭けの対象になるつもりは無かった。
「それは殊勝な心掛けというものだぜ、フラの舞よ。だがなお前は既に試合前に他国の力士にケンカを売るという禁忌を犯していやがる。こうなってはもうある一つの方法を覗いては、試合は成立しねえんだよ」
どんっ。
吉野谷牛太郎は片手でフラの舞を突き飛ばした。
アメリカ勢の力士の中では小柄に分類されるフラの舞だったが、吉野谷牛太郎の膂力には脅威を覚えずにはいられなかった。
単に押されて引き下がらせられたのではない。
手が触れた瞬間に、抵抗する隙も与えられずに押し戻されたのだ。
(吉野谷牛太郎…。アメリカでは稀に名前を耳にする程度の存在だが、この腕力はどういう事だ。この俺が指一本動かせないまま突き飛ばされるとは…)
フラの舞は怒りと屈辱と恐怖を受けて端正な顔を歪める。吉野谷牛太郎はそんなフラの舞の姿を見てニヤリと笑った。
「全て理解したぞ、吉野谷牛太郎よ。お前は”神”に判断を委ねろとそう言いたいのだな?」
ざんッ‼
ラーメン山は一歩前に出る。その胸中には煮えたぎるマグマの如き激情が流動していた。
スモーゴッドが去りし現世において神を召喚することが可能な力士はごく限られている。
スモーデビルの首魁、スモー大元帥直属の部下”ナイツ・オブ・スモーデビル”のメンバーかもしくは地の底に眠る相撲龍に認められた力士”ラーメン山”だけだろう。
そして自身が吉野谷牛太郎の掌の上で踊らされていたことを知り、ラーメン山は歯を強く噛んだ。
「ラーメン山よ。お前は自分に対する評価が低すぎはしねえか?どこの国の相撲協会も、いや中国相撲協会もお前を常にマークしている。せいぜい気をつけるんだな」
「まさか…相撲による天地創造を手伝った至高の存在、”相撲龍”と”四聖獣”に勝負の結末を委ねる究極の決闘方法”赤壁相撲”をするというつもりか‼」
赤壁相撲。
それはかつて後漢の時代、魏の最強力士”曹操山”と蜀の最強力士”劉備山”が三国志最強の力士を決める為に行った特殊な相撲である。
国際相撲ルール同様に三本先取というところまでは同じだが、ラウンドが変わる度にルーレットに矢が放たれ当たった箇所に書いてる新ルールが増えるという形式で対戦するのだ。
矢を放つのはこの場合、キン星山の側は吉野谷牛太郎となるだろう。
対戦相手のフラの舞の側の射手となるべき人物はラーメン山か、公平を期して大会運営側のタナボタ理事ということになる。
美伊東君、英樹親方、羽合庵はキン星山とフラの舞、両方の関係者である為に除外される。
「赤壁相撲…。死んだ親父(※ワイキキの浜)から聞いた事があるぜ。中国最高の相撲武侠”関羽山”を手に入れる為、曹操山と劉備山が争った伝説の一戦。勝負は張飛山が魏国の力士を一人で倒し、敗北を認めなかった曹操山は相撲龍の怒りに触れて船団を焼かれたという…」
負けん気の強いフラの舞も伝説の決闘の名を耳にすれば気勢に陰りが生じる。
逆に光太郎は未知の戦いに心を躍らせ、フラの舞の誤解を解くカギになるかもしれないという希望を見出していた。
「待て、吉野谷牛太郎よ。勝負をする為には昇竜の巻物が必要だったはずだ。まさかあの秘宝をお前が持っているというのか?」
光太郎とフラの舞は互いに抱える心情に誤差はあったが、古の決闘方法には理解を示していた。
羽合庵とて我が子同様に思っているフラの舞に憎悪を抱かれたままでは心苦しい。
そこで一度、吉野谷牛太郎への嫌疑を棚上げして赤壁相撲の提案を受け入れることにした。
「俺はそんなお宝は持っちゃあいないさ、羽合庵。ただそこの三つ編み野郎はどうかな?」
吉野谷牛太郎の発言と同時にラーメン山は懐から二リットルのペットボトルを縦に二つくっつけたくらいの大きさの巻物を取り出す。
「これの事か?策士め…」
バササッ‼
ラーメン山が巻物の封を解くと、巻物からは巨大な竜が姿を現した。