第七十三話 吉野谷牛太郎の策略‼の巻
次回は二月十六日に投稿するでごわすよ。
「うっ、う~ん。おいどんは今まで何をしていたのでごわすか?」
光太郎が寝ぼけ眼で周囲を見るとそこには父親の英樹親方、タナボタ理事、美伊東君の姿があった。
光太郎自身の記憶はフラの舞に謎の必殺技をかけられたところで途切れている。
羽合庵の危機に体が反応していきなりフラの舞の前に立ったが光太郎だが、前の印度華麗との戦いのダメージが回復したわけではない。
光太郎は全身の痛みを堪えながら自力で起き上がろうとするが、その途中途中でバランスを崩してしまう。
結局、周囲の人間の力を借りてどうにか半身を起こすことが出来た。
観客が非難して無人となった会場にはフラの舞、吉野谷牛太郎、中国代表にして本大会の優勝候補の一角たるラーメン山の姿があった。
推しのアイドル情報以外には疎い光太郎でもラーメン山のという力士の事はよく知っていた。
曰く”東アジア最強の力士”、”中国相撲の技を全て使いこなす最強の技巧派”。
当初のイメージでは頭でっかちの大柄な力士を想像していたが、目の前の実像は印度華麗同様の痩身であるにも関わらず強者の風格漂う力士だった。
(この感じ、ブロッケン山や師匠に通じるものがあるでごわす…)
光太郎は遠くから見えるラーメン山の姿に畏怖の念を抱いた。
「いいねえ。ラーメン山、オマエ最高だよ。俺も久々に本気で戦いたくなってきた…」
吉野谷牛太郎は不敵に笑いながらラーメン山との距離を一歩詰める。
以前の余裕ある態度は失われ、自然と筋肉が赤みを帯び血管が浮かび上がるまで吉野谷牛太郎は昂っていた。
その闘志の凄まじさに美伊東君と英樹親方たちは引き下がってしまう。
だが矢面に立つラーメン山は左手を手招きして吉野谷牛太郎に先行を譲る。
「アチョー…。私の相撲に先手は無い(※さっきの奇襲は何だったんだという突っ込みは受け付けない)。なぜならば私の頭脳にはお前の攻めのパターンを全て予測しているからアル(※ハッタリ)。…吉野谷牛太郎、お前の強さを確かめてやろう。さっさとかかってくるがいい‼」
吉野谷牛太郎は頭を下げながら低い位置に構える。
そして、鋼をも容易に貫く自慢の角はラーメン山の心臓と同じ高さに向けた。
ラーメン山は左手を前に突き出し、腕一本で吉野谷牛太郎の巨体に立ち向かおうとしていた。
その姿はさながら猛牛とマントと剣一本で渡り合おうとする闘牛士。
この時、両者は自身の勝利と死の予感していた。
ラーメン山は吉野谷牛太郎によって心臓を貫かれる自分の姿を、吉野谷牛太郎はラーメン山の強烈な返し技を食らった姿を予想した。
吉野谷牛太郎は刮目すると同時にラーメン山に向かって突進する。
ほぼ同時にラーメン山は全身をわずかに前に出して吉野谷牛太郎の突進に合わせる。
吉野谷牛太郎は突進と見せかけて脇の下からラーメン山の身体を掴んだ。
(バカな‼投げ技だと⁉)
虚を突かれたラーメン山は半時計周りに動いて吉野谷牛太郎の力を分散させようとする。
吉野谷牛太郎はラーメン山の動きを先に読んでいて、自分から手を外して距離を置いた。
ラーメン山、間髪入れずに一本張り手で吉野谷牛太郎を追い払う。
最初から敵の得意とする分野でつき合うつもりはなかった。
吉野谷牛太郎は身体に似合わぬ周到さを持ち合わせていたのだ。
ラーメン山の顔の左側にツウと冷たい汗が流れる。
これまでの経験上とても良くない試合の流れでもあった。
吉野谷牛太郎はラーメン山の腕を取って強引に関節技を仕掛ける。
「折るぜ?…伊達男」
吉野谷牛太郎は凶暴な笑みを浮かべながらラーメン山の腕を捻じった。
ラーメン山は自力で筋肉の強張りを取って吉野谷牛太郎の強引な”閂”外そうとしていた。
しかし吉野谷牛太郎はそんな事はお見通しで投げる寸前でラーメン山を逃げられる前に解放してやる。
脱出と同時に吉野谷牛太郎の力量を推し量ろうとしていたラーメン山は肩透かしを食らうことになる。
吉野谷牛太郎は悠々とした足取りでラーメン山から距離を置いた。
それの対してラーメン山は吉野谷牛太郎に侮られた事に憤り、吉野谷牛太郎は久々の強敵の登場に心を踊らされる。
「そこまでだ。吉野谷牛太郎、ラーメン山。スモーオリンピックの実行委員会の会長として、私闘を見過ごすわけにはいかん」
火花を散らす二人の間にタナボタ理事が入って行った。
顔は真っ青で全身をガクブルさせてはいるが目は死んではいない。
今にも殺し合いを始めそうな二人の間に入って、戦闘態勢を解除するように命じた。
「会長さんよ、乱入は大歓迎だが邪魔をされるのは腑に落ちねえな。大体、先に仕掛けてきたのはそちらさんだぜ。俺はせっかくフラの舞の暴走を止めてやったというのによ。どう落とし前をつけてくれるっていうんだい?」
吉野谷牛太郎はバイザーを上げてタナボタ理事を睨みつける。
普段の陽気さは姿を消し、極上のエサを前にして垂涎する獣の姿がここにあった。
タナボタ理事は恐怖のあまり何も言えなくなってしまう。
一瞬で白目になって口から泡を吐く始末だった。
結果、タナボタ理事の身の危険を察した羽合庵と英樹親方と光太郎が吉野谷牛太郎と交渉することになった。
配置的には羽合庵と美伊東君の後ろに三人の男が隠れているという情けない状態だった。
「吉野谷牛太郎よ、次のスモーオリンピック第二回戦は代理試合ということでどうだろうか?例えばお前の代理人となる力士が勝てば、お前の嫌疑は晴れて自由の身となる。逆に負ければラーメン山にお前が謝罪するという話だ」
ラーメン山はギョッとした目つきで羽合庵の方を見る。
羽合庵は軽く会釈しながら吉野谷牛太郎の出方を見守っていた。
吉野谷牛太郎は光太郎、英樹親方と順に見た後に上唇を舌で舐めていた。
「ほう。ラーメン山の土下座が見られるってのか!そいつは楽しみだねえ…」
「馬鹿な。羽合庵よ、正気か?…私は中国代表の力士として断固断らせてもらうつもりだ‼」
吉野谷牛太郎は肩を震わせながら笑っていた。
この場合は、自身の策略よりも単にラーメン山の相撲をこの目で見ておきたいという願望の方が強い。
重量級の代表格として知られる吉野谷牛太郎は、ラーメン山の実力が周囲の過大評価から生まれたものだと考えている。
吉野谷牛太郎は何とかしてラーメン山を戦いの場に引きずり出そうと一計を案じた。
「その話、俺は乗ったぜ。羽合庵」
吉野谷牛太郎は内心の動揺を隠せないラーメン山の顔を見ながら笑った。
「俺は次のスモーオリンピック第二回戦は、キン星山が勝利することに賭ける。もしもキン星山が負ければスペイン角界から引退することをここに誓おう!」
吉野谷牛太郎は愕然とするラーメン山、羽合庵の顔に満足している様子だった。